歌語りの英雄   作:白燕狭由那

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トロイアとの出逢い

我輩は転生者である。名前はまだない。

某小説のノリで言ってしまったが、実際にそうなのだからしょうがない。

唐突ながら自分は転生していた。それも神秘が跋扈している古代ギリシャに。

 

気付いたら見渡す限りの草原で横になっていて、服装も本で見たキトンになっていた。あとそれと、視線が低くなっていたので幼児化していた。

何故こんなことになったのかと思案していると、頭を締め付けるような痛みと共に膨大な量の情報が頭に流れ込んで思わずその場に蹲った。

暫くして、頭痛が治まると共に自分の状況を理解したのだ。

 

古代ギリシャに転生したと理解した自分の反応は、驚嘆と意気消沈が4:6の割合だ。

確かに健康体で転生したのは嬉しい。

前世の自分は病弱で、ほとんどの時間を病院のベッドで過ごしていた。外で遊ぶことすらできず、本を読んだり音楽を聴いたりすることが唯一の楽しみという感じだったからだ。

でも古代ギリシャはないだろう。

ギリシャの神って性質的に非常識のオンパレードだぞ?神話に出てくる揉め事の大半は主神の所為だし。例外かつ良心的なのはハーデス神とヘスティア神くらいだぞ。

 

悩んでいても仕方がないので、できることをしようと思う。

どうやら自分は魔術が使えるらしい。頭に入ってきた情報の中にいくつかの種類の

魔術に関する知識もあったのだ。右も左も分からない状況ではあるが、衣食住を賄うことはできるだろう。

まずは魔術を行使するための機関、魔術回路を開くことからだな。そう考えた自分は知識を引き出すために、思考の海に意識を沈めた。

 

 

それから暫く。

魔術を行使できるようになった自分は旅をしていた。かつてできなかった知らない場所を闊歩できることに自分は喜びを覚えていた。

 

あれから分かったことだが、自分の魔術回路は一般的な魔術を扱う者より少し多いらしい。そして若干頭を抱えたのが、根源と繋がっているということだ。根源とは全ての始まりにして終わり、あらゆるモノ

が生み出されるもの。根源と繋がっている者――根源接続者は生まれながらにして全能、故に他者との共感能力が欠如しているなど一般的な感性とずれているらしい――が、自分は転生した弾みで繋がってしまったようなので常識は弁えている(と思う)。要は某錬金術師の兄弟みたいな感じで。ただ一度死んだようなものなので、かつての自分の名前は名乗る気にはなれない。

 

容姿については、転生した直後は幼稚園児くらいで、現在は十歳くらいの姿だ。

髪はちょうど女物の晴着によくありそうな朱金色で、眼もオレンジがかった色だ。ギリシャというと金髪とかが思い浮かびそうだが、これはこれでいいと思う。

 

ある時は道なき道を突き進んで魔獣に襲われた所を女性の狩人に助けられたり(子供ということで心配されて送ってもらった)、ある時は街に向かう商人の一行に便乗させてもらったり(簡単なものではあるが料理を作って喜ばれた)した。

他人と行動した際は髪の色から赤いの、とかボウズなどと呼ばれていた。

 

今まで経験できなかったことをできることに、不満はない。

だが時折、前世を懐かしく思う。確かに自由に動けず窮屈な思いはしていたが、数少ない友人達が訪ねて来てはサブカルネタで盛り上がったものだ。

かつて当たり前にあったものが今はない。転生してから色んなことを覚えるのに必死で考える暇もなかったが、今こうしてみると、あの世界は恵まれていたのだなと思わずにはいられない。

そんな時は、胸に沸き上がった寂しさを紛らすように前世で好きだった歌を口ずさむ。

願わくは、この気持ちを分かち合える存在と出会えますように、と祈りを込めながら。

 

 

ある日、自分は道中で出会った旅人に勧められた都市にやって来た。

交易で栄えているらしく、通りには人々が行き交い、市場には活気が溢れていた。その奥には、王族が住まう王宮が見える。

必要なものを揃えるために何度か都市に赴いたことはあるが、ここまで大きな都市は初めてだった。

夢中になって歩き回って時間を忘れてしまい、気が付くと既に日が落ちかけていた。

まだ宿を取っていなかったことを思い出して、最悪野宿でもするかと思いながら歩を進めていると、奥まった場所に広場があった。

確かすれ違った男子達がパンクラチオンの練習をしていると言っていたので、ここで練習しているのだろう。夕焼けに照らされた広場は誰もおらず、しんと静まりかえっている。

 

(………まるで舞台みたいだな)

 

そう考えると、歌いたい気持ちが湧き上がってきた。野営していた時は星空を眺めながら歌っていたが、流石に人が密集する場所で歌うわけにもいかないし、本職と比べても劣るのは明らかだ。

周りに誰もいないのをいいことに、自分の心の思うがまま歌い始めた。

 

歌い終えてふぅ、と息をつく。空を見上げると、先程よりも日が暮れている。完全に日が沈む前に急ごうと広場から出ようと振り返る。

 

広場の入り口に、一人の少年がいた。歳は自分と同じくらい。身形は見かけた子供よりも上品なもので、ブルネットの髪が夕焼けを浴びて輝いているように見える。

同じようにオリーブグリーンの輝きを放つ眼はこちらをずっと見ていたのか、自分が振り返って目が合った時に目を見開いていた。

 

お互いに見詰め合ったまま時が流れる。

その空気を断ち切ったのは、少年の方だった。

 

「………さっきの歌、君が歌っていたの?」

「あ、あぁ」

「そうなんだ!きれいな歌声だったから、気になって聴いていたんだ」

 

駆け寄って自分の顔を覗き込むように見詰める少年。

一体何時からいたのだろう。歌うのに夢中になってはいてもそれなりに気配は感じられると自負しているのに、全く気付かなかった。

先を急がなければと思い、失礼する、と少年の隣を横切る。

 

「何処へ行くの?」

「宿に。今日はそこで休む」

「でもこの時間だともう入れないかもしれないよ?」

「取れなかったら取れなかったで、外で寝る」

「それはダメッ!!」

 

少年が手を掴んで引き止める。自分のものよりなめらかで、傷のない手だ。

 

「そんなことしたら身体を冷やすよ」

「野営したことあるから問題ない」

「それでもダメだ!」

 

いや、どうしろと。

まぁ確かに都市で野営とかホームレスみたいな感じだし、そうしたら外聞はよろしくないだろう。

 

「そういえば君、名前何ていうんだ?俺はヘクトールっていうんだ」

 

ヘクトール。その名前にはすぐ心当たりがあった。トロイアの王子にしてトロイア戦争の英雄。

そういえばこの都市の名もトロイアではなかったか。そして少年の、軽装とはいえ品の良い身形。

それは正に、この少年が未来の英雄になることを運命付けられた(決め付けられた)王子ヘクトールであることを示していた。

 

「名前は………ない」

「え?」

「気付いた時には一人だったから、自分の名前なんて知らない」

「………それって、いつから………」

「さぁ、もう数年は経っているだろうな」

 

自分という存在はこの世界では名無し同然だ。たまに人と行動する時はあったが、名乗らない事情があるのだろうと解釈して深く追及してこなかった。

ヘクトールは自分の手を掴んだまま言葉を失っている。どうしたものかとあぐねていると、ヘクトールが手を引っ張って行く。

 

「ちょっ、何処に行くんだ?」

「いいから着いて来て!」

 

有無を言わせない勢いでヘクトールは都市の奥に突き進んでいった。

 




後天的に根源接続者になるとかは捏造です。
感じとしてはハガレンの真理と一緒です。
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