歌語りの英雄   作:白燕狭由那

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この時点の主人公の一人称は『自分』
これは転生した際、一度死んだようなものという考えから周りとは一歩引いた感じ。
目上の人物に対しては『(わたくし)』を使う。
今後、変更する可能性もあり。


名前とは、呪である

辿り着いたのはやはりというか王宮。

門番として立っている兵士が困惑した表情を浮かべているのが分かる。ヘクトールは自分の手を離すと兵士に駆け寄り、何かを話して王宮の中に入ってしまった。

残された自分はどうしたものかと考えていると、兵士が歩み寄ってきたため身を固くする。

 

「あの、自分は………」

「王子が連れて来たから悪いようにしないが、念のため荷物はこちらに渡してくれ」

「あ、はい」

「では付いて来い」

 

まぁ王子が連れて来たとはいえ部外者なのは変わらないからな。ここは大人しく従っておくのが良い。

荷物といっても貴重品クラスのものは虚数空間にしまってあるので、手持ちの物は路銀とか最低限の物しかないのだが。

 

流石は王宮。細かいところにも装飾が施されていて格の違いを感じさせる。

暫く付いて行くと、侍女らしき女性が待っていた。

兵士が女性に一言二言話すと、こちらに向き直って女性に付いて行くように言われたためそのように従った。

女性に付いて行き着いたのは湯気の漂う拓けた湯殿。畏まった様子で控えていた女性達が手際よく衣服を脱がせて、身を清め始めた。

旅の最中でも沐浴をしたりドラム缶風呂擬きをしていたが、誰かの手を借りてというのは初めてで、こそばゆい。

伸ばし放しにしていた髪に櫛を入れられ、真新しい衣服に着替えさせられる。姿見に映る自分の姿に困惑していると、案内してきた女性が話しかけてきた。

 

「国王陛下と王妃殿下、王子殿下がお待ちですのでご案内します」

 

まさかの国王との謁見か。確かに息子が連れて来た人間を見極める必要はあるよな。

失礼のないよう、発言は控えておくべきかな。

そう考えながら王の間に案内される自分であった。

 

 

 

 

 

 

 

トロイア王プリアモスは后ヘカベーと共にヘクトールが連れて来た少年を待っていた。ヘクトールは自分の側に控えているが、気になるのか時々王の間の入り口に目をやっている。

 

ヘクトールが街に飛び出して行き、旅の少年を連れて戻って来たと報告を受けた時のことを思い返す。

プリアモスの元に飛び込んで来たヘクトールは申し出た。どうか少年を自分の側に置かせて欲しい、と。

歳のわりに欲を言わないヘクトールが強く願い出たことに、プリアモスは驚くと共に嬉しく思った。

王子として、国を担う者として立場を理解しているからか、ヘクトールは自分のために何かを願ったり望むということがなかった。それとなく聞いてみたりはするものの、必要なもの以外はほとんど望まなかった。

ヘカベーもそれを気にしており、今回ヘクトールが何かを強請ったことに安堵の表情を浮かべていた。

そして、ヘクトールが幼い頃からずっと求めていた答えがやっと見つかったことにも。

 

「陛下、件の者をお連れしました」

「入れ」

 

侍女に伴う形で入ってきた朱金の少年を見て、ヘクトールがほんの少しほっとしたような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王の間に案内してくれた女性は持ち場に戻ってしまったらしく、ここにいるのは自分を含めて四人だけ。

 

「面を上げよ」

「はい」

 

顔を上げて目の前を見据える。

玉座に腰掛けてこちらを見据える、一目で高い身分だと分かる壮年の男性。その傍らにはヘクトールと、同じく高い身分だと分かる女性が立っていた。女性はヘクトールを感じさせる面差しをしている。

この方々が、ヘクトールの親にしてトロイアを統べる王とその后か。

 

「そなたがヘクトールの客人か」

「…はい」

 

客人と言えばそういうことになるか。勢いで連れてこられた形ではあるが。

 

「名がないと言っていたが、どういうことか説明できるか?」

 

ストレートにきたな。

確かに親とかの庇護を受けているはずの見た目なのに一人で旅をしていて、しかも名前がないと言うのは端から見れば可笑しいだろう。

そこで自分は語れる範囲で身の上を説明することにした。

物心ついた時には一人だったこと。覚えていたのは魔術の知識と生きていくために必用な知識や技術だけだったこと。自分が何者か、何故この地にいたのか、その理由を探して旅をしていたことを。

彼らがどのような表情で聴いていたか、伏し目で語っていた自分には分からない。

 

「して、そなたが求めていた答えは見つかったのか?」

「――いいえ」

 

何故この世界に生まれ落ちたのかなんて、恐らく一生掛かっても分からないだろう。

本来自分は死んだはずの存在なのに。

暫く空間を支配していた沈黙を王が破った。

 

「ならば、ここで答えを探してみるか?」

「は?」

「そなたは旅をしてきたとはいえ、まだ若い。見知らぬ土地を放浪するよりも、一つの場所に留まって視点を変えてみるのも必要だろう」

 

王の言葉は最もだ。今までの自分は都市に立ち寄っても用事を済ませて留まることはしなかった。何をすべきか探しているのに、その道しるべである人との接触を必要最低限にしていたら入ってくるものもない。

 

「見たところ、そなたはヘクトールと歳が近い。ヘクトールの従者として世を見てみると良い」

 

従者。それも第一王子ともなれば、かなり重要なはずだ。それを何故、縁も所縁もない自分に…。

 

「一つ、お訊ねします。何故、私のような者を……」

「それは………ヘクトールが望んだからだ」

「ヘクトール王子が?」

 

そういえば何故ヘクトールは王宮の外にいたのだろう。歌が聞こえたと言っていたが………。

 

「父上、今はその話は………。それより、彼に名前を………」

「む、そうか。いつまでも名前がないのは不都合だからな」

 

当の本人によって話が逸らされてしまった。

名前か………。今まで渾名で呼ばれてきたが、ここでは明確にしなくてはならないか。

不意に、ヘクトールが王の目を真っ直ぐに見詰めて言った。

 

「アーディン、が良いです」

歌う(アーディン)、か。成る程、お前がそう思ったのなら良いだろう。そなたはこれからアーディンと名乗るが良い」

「は、はい」

 

どうやら自分はアーディンという名前になったようだ。人間が生まれて初めて与えられる呪が名だと某陰陽師が言っていたが、王子自らの呪って何気に強力じゃないか?

 




終わり方がいきなりすぎてごめんなさい。
はい、ここで主人公名前を付けられました。歌に関わる名前を探し周って、アーディン(αδειν Adein)を見つけました。響きが良いよね。
某陰陽師のくだりは、夢○獏氏の小説から。
ヘクトールオジサンの少年期分からないから捏造しているけど、王としての責務を継ぐものとして責任を感じて何処か遠慮していたこともあったんじゃないかなと個人的に思いまして。裏話となりますが、この少し前にプリアモス王の第二子でヘクトールの弟に当たる赤子を予言のために手放さなければならない事情があって、ヘクトール少年は頭では理解しているけど心は追いついてなくてこっそり泣いていたということもあって。
そんな孤独な心を支える人物がいたら、と思った次第。
ヘクトールが探していた答えとは?これに関しては次回に詳しく。

湯浴みのシーンは当初、ヘクトールが一緒に入るなんてプロットを考えていましたが、後から考え直してこうなりました。というか古代の風呂事情どうなってんの?
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