歌語りの英雄   作:白燕狭由那

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前回の話からの時期としては従者として迎え入れられて数ヶ月後くらい。
度々登場していた狩人の女性の正体が出てきます。時期が合わないとかの点は型月時空だからということで。
今回の話は色々とネタを積み込みました。



トロイアの日常

トロイアで暮らすようになって暫く。

王宮での仕来りや教養などを教授されながら、“俺”は従者としてヘクトールに仕えていた。

従者といっても四六時中傍に付いている訳ではなく、用がなければ比較的自由に過ごせている。そういう時は大抵街に出ているか、王から給わった自室(魔術工房を一画に拵えた)に籠っている。

分かりやすく言えば、オ○カルとアン○レ、光○氏と惟○みたいな関係だ。いや、あの二組は元々が身内に近い間柄だけど。

 

王宮に迎え入れられた当初は、王子自ら連れて来たということもあって珍しいものを見るような目で見られていた。時間が経てばそんなこともなくなっていき、最近では侍女達(お姉さま方)から菓子を頂いたりしている。

武芸に関してはヘクトールと一緒に同じ師範に習っているが、時々アルテミス神が狩猟に連れ出してくる。

何故アルテミス神が出てくるのかというと、早い話、人(?)の縁だ。

放浪していた頃、魔獣に襲われていたところを狩人の女性が助けてくれたことがあった。その女性がアルテミス神の信者で、彼女から俺のことを何気無く聞いたらしい。

その後は忘れていたが、ヘクトールと一緒にいた俺を見て、見た目の特徴から思い出したとのこと。

俺自身もそんなことがあったなとうろ覚えであったが、まさかそのことで女神が直接現れるとは誰も思わないだろう。あの場にいた人間のほとんどが言葉を失っていたし。

俺がアタランテ――かの狩人の女性のことだ――に狩猟の手解きを受けたことを知ると、実践形式で教えてあげると言って連れ出された。一緒にいたヘクトールも道連れにして。

それからというもの、女神から出された無茶ぶりをこなしながら狩猟の腕を磨いている。

ついでに狩りの戦利品を使った猟師飯的な料理の腕もだ。旅をしていた頃に仕込んでいた醤の類いが大活躍したものだ。まぁそれで俺が一通り料理ができると知られて別な意味で無茶を要求されるのだが。

 

 

さて、この日は特に用事もないので自室に籠っていた。

いくらフリーだからといって一日中だらだらするのも時間が勿体ないので、日頃お世話になっているお姉さま方のために化粧水を作ることにした。

トロイアに限った話ではないが、地中海というかヨーロッパの地域はとにかく乾燥しやすい。冬は一定の降雨はあるものの、夏は陽射しが強い。

そのため乾燥に強い葡萄や柑橘類の栽培が盛んだということはその目で見てきているからメリットもあるのだが、やはり人間――特に女性――にとってはお肌の大敵なことに変わりはない。旅先で見掛けた女性達もよく見たら粉を吹いていたり、唇が割れてたりしていた。それはトロイアでも同じで、女性達は涙ぐましい努力を重ねているのである。

そんなわけで、前世の知識をフル活用して化粧水を精製しようと思う。江戸時代でも化粧水はいばらの花の蒸留水やへちま水で作られていたのだから。だが、敏感肌などの個人差も考慮しなくてはいけない。タイプの異なる試作品を幾つか作って自分で試してみてから試供してもらおう。

こういう時は魔術を活用するに限る。美容成分を培養したりする時とか時短にもなるし。やっていることは科学の実験よりだが。

 

 

数時間後――

 

 

試作品をパッチテストしてみて、その結果から刺激の少ないものを使ってもらうことにした。今後の改善のため、今回作成した化粧水の成分の組み合わせの比率と使った感触とを書き記す。

早速侍女達に試作品を届けようと、上掛けを羽織って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーディンが従者になってから、日常に小さな変化が訪れていた。

例えば、教養の授業や武芸の稽古にアーディンが加わったこと。

旅をしていたということもあって体力もあり、様々な知識をアーディンは身に付けていたが、俺の従者になるにあたって儀礼や仕来りも覚えてもらう必要があった。

教養は飲み込みが早く教師も舌を巻いていたが、武芸に関しては少し問題があった。

アーディンには瞬間記憶力――見た物を瞬時に記憶する能力があり、座学でも書物の内容を瞬時に記憶に焼き付けることができた。その能力の派生型、“一度見た技を会得する能力”(本人曰く見稽古というらしい)により格闘などのあらゆる技を身に付けていたが、身体が追い付いていないために負担が掛かっていたのだ。そのため、身体が出来上がるまでは基礎を中心にやっていくことになった。

授業がない時はなるべく一緒に過ごすことにしているものの、父上などに呼ばれることも多い。そんな時アーディンは街に出ているか王宮の何処かで過ごしているらしく、この前は侍女達に菓子をもらっているのを見掛けた。

この日も朝から色んなところから呼び出されて、気付いた時には昼を過ぎていた。

用を済ませてアーディンの部屋を覗いたものの姿は見当たらなかった。

外に出たとは聞いていないから王宮の中にいるだろうとアーディンが居そうな場所を探して回廊を歩いていると、視線の先に見慣れた色彩を見つけた。

 

「アーディン」

「ん、ヘクトールか。どうしたんだ?」

「部屋にいなかったから探してたんだけど………どうしたんだそれ?」

 

俺に気付いたアーディンは両手で何かの包みを抱えていた。傍に近付くと、仄かに花の香りがする。その香りは包みではなくアーディン自身から匂っているような気がした。

 

「侍女の人からパンを貰ったんだ。まだ昼食取っていなかったから部屋で食べようと思って。ヘクトールはもう食べたのか?」

「いや、まだだけど………」

「じゃあヘクトールにも分けてあげるよ。いっぱい貰って食べきれないと思うから」

「ま、待って」

 

アーディンがその場で包みを開けようとしたので、それを留めた。

 

「そのさ、一緒に食べても良いかな………」

「?構わないが」

「そっか。ありがと」

 

そのまま二人で部屋に向かった。

 

「ん……あれ?」

 

部屋に入ると、花の匂いが漂っていた。アーディンから匂ったものと同じ香り。辺りを見回したが、花が飾られている様子はない。

 

「どうかしたのか?」

「いや、花の香りがするなって」

 

卓に飲み物を用意していたアーディンがああ、と納得したように声をあげる。

 

「花を使って化粧水を作っていたんだ」

「けしょうすい?」

「肌の手入れに使うものだよ。空気が乾燥していて侍女達が肌を気にしていたから、保湿効果のあるものを使用したんだ」

「…ふうん」

 

アーディンに促されて椅子に座り、用意された水を口にする。

仄かに果物の味を感じ、確か水に果物を漬けたものだと思い出した。

アーディンは俺が知らないようなことを知っている。以前アルテミスさまが俺達を狩りに連れてった時もそうだ。仕留めた獲物を慣れた手付きで処理し、持って来ていた調味料で簡単な料理を作った。その味は今まで食べたことのないもので、アルテミスさまも驚いていた。それ以来、アルテミスさまと狩猟に行く時は必ず獲物を使って料理を作るということになっている。

そういえばアルテミスさまは最初アーディンを見た時少し警戒したような表情をされていたけど何故だろう?ふとそんな考えが浮かんだが、その考えは昼食を取っているうちに忘れていた。

 

 




地中海に限らずヨーロッパの方って結構乾燥しやすいみたいですよね。外国人って化粧水あんまり使わないとかネットにありましたけど、アーディンさんの前世は日本人なので肌の保湿=化粧水ということになりました。化粧水ハンドメイドは探せば結構出てきます。江戸時代~の記述は某化粧品メーカーさんのサイトにありました。
猟師飯に使用した調味料というか醤は味噌のようなものです。大豆じゃなくても味噌は作れるそうなので。
さり気なくハイスペックなアーディンさん。瞬間記憶力は前世からあったということで。
アルテミスが警戒した理由はアーディンさんが根源接続者であることに気付いたから。
実際はどうか分かりませんが、蒼銀のフラグメンツの沙条愛歌の例や、「」の一部である『両儀式』がその気になれば新しい世界で古い世界を潰すことが可能と言っているあたり、根源接続者は神と同格、もしくはそれ以上の存在なのかなと考えております。ただし、アーディンさんは後天的に接続してしまった存在なので前出の二名と比べたら一般的な思考を持っています。アルテミスは当初、監視の意味も込めてアーディンさんを連れ出していましたが、危険ではないと判断して料理を目当てに狩猟に連れて行っています。
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