ボクっ子幼馴染によるテセウスの船。【完結】   作:イーベル

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文化祭開始!

「想像以上にきついね、この状況。もう前日だ。この状態ではとても……」

 

 矢橋千恵は頭に手を当てながらため息をついた。

彼女のほぼ最初にして最後の仕事はリハーサルだった。全体に問題がないか、バスケットコートから見守っている。

 会場になる体育館での荷物の搬入。実際の劇。撤収。その全てを見守って、彼女が発した第一声がそれだった。

 俺は彼女のことばに頷く。

 

「そうだな。道具とその配置は問題ない。そこに時間を多く使ったから、そうでなくっちゃ困る。でも、」

「肝心の芝居がこれではねぇ……。脚本担当のボクが離脱してしまったツケがここにきて響いて来たか」

「お前のせいじゃない。悪い、俺がもっと芝居の方向に目を向けていれば」

 

 思い出されるのはついこの間の出来事。彼女に珍しいと言われたあの衝突。

 あの時俺は主演の二人、作美と籠島に許可を出した。まだ役者班には余力があると考えていたからだ。

でも実際は違った。役者班には余裕はない。

 形にはなりつつあるが、所々台詞が飛び、演技にはキレがない。素人だからと許容することもできるが、それは努力の様子が垣間見える場合に限る。

 俺は彼女達にその努力を強制するべきだったのだ。その役目を彼女の代わりに受けたのだから。でも、それがこんな様では『彼女に良い所を見せる』なんて副次的な目的は果たせたとは言えないだろう。

 

「結果論だね。でも、こうなってしまった以上、別の手段を用意する必要があるか」

「そうだな。あと幸い一日ある。そこで何とかしよう」

 

 俺がそう言うと今度は彼女が頷いた。両手を叩いてここに居る者の視線を集める。

 

「みんな、今日はここまでにしよう。準備をしてくれたみんなはこの調子でお願いするよ。役者組は本番までに練度を上げてくれ。そうじゃないと、そもそも時間以内に芝居が終わらないからね」

「そうだな。分かってる。役者陣はこの後大丈夫かな? 体育館のステージはまだ使えるから練習しようと思うんだけど」

 

 籠島はチラリと役者の集まっている場所に目を向けた。彼、彼女らは黙って頷く。

 

 以上、解散と締めくくって、クラスの人々がばらばらと散っていく。それに紛れて俺も立ち去ろうとしている。だが、軽く制服の裾を引っ張られてそれは阻まれた。

 気のせいかと思って、もう一度腕を動かしてみると、更に強い力をかけられた。どうやら気のせいではないらしい。

 振り返ると先ほどまで集まりの中心にいた千恵がそこにいた。彼女は不機嫌そうに目を細めて俺を見上げている。

 

「なんで帰ろうとするのさ」

「なんでって、解散だろ? もう今日は」

「全体的にはね。だけど君は別。もうちょっと付き合って貰う。さっきの続きだ。別の手段を用意する必要があるって、さっき言ったじゃないか。三歩も歩いていないのに忘れるのなんて、君の頭脳はニワトリ以下なのかな?」

 

 淡々と彼女は俺に述べた。目が怖いよ。防御力が一段下がりそうだ。

 

「悪かったよ。忘れていた訳じゃ無い。明日に回すのかと思っていたんだよ。講演は午後からだから」

「だといいけれどね」

「それに、ここに居続ける必要はないだろ。いつかは家に帰る必要があるのだから、先に帰ってしまってもいい。家が近い俺達なら尚更だ」

「……まあ、いいよ。そうしよう。ボクら以外には話し合いに参加する人物はいない」

「じゃあ帰ろうか。ついでに話し合って、終わればそのまま解散だ」

 

 俺は彼女にそう言って、一足先に出口に足を踏み出した。

 

  ▼

 

「これが終わったら、ボクたちの役目はほとんど終わりだ。後は見守るだけしかないね」

「だな。本番もほとんどやることは無い。いや、お前はまだカンペ出さなきゃいけないんだったか」

 

 彼女は「そうだね」と相槌を打った。

 夕焼けに照らされる帰り道を歩き、話し合った結果、俺達はスケッチブックを買うことになった。舞台の両袖から台詞を指示することができるように。テレビ番組のカンペと同じだ。

 古典的だとは思うが、これ以外に思いつく手段はなかったので仕方がない。

 

「ところで、君は明日クラスの出し物以外で何をするのかな? 部活もしてないし、何か出し物を出す訳でも無いだろう?」

「ああ、お察しの通りだ。なーんもしない。ノープランだ。強いて言うならば『暇してる』って奴だな」

 

 俺は両手を広げて、暇具合をアピールして見せた。彼女はそれを見てため息をつく。なんだ?その呆れた態度は。悪くないもんだぞ、暇ってのも。

 

「一応聞くけど、去年の文化祭は何してたのさ」

「基本的には一緒だな。ぶらついて、他のクラスの出し物を見に行ったり、売店でなんか買ったりして適当に遊んでたよ」

「へぇー、なかなかに灰色の文化祭だね」

 

 彼女は興味無さそうに聞き流す。これと言って褒められるような過ごし方でも無かったから別に構わない。けれど、そこまで露骨な態度を取られると、逆にそちらがどのように過ごしたのかが気になった。

 

「そんなこと言って、お前はどうなんだよ。どうせ大したことやってないだろ」

「否定はしない。去年のボクは君と似たり寄ったりだ。でも、今年はちょっと特別にしようと思ってるんだ」

「特別って、何を特別にする気だよ」

 

 疑問に思ったのはそれだ。今回の文化祭に特別な事などありはしない。例年通りだ。それも個人的なことなら尚更である。

 強いて言うのであれば、これまでの準備は俺達から見れば特別だった。あそこまで矢面になって準備をする事なんてなかったのだ。

 でもそれも今日までの話。明日は本番。俺達の特別な役割はもう終わっている。

長々と思考を巡らせ、それでも俺は答えに得られない。見かねた彼女は口を挟んできた。

 

「あるだろう? ボクたちにとって共通の、特別な事」

「共通? ……役割か? クラスの指揮官とその代理。仕事が本番にもあるとか」

「違う。もっと前からある共通の事があるだろう」

 

 彼女の目が冷ややかになっていく。どうやら間違いだったらしい。慌てて別の解を用意する。

 

「じゃあ、幼馴染? 共通だけれど、これが文化祭とどう絡むんだ?」

「どうも絡まないから不正解なんだよ。ある程度ヒントを出したつもりだったけれど、また外すのか。君は本当に約束を果たすつもりがあるかな?」

 

 約束、彼女はそう言った。何の約束だろうか。俺が忘れているのだけか? 彼女が幼い頃の約束を忘れていた様に、俺にも忘れている事があるのかもしれない。

 

「……」

「忘れてるのかな? 『証明』の話だよ」

「ああ、そっちか。勿論、忘れてないよ」

 

 証明、告白したときのことだ。彼女が告白を受け入れるとき、俺が提示したメリット。彼女の価値観に対する反証だ。彼女はそれに釣られて首を縦に振ったといっても過言ではない。

 

「何だよ、その軽い感じは」

「いや、もっと大事な事を忘れているのかと思った」

「これ以上に大事な事なんてないだろう」

「それで? それがどう関係するんだ」

「はぁ? まだ聞く? もう君には直接的に言わないと伝わらないのかな……」

 

 彼女は人差し指を鼻先に鋭く突く付ける。

 

「この文化祭というイベントを、こういう恋人(かんけい)証明(じょうけん)があるにも関わらず、活用しないなんてことがあるのかって、ボクは言いたいんだよ」

「……ああ!」

「ああ! じゃないだろう。少女漫画を愛読してるから、それぐらい思いつきそうだと思っていたけれど、君は肝心な所で頭が回らないね」

「耳が痛いな」

 

 彼女のことばを否定することはできず、素直に受け入れる。彼女がフッと息を付いた。

 そんな時、ふと頭をよぎった事がある。彼女が言う所の『証明』についてだ。

 今回の彼女の行動、俺から誘いの言葉を聞き出そうとしたこと。これこそが、その序章ではないかと言う事だ。

 彼女がもし俺に興味が無いのであれば、このような行動を起こすことは無かったはずだ。故に彼女の気持ちは少しずつこちらに傾いている。そう考えてもいいだろう。

 頭が回らなかったことは悪い事だけでも無かったという訳だ。

 

「何にやけてるのかな、君は」

 

 彼女が顔を覗き込み、問いかけて来た。どうやら表情に出てしまっていたらしい。取り繕うために、口を動かす。

 

「……いや、別に。ちょっと考え事をしていただけだよ」

 

  ▼

 

 翌日。無事に文化祭当日を迎えた。

 俺達は付き合っていることを隠している。だから教室で堂々と集まるのも良くないと考えて、出店が並んでいる外で待ち合わせる事となった。ここならば人に紛れ、ある程度は誤魔化せると踏んでのことだ。

 冷え込んできた風が吹きつける中、彼女を待つこと数分。ぺしっと、何かで頭を叩かれた。振り返ると、一枚の段ボールを持った千恵がそこにいる。

 

「これを首から下げて」

「なんだよ、それ?」

「宣伝だよ。うちのクラスは体育館でやる関係上、一回しか公演しないからね。知って貰う必要があるのさ」

「成程な」

 

 俺は彼女から段ボールを受け取るとスズランテープの紐を首にかけた。カシャカシャとビニールの感触が肌から伝わる。

 

「ついでに言えば、誤魔化す手段でもある。宣伝だから一緒に行動しているってね」

「隠蔽手段にクラスを巻き込むなよ」

 

 そんなに俺と付き合っているのを知られるのが嫌なのだろうか。

 

「でも使える物は何でも使うべきだろう? 面倒事を避けるためなら尚更だ」

「まあいいけどさ。それで、どこから行く?」

 

 彼女に問いかける。集まって回る事を決めていただけで、その詳細は決めていないのだ。彼女は少しの間だけ顎に指を添えながら考えて結論を出した。

 

「後輩に出し物を見に来てくれって言われていたんだ」

「後輩? お前、部活に入ってないだろ」

「委員会のだよ。当番の時によく話すんだ。場所は確か一年B組だったかな」

「おっけー。じゃ、まずはそこから行こう」

 

 俺達は一度室内に戻り、階段を一階分上がった。一年生の教室が立ち並ぶフロア。列に並ぶ生徒たちと整理する生徒でにぎわっている。

 その一つ一つを横目で見つつ、一年B組へと足を運んでいく。

 

「ここだね」

 

 たどり着いた教室は締め切られていた。外からは仲がどのようになっているのかは検討がつかない。廊下側にある換気用の窓でさえ暗幕で隠されてしまっていた。

 

「あ、千恵先輩こんにちは」

「こんにちは佐々木さん。約束通り来たよ」

 

 千恵は入口にいた生徒に声をかけられていた。彼女が例の後輩らしい。

 

「こちらの方は……」

「ああ、クラスメイトだ。宣伝して回ってるんだよ。ほら」

 

 千恵は後輩ちゃんにビラを一枚手渡すと、俺がぶら下げている看板を指差した。

 

「昼に体育館で劇をやるんだ。よかったら来てよ。ボクは出ないけどね」

「それって先輩が頑張って脚本を書いてた奴ですね。行きますとも」

「助かるよ。じゃあ、早速中に入ろうかな」

「ええ、どうぞどうぞ。楽しんで行ってくださいね~」

 

 後輩ちゃんは手をひらひらと振って、俺達を見送った。彼女に続いて俺もルームプレートのしたにあるドアをくぐって中に入る。

 

 バンッ!

 

「うわっ!? なんだ!」

 

 突然勢い良く閉められたドア。暗く、僅かな明かりのみで照らされる教室は迷路の様に段ボールで仕切られている。

 

「なあ、聞くのを忘れていたんだけどさ。ここ出し物なんだっけ? 暗中ミュージアム?」

「なんだよその訳分からないのは。もっと定番の出し物があるだろう?」

「もしかして……」

「うん、お化け屋敷♪」

 

 暗くて見えなかったけれど、彼女の口角が見たことの無いくらい吊り上がっている気がした。

 

  ▼

 

 心拍がなかなか落ち着かない。呼吸もだ。おかげで歩行もままならない。ベンチに腰をかけて満身創痍だ。

 

「いやー、面白かったね」

 

 対照的に彼女は隣で笑う。俺は息を整えつつ言葉を交わす。

 

「なにが、面白い、だ……。お前、俺が苦手なの知ってて黙ってただろ」

「うん。知ってたよ。君がああいうの苦手なの知っていて黙っていた。でも昔っから面白いぐらいに怖がるもんだから、楽しくなってきちゃって」

「この野郎……」

「まあまあ、これで許してよ」

 

 首筋に冷たいナニカが押し付けられる。ついさっきまでの緊張感が蘇って来て、俺はベンチから飛びあがった。彼女は俺を指差して、また笑った。

 

「やーい! 引っかかった~」

「小学生かお前は」

「フフッ。はい、これボクの奢り」

 

 俺は缶ジュースを受け取って再び座った。青いプラスチックが軋んで音を立てる。

 

「なんか、滅茶苦茶疲れた」

「そりゃ、あれだけ騒いでいれば疲れるだろうね」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

「悪かったって。でもその様子じゃ本番前にもうちょっと回るのは無理そうだね。早めに教室に戻ろうか。続きは公演が終わった後にしよう」

 

 ベンチから彼女は立ち上がると目の前で手を差し出してくる。彼女との時間をより多く過ごせないのは残念ではあったが、否定するだけの体力が残っていない。

 俺は仕方なく頷いて、差し出された手を取った。

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