ボクっ子幼馴染によるテセウスの船。【完結】   作:イーベル

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支配。

 そうして迎えた生徒会選挙当日。昨日のうちに作戦会議を終えていた俺たちは慌てて何かをすることなく過ごした。

 普段通りに登校し、普段通りに授業を受ける。いつもと違う事があったとすれば、それは皆の前で俺たちの関係を露骨に隠すことを止めた事だ。

 

 例えば今、この昼休み。これまでは時間をずらして教室を出て、見つかりにくい中庭や殆ど人が来ない屋上付近に集まっていた。

 だが今日は二人同時に教室を出て、誰もが目に付く校庭のベンチで昼食を摂る。これは関係を隠したがっていた千恵を考えれば大きな変化だ。

 まあ、千恵が嫌っていたのは注目を集めることで、文化祭以降、それは叶わなくなってしまっていた。

 それに、あんな写真を晒されたのだから、今更隠しても仕方がないという事なのだろう。

 

「うん、美味しい。やっぱ君、良い腕してるよ」

 

 ちまちまと白米を頬張る千恵は満足気だった。当然だ。俺とて決戦の日に相応しく、気合を入れてこしらえたお弁当なのだ。満足しない訳がない。

 それでも、そう言って貰えたことにほっとしている自分がいるのも確かだが、まあそれは置いておこう。

 

「だろ? 自信作だ。今日に出せて良かった」

「ああ、特にこの卵焼き。相変わらずいい味出してる。ボクの好みだ」

「そりゃあ良かった。遠慮せずに食べて午後の選挙に備えてくれ」

 

 風が頬を撫でる。心地の良い沈黙が俺たちを包み込む。この幸福感がいつまでも続けばいいのにと、思う。

 だけれど、それはいつまでも続かない。昼休みはもう数十分。それにどうやら、その時間もフルには使えないようだった。

 

「堂々と校則違反とは良いご身分だね」

 

 そう言って俺たちの時間に水を差す者が一人。痩せ気味で、整えられた長髪。正面切ってやって来たそいつはもう一人の立候補者、菅原学だ。

 トレードマークの眼鏡をクイっと直して千恵に向き合った。眼鏡のフィルター越しにお互いの視線が衝突する。

 

「おや、これは菅原君じゃないか。久しぶりだね」

「ああ、中庭であった時以来だったかな?」

「そうなるね。ところで何のようだい? まさか直前になって宣戦布告をもう一回しに来たとか、そういう訳じゃないよね。もしそうならお引き取り願いたいかな。対戦相手を忘れるほどボクは記憶が悪い訳じゃない」

「いいや、僕は宣戦布告に来たわけではない。僕は君を争う相手として認識していないんだ。どうどうと校則を破り、警告され、それでも尚、正そうとしない。そんな相手が生徒の模範である生徒会長に相応しい訳がない。ならば、勝負が始まる前に結果が出ているも同然だろう?」

 

 言葉でお互いにジャブを打ち合う。どちらも引く気なしの視察戦。バチバチと眼前で火花が散っているかの様に錯覚する。

 だが、それは突然終わりを告げて俺に矛先を向けたのだ。

 

「しかし、成程。なぜこのような男を矢橋君が目をかけているのか、手元に置いておくのか疑問だったが、納得がいった。まさか恋仲だったとは。恋は盲目とはよく言ったものだ」

「あ゛? いきなり喧嘩売ってんのかよ」

「……真也。売られているが買うな。落ち着け、落ち着け」

 

 どうどう、と俺の眼のまえに腕を出して千恵がなだめる。

 いや、無防備だった所を殴りつけられたら怒るだろう。精神的とはいえそれは例外じゃない。ストップ言葉の暴力。

 

「欠陥だらけの駒だな。そんな者は肝心な時に足を引っ張る。今回のように」

「欠陥だらけなのは君の方さ。視る目が無い。彼ほどの人材は中々見つからないというのに」

「ほぅ、よく言う。ならばそいつがどのように有用なのか聞かせて貰おうか」

 

 藤原はそう言って、品定めするかのように俺を見る。それに対して千恵はため息を付くと「調子に乗るからあまり聞かせたくないんだけれど」と前置きをした。

 

「彼は、お調子者だし。度胸もない。学も乏しい。おまけに唯一の取り柄の運動も高校に入ってからはさび付かせている。でも、」

 

 でも、その言葉の先が早く聞きたくて仕方が無かった。俺は彼女の言葉をただ待っている。

 やがて彼女は笑って次の言葉を口にした。

 

「なかなかどうしてか、肝心な所では役に立つ男なのさ」

「……成程。いずれにせよ決着はすぐにつく。首を洗って待っているといい」

 

 藤原は一瞬だけ表情を崩したが、すぐに険しいものに戻った。そして捨て台詞を投げつけて、この場から去る。千恵と俺はそれを無言で見送って、完全に見えなくなった所で向き合った。

 

「……いや、なんかもっと良いこと言ってくれよ!」

「ハハハッ、ごめんごめん。でも、さっきも言ったけれど、君はお調子者だからな~」

「それでも、もっと、こう……あるじゃん」

「例えば?」

「例えば……そう、明るい!」

「明るいだけの馬鹿は山ほどいるよ」

「うぐっっ……じゃあ、運動神経が良い!」

「有効活用していない。宝の持ち腐れ」

「一途だし、浮気もしないぞ! これでどうだ!」

「前提条件だし、優秀な人材として挙げられるスキルではないかな」

「ちくしょぅ……」

 

 うなだれる俺を眺めつつ、ケラケラと千恵は笑う。緊張が弛緩して、普段通りの空気が戻って来た気がする。これはこれで居心地が良いのだけれど、俺はどうしても――――

 

「納得が、いかねぇ」

 

 その呟きは広いグラウンドに散らばって、まだ収まらない彼女の笑い声にかき消された。

 

  ▼

 

 特別日程で最終のコマの授業を変更して行われる生徒会選挙。生徒一同が体育館に集まる。その中で俺たちは流れに従わない。

 生徒たちが見上げるその視線の先、立候補者とその推薦者として壇上に上がるのだ。

 震える手。それを更に握りしめて、手の平に爪を食い込ませる。痛みが緊張を鈍らせてくれた。

 

 そして、演説が始まる。普段はうざったらしいと感じる先生の挨拶は頭に入らない。まるでスキップされてしまったかのようだった。ある意味望み通りだったが、今日に限りもう少しだけ落ち着く時間が欲しかった。

 司会の先生が何か話している。まだ場の雰囲気に呑まれているのか、よく聞き取れない。それを読み取ろうとした所で、横から肘がわき腹に入った。

 

「うぐっ!」

「ほら、君の番だよ。緊張してるの?」

 

 俺は慌てて立ち上がった。まだ落ち着かない俺を諭す様に千恵は横から語り掛ける。

 

「大丈夫、君ならやれるさ」

 

 それに俺は「任せろ」と見栄を張って返事をした。

 歩いてたどり着いたマイクの前。そこでブレザーの内ポケットから台本を取り出す。

 

「すいません。緊張しちゃって――――」

 

 そう冗談交じりに前置きをして、俺は応援演説を始めた。

 俺が話した内容を単刀直入に言ってしまえば、ほぼ使いまわしである。籠島との対決に使った内容を少しだけ(かしこ)まった言い分に修正しただけだ。

 俺は新規に立ち上げた台本を使おうと思っていたのだけれど、彼女が『これでは君らしさが感じられない』と駄目出しをしたのだ。

 

 そこまではいい。だが、もう一つ疑問がある。千恵風に言うならば『信頼度』の話だ。

 俺が話している内容は前までのイメージに沿った物だ。それ故に台本を変える必要があると思っていた。

 だけれど、策を打つのは自分だけでいい。インパクトを大きくするのならば、前振りは普段通りが良い。千恵はそう言って昨日、話を締めくくったのだった。

 

 俺が演説を終えて、パラパラと拍手が響く中で一礼をして元の席に戻る。そして入れ替わる様にして彼女がマイクの前に立つ。

 彼女の考えた策が今、実行に移されようとしていた。

 

「皆さん、こんにちは。今回選挙に立候補させて頂いている、二年C組の矢橋千恵です」

 

 普段通りさっそうと爽やかな挨拶を決めて演説を始める。

 さっきまでの俺とは違う。一字一句美しく、丁寧に式辞用紙を読み上げていく。

 

「私が生徒会長選挙に立候補したのはこの学校に不満点があったからです。個人的な物は一度脇に置いておきますが、皆様に聞いた限りでは――」

 

 外部活共用のラインカー、体育館を仕切るネット。そのほかにも羅列すればきりがない。そう言った不満の原因物たちを淡々と並べていく。

 それらは彼女と聞いて回った実例であり、説得感を持ってこの場に浸透していった。

 

「――等々、他にも山の様にあるはずです。生徒会長になった暁には、それもまた皆さんと一緒に見つけて、解決したいと考えています」

 

 これまで用意していた演説内容。彼女が組み立てて来たその成果。ここまでは俺も知ってる。一度だけ耳にしていた。

 でもここから先は分からない。ここから先が千恵の言う策、変更点だからだ。

 千恵は手に持っていた式辞用紙を折りたたみ、空で演説を続けた。

 

「と、ここまでは前提の話でした。ここから先は挑戦的な、一度脇に置いてあった個人的な不満、野望について話したいきましょう」

 

 彼女はブレザーの内ポケットに式辞用紙をしまうと代わりに一冊の小さな冊子を取り出した。それはこの学校では誰もが受け取っていて、誰もがその内容を忘れている一冊。彼女はそれを掲げる。

 

「この生徒手帳、これを最後まで読んだことある人いますか? もしいたら手を挙げてみて貰ってもいいでしょうか」

 

 問いかけられた生徒たち、その中から手が上がる事はない。彼女はそれを確認する。

 

「このように覚えていないのが殆ど。それどころか取り締まる先生側だって覚えている人は少ないんじゃないかと私は思います。ならば、誰もこのルールを正式に守っている人はいないと言ってしまっても、過言ではないでしょう」

 

 教員と生徒たちの対立をあおる様に、彼女は話をする。さっきまでの淡々とした話運びとは打って変わって、熱意のこもった話だ。

 誰が見ても見に纏う空気が違うと分かる。彼女はそれを意図的に演じているのだと、俺だけが知っていた。

 

「それ故に私は、この手帳が本当に必要ないぐらい薄くしたいんです。機能していない物を少しずつ削除していきたいんです」

 

 話を続ける千恵は、パフォーマンスがてらパラパラと生徒手帳をめくって、その中から一つ取り上げた。

 

「特に私が削除したいのはこの一文。三ページ目、第五条、第一項、『男女交際を一切禁止とする』」

 

 騒めきがよりいっそう大きくなる。

 彼女が今したのは殆ど自身の校則違反の告発だ。同時にあの写真に収められたものが事実であることの裏付け。正確に言えば、動機付けが完了した。

 

 写真を配布したのは彼女自身である。

 何故なら、彼女はそれを見せつけたかったからだ。

 

 本来は成立していなかったそのロジックを押し通せるようにしたのだ。

 多少無茶のあるように見える。だが、それこそが今の彼女のイメージそのものだ。大衆的で、俗っぽくて、汚れていた。

 

 だから、むき出しで語っている様に見える。嘘偽りのない、本当の言葉の様に見える。例え、本物のカードを一切、切り出していないとしても。

 

 今、信頼度の問題は解決せず、解消された。この場の空気は彼女に支配されている。

 

 彼女は一度間をおいて、わざと音を立てながら生徒手帳を閉じた。マイクを通してそれは生徒に伝わり、再び沈黙がこの場に訪れる。

 彼女はそれを確認して、再び口を開いた。

 

「私が生徒会長になったのならば、皆さんの快適な学生生活を目指すことを約束しましょう。伝統や慣習、そう言った退屈な物からの解放を目指していきましょう。それを今、この場で誓い、私から皆様への挨拶とさせて頂きます」

 

 一礼して彼女はマイクに背を向けて、元の席に彼女が歩き出す。あっけに取られていた生徒たちは少し遅れて拍手をする。背中越しに聞こえるそれは、だんだんと大きくなっていった。




 今回も最後まで読んで頂きありがとうございます。

 思っていたよりも長期連載になっている本作『ボクっ子幼馴染によるテセウスの船。』ですが、次回最終回となります。最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
 また、感想や評価など毎回モチベーションになっています。これからもよろしくお願いします。では、最終話で。
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