カズキがお年寄りです。注意。
設定とか間違っていたらごめんなさい。
ずっとこのネタ書きたかったんです。pixivにも投稿しました。

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さようなら偽善者、マイフレンド

「返そうと思うんだ。俺の命を」

 

 

 しゃがれた穏やかな声でそう言ったあいつの顔は、これまた腹が立つほど人の良いジジイの顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この家の主《あるじ》の娘息子の金でリフォームされた、ごく普通の一軒家。それでも冴えないこの家にはもう、主一人のみ。強い目をした、かつては戦士だったあの女も、家の主と共に年寄りとなり数か月前に病に負けあの世へ行った。

 

 あの女が逝去してから、こいつは脆くなった腰を椅子で休めながら、リビングから遠い目で庭を眺めることが多くなった。

 

 

 ボケ防止にと今まで上等なフルーツ片手に足繫くこの俺が会いに行き、今日も話し相手になってやろうとやって来たら、突然そんなことを言い出したのだ。

 

 

「返す、とは? 戦団にか」

「ああ……」

「生き甲斐が欲しいなら、老人ホームにでも行ったらどうだ」

「娘に勧められたが、断ったよ」

「何故。独りになったわけでもあるまいに」

 

 

 妻は亡くしても、こいつの妹はまだ生きている。高校時代の友人とやらも、施設や娘夫婦などの家で世話になりながらピンピンしているらしい。まったくの孤独ではないのだから、生きられるだろう。

 

 それでも物足りないというならこれからも通ってやってもいい。そう言ってやれば、「ああ、違うんだ」と笑った。

 

 

「少し、体調がおかしかったんでな。この前病院に行ったんだ。そうしたら、癌が見つかった」

「癌――?」

 

 

 奴の心臓の代わりとなっている核鉄《かくがね》は生存本能に働きかけ動いている。そのため、老いてその本能が衰えれば身体も当然年相応に弱っていく。そういったものに患いやすくもなるだろう。

 

 

「……治る見込みは?」

「五分五分だそうだ」

「そうか。なら治してもらえ」

「フフ。お前なら、そう言うだろうな」

 

 

 死が常に隣り合わせだった、人間だった頃の時代。俺の黒歴史――。そうだ。生きられるなら、どんなに低い可能性でもそれに縋ればいい。

 俺はそう思うのに、こいつは皺だらけのツラで笑いながらしばらく庭を眺め、懐かしむように目を細める。

 

 

「……俺は、十分生きたさ」

 

 

 日差しに晒されたツラは、満ち足りていた。それもまあ、むかつくほどに。

 

 

「俺はあそこで死んで、斗貴子に救われた。

 だから結婚して、子供を持って、こうやって年寄りになれた。

 妹や友達や、家族と、お前と、笑って話す未来なんてなかった」

「……」

「あの日から今までの俺の世界は、全部斗貴子がいたからだ。

 もう、十分だ。もう――」

 

 

 この俺がああまでに恐れた死をまっすぐ受け入れようという目の前の老人は、陽の加減のせいか、心なしか眩しく、神々しくこの目に映る。

 嗚呼、蝶不愉快だ。たとえいくつになろうと、醜い老いぼれとなってもこの男は、俺にないものをこうやって無意識に見せびらかしてくる。

 

 出会った時からこういうところは何一つ変わらない。俺はこいつのこういうところが大嫌いだった。

 

 

「……ホムンクルスにでもなるか? 特別に、この俺の世界一周の旅に連れて行ってやるが?」

「ハハハ、面白そうだな蝶野。お前とならきっと楽しいだろう。退屈せずにすみそうだ」

「だろう?」

 

 

 茶目っ気たっぷりに指を指して言う俺だが、内心、しかしこいつは「だが」と返してくるのだろうと予想する。

 そして予想したその二文字を、奴はすぐに口にした。

 

 

「遠慮しておく。俺は、人間として死ぬさ」

「フン、そう言うと思っていた。予想通りすぎてつまらない男だな。相も変わらず」

 

 

 そして、これは俺なりの最高の賛辞だ。つまらないと思う反面、死ぬまで俺の期待を裏切らなかったことがたまらなく嬉しくもある。

 俺はその喜びを噛みしめながら、そろそろお暇しようと庭に出、いつものように飛行しようと澄み渡る青空を見上げた。

 

 

 

「戸締りはしっかりしておけよ、老いぼれ」

 

 

 

 そう言い残し地を蹴ろうとした時。前触れなく奴に声をかけられ、俺は何気なく振り返る。

 

 

 

 

「ありがとうな、蝶野。……色々あったが、お前に会えてよかった」

 

 

 

 

 言われて、あいつを振り返っていた俺はどんな顔をしただろうか――。

 

 気づけば空の上で舞っていた頃には、もう思い出せなかった。

 

 

 

 

「『会えてよかった』――か……」

 

 

 

 

 まったく。死ぬまで偽善者が好む科白ばっかり吐きやがる。

 反吐が出そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友人が空へと消えたのを見送り、家の奥へと姿を消した老人は、仏壇の前で手を合わせた。

 

 

 

 

「……俺もそっちに行くから――斗貴子さん」

 

 

 

 

 彼女の名前を知ったあの日と変わらない笑顔で、老人――武藤カズキは笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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