『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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猛毒

 

「じゃあいくぜ! 『ぎゅっとあなたをハグしたい』」

 

俺が楽譜の中から選んだ曲は、平成が始まって間もない頃ある男性バンドが世に放ったドストレートなラブソング。

穏やかな曲調ながら熱い曲だ。

あなたをハグしてずっと一緒にいたい、という男らしく飾らない歌詞が、スッと聴く人の心に染み渡る。

男の歌を知らない人たちにとっては最適な入門曲だろう。

 

 

立ったまま演奏するので、今回はギターを肩から掛けるためのストラップというベルトをしている。

ストラップの長さで弾きやすさや見た目の格好良さが変わる。

長さはいつもと同じはずなのに、今日は妙に気になった。観客がストリートライブの何倍もいるため小さなことにも自信が持てないでいるのか、俺は。

 

前奏。

ピックを持った手で弦を弾く。その指がぎこちない。緊張というやつは本当に厄介だ。

落ち着け、この曲は世界で俺しか知らないんだ。多少音を外しても気づかれないはず。そう自分に言い聞かせつつ

 

「この街に新しい季節が来て」

 

と、歌い出す。

その瞬間、「あっ」と会場内に声が漏れた。それもほぼすべての観客から。

 

南無瀬組員さんの多くが目を見開き、口を半開きにしている。

驚愕の表情というやつだ。

初めて聞く男の歌をどう受け止めるべきか迷っているのだろうか。

 

上手いと聴き惚れてくれるか、ろくな物じゃないと吐き捨てるか。

すでに賽は投げられた。後戻りは出来ない。どう反応されようが俺の出来ること、やるべきことは、ただ歌うだけだ。

 

 

サビの部分まで来る頃には、俺の身体は解凍を終え本来の動きを取り戻した。

ピックが軽快に弦を弾く。

 

「ぎゅっとあなたをハグしたい~」

この歌はサビの部分が最も高音になる。

そこでボーカルは声を振り絞るように愛を唄う。

 

あなたとハグが出来るならもうそれだけで全てが満たされる。そしてこの気持ちはどんなに年月を重ねようと変わらずここにある……

ちょっと苦しそうに歌うことで、恋で身を切るような切実たる想いを表現することが出来る。このパートのポイントだ。

 

さらに!

目は口ほどにものを言う。

俺は会場を見渡し、観客一人一人に視線を合わせた。

あたかも目線の先の女性、あなたをハグしたいんだと伝えるようにアイビームを照射する。

 

「!?」

目が合った黒服の人たちは、一瞬で真っ赤になって俯いてしまった。

 

これは……。

以前見たゲームショップの店頭PVを思い出す。

モテモテの主人公が交際を求め迫ってくる女性たちを見つめることで次々と迎撃するシューティングゲームだ。

あまりのおバカ設定に「あかんゲームだなぁ」と購入をスルーした俺だったが、いざリアルプレーをしてみると最高じゃないか。

 

年上の女性たちが俺のような青二才の目線一つに純情なリアクションをする。

やべ、これ楽しいぞ。

 

そうだ、南無瀬組の人たち以外にもサービスしなきゃ。

部屋の入口付近に座っているダンゴの二人の方を見た。

 

音無さんはその名字の通り音を発さなくなった口をポカーンと開けている。

椿さんの方は常時半分下がっているまぶたを全開放していて異様な迫力がある。

ふふ、これが男の歌だ。どんなもんよ。

 

外見は大人の女性でも、男性との交流経験のない初心(うぶ)な人ばかりの世界。

そこに投与されるアイドル (研修生)の俺は世界にとって、パーティーグッズでおなじみのクラッカーなのかもしれない。鳴り物入りで登場し世間の注目を集めるのだ。

もしこの国に芸能界があるなら、その頂点に立つのも夢じゃないな!

 

ああ、俺、目立っている。こんなにも注目されている。

今、この時を永遠に味わいたいくらいだ。

 

と気を良くしつつ、二番を歌い出そうとした時だ。

 

 

 

 

「そこまでだ!」

 

「っ!?」

 

突然の待ったに身体が硬直する。ギターの演奏も止まってしまった。

 

「悪いが、これ以上歌うのは止めてくれ」

 

「な、何でですか!? まだ一曲目の途中ですよ」

 

俺はストップ宣言をしたその人、妙子さんに抗議する。

 

「非常に申し訳ないが、君の歌は猛毒過ぎる」

 

「も、猛毒!? な、何を」

 

「こいつらを見てみろ」

 

見ろってどうして……疑問を抱きながら南無瀬組の人々を観察する。

 

……えっ?

 

彼女たちが顔を伏せたのは緊張や恥ずかしさのため、と俺は思っていた。だが、様子がおかしい。

みんな苦渋の表情をしていた。

正座する手が膝に食い込むほど強く爪を立て、がっちり歯を噛んで何かに耐えている。その顔は羞恥心からではなく苦痛によって染められていた。

 

なんで?

俺のせいか、俺の歌が悪かったのか、そんなに不快だったのか……う、嘘だろ?

 

俺は救いを求めるように音無さんと椿さんの方を見た。

あの二人なら俺の歌を肯定して拍手くらい贈ってくれるんじゃないか、と期待して。

 

「三池さん、ごめんなさい!」

「……精神的離脱」

 

が、俺が目撃したのは障子を開けて大広間を飛び出す二人だった。

 

いくら拒否しても傍にいようと画策していたダンゴたちが、頼りたい時にこちらから離れていく。

あの音無さんと椿さんが、この場にいたくないと思うほど俺の歌は酷いのか……

女性ばかりの世界なら男の俺の歌は大ウケ間違いなしだ!

と、安易に打ち立てていた妄想は木っ端微塵に砕け散った。

 

 

「全員、起立。持ち場へ戻れ!」

 

妙子さんの号令で組員たちが大広間を出ていく。

残ったのは、壇上で立ち尽くす俺と妙子さん、それに……「三池君!!」

「うおっ!?」

 

ガシッと肩を掴まれた。

おっさんだ、そういえばいたな。

女性陣の反応ばかり楽しんでいて、すっかり忘れていた。

 

「す、す、す」

 

「す?」

 

「素晴らしかったぞおおおおお!!」

 

うげえええ!

おっさんめ、肩だけでは飽き足らなかったのか、全力でハグしてきやがった。

そりゃあ「あなたをハグしたい」と歌っていたけど、どうトチ狂ってもおっさんは対象外だから!

 

「や、やめ、止めてください!」

加齢臭をこれでもかとすり付けてくるおっさんを必死で引き剥がす。

本当は張り手の一発でもかまして吹っ飛ばしたいところだが、妙子さんの目の前だ。組長の旦那に下手なことをすれば俺の命が危ない。

 

どうどう、どうどう。

興奮するおっさんを何とかなだめる。

 

「男が楽器を演奏しながらあんな高らかに歌い上げる。それも多数の女性の前でだ。革命だこれは、パラダイムシフト以外の何物でもない!」

 

悦に浸るおっさんの顔は通報ものだ。警察はよ。

 

「確かに素晴らしい。聞き慣れないメロディーだが情緒深く自然と曲が耳に入ってきた、それに女に比べて低音だったからインパクト抜群だねぇ」

 

追随するように妙子さんも感想を述べる。

 

はぁ? あんたさっき人の歌を猛毒呼ばわりしてたじゃん。今更評価してんじゃねえよ……そう不満を顔に出してしまったようだ。妙子さんがバツが悪そうに言う。

 

「すまん。あの場は一刻も早く解散を宣言したかったんだ。言葉足らずな上に暴言を吐いたことについては謝罪するぜ」

 

「謝ってもらうのは有り難いんですけど、それより教えてください。俺の歌のどこがダメだったんですか? おっさ……ゲフゲフ、陽之介さんや妙子さんから良かったと言われても他の大多数の人たちは凄く苦しんでいましたよね。俺、何かカンに(さわ)っちゃいましたか?」

 

「ううむ、それは……な」テンションアゲアゲだったおっさんが言い淀む。

「それは……」意外だ、妙子さんまでもが言葉を濁す。

そんな反応すれば余計に気になるじゃないか。

 

 

だが、これ以上追求することは出来なかった――

 

次の事態が始まってしまったからだ。

 

 

 

 

「妙子様! お客さんです!」

 

黒服の人が急いで、しかし足音を殺して大広間に入ってきた。

 

「誰だ?」

「それが……」と、近付き妙子さんに耳打ちをする。

 

「――分かった。下がれ」

「はいっ!」

 

踵を返し黒服さんが退出する。

 

妙子さんは一度「はぁ~」と盛大なため息をついて愚痴を吐いた。

 

「予想通りの厄介事だな。思ったよりも早い」

 

「彼女たちかい?」

 

「ああ、すでに玄関まで来ている。職務に忠実なのも困りものだねぇ」

 

「男性絡みとなれば病床の患者でも走る世の中だ。彼女たちが三池君のような極上の獲物を見逃すはずはない」

 

「あの、いったい何の話ですか?」

 

意味深な会話に割り込んでみると、おっさんと妙子さんはすまなそうな顔をした。

 

「三池君、これから君は不自由な目に遭うかもしれない。同じ男として君の境遇を想うと無力感で一杯になる」

 

「あたいの組で守ってやりたいが、向こうさんは公的な団体で大義名分もある。力づくで追い返すわけにもいかないんさ。出来ない約束で希望を持たせるのはあたいの主義じゃない。だから言っておく、覚悟だけはしといてくれ」

 

「な、なんですか!? 滅茶苦茶不穏なことを言わないでくださいよ。だ、誰が来たんですか!?」

 

怯える俺に南無瀬夫婦は同時に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ジャイアン」」

 

 

 


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