『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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祝100回目の投稿です。
三章の途中ではありますが、全3回の特別編として主人公が南無瀬でなく中御門に転移していたら……というIFストーリーをお送りします。


100回投稿記念 IFストーリー ~もし、転移したのが中御門だったら①~

閑静な住宅街に俺は立っていた。

 

「はっ?」

 

目を(しばた)かせ、慌てて辺りを見回す。

 

おかしい、今の今まで見晴らしの良い国道沿いにいたはず……こんな、セレブ感たっぷりの高級住宅が並ぶ所じゃない。

 

「どういうこった?」

 

頭をかいて呻く。

一体何がどうなっているのやら。

 

「にしても明るい……明るくない?」

 

さっきまで夜だったのに、太陽は中天で健在だ。どうやら俺は長時間意識を失くしていたらしい。

まずいな、スマホの地図機能で現在地を確認するか……

 

「ってなんだこりゃ?」

スマホの画面の端に『圏外』と出ている。

 

豪奢(ごうしゃ)な邸宅が軒を連ね、人の手が入った木が路上で均等に並ぶ――こんな場所が圏外だって?

 

う~ん、分からないことだらけだけどこのまま立ち尽くしていても問題は解決しない。

探索しつつ帰るルートを見つけるしかないか。

 

と、ここで傍に置いていた自転車がなくなっていることに気づいた。

盗まれた……というよりは何者かが俺だけをこの路地に運んだのだろうか。

 

身につけている物に異常も紛失もなし。

特にバイト代をはたいて買ったアコースティックギターが無事だったことに心から安堵する。

 

 

背負うギターケースの紐をややキツメに調整して、俺は歩き出した。

 

通行人に道を尋ねたいのに、お金持ちの皆さんは気軽に外を出歩かないのか、路上に人の気配はない。

誰かいないかな……と思っていると。

 

とある屋敷の前で掃き掃除をする女性を見つけた。

黒のロングワンピースの上から白のエプロンを付けた姿――エロ成分を排した由緒正しき英国風メイド服の女性である。

さすが高級住宅街、どこぞの喫茶店にいるアルバイトのメイドさんではなく、本物のメイドさんを雇っているんだな。

 

「すいません、ちょっと道を教えて欲しいのですけど」

礼儀正しく、かつ若干の気さくさを出してメイドさんに声を掛けてみる。

相手も気さくに返事をしてくれたら――と期待したのだが。

 

「………………」

メイドさんの手から(ほうき)が離れ、パタッと地面に倒れた。

しかし、箒なんぞ視界に入らないのか、メイドさんは信じられないものを見るかのごとく俺を凝視する。

 

見麗しくも派手さのない外見は、主人を立てるメイドとして優秀であることを示している――が、今の彼女から発せられるのは優秀らしからぬ獣じみた眼光。

特に股間への注目度が高く、膨張率が売りのマイサンことジョニーは収縮の限界を目指しパンツの中で埋没を始めた。

 

なんだ、このメイドさん。き、危険だぞ。

俺の第六感があきまへん、あきまへんと連呼する。

 

「す、すんません。お忙しかったですよね。すぐ退散しますので……」

 

「お待ちください」

 

「うおっ!?」

スタスタと接近してきたメイドさんに思わず後ずさり。

 

「男性が一人で出歩くなど深い理由があるのでしょう。よろしければ、目的地までご案内します」

 

「深い理由? いえ、そんなものはないっすけど……そ、それより案内までやってもらうのは悪いですよ。大丈夫です、場所さえ教えてもらえれば後は自分で行きますから」

 

「いいえ! あなたほどの美青年を一人にして放っておけば、平和な街角が強漢現場になってしまいます。男性をエスコートするのは女の(ほま)れ。お気になさらず私を頼ってくださいませ」

 

強姦?

メイドさんが何を言っているのかサッパリだ。

どうしよう……もしかして、俺は想像以上に面倒な事態に直面しているんじゃないのか?

 

ふと、屋敷の表札に目がいった。見たことのない文字だ、日本語でも英語でもない。

さらにメイドさんが喋る言葉に集中してみると、明らかに日本語ではなかった。だのに、理解できる。

 

――これはどういうことだ?

 

「……ううっ」

 

「い、いかがなさいました!」

 

「目眩が……ちょっと混乱しちゃって」

額を押さえて頭を垂らす。頭痛までしてきそうだ。

 

「ご気分が悪いのですね。大変です、遠慮せず当屋敷でご休憩してください」

 

「いや、そこまでは」

 

「ハリー! ハリー!」

 

話は終わりだ、とばかりにメイドさんが俺の腕を取り、先導を始めた。

「うぷぷ、男性との一次接触成功。それと愉悦源ゲットです」

 

メイドさんの口からそんな言葉が漏れる。

『ユエツげん』って何ぞ?

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「主人に男性をお連れしたことを報告しますので、少々お待ちを。私が呼びましたら、入ってきてください」

 

「わ、分かりました」

 

てっきり玄関で待たされるのかと思ったが、メイドさんは俺の手を引いたまま二階のテラスの前まで案内してくれた。

この先に、何億円もしそうな豪邸の主がいるのか、どんな人なんだろう?

 

祈里(きさと)様、今すぐお耳に入れたいお話があります」

 

「あら、何かしら?」

 

おお、テラスの方から素晴らしく聞き心地の良い声がする。琴のような声色、という表現がピッタリくるぜ。

意外や意外、主人は若い女性のようだ。

 

 

「もしかして、先日のお見合いの結果が来ましたの? ちょっと待ってね、今、カップを置いて落ち着くから」

 

「いえ、凶報ではありません。お見合いとは別の件です」

 

「あなた、さりげなく今回のお見合いも撃沈だったと言ってない?」

 

「めっそうもございません。それより吉報でございます、警戒なさらず紅茶を楽しみつつお聞きください」

 

「あらそう? では、よしなに……ゴクゴクッ」

 

「――今です、お入りください」

メイドさんから許可が出た。

俺は緊張で動きを固くしながら、テラスに踏み入った。

 

「失礼します……っ」

 

俺は屋敷の主と顔を合わせ、息を呑んだ。

ブラウンヘアーの長髪を流麗に伸ばし、鮮やかな唇をティーカップに付ける姿は――美しい、その一言に尽きる。

 

色とりどりの草花を見下ろすテラス、そこのガーデンチェアに座る優雅な彼女はまるで、まるで――

 

「ぶほぉっ!! げほぉ、おぼぉ、ひゃ、ひゃんでだんせぇいが!」

 

――まるで、毒を盛られて死にいく人のようだ。

ガーデンチェアから崩れ落ち、テラスの白い床に紅茶を吐き出し苦しむ姿は、美人を見た高揚感を消すのに十分過ぎるものだった。

 

「なんてことでしょう! 私がお客様をわざわざテラスまで案内しつつ、祈里様のドリンクタイムに合わせてタイミング良く登場させてしまったばかりに! ああ、お可哀想な祈里様!」

 

主人の背中を優しくさするメイドさんの、してやったぜ的な表情が俺の記憶に強く残った。

 

 

 

 

「わた、わたたしはつぇえんどうきさとぅ。よろしゅくございます」

「三池拓馬です。突然の訪問を歓迎していただきありがとうございます」

 

主人さんったらメッチャ噛んでるよ。何言ってんのかよく分からないよ。

居間の豪勢なソファーに向かい合って座り、互いに挨拶を交わしているのだが……主人さんは目線がフラフラと忙しい。

 

「祈里様、お客様を目の前にして挙動不審っぷりに磨きを掛けすぎでございます」

「そ、そうは言っても男性ですわよ。しかもこんなにイケメン……っひゃ! 目が合っちぇしまいました。し、心臓が痛い。あの、少し横になって休む時間を」

「個人的に美味しい場面ではありますが、少々まどろっこしゅうございます。失礼、私が代わりにお話を聞きましょう」

 

主人を適当に押しのけて、メイドさんが俺と対面する形で腰を下ろす。

それでいいのか、主従関係。

 


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