『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ライバル

 

コンテストまで残り一日。

俺は朝からスタジオに缶詰になって、ひたすら歌い続けていた。

 

元が簡単なメロディーの曲のため、演奏自体はマスターしている。

後は歌声のクオリティをどこまで上げられるかである。

 

ここはもっとビブラートを効かせて、ここでは少し溜めを作った方がいいか。

 

原曲がどうだったか記憶を掘り起こし、不知火群島国の女性にウケるよう若干のアレンジを加えていく。

 

そうやっていると、時間が経つのがあっと言う間だ。

 

「た、拓馬はん、そろそろ休憩にせえへんか? なぁ?」

 

真矢さんが部屋に入って来て提案する。

 

「……あっ、そうですね」

 

壁に掛かった時計を見ると、もう夕方近かった。

 

「水を飲んで、涼んできます」

 

俺は真矢さんから距離を置くようにして部屋を出る。別に真矢さんと喧嘩したわけではない。

 

今の俺は汗だくだ。

そらそうだ、暖房の効いたスタジオで何時間も練習すればこうなる。

 

不知火群島国の女性たちから言わせれば、今の俺は男性フェロモン垂れ流しのフィーバー状態に当たるらしい。

南無瀬組員さんたちは一部のダンゴを除いて理性に定評がある。が、彼女らは同時に重度のタクマ中毒者たちである。

 

今の俺がいつものような距離間で接すれば、彼女らの理性をプッツンさせてしまう。

現に部屋に入ってきた真矢さんの顔色が一気に朱に染まり、内股気味のモジモジスタイルに変わってしまった。

 

これは危ない。

そういうわけで、真矢さんを刺激しないよう気を付けながら俺は休憩室に向かった。

 

途中――

 

「お疲れさまです、三池さん! はい、これっ! あたし特製の精……元気が出るドリンクですよ。どうぞ~」

 

「疲労回復には私のマッサージが一番。布団を敷こう、三池氏」

 

道を阻む悪のダンゴたちがいた。

すでにフェロモンの影響を受けているらしく鼻息が荒れていらっしゃる……が、想定内だ。

俺は練習中に何度も汗を拭いたタオルを彼女らに向けて投げた。

 

「キャンキャン!!」

「バウバウ!!」

 

餌を取り合う犬のごとく、タオルを巡り争う音無さんと椿さん。その横をそそくさと通り過ぎて、休憩室に到着する。

 

 

備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取って一気飲み。

それから制汗スプレーや匂い消しを用いて、念入りに身体をケアしていく。

本当なら着替えたいところだが、スタジオには更衣室がないので我慢だ。

 

「あっつ~」

 

季節は十二月でも、建物内は暖房がフル稼働しており夏と大差ない。そこでずっと演奏し続ければ、身体が火照ってしまうのは当然と言えるだろう。

 

当初はミスターの格好で練習していたが、モジャモジャの付け髭が暑苦しくて変装を解いた。

 

外で涼むか。

 

休憩室には外へ繋がるドアがある。その先はスタジオの裏手で、人目に付くことはない。

俺が涼んでいても誰にも目撃されない――じゃ、ちょっと冬の風に身体を冷ましますかね。

 

俺は裏口のドアを開けて、外へ出た――

 

 

 

「えっ?」

「えっ?」

 

誰もいないと思っていたスタジオの裏手。

しかし、それは間違いだった。ドアを開けたすぐ先に、ここにいるはずのない人物が立っていたのだ。

 

「……タクマ?」

 

赤毛のショートヘアー、厚着の上からでも分かる引き締まった体躯、勝ち気さが(うかが)える顔立ち。

 

「て、天道紅華。な、な、なんでここにぃ?」

 

俺たちは間の抜けた顔を向かい合わせて、数秒フリーズしてしまった。

先に再起動したのは紅華の方だ。

 

「あ、あんたこそなんでここに!? ミスターさんはどこよ!?」

 

くっ、俺が東山院にいることは出来るだけ伏せておきたかったのに……変装せず練習していたのが悔やまれる。

 

にしても、こいつ、いきなり喧嘩腰だな。

俺を嫌っているのは分かっていたけど、嫌悪感を露骨に見せやがって……

 

どうやってミスターの居場所を特定したのかは知らないが、ミスターの正体が俺だとバレたら絶対面倒くさいことになる。

 

ここで取るべき行動は――

 

「ミスター? 誰だよ、それ」

知らぬ存ぜぬの一点張りだ。

 

「ミスターさんって言ったらミスターさんよ。あたしのお父さん!」

 

おいこら、所かまわず娘アピールをするのは止めれっ。自分をミスターの娘だと周知の事実にするつもりか!

 

「だから知らねぇって。父親探しはヨソでやってくれ」

 

なるべく素っ気ない態度で突き放しにかかるも……

 

「父親……えへへ、そうミスターさんはあたしの父親」

 

紅華は悦に浸っている。

ダメだ。学習しろ俺、彼女に『父』は禁止ワードだ。

 

「じゃ、そういうことで。とっとと帰らないと不審者で通報するからな」

 

会話を打ち切り、俺はスタジオの中に戻ろうとした。

 

「あっ、待って!」

閉じかけていたドアの隙間に紅華のつま先が入る。

 

「ほんとにミスターさんはいないのっ! って、そもそも南無瀬領で活動しているあんたがなんでここにいるのよっ! 何か隠しているんでしょ! ねえ!」

 

「しつこいな! だからミスターなんて知らねぇって。俺が東山院にいることだってわざわざ教える義理はねえよ!」

 

ドアを閉めようとする俺、閉められてたまるかと抵抗する紅華。

両者一進一退の攻防は大音声で行われた。そのため、

 

「拓馬はん! どないしたんや!」

 

真矢さんを先頭に組員さんたちが休憩室に駆けつけた。

天道紅華を発見した彼女らはすぐさま戦闘態勢に移行する。

 

「三池氏を襲う不埒者。殲滅すべし、慈悲はない」

「三池さんスメルを吸収したばかりのあたしたちに会った不幸を呪うことね!」

 

ダンゴたちの首に先ほどのタオルがスカーフのように巻かれている。どうやら半等分にしてシェアし合ったようだ。

 

性欲を力に変換し、いつも以上の俊敏な動きをする音無さんと椿さんによって、

 

「ひっ!? きゃあっ!?」

 

紅華は瞬く間に捕まった。

南無瀬組標準装備の拘束用ロープによって両手を後ろで縛り、床に座らされる。

 

「いくら国民的アイドルでも、男性のいる施設への無断侵入は犯罪や。自分、覚悟は出来とるんやろうな?」

 

「そ、そんな……あたしは、ただミスターさんに……」

 

「ミスター? そんな人、知りません!あんまりゴネるようなら本当に警察に突き出しますよ!」

 

音無さんが毅然と言う。どんな時でもどんな相手でも自分を貫くのが音無さんの良い所だったり致命的な所だったりする。

 

南無瀬組の敵意ある目は、強気な紅華でさえも萎縮させた。これで大人しく帰ればいいのだけど……

 

「で、でも……みなさん」

紅華が南無瀬組の人々をじっと観察しながら言った。

 

「ミスターさんの護衛ですよね。どうして(かたく)なにミスターさんのことを隠すんですか?」

 

………………あっ。そうだった。

南無瀬組全員の表情が「やっべぇ」になる。

 

ミスターの変装を解いている俺と違って、真矢さんたちの格好はミスター護衛時のものだ。

紅華は昨日一昨日と、ミスターと共にいる真矢さんたちを目撃している。

 

だから不思議に思うだろう。

ミスターを守っていた集団が、今は俺を守っている。

なぜ――その疑問に答えを出すとしたら。

 

「も、もしかして……」

 

紅華が困惑した顔を俺に向けた。

 

待て、ストップだ! 気付くんじゃない!

 

「あ、あんたはミスターさん――」

 

くそぉぉ! バレちまったぁぁぁぁ~

 

 

 

 

 

「――の子どもなの?」

 

ぁぁぁああ……あ?

 

「俺が、なんだって?」

 

「子どもよ、子ども。だってそうでしょ、護衛を共有するなんて父親と息子くらいなもんよ。それに、あんた……よく見ればミスターさんに似ているような……はっ! つまり、あたしたちは同じ父親を持つ姉弟!? いやぁ、なんでこいつと」

 

「なあ拓馬はん。この子は猿ぐつわを噛ませて外に放り出してええんとちゃう?」

「魅力的な提案ですけど、さすがにそれは――」

 

「はっ! それより祈里姉さんとタクマが結婚すれば、ミスターさんは本当にあたしのお父さんになるってことじゃないの! こいつを夫にするのはキツイけど、無視するにはあまりにおしいメリットね」

 

「――やっぱり放り出しましょう、そうしましょう」

 

組員さんたちが数人で動けない紅華を持ち上げようとする。

 

「ちょ!? や、やめてよ! まだあたしはミスターさんに会ってないのよ!」

 

必死で抗う紅華に近寄り、俺は言った。

 

「あ~あのな、隠していて悪かったけどミスターさんは、いや師匠は確かにここにいる。でも、会うのは諦めてくれ。師匠は明日に向けて猛練習中なんだよ、集中の妨げになるから面会お断りだ」

「そ、そうなの……って師匠?」

「ミスターさんは俺がアイドル活動をするにあたって、演技指導や歌い方を教えてくれる師匠だ。親子関係とか血の繋がった間柄じゃねえよ。今回俺は、師匠が東山院で芸能活動をするって聞いたから後学のために付いてきたわけ」

 

「なんだ、そうだったのね~。考えてみればそうよね。ミスターさんほどのナイスダンディからあんたみたいな子どもが産まれるはずないもの」

盛大に胸をなで下ろす紅華。ミスターが俺だってバラしたら、こいつはどうなってしまうのだろうか? 一瞬試してみたい欲求にかられた。

 

「ミスターさんの邪魔をするのはあたしの本意じゃないわ。なんか、ミスターさんと同じ施設にいるって分かったらお(ちち)も吸収出来たし、今日のところは引いてあげる」

 

「おう、引け引け。もう来るんじゃないぞ」シッシと手で追い払う。ところでお父ってなんぞ?

 

「はん! ますます気に喰わない男ね。次に会った時はアイドルとしての実力の違いを見せつけてやるから首を洗っておきなさいよ!」

紅華は強気な捨て台詞を吐いて……「あの、すみません。自分で歩けるのでそろそろ拘束を……えっ、ダメですか?」

南無瀬組の人によって外まで持ち上げられ運ばれていった。

 

 

紅華がいなくなってホッとしていると、

「三池氏。ちょっと楽しかった?」

「えっ?」

椿さんがおかしなことを訊いてきた。

 

「紅華と話す三池氏はイキイキしていた」

 

そんな馬鹿な――と否定は出来ない。思い返せば、不知火群島国に来て、こんなにタメ口で誰かと喋ったことがあっただろうか?

俺は異邦人として、そしてアイドルとして、言葉遣いに失礼がないよう気を付けて生きている。

でも、紅華は俺に敵意を向けていて遠慮する必要がない。それにあいつはミスターに夢中で俺を性的に見ない。

そんな安心感もあって、つい素のままの自分で喋ってしまった。

 

それを楽しかったか? と訊かれれば――

 

「ええ、楽しかった――のかもしれません」

 

天道紅華。

良い奴じゃない、けど悪い奴でもない……ファザコンだけど。

 

これからもあいつとは、こんな風に生の感情をぶつけ合う仲でいたいもんだ。

……なっ、俺のライバル。

 

 

 

「ともかく正体がバレずに良かったですね」

音無さんが微笑んでくるので「まったくです」俺も微笑み返す。

 

そこへ「拓馬はん」と微笑んでいない真矢さんが話しかけてきた。

「あかんで、鍵を開けて勝手に外に出ようとするんは。天道紅華みたいな変質者がどこに潜んでいるのか分からへんやろ」

「すいません。暑かったんで涼もうと」

「気持ちは分かるけどな、冬の風に当たっとったら風邪引いてしまうで」

 

「そんな大丈夫ですよ……はは……はっ?」

 

ゾクリと悪寒が走った。

えっ……まさか。

悪寒は本当に一瞬だけで過ぎ去り、もう感じなかったが……紛れもなく体調不良を伝える警告だった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

運命の日が来た。

トム君たちの夢を賭けたコンテスト当日が来たのだ。

 

 

俺はお見合い会場(コロシアム)に向かっていた。

午前十時。すでにコンテストは始まっている。

一見遅刻したようだが、この重役出勤は予定通りの行動だ。

 

男性を護衛するにあたり、人の出入りが激しい出演者控室で長時間待機させるのは賢いやり方ではない。

 

ヒットアンドアウェイ。

出番の時にやって来て、出番が終わればすぐに帰る。

それが運営する仲人組織からしても、護衛する南無瀬組としても負担が少ない。

 

そういうわけで、出番三十分前に俺は会場入りを果たした。

 

中世の闘技場を彷彿させるコロシアム、まだ中に足を踏み入れていないのに大歓声が聞こえてくる。

相当盛り上がっているようだ。

 

「このコンテストって、テレビやラジオで中継はされていないんですよね?」

分かっていることだが、念のために真矢さんに尋ねる。

 

「せやで。コンテストは見世物でないし、せいぜい夜のニュースで流れるくらいやろ」

 

よし、なら問題ない……よな。

 

これから歌う俺の曲が、もし生中継で東山院中に流れでもしたら、東山院は終わる。

未曽有の大災害が降りかかり、事故が多発し、都市機能は麻痺し、バカにならない人的被害が出るだろう。

そんな阿鼻叫喚地獄を作ってしまえば、男子の夢を支援するどころではなくなってしまう。

 

壊すのは、審査員と少女たちの脳内だけだ……

 

昨日感じた悪寒はなく、体調は良好……だと思う。

たとえ風邪だとしても今更病欠は出来ない。

すでにサイは投げられている、どんなに状況でもやる以外の選択はない。

 

俺は胸を張り、決戦の地へと歩き始めた。

 


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