『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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祝いの〇〇

「ミスターさんですね。お待ちしておりました」

コロシアムの関係者入口に立っていたのは、東山院次期領主であり、トム君の許嫁のメアリさんだった。

前髪を左右均等に分け、背筋を伸ばした佇まいには、彼女の勤勉性を感じる。

母親と同じく逆三角形のメガネをしているが、若さ故かPTAのおばちゃんの雰囲気はない。

 

「私は東山院芽亞莉と申します、はじめまして。ステージまでの案内役を仰せつかっております。こちらへ」

 

ダンディな俺を前にしてもメアリさんは欲情しない。彼女にはすでに獲物(トム君)がいて、それ以外の男は眼中にないのだろう。

俺としては有り難いが、トム君としては悲惨である。

 

「よろしいのかな? 東山院さんの娘と言えば……あなたもコンテストに出るのでは?」

「ご心配なく。私のチームの出番は最後なので時間はあります。それにこの()に及んで慌てるようなレベルの低い修練は積んでおりません」

 

と自信を覗かせるメアリさんはコートを羽織っていた。おそらくあの下には、コンテスト用の衣装が隠れているのだろう。

だが、メアリーさん。残念ながら君の思うようにはいかない。

君の出番を待たずに、このコンテストは延期になってしまうんだからな!

 

 

「ここからは階段が続きます。足元にお気をつけて」

南無瀬組を先導していたメアリさんが速度を緩め、慎重に俺をエスコートする。

 

「ありがとう」

「いえ、ご年配の男性に対する当然の配慮です」

 

階段を抜けて、メアリさんの進行速度が戻った辺りでこっそり――

 

「メアリさん、俺の正体に気付いてないみたいですね」

「母親の杏はんから聞いとるかと思ったんやけど……まっ、ええことや。ミスターはんの正体を知っている連中に『正体を絶対にバラさんように』って念書を書かせて良かったわ」

 

そんなことを真矢さんと話していると、

 

「……何か?」耳の良いメアリさんがこちらを振り返った。

 

「…えっ、いや別に」

言葉を窮した俺を助けるように、「芽亞莉さんもコンテストに出るのなら、気になる男の子がいるんですか?」と、音無さんが話しかけた。

その聞き方が恋バナに興味ありな女子そのもので、意外と彼女も役者なのだと感心する。いや、素で恋バナをしてみたかったのかな?

 

「私、ですか……いますよ。是が非でも結婚したい子が」

メアリさんは強く言い切った。

 

「ほへぇ、お熱いですねぇ。その男の子とは結構深い仲だったり?」

「え、ええ、はい……」

強引な音無さんのペースに巻き込まれるメアリさん。適当にあしらえばいいのに「その子は私の幼なじみなんです」と律儀に答える。

 

「幼なじみ!? すっごい、実在するんですね!? じゃ、じゃあ手とか繋いだり?」

「はい、繋ぎました」

「わあっ! 羨ましい! なら、抱きしめたり?」

「はい、ギュッとしました」

「ほんぎゃあ! ちくしょう! そんなら寝技したり?」

「はい、押し倒しまでは出来たのですが、その先はまだ……」

「くそっ! はぜろっ!」

音無さん、どんどん本音が漏れ出しているよ。

 

「ですが……幼なじみは、トムは私との婚約を解消してしまい……トム、どうしてなの? 私の何がいけなかったの、ねえ教えてよ。このままじゃ、トムが他の女のモノになってしまうかもしれない。トムが私以外の女と裸で抱き合ったりしたら……私は……私は……!!」

 

音無さんの質問攻勢が、メアリさんの良くないスイッチを押してしまったようである。

壁に向かってブツブツ言い始めた彼女に、「お、おう」と南無瀬組一同で距離を取ってしまった。

 

へへっ、メアリさんから立ち上る暗黒瘴気の禍々しさと言ったらどうだ?

マイサンことジョニーがチョロっと漏らしかけたぞ。

トム君、きみがこのチョロイン(尿意的な意味で)から逃げきれる未来図が想像出来ないよ。

 

まあ、何はともあれ俺が彼女の獲物でなくて良かった。

瞳から怪しげな光を放つメアリさんを見ながら、そう安心していると――

 

「お父さぁぁん!!」

 

通路の向こうから、ぶんぶん手を振って紅華(ファザコン)が走り寄ってきた。

非常に不本意なことだが、その瞳も怪しげな光を放っていた――

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

音無さんと椿さんによって紅華は昨日同様に処理され、俺は貞操満足に舞台袖へたどり着いた。

 

「まあまあ、よくお越しくださいザマした……芽亞莉、案内ご苦労様」

「大したことじゃないわ、お母さん」

「そう、あなたは自分のグループの所に戻るザマス。後は私がやるザマスよ」

「分かった――では、ミスターさん。私は紅華さんの縄を解かないといけませんので、これで失礼します」

「ええ、案内ありがとうございました」

 

メアリさんが俺たちに一礼して離れていく。代わりにアンさんが近付いてきた。

 

「改めてお礼を言うザマス。コンテストに華を添えてもらって、三年の女子生徒たちやスタッフたちの大きな労いになったザマス」

 

「そんな……俺、うおっほん、私がやりたくてやっているだけですからお気になさらず」

 

お気になさらず……俺の心からの願いである。

これから起こす事は、コンテストに毒華を添えるようなもんだ。

気にしないでもらうと良いな……無理だろうけど。

 

「ふふふ、ダンディな演技も美しいザマスね。歌の方も期待するザマスよ」

 

そう言い、アンさんはスタッフの方へ歩いて行った。

 

 

すでに前のグループのパフォーマンスは終わり、この場にスタッフ以外の姿はない。

多分、少女たちと俺が接触しないようアンさんが計らってくれたのだろう。

 

舞台袖から覗いた円型闘技場の観客席には、コンテストに出場する三年の少女たち、彼女らの応援に駆けつけた後輩の少女たち、それに祭りの一種と楽しむ東山院の一般の方々。

パッと見で五千人は下らない。

 

俺が出た舞台の中でも、最大の規模である。

緊張するな、と言う方が無茶だ。

 

舞台の前には審査員席が設けられ、ダンスや歌唱の分野で名を轟かせる中年の女性たちが座っている。

テレビで観たことがある人もいるな。彼女らに値踏みされると思うと、緊張が加速してしまう。

 

 

すでにミスターのパフォーマンスの件は周知されている。

サプライズで登場すると、暴走する婦女子が出るので事前告知は必須。そういうわけで、観客席から聞こえてくる喧噪には「おとこ」の三文字が多く含まれていた。

 

「こういう時は頑張ってな、と言うべきなんやろうけど」

「分かってます。ほどほどに、ですね」

「何があってもあたしたちにお任せ!」

「暴女は滅する。問題ない」

「ありがとうございます。じゃ、女子も審査員もみんなまとめて、俺の歌に()()()()()()()()()()()

 

頼れる南無瀬組の人々と最後の会話を済ませ――その時はきた。

 

 

 

『プログラムを中断して、これより男性によるパフォーマンスをするザマス。名前はミスターさん、それ以外の情報は彼のプライバシーに関わるので教えないザマス。皆さんも追及してはダメザマスよ』

 

ステージに上がったアンさんが観客たちに注意する。

 

『この企画は、三年の皆さんの活動に感動した彼からの申し出ザマス。いいザマスか、彼の献身を裏切るようなことは決してしないように。淑女らしく静かに聞くザマスよ』

 

アンさんの話が終わり、舞台袖に戻る彼女と入れ違う形で俺は舞台に出た。

 

 

舞台の中央に立て掛けられていたギターを取り、ストラップを肩に掛ける。

マイクの位置を微調整して……俺は観客席の方を改めて見た。

 

「きゃあーきゃあー!! おとこぉぉぉぉ!!」

 

と、けたたましい喜びの声を上げるのは、一般客が座るエリアからで、お見合い指定校の生徒らがいるエリアは比較的落ちついている。

彼女たちには狙うべき男子(ターゲット)がすでに存在するので、俺へあまり肉食する気がないのだろう。

 

みんな、悪いな。

せっかく作り上げたコンテストだけど、ここで終わりだ。

男子たちの夢のため、俺はみんなの敵に回るぞ。

 

正体がバレないようMCは短く――

 

「前途ある若者たちに、この歌を捧げます」

 

曲名を口にする――

 

「『祝いの酒』」

 

さあ、俺の美技に酔いな(直球)!


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