『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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現れた脅威

弱者生活安全協会(じゃくしゃせいかつあんぜんきょうかい)

通称・ジャイアン。

 

ジャイアンと聞くと日本人として別のものを想像してしまうが、もちろんこちらのジャイアンは横暴でたまに綺麗になるガキ大将とは違う。

 

 

ジャイアンの活動は読んで字の如く、弱者の生活が安全であるように支援すること。

『弱者』と、はっきり言い切るところに不知火群島国のお国柄を感じる。日本ならもっと当たり障りない名前にしただろう。

 

で、その弱者なのだが大きく三つに定義されるそうだ。

一つ、身体あるいは精神に障害がある者。

一つ、貧困により衣食住が不十分な者。

そして、最後に……

 

 

 

 

 

 

「うちは弱者生活安全協会 南無瀬支部の副支部長を務める南無瀬(みななせ)真矢(まや)って言います。どうぞよろしゅー」

 

現れた白のレディースーツの集団、その先頭に立つキツネ目の美女が挨拶をした。

関西弁っぽい喋りだが、どことなくイントネーションが違う。

まるで関西への修学旅行から帰ってきた生徒が、得意気に口にするエセ関西弁みたいだ。ニワカ臭がぷんぷんする。

 

そもそも日本語を喋っているわけじゃないから、俺の脳が彼女の言葉をエセ関西弁に翻訳しているのだろう。なぜ関西弁?

 

歳は二十代後半くらいか。肩までかかるミディアムヘアーと、薄い化粧を施した肌には瑞々しさがある。

でも、若者特有のフレッシュさはない。口元を一文字に結ぶキャリアウーマンを数人従えて、南無瀬組の本丸に乗り込んできた彼女には若者が持ち合わせない狡猾さが見え隠れしていた。

 

 

「よく来たな、真矢。元気そうで何よりだ」

 

「妙子姉さんもご機嫌麗わしゅうで何よりっすわ」

 

南無瀬真矢さんと南無瀬妙子さん。共に南無瀬の姓だ。

ふーむ、つまりこの二人は

 

「真矢さんは妻の従姉妹にあたる人だよ」

と、おっさんが教えてくれた。

 

ありゃ、従姉妹だったか。姉妹かと思ったが……言われて見れば歳が少し離れすぎかな。

 

あの若さでなんたら協会の副支部長?

この南無瀬島は南無瀬領とされ、代表である妙子さんの姓も南無瀬。

なるほど、南無瀬の一族の力は俺の想像よりずっと強いのかもしれない。

 

 

「君が三池拓馬はん?」

真矢さんが俺の方へ向き直る。

 

「そうですけど、何の用ですか?」

わざときつめの口調で返す。

 

事前に妙子さんとおっさんからジャイアンが俺の自由を侵害する組織だと聞いている。

だいたいジャイアンという名前の組織が良い組織であるはずがない。きっと俺が勝手にリサイタルを開いていたからイチャモンつけに来たんだ。

ここは警戒心をもって、相手のペースにしないよう気をつけないと。

 

「はっはっは、そう睨まんで。こないなごっつ男前の男性に注目されたら、うちドキドキしちゃうわ」

 

しかし、暖簾に腕押しと言うか、真矢さんは俺の敵意を物ともしない。やりにくいな。

 

「まっ、こっちの話は簡単でな、君を弱者生活安全協会の南無瀬支部へご招待したいんや」

 

「いきなりですね」

 

「われわれは~、障害者、貧困者の支援を主な活動としているが、協会設立当初から最重要活動方針は【男性の救済】である。うへぇ、自分で言うて凄くお堅いな、これ。まっ、そんな方針からすると、君は最優先保護対象なわけや。えーと、聞くところによれば、外国の人なんか? 不当に連れて来られたのがホンマなら保護優先度がマシマシっすわ。この国で安全に暮らせるようにサポートさせてもらうさかい、ちょいと一緒に協会支部へご足労願います。なっ!」

 

ぺらぺらと、よく回る舌だ。

砕けた口調に油断しそうになるが、だが待て。

俺がこの国出身でないことはすでに承知なのか。妙子さんが伝えたわけないし、南無瀬組の誰かか……それともあの時ファミレスにいた人から聞いたのか。

どちらにしても厄介な組織みたいだな。

 

「そうは言うけど副支部長殿。三池君は昨晩の騒動の影響でまだ心身共に疲れている。無理に動かすのは酷だ。あたいの組でしっかり世話するから今日のところはお引き取りして欲しいねぇ」

 

「妙子姉さんは面倒見がいいな~。けど、うちらも負けてない。協会支部には男性がくつろげる施設がバッチリ用意されているんやで。そもそも、南無瀬組は人の出入りが激しく慌ただしい。男性をお泊めするには向いてないんやろ? っと、向かないのは建物だけやなく……ふふっ」

 

真矢さんのキツネ目がさらに細くなり、その視線は妙子さんの後ろで控える黒服の人たちへ飛んだ。

 

「「「っ!」」」

黒服の人たちが僅かに動く。

 

「やめなっ! お前ら!」

 

妙子さんが大声で部下を制止させる。

 

「「「す、すいやせん。妙子様」」」

 

ちょ、マジ止めてくださいよ、この空気。

妙子さんを頭にする黒の集団『南無瀬組』

真矢さん率いる白の集団『ジャイアン』

 

どうやらこの二つの集団は仲が悪いらしい。

対立する集団の間にいて、両陣営から発せられる敵意の衝突地点にいる俺が言うのだから間違いない。

 

隣のおっさんが全身を微弱振動させている。きっと俺も端から見れば似たようなもんだ。ガクガクブルブル。

 

 

「真矢よ、最近のジャイアンは安い挑発を売るのも仕事のうちなのか?」

 

「はっはっは、挑発だなんて邪推せんといて。あ~でも、些細な誤解で殺気立つような人たちに男性のお世話をさせるのは危ないかもな?」

 

やめて! これ以上場の空気を悪くしないで!

 

「てめぇなぁ」

 

「妙子姉さんが何を言おうと、うちらとしては三池拓馬はんの保護という提案を曲げる気はない。そもそも南無瀬組に彼をどうこうする権限はあるんか? 南無瀬組は南無瀬領の犯罪取り締まりを目的とした組織やろ。いつから男性の保護を活動項目に追加したんかな?」

 

「ぐ……ぬぅ」

 

「うちらは男性の救済という最大の活動方針を持ってる。もち、それは協会設立当初から掲げられているもので、国民の誰もが知っとると思うんやけど?」

 

さっき妙子さんが言っていたな。

「相手は公的な団体で、大義名分がある」って。

これは南無瀬組には厳しい相手だ。

 

南無瀬組には一宿一飯の恩がある。

右も左も分からない俺に甲斐甲斐しく風呂や寝床や食事を用意してくれたのは、本当に嬉しかった。地獄に仏だと思った。

 

その人たちが煽られるこの場は、俺にとって不快でしかない。

 

だから。

 

「もういいです。行きますよ、ジャイアンさんの支部ってやつに」

 

俺は真矢さんに向かって、一歩踏み出した。

 

「三池君、すまない」

頭を垂れる妙子さんに「いえ、ありがとうございました」と礼を言う。

 

「うちらの提案を呑んで頂き感謝に堪えまへんわ」

 

「もう少し穏便に出来なかったんですか?」

 

「はっはっは、性分なんで堪忍してや」

 

「あっ、そう」飄々していてつかみ所のない人だ。けど、苦手でも訊かなきゃいけないことがある「でも、そちらに行く前に確認があります」

 

「なんや?」

 

「俺は不知火群島国の人間ではありません。自国民でない者を保護してどうするんですか? 俺の国は日本って言うんですけど、そこに戻してくれるんですか?」

 

「もちろんや。男性の意志を無視した国家間の移動はでっかい国際問題になる。戦争の火種になってもおかしくないんやな、これ」

 

おいおい、ちょっと話の規模が大き過ぎじゃないか。

 

「仮に、拓馬はんが犯罪組織によってうちらの国に連れて来られたとしても、日本という国からすればうちらが誘拐したも同じに見える。男性の誘拐にはどの国も敏感なんや」

 

いやぁ、俺の国はそこまでビンビンじゃないっすよ。

 

「せやから、国際問題に発展する前に、ちゃっちゃと返すのが大事ってことや。日本……という国はうちの記憶にはないけど、世界のローカルな地名かもしれへん。うちらが必ず見つけだし、君を故郷に戻してみせるわ」

 

「じゃあ、それまで俺はジャイアンさんの監視下に置かれるんですか?」

 

ここが異世界や他の星となれば日本があるわけない。と、なると俺はずっと不知火群島国にいる羽目になる。

家出をしたおっさんの話を思い出す。

男性が貴重だからと、俺まで軟禁されたらたまらないぞ。

 

「なるべく不自由のないよう配慮はするで。外出も護衛付きなら可能や」

 

そこが落とし所なわけね。

ちっくしょう、んなガチガチの生活をしながら日本に戻る方法を見つけられるのか……

ジャイアンなんて振りきって独自に外を探索出来たら良いのに。

まあ、そうしたら孤高少女愚連隊みたいな輩にすぐ襲われるんだろうけど。

はぁ~。

 

「質問はもうええんか?」

「ええ、まあ」

「んじゃ、付いて来てや」

 

真矢さんに連れられ、俺は大広間を出ようとした。そこに

 

「三池君!」おっさんから声が掛かる。「大変だろうが、頑張りたまえ。同じ男として相談にはいつでも乗るぞ」

 

おっさんが俺の右手を両手で握りしめた。激励のつもりかな……と思ったが……あっ、これは。

 

「ありがとうございます。必ず連絡します」

俺は頭を下げ、おっさんと別れた。

 

 


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