『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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愛のある? 着信

体制への反逆。

自由への闘争。

 

言葉だけ聞くなら、なかなかに胸を躍らせる文句である。

だが、実際自分が巻き込まれ、あまつさえ首謀者扱いされるかもしれないとしたら、躍っている場合じゃない。

 

真っ先にすべきは、南無瀬組への連絡だ。

 

音信不通になっているので相当心配をかけているだろう。

まず俺や陽南子さんが無事であることを伝え、()いで外の状況を教えてもらおう――情報を集めないと、トム君たちの闘争を傍観すべきか、止めるべきかの判断すらままならないからな。

 

「あらぁん、まだ寝ていた方がいいわよぉん」

と言う保健医の丙姫さんの制止をやんわり断り、俺はベッドを出た。

 

目指すは体育館、そこに落とし忘れた携帯電話を入手しなければならない。

 

「タクマさん! どちらへ行かれるんですか? 病み上がりはお辛いでしょうから、人を付けましょうか?」

 

悪い意味での曇りなき瞳を俺に向けるトム君、まるで狂信者だ。とても単独行動を許してくれないようなので、

 

「いや、一人で交流センターを回りたいんだ。トム君たちが、どう頑張って闘争しているのか……誰にも邪魔されず、この目でじっくり観察させてもらうよ」

 

と、うそぶく。

 

俺の取って付けた言い分に対して、トム君の反応は劇的だった。

 

「そ、それってタクマさんたちが僕たちの頑張りを評価するってことですよね!?」

 

「あ、うん……まあ、そういうこと、かなぁ?」

 

「うおおっ! タクマさんが直々に評価! 燃えます! 全員に励むよう言ってきます!」

 

炎のエフェクトを纏いそうになりながら、トム君は保健室から飛び出して行った。

 

あれ、もしかして火に油を注いでしまったか……俺の頬を冷や汗が伝う。

 

これまで湿気(しけ)た枯れ草だった男子たち――まったく燃えそうになかった彼らが、ちょっとした衝撃で発火する危険物へと様変わりしている。

細心の注意を払って付き合わないと、この事件はさらに炎上しそうだ。やべぇ。

 

「施設内を回るなら、拙者が付き従うでござるよ」

 

男子籠城事件の渦中にいる女性、という特異的な立場なのにも関わらず、陽南子さんは変わらず「ござる」をしている。

 

母親の妙子さん譲りで肝っ玉が大きいのか、それとも――

 

「有り難いんですけど、気持ちの整理もしたいので一人で大丈夫です」

 

「そうでござるか?」残念そうに肩を落とす陽南子さんだったが「何かあれば、拙者に言って欲しいでござる。盾にでも鉄砲玉にでもなるでござるよ!」と、俺を気遣ってか殊更明るい声を出した。

 

「ええ、何かあれば遠慮なく助けてもらいますよ」

そう言いながらも、俺は陽南子さんを直視出来ず、目線を下げた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

あった!

 

病衣から普段着に着替え、誰にも見つからないよう体育館へ侵入し、壇上袖をごそごそ探索すること少々――どうにか俺は携帯電話を発見した。

 

ボタンを押してみると、暗かった画面に光が灯る。

ふぅ、電池切れという最悪の事態は回避出来たようだ、良かった良かった。

そう思いながら、操作を始めてすぐ、

「ヒエッ!?」

と、俺は声を上げてしまった。

 

 

着信が二百件を超えとる……

 

発信者は、え~と、ほとんど南無瀬組の人だな。

真矢さんや妙子さん、ダンゴの二人、おっさん、それに黒服のみなさんだ。

 

携帯の文字は不慣れな不知火群島国語であるが、人の名前は読めるように勉強していた。おかげで何とか分かる。

 

南無瀬組以外の人では、『悪しきお姉ちゃん』こと天道咲奈さんの名前もあった。

留守電も入っていたが――ここはスルーだな。

今は相手をしている暇がないし、もし俺の現状をあのお姉ちゃんっ子が知ったのなら、絶対に面倒なことになる。俺の貞操を賭けても良い。

 

どうせ「タッくんの声が聞きたくて電話したの」とか、そういう内容だろ。この事件が終わってから電話をかけ直せばいいよな。

 

 

咲奈さん以外にも留守電を残している人は多い。

その中でも一番の留守電件数を叩き出しているのが真矢さんだ。

 

何気なく、俺は真矢さんの留守電を再生した。

発信時間からして、おそらく籠城事件が発覚した直後だろう。

 

『もしもし拓馬はん! 大丈夫なんか!? ああ、なんやこれ、何なのよもう、籠城って冗談でも笑えないわよ! 体調はどう? いま、寝ているの? 男子たちに傷つけられていないよね? お願いだから電話ください! お願い拓馬君!』

 

…………切迫している感がヒシヒシと伝わってくる。

 

真矢さん、途中からエセ関西弁をかなぐり捨ててまで俺を心配してくれて……本当に申し訳ない。

 

これ以降も真矢さんからの留守電は来ていた。

いつも俺のために動いてくれるマネージャー兼プロデューサー。

彼女が今回の事態にどれほど心を痛めているのか知っておかなければならない――そんな気がして、真矢さんの留守電を次々と再生していく。

 

 

『今、交流センターの前です。拓馬君、これを聴いたのなら何かアクションをください。お願いしますっ!』

 

真矢さん……

 

『拓馬君、まだ連絡出来ませんか? 警察やマスコミがたくさん来て、大変なことになっているけど、何があっても私が守るから! だから、拓馬君の声を聴かせてっ……うっ、ぐぅぅ』

 

ま、真矢さん? なんか苦しそうだ。

不思議に思いながら、次の留守電を再生する。

 

『はぁはぁ……あぐぅぃ、た、足りない……だくま君、声を、き、聴かせて』

 

足りない? どういう意味だ?

明らかに真矢さんの様子がおかしくなってきている。

留守電の再生ボタンを押す指が震えてきた。

 

『ぐだぁざい……だぐ、まぐん……な゛んでもい゛いから、あ゛なだをぐだぁざぃ』

 

真矢さんの身に何が起こっているのか分からないけど、この濁点の数はヤバい。

これ以上は聴きたくないけど、怪談話を聴くような怖いもの見たさで、次の再生ボタンを押してしまった。

 

『あ゛ぁん゛~~う゛ぁ~~、がぁ~~』

 

ひえっ!?

ついに人語ですらなくなった。

どこから出せばこんな声になるのか、と感嘆してしまうほどのゾンビボイスだ。

 

変なウィルスに感染したのか、呪いの仮面でも被ったのか……

真矢さんの身を案じずにはいられない。

 

 

 

 

「おっ?」

留守電ばかり気にしていて見落としていたが、メールも来ている。

送信者は音無さんと椿さんだ。

 

変だな?

二人とも俺が文字を読めないって知っているのに。

 

メールは何通も来ているので、届いた順に開いていく。

まずは音無さんのメールから。

 

 

『 (>ω<;) 』

 

これは、顔文字か?

 

『 (/□≦、) 』

 

悲しんでいるような顔文字が何件も送られてきている。

顔文字で自分の感情を伝えようとしているのか……

 

時間は昨日の夜から今日の未明にかけて……音無さん、いつ寝ているんだ?

その前の晩も、病院に泊まり込んで俺の看病をしていたみたいだし。

 

 

『 Σ( ̄ロ ̄lll) 』

 

ん、何か驚いている。

ああ、送信時間が朝七時過ぎだ。たぶん、籠城事件を知ったのだろう。

 

『 ヽ(´Д`;ヽ≡/;´Д`)/ 』

 

『 ε-(=`ω´=) 』

 

『 ゜・(≧◯≦)・゜ 』

 

う~ん、焦ったり、怒ったり、泣いたり、混乱してますなぁ。

顔文字のせいか、いまいち危機感が伝わらないのが残念である。

 

こんな感じで多種多様な顔文字で俺のメール欄を荒らした音無さんは最後に、

 

 

 

『 (゜∀。*) 』 

 

このラリッた顔を残し、連絡を途絶えさせていた。

や、やべぇよ……やべぇよ……どんな精神状態なんだよ。

 

怖くなったので、俺は音無さんのメールを閉じた。

 

次は椿さんか……正直あまり見たくはないのだが、毒を喰らわば皿までと言うか、乗りかかった舟と言うか、ともかく着信順に開いてみよう。

 

 

 

『┃д・)』

 

 

『┃д・)』

 

 

『┃д・)』

 

 

こ、これは……!?

 

ひたすら、壁からジーと見る顔文字が続いている。

不穏っ!?

 

音無さん同様に、こちらも昨晩から定期的に送られてきている。二人とも、いい加減寝ろっ!

 

『┃д・)』

 

 

『┃д・)』

 

 

にしても、事件が発覚しただろう時間になっても顔文字が変わらないな。

ここまで一貫した行動をされると、メールの内容が一般人の脳に優しくなくても、とりあえず感心しちまうぜ。

 

 

『┃д・)』

 

『┃・)』

 

『┃)』

 

お、顔文字がなくなっていく。

ようやくガン見メールを送るのを止めてくれるのか。

だんだん消えていくスタイルに、椿さんの未練や執拗さを感じるが、まあ深くは考えまい。

 

『┃』

 

よしよし、完全に消えたな……

あれ、まだメールが残っているぞ。

 

 

 

 

『┃』

 

 

『(┃』

 

 

『(・┃』

 

 

『(・д┃』

 

 

反対側に回り込んだ……だとっ!?

ちくしょう、わけがわからねェ! 何がしたいんだ、あの人?

 

 

 

真矢さんのゾンビ留守番電話。

そして、音無さんと椿さんの不審メール。

 

やり方は置いておくとして、三者三様に俺を心配? する想いを表現していた。

愛されているな、俺。

 

早く「自分は無事だ」と連絡して安心させないと。

 

そう思って俺は携帯を操作し、電話をした――

 

 

 

――妙子さんに。

 

いやぁ、あの三人に返信するのはキツいっすわ。

 

 

 

 

 

コール音が切れ、

 

『もしもし! 三池君か! 大丈夫か!?』

妙子さんの興奮気味の声が聞こえてきた。

 

「ご心配かけました。返事が遅くなってすみません。さっきまで寝ていて、やっと熱が引いて動けるようになりました」

 

『そいつは良かった。事件のことは知っているんだよな?」

 

「ええ、起きたら周りがとんでもない事態になっていて……まだ、混乱しています」

 

「詳しく色々尋ねたいが、その前に……陽南子の方はどうだい? 無事か?』

 

「陽南子さんも元気です。男子たちから危害を加えられてもいません」

 

『はぁ……』妙子さんが盛大なため息を吐いた。

娘の安否が分からず、気が気でなかったのだろう。愛の溢れるため息だ。

 

「あの……妙子さん。ところで」

電話を始めてずっと気になっていたことを訊いてみる。

 

「今、どちらにいらっしゃるんですか?」

 

 

はぁはぁはぁはぁ……

はぁはぁはぁはぁ……

はぁはぁはぁはぁ……

はぁはぁはぁはぁ……

 

 

受話器越しに無数の荒い息が聞こえてくる。

 

妙子さん、野犬の群れにでも囲まれているのか?


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