『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ドラマチックな別れを

昨日着ていた服はまだ洗濯中ということで、俺は南無瀬組からもらったシャツとジーンズ姿で外に出た。服は後日届けてくれるらしい。

ギターを始め、持ち物を全部抱えて、最後に一度屋敷の方を振り返る。

 

あの荘厳な木の門の前には南無瀬組の方々が勢ぞろいしていた。

 

「昨晩は泊めて頂き、ありがとうございました」

 

真矢さんから南無瀬組は男性が安らげるところじゃないと言われ、組員の人たちは嫌な思いをしただろう。

 

それは違う、一晩だけだが俺の衣食住の世話をした組員さんたちは、みんな良い人だった。

些細なことにも気遣いがあってリフレッシュ出来た。俺の偽りない本心だ。

その気持ちを「みなさんのおかげでのんびり疲れを癒すことが出来ました。本当に助かりました」

という感謝の言葉に乗せた。

 

心なしか組員の人たちの表情が柔らかくなった気がする。

 

「また来いよ、歓迎するぜ」

「はいっ!」

 

最後に妙子さんと言葉を交わして、俺は南無瀬家に背を向けた。

 

 

あ、そういえば音無さんと椿さんはどこに行ったのだろう?

ライブ会場から飛び出したのを最後に見てないな。

あの二人にもなんだかんだで世話になったから一言お礼を言いたかったのに。

 

 

やや後ろ髪引かれる想いで、ジャイアンの車に乗ろうとすると――車の前にダンゴの二人が立っていた。

 

 

「なんや自分ら?」

 

「み、三池さんのダンゴです」

「おな、じく」

 

なぜか二人とも肩で息をしている。今の今まで激しい運動でもしていたように。

 

「ダンゴ? 昨日の今日で拓馬はんがダンゴを雇えるはずが……ああ、妙子姉さんやな。大方、臨時で付けたんやろ」

 

「臨時でも何でもあたしたちは三池さんのダンゴです。あなた方がジャイアンであろうとも、三池さんの意志に背いて連れていくことは許しません」

 

音無さん……

公的な組織であるジャイアンに対して毅然とした態度を取っている。ただの性欲旺盛な人だと思っていたけど、言う時は言うんだなぁ。

 

でも、音無さん。

昨晩、俺が自分の意志に反して南無瀬組へとドナドナされていく時は、臨時のダンゴ就任という餌に釣られ「行きましょ行きましょ」と人の背中を押しまくってなかったっけ……俺は空気の読める男だからツッコまないけど。

 

 

「承諾ならちゃんと取ったで。なんも問題あらへん」

 

「そうするよう追いつめておいて、よく言う。ダンゴは護衛対象の身体だけでなく、心も守る。このやり方は三池氏の精神的な負担になる。認められない」

 

椿さん……

大義名分のあるジャイアンに対しても、俺のために一歩も引かない態度を取っている。ただのムッツリスケベだと思っていたけどやる時はやるんだなぁ。

 

でも、椿さん。

今朝、俺の着替えを覗き見ていたよね、こちらの精神的負担をまったくと言っていいほど考慮せずに……俺は空気の読める男だからツッコまないけど。

 

 

「えらい好戦的なダンゴたちやな。カッコええこと言うても自分ら、拓馬はんのダンゴをお役御免になるのが嫌やから妨害しとるとちゃうんか?」

 

真矢さんのズバリとした指摘に二人の身体がビクッと震える。図星にしてもバレバレ過ぎぃ。

 

「さらにや、上手いこと懐柔してゆくゆくは結婚を狙おうとしとるとか?」

 

ビクビクッ! また二人が揺れる。

そこは動揺しないで欲しかった。

 

「……ええ、そうですよ。あたしは浅ましい女です。ダンゴになった理由に結婚したいから、って気持ちがあったことは否定しません。でも、それだけじゃないです」

 

「男性を守り、お役に立ちたい。それは本心」

 

「三池さんはこんなあたしたちを嫌な顔一つせず受け入れて、傍にいさせてくれた。そのご厚意に報いなければ女が廃るんですよ!」

 

「立派な言葉や、耳に入れる分にはな。で、現実問題どうなん? ここでうちらを退けて、それで自分らは拓馬はんをどうするんか? 拓馬はんはこの国に来たばかりで居住する場所もないねん。また南無瀬組に住まわせるんか? それとも自分らの家にでも連れて行くんか? ここは彼にとって異国や、どうサポートするのかしっかりしたプランはあんのか?」

 

「そ、それは」

 

「拓馬はんのために何がベストか、いっぺん頭を冷やし……っ!!?」

 

まだ何か言おうとする真矢さんを、俺が手で阻止した。

口を閉じてください、と暗に伝える。

 

 

 

――もういい、もういいんだ。

 

俺は消沈するダンゴ二人に近づいて、優しくその名を言う。

 

「音無さん、椿さん」

 

「「み、三池さん (氏)」」

 

もたれ掛かるような目がこちらに向けられる。それに対して俺は。

 

「ぶっちゃけ、二人の奇行にはドン引きしてばかりでした」

本音をブチまけてみた。

 

「「ひぐっ!?」」

 

「二人からすれば、俺は嫌な顔一つしていなかったかもしれません。でも、内心ドン引きでした」

 

大事なことなので、二回言う。

 

おろおろと汗だくになる音無さん。顔色を白くして固まる椿さん。

昨日から散々受けたセクハラのツケはこのくらいでいいだろう。ここからだ。

 

「けど、その突飛な行動に救われた部分もあるんです」

 

秘技、落として上げる。

 

「急に少女たちに襲われたと思えば、実は異国に迷い込んでいて、俺、かなり不安でした。そんな暗い気持ちを二人の賑やかさが払ってくれたんです。グイグイと絡んできて、落ち込む暇もなかったくらいですよ。音無さんと椿さんがいなかったらどうなっていたことやら。もしかしたら孤高少女愚連隊にやられていたかな、はは……ですから、肉体的にも精神的にも助けていただいて、本当にありがとうございました!」

 

おっさんや妙子さんにも頭を下げたが、このダンゴ二人にはもっと深々と下げる。それだけの恩義を感じている。

 

 

「……」

「……」

 

 

「ほな、行こか」

横槍を入れることもなく、待っていてくれた真矢さんが車のトランクと後部座席のドアを開けた。

 

「はい」

 

俺は下を向いて表情を見せないでいるダンゴたちに、もう一度礼をして荷物をトランクに入れ、車に乗る。

 

隣に座った真矢さんが「君、ええ男やな」と言ってきたが、返事はしなかった。

 

 

 

運転席のキャリアウーマンがアクセルを踏み、車が動き出す。

俺に配慮してか、ゆっくりとした走り出しだ。

 

――と。

 

「三池さあああっん!!」

「三池氏ぃ!」」

 

車の外からダンゴ二人の声がした。

後ろの窓を見ると、音無さんと椿さんが泣きながら車を追って来ている。

 

「こちらこそ、ほんとーにありがとうございました!」

「感謝、ひたすら感謝」

 

車の窓を開けて、顔を出す。

「危ないで!」と真矢さんが止めようとするが、これくらい大目に見てくれ。

 

 

「二人とも、最後にこれだけ言わせてください!」

顔に当たる風に負けないよう大声を出す。

 

「なんですかああ?」

「?」

 

「男と話す時は、ガツガツせずにもう少し欲望を抑えた方がいいですよー! 慎みを持つべきです! 二人とも可愛いんだからああ!」

最後はリップサービスだ。本音も、まあ少しは含まれているけど。

 

「えっ、えと、そんな」

「は、恥ずかしい」

 

焦る二人を後目(しりめ)に車はどんどん進む。

 

さようなら、音無さん、椿さん。

一日にも満たない時間だったけど、ありがとう。

 

 

 

 

俺はもう一度心の中で礼を言うのだった、小さくなっていく二人に――

 

 

 

 

 

 

小さくなっていく二人に――

 

 

 

 

 

ち、小さくなっていくふ、二人に――

 

 

 

 

 

 

ち、ちいさく――?

 

 

 

 

 

 

「み、三池さん! 可愛いって言ってくれましたよね。ほ、本当なんですかああ!?」

 

「本気と書いてマジ?」

 

 

小さくならねーよ、あの二人!

 

 

俺が窓から顔を出していることで、車のスピードはそれほど速くない。

だからと言って、人間の足でずっと追跡できるほど遅くもないはずだ。

 

 

うわっ……俺のダンゴ(仮)、足速すぎ……

 

 

 

「ちょっと! 二人とも、もう結構ですから! 車道めっちゃ走っているじゃないっすか! 危険ですよ!」

 

俺がいくら声を掛けても、興奮したダンゴの足を止めることは出来なかった。

 

やべぇ、このままだと。

俺の嫌な予感はすぐ実現する。

 

 

赤信号だ。車が減速し、止まってしまった。

 

 

せっかくドラマチックな別れをしたと思ったのに……

ダンゴに追いつかれ、締まりの悪い終わり方に俺は赤面した。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

ジャイアンの車中から南無瀬市の町並みに目をやる。

昨日は夜だったこともあり、どんな所かきちんと見ていなかった。

陽の光の下、改めて観察する景色は――日本にそっくりだな、だった。

 

南無瀬島の中心だけあって発展している。

背丈のあるビル群が空から来る熱線を反射してキラキラ輝く。通りに植えられた街路樹が人工物だらけの風景に癒しをもたらす。

日本の大都市の一角と言われたら騙されてしまいそうだ。

 

ただ……道行く人に着目すればやはりここは俺の知らない世界だと痛感する。

 

女性しかいない。

スーツを着た女性たちが忙しそうに歩道を闊歩(かっぽ)している。前後左右を走る車に乗っているのも女性のみ。

男はどこだよ……もしかしたらこの世界って壮大なドッキリ企画なのでは、と抱いていた僅かな望みは消えた。そもそもアイドル研修生の俺にドッキリを仕掛ける番組はないだろう。

 

 

「見えてきたで。あれが弱者生活安全協会の南無瀬支部や」

 

前方に赤煉瓦の建物が現れた。三階建てで周りのビルよりタッパはないが、面積はなかなか。どっかの国の領事館みたいだな。

煉瓦造りの外壁に年月を感じさせるシミはなく綺麗なもの。あえて外観をレトロにしているのか、贅沢な話だ。

 

 

車を車庫に入れ「正面玄関は一般の人が大勢やから」と言って先導する真矢さんに従い、職員専用の裏口から中に入った。

 

 

「まず、南無瀬支部の支部長と面会してもらうわ。荷物は車の中に置いて大丈夫や。後で宿舎の方へ運ばせておくさかい」

「分かりました」

ここまで来れば、真矢さんの言うとおりにする他ない。

 

 

踏み心地の良い絨毯が敷かれた廊下を歩く。

時折すれ違う職員の誰もが白のレディースーツだ。みんなこちらとすれ違う時に晴れやかな笑顔で「ようこそ、いらっしゃいました。うふふ」と挨拶をくれる。

それに「はいっ、お世話になります」と愛想で返す。未だ警戒心は解けないジャイアンだけど、支援してもらうと決めたからには礼儀を示す。仏頂面じゃアイドルはやっていけない。

 

三階の一番奥の部屋の前で真矢さんの足が止まった。

部屋のプレートには『支部長室』と書かれている。

 

「心の準備はええか?」

そう尋ねる真矢さんに、俺は大丈夫だと頷く。

 

真矢さんがドアをノックするとすぐに「お入りなさい」と中から聞こえてきた。

熟成された女性の声だ。脂ぎっていて少しかすれたような声色。俺は何だか嫌な予感に襲われた。こういう勘はよく当たる。

 

「失礼しまっす」

「し、失礼します」

 

 

さあて鬼が出るか、蛇が出るか。

俺は支部長室に入った。


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