『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ここからパラダイムシフトを

女子たちが目当ての男子の隣に座った。

これまで男子と隣り合って授業を受けたことがないのか、どの女子も肩をゴリゴリくっ付けてご満悦な顔をしている。

スネ川君たちは生きた心地のない様子だが……すまん、耐えてくれとしか言えない。

 

授業の邪魔なので女子はフルフェイスヘルメットを外している。その分、防犯銃などの武器は没収され、男子たちは丸裸も同然だ――と、言っても本当に丸裸だったら彼らはとっくに食べられてしまうだろうが。

 

「まずは私の申し出を呑んでいただきありがとうございます」

 

俺は、教壇から全員に頭を下げて……

 

「席についたと言うことは、先のお願いも了承していただいたと解釈してよろしいでしょうか?」

と尋ねる。

 

「ミスターさんの言った通り、私たちにとっても悪い話ではありませんから。肖像権でアレコレ文句は言いません」

メアリさんから許可が出たので……

 

「感謝します。それでは、丙姫さん」

 

「はぁい、おーけーよん」

 

セミナー室の後方で大きく手を振る丙姫さん。彼女の周りにはパソコンやWebカメラ、三脚スタンド、スピーカーなど映像配信に必要な機材が揃っていた。

元々、セミナー室はテレビ授業が出来るよう、機材一式が用意されているのだ。

 

丙姫さんには、授業の撮影と配信を頼んでいる。男子に対して同情を持っている丙姫さんは、快く引き受けてくれた。有り難いことである。

 

「改めて説明します。授業はネットにライブ配信します。理由は二つ。一つは、私の不正を防止するためですね。衆人環視の下、映像や音声の編集も出来ないライブ放送ならば、仮に私が歌でみなさんを惑わしても即座に露見します」

 

こう言っているが、最初から歌でどうこうするつもりはない。

 

俺の歌は聴く者の精神に大きく作用するみたいだが、一時的な効果しかない。

現に熱血ソングを聴いて闘争系男子になっていたトム君らは、女子の猛攻で熱血成分を吸い尽くされナヨナヨした気風に戻っている。

 

思想大革命(パラダイムシフト)を起こすには、忘れたくても忘れられないインパクトを視聴者の根底に刻まなければならない。効果が続かない歌ではダメなのだ。

 

そこで俺が取った策が授業である。

懇切丁寧な説明を繰り返せる『授業』というスタイルで、新しい思想を根付かせるのだ。

 

「中継のもう一つの理由は、すでに『鬼ごっこ』に勝ち、この場にいない女子の方々にも観ていただきたいからです……いえ、彼女たちだけではありませんね。男性との仲に思い悩む多くの女性へ、私はアドバイスを送りたいのです」

 

思想大革命(パラダイムシフト)のためには、公開授業は必須である。

ここにいる女子だけを説得出来たとしても、ザマスおばさん率いる仲人組織や世間の声がそのままなら、トム君たちの未来は暗いままだ。

 

やるなら大規模で盛大に! 世界丸ごと変えてやる!

そんな意気込みで俺は教壇に立っている。

 

 

 

 

授業の準備は整った。撮影の方は機材のチェックが終わり、ライブ放送に必要な動画サイトのチャンネル開設も終わったようだ。

 

あと必要なことと言えば、『宣伝』である。

チャンネルの趣旨やいつ行うかの情報をあらかじめ伝えなければ視聴者は望めない。

通常ならプロモーション活動をして、地道に広報するものだが、なにぶん今は時間がない……ので、俺はトム君から携帯を借りた。

トム君のアドレス帳には、元婚約者の母親ということで、彼女の電話番号が登録されている。怪しい動きをしていないアピールのため俺は、全員の前で電話をかけた。

 

 

数回のコールが鳴り……

 

『もしもしトム君、どうしたザマスか? もしかして、敗北宣言ザマス?』

 

俺の中で宿敵認定している東山院杏さんことザマスおばさんの声が聞こえてくる。

おのれザマスおばさんめ……数々の大人げない謀略について恨み言を吐きたいが、堪えてクールダンディを装う。

 

「ご無沙汰しております。私です、ミスターです」

 

『タッ……ミスターさん。驚いたザマス、ご無事なようで何より』

 

察しが良いザマスおばさんは電話の相手をタクマではなく、ミスターとして対応してくれる。しかし、声は上ずっていた。彼女の計画では、今頃俺は陽南子さんに捕まっていなければおかしい。それなのに、なぜかトム君の携帯を使って電話をしてきた――きっと、ザマスおばさんの脳は混乱の渦中だ。

 

「実はお願いがありましてね」

 

俺はザマスおばさんの混乱を加速させるように、公開授業の話を出した。

そして、仲人組織の組織力と人脈で、この授業のことを早急に周知させて欲しいと頼む。

 

突然の話に、豆鉄砲を喰らったハトさながらのリアクションをするザマスおばさんだったが。

 

『興味深いことを考えつくザマスね』

意外や感心した風に返事し、小さく『……これが光ザマスか』と呟いた。

 

「ひかり?」

 

『ああ、こちらの話ザマス。公開授業の件はすぐに周知させるザマス。特に『鬼ごっこ』を終了している女子は必ず観るよう命じるザマス』

 

俺の方からお願いしておいて何だが……凄く協力的で気味が悪い。

まだ裏があるのかと勘ぐりたくなるが、よくよく考えれば、俺の提案はメアリさんとトム君のこじれた仲を改善する可能性を持っている。

ザマスおばさんがノリ気になるのも不思議ではないか。

 

『……ん、何ザマスか? 代われ? はぁ、わかったザマス』

 

ザマスおばさんの声が途切れたかと思うと。

 

『ミスター! あたいだ、南無瀬妙子だ』

緊迫した声色の妙子さんが電話を引き継いだ。妙子さん、ザマスおばさんと一緒にいるのか。

 

『こんな時だが、一つだけ聞かせてくれ……陽南子があなたに危害を加えなかったか? もし、そうならあたいは――』

 

「その件については、後でご報告します」

娘を想う母の言葉を、事務的に切り捨てる。

 

『あっ……そ、そうか。すまない、本当にすまない』

 

こっちこそすみません、妙子さん。

だって、どう説明すればいいのか、俺でも分からないんです。

 

信じて送り出した娘が、実はザマスおばさんのスパイで、さらに俺の股間のダイレクトアタックで浄化され、変な宗教に目覚めた――なんて、どう言えばいいんだよ。

 

「授業周知の件をお願いします。それでは私はこれで」

 

『ミスター様』

 

電話を切りかけた俺に、清涼感があって肉々しくないお声が掛けられた。

誰だ……待てよ、テレビで聞いたことがあるな。たしか……

 

『お初にお耳にかけます。ワタクシは中御門由良と申します』

 

中御門由良!? 不知火群島国のトップと言える人じゃないか!?

 

「こ、これはこれは……はじめまして」

特一級人物のいきなりの登場に、ミスターの演技に陰りが差してしまう。緊張するな、と言う方が無理だ。

 

『ミスター様の献身にワタクシ、心を打たれました。是非に公開授業を不知火放送協会でも放送させていただけないでしょうか?」

 

不知火放送協会……って、不知火群島国の国営放送か! いいっ、マジでっ!?

 

『ネットを観られない人にも、ミスター様のお心を伝えたいのです。ワタクシの名ですぐに特番を組みましょう』

 

ひぃ……由良さんからの信頼が厚すぎる。会ったこともないのになんで?

 

「ご、ご厚意感謝いたします」

くっ、ブルッてんじゃねえぞ俺! ネット配信する時点で世界を対象にしてんだ。たかだか一国の国営放送で流れるくらいが何だ!

 

「私としては一人でも多くの人にメッセージを届けたいと思っています。どうか、放送をよろしくお願いします」

 

『はい、ありがとうございます……心惜しいですが、長電話はお邪魔になりますね。また今度ゆっくりお話ししましょう……()()()()()

 

「ええ、そうですね」

一国のトップが俺と話す機会なんてそうはないだろう、きっと社交辞令だ。と、思って深く考えずに俺は返事をしてしまった。

 

 

電話が終わる。

ふぅ……領主三人と話して疲れが出るが、戦いは始まってすらいない。ここからだ。

 

「いやぁん。来場者がすっごく増えてるわぁん」

丙姫さんがパソコンの画面を見ながら嬉々と報告する。

 

「十分でしょう、そろそろ始めていただけませんか、ミスターさん?」

トム君と最前列に陣取るメアリさんが、逆三角形の眼鏡越しに挑戦的な目を向けてくる。その腕はしっかりトム君と手錠で繋がれていた。

 

機は熟した。これ以上の遅延は女子の堪忍袋の緒を切らすことになるだろう。

俺は教壇からセミナー室を見渡した。女子は強気に、男子は縋るように俺を見る。

臆するなよ、俺。

この光景がどれほど広がって放送されようと、俺が相手にしているのはあくまでセミナー室にいる人たちだ。

 

やるぞ……

 

男女の愛について語り……愛とは相手を尊重することと伝え……男子の自由や夢を認めることの大切さへと、話を持っていく。

たとえ『鬼ごっこ』に負けたとしても、トム君たちが夢を見られる世界作りをしてみせる、この授業で!

 

金曜の八時にやっていた熱血教師物、グレートで破天荒な教師物、実家が任侠の教師物。

数々の名作学園ドラマを思い起こし、自分が理想とする『教師』をミスターに上書きした。

 

「お待たせしました、皆さん。これから『(ラブ)』の話をしましょう」

 

「「「性愛(ラブ)……」」」

女子たちが呼応して口にする愛には余計な物が付いている気がする。

 

大丈夫かな、本当に彼女たちに愛を説けるかな?

頑張って自分を盛り上げているが……一抹どころか十抹ある不安を抱えながら、俺は『世界生放送・ミスターによる愛の授業』を開始した。

 

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