『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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流され続けた一日の終わりに

「あらあらもうこんな時間ね。男性の方と話すと楽しくてつい時間を忘れてしまうわ。ごめんなさいね、次の予定があるので今日はこの辺で」

 

やはり支部長となれば多忙らしい。

部屋の主であるぽえみさんに一礼して、俺と真矢さんは廊下へ出た。

 

「あの、それで俺はこれからどんな生活をすれば良いんですか?」

 

我ながら随分おおざっぱな質問だと苦笑するが、おおざっぱな説明しか受けていないから仕方ない。

 

「今晩は支部の宿舎に泊まってもらうわ。ちゃんと男性用の宿舎で職員用とは離れているから安心してな。ほんじゃ、うちに付いて来て」

 

 

 

真矢さんの案内で別館に来た。こちらも赤煉瓦だが、支部長室のあった棟より小さい。

 

今夜の寝床である一室に入って「へぇ~」と思わず言葉が出る。

シティホテルのような1DKを想像していたが、その倍ほど広い。ベッドはダブルサイズだし、風呂はトイレと別になっており、きちんと脱衣場が用意されている。

 

「なんせ拓馬はんを保護する話は急だったさかいに、受け入れ準備がまだ不十分なんや。最低限の物しかない部屋だけど、まっ今夜だけの辛抱やから許してな」

 

「いやいや十分ですよ。快適快適、ありがとうございます」

 

「そう言ってもらうと助かるわ。明日以降は支部に近い一軒家へ移る予定やから楽しみにしといてな」

 

「一軒家? 社宅みたいなもんですか?」

 

「うんにゃ、セキュリティ完備の一戸建て。なんと先月完成したばかりの新築っすわ。煩雑な家事は世話役の女性にやってもろうて、拓馬はんは無理をせずこっちの環境に慣れてな」

 

「そ、そんな破格な待遇で良いんですか!?」

 

「この程度男性を住まわせるなら当然の処置や。ただ、世話役の女性と男性身辺護衛官二名との同居になる、そこは我慢してな」

 

つまり、男一人に対し女三人での生活。

これってハーレムじゃないっすか。間違えがあったらどうすんだ、俺のジョニーが錯乱しちゃうぞ……ってエロ方面に考えられたらどんなに良いか。

日本から迷い込み一日足らずで、何となく俺は悟ってしまった。

この世界でいうハーレムとは、男の自由を縛る鎖なのだと。

 

俺は絶滅危惧種で、周りの人は飼育員。口の悪い言い方をすればそんなところだ。

おっさんが家出した気持ちが分かってきた。

 

 

 

「拓馬はん、不満そうやな」

 

顔に出ていたか。

 

「……もし、俺がどこかにアパートでも借りて、一人暮らしをしたいと言ったらどうしますか?」

新生活への拒否反応で栓の無いことを質問してしまった。

 

「君な、平和ボケするのも大概にせえよ」

真矢さんの声色には明確な怒りが籠もっている。

 

「1対30、これが何か分かるか?」

「い、いえ」

「この国の男女比。他の国も大体同じ比率やで」

 

1対30、学校で言うと一クラスに男は一人しかいないみたいなものか。想像するだけで肩身が狭くなる。

 

「な、なんでそんなに男女比が(かたよ)っちゃったんですか。戦争や伝染病とかで男が死んだとか?」

 

「ん? 別に人類生誕から今までこんなもんやで。ああ、そうか君の国では男女比は1対1やったっけ。それが普通だと思っているから、この世界が異常に見えるんやね。でも残念、これが本当の世界の普通や」

 

おかしいだろ、こんな男女比じゃあ生物として種を残しにくいじゃないか! この世界の遺伝子しっかりしろよ!

 

「拓馬はんの国の男女比で考えると、もしかして結婚は一人の男に一人の女なん?」

 

「ええ、そうですけど」

 

「はぁ、ええな。こっちでは、一人の男は最低五人の女を(めと)るよう義務づけられてん」

 

「重婚が義務って、キツいですね」

 

「重婚?」

 

「あ、えーと、一人の男性が複数の女性を娶るってことっす。今では禁止されていますけど、昔の日本では、権力者が自分の血を絶やさないように複数の女性との間に子どもを作っていたって」

 

「ふぅん、重婚か。そんな言葉があって、しかも廃れてんのか……うち、日本に住んでる女に悪い感情を持ってしまいそうや。ふふふ」

 

こらあきまへん。

真矢さんが俯いて、なんか呟いている。聞くに堪えない呪怨みたいで、今すぐ逃げ出したい。

 

「そ、そういえば」俺は無理矢理話題を振った。「男性は少なくとも五人の妻を持つって話ですけど、南無瀬組のおっ……陽之介さんにも妙子さん以外に最低四人の妻がいるわけですね。昨日と今朝で見なかったなぁ」

 

「見るわけないわ。書類上の妻たちやから」

 

「書類上?」

 

「妙子姉さんは独占欲の強いお人やから陽之介兄さんを独り占めしとる。残りの四人は籍は入れているものの別居状態。いったい裏でどんな取引があったんやろか。まあ、四人とも陽之介兄さんの精子はもろうたみたいやけどな。まったくフザケた話やで」

 

うわあああ、こっちも厄ネタだった! まずい、真矢さんがどんどん暗黒面に陥っている。

 

「でもな、書類上でも結婚しているだけ陽之介兄さんの妻たちは勝ち組や。結婚すると言うことは、男に見初められるほど有能な能力や地位や金を持っている女性ってこと。せやから、既婚者はもの凄く高いステータスなんよ。未婚の女性が婚活にどれだけの心血を注いでいるのか、語ろうと思えば三日は使うわ。ちなみにな、うちも未婚者。ふふふ」

 

「そんな諦めないでください。真矢さんは若いんだし、きっと良い出会いがありますよ。男女の出会いってのはタイミングですからね。上手く合えばトントン拍子で結婚まで行きますよ」

――などという、元旦の親戚の集まりで未婚の若者にオジさんオバさんが言いそうなアドバイスは、とても言えない。言ったら襲撃を受けそうだ。

 

見ろ、ネガティブオーラ全開にして自嘲する真矢さんを。

あの手の輩に万人受けする言葉が通用するものか。それにこの世界の婚活事情は、日本がぬるま湯と感じるほど地獄と化していそうだ。

男で日本生まれの俺に何が言えるってんだよ……

 

「さっき男女比は1対30と言うたやん。で、一人の男性が結婚する女性の平均人数は5.2人ってところや」

 

5.2か……

一人の男は最低五人の女性を娶るんだったよな。つまり、ほとんどの男性が最低人数だけ籍を入れて、そこから先はシャットアウトしているわけだ。

 

「結婚出来なかった女性は精子バンクを利用して人工授精をするのが一般的でな、後はシングルマザーになって子育てをして命を繋げて行くんや。一生男と巡り会えず、一生男の味を知らずに」

 

お、おう……気の利くコメントが思い浮かばねぇ。

 

「ここで問題や、三池拓馬はん」

 

「も、問題?」

 

「30人のうち5.2人しか結婚出来ない国で、容姿が良く若い独身男性が、セキュリティの甘い普通のアパートで一人暮らしをすることになりました。周りは男に飢える未婚女性のテリトリーです。さて、独身男性はどうなってしまうでしょうか?」

 

真矢さんが純度100%の笑みを向けてきた。

 

俺はうなだれて

「俺が間違っていました」と、完全敗北宣言をした。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「夕食は後で運ばせるさかい今日はゆっくり休んでな。なんかあったら、部屋の前にダンゴの資格を持った職員を立たせるんで、その人に言うんやで」

 

「何から何までありがとうございます」

 

「ええって。明日も忙しくなるから夜更かしは厳禁な―ーあ、それとや」

 

去り際の真矢さんが声のトーンを下げて、こう言った。

 

「申し訳ないんやけど、この部屋のシャワーがな、調子悪くて使えないんよ。あと男性用のパジャマが用意出来なかったから今晩はそのままの格好で寝てくれへん?」

 

「え? いいですけど」

 

「おおきに。じゃ、うちはこれで」

 

 

真矢さんを見送り、ドアを閉めると完全な独りになれた。

思い返せば、不知火群島国に来ておっさんと会ってから誰かが傍で俺を見ていた。その視線で想像以上に疲弊していたようだ。

「ふ~」とベッドに掛けた腰が随分重い。こりゃ立ち上がるのに相当な覚悟がいるな。

 

シャワーが使えず、パジャマもないか。肝心な所で準備が悪いな。まっ、クタクタだからこのまま寝てしまってもいいんだけどね。

 

 

数分、ボーとしていた。

思えば随分遠くに来た。

今頃、家族は心配してくれているかな。警察に連絡したか、それとも俺と交友関係がある人に片っ端から電話をしているか……

事務所の方はどうだ? 無断欠勤の研修生に対し、どんな感情を持つだろうか。除名とかされたらどうしよう。

 

考えれば考えるほど、嫌な想像ばかり浮かんでくる。

女性ばかりのこの世界は端から見れば男の夢かもしれないが、内情は男に厳しすぎる。

何だよ、男女比1:30って。終わりすぎだろ、この世界。

一刻も早く日本に帰りたい。

俺は強く願った。

 

 

「どうすっかなぁ……」

ジャイアンの人たちの言われるままに流されていては、どんどん日本が遠ざかる気がした。

何かしなければ。

 

俺はポケットからある物を取り出した。

南無瀬組を出る時に、おっさんからこっそり手渡された物だ。あんな場面で持たされた物だから用途はおそらく……

俺は卵型の小さな機械をまじまじと見た。

 

昔こんな形のゲームが流行ったな、と思いながら電源スイッチらしい一番大きなボタンを押してみる。

 

すると『ザ…………ザ……ザザ』と、波長が合っていないラジオのような音が鳴り、しばらくして

 

『もしもし、三池君か。僕だ、南無瀬陽之介だ。聞こえているかね?』

おっさんの声が流れてきた。

 

「こちら三池拓馬です。ちゃんと聞こえていますよ」

 

『ふむ、良かった。咄嗟(とっさ)に渡した物だったから動作するか不安だったのだよ』

 

「これ、通信機ですか? よくこんな物を持っていましたね」

 

『男性の護身用グッズの一つさ。携帯電話を奪われてどこかに連れ去られてもSOSを送れるように作られたのだ。三池君はこの国の携帯電話を持っていなかったから、こんな物でも役立つと思ったのだよ。それより、どうかね? ジャイアンで不快なことをされていないかね?』

 

「今のところは、丁寧な対応をしてもらっていますよ」

まっ、対応は良くても突きつけられる話はキツいものがあるけど。

 

『すまないが、どんなことがあったか詳しく教えてくれたまえ』

 

「……いいですけど」

俺は首を捻った。おっさんが通信機を渡したのは俺の身を案じてのことだと思ったんだけど、なんか変だ。おっさんの口調がドラマの刑事がする詰問のように感じる。

 

それに考えてみれば、どうして通信手段を隠すように寄越したのだろう。

南無瀬組が俺を支援するのをジャイアンに知られたくなかったのか? 

ジャイアンも南無瀬組もきちんとした組織なわけだし、こそこそする必要はないと思うんだけど……違和感を持ちながらも支部長室での出来事を中心に話す。

 

 

『ふむ、写真を見せられたのだね。それは不味いな』

世話役の女性を紹介されたことを伝えると、おっさんが難色を示した。

 

「何かヤバいんですか? どれも綺麗な人たちでしたけど」

 

『綺麗どころを用意するのは当然だろう。彼女たちは君を籠絡するために付けられるのだからね』

 

「ろ、籠絡って」

 

『おそらくだが……いや、おそらくなどと不確定な話ではない。確実な話になるが、彼女たちは君の結婚相手だ』

 

「はぃぃ!?」

結婚!? ちょ、ちょ待てよ! 

 

美女たちがハニートラップ要員では? と疑ってはいたけど、結婚相手とは予想の上をいっている。

俺はまだ二十にもなってないんだよ。結婚とか考えられないって! ただでさえ不自由な生活をさせられると思ったら、そのまま人生の墓場直行だなんてあんまりだぁ!

 

『君の世話とかこつけて、数々の誘惑をしてくるだろう。並の男性ならば女性への警戒心があるので堪えられるかもしれないが、三池君の場合は……」

 

ふっ、写真の美人さんの中で誰に誘われようが、ジョニーが独断専行するだろうね、間違いないね。

 

『君の国の事情は知らないが、不知火群島国では男女が合意の下で関係を結んだら即結婚だ。三池君は外国人だから外交摩擦を考え、国籍は日本のままかもしれないが……今以上に束縛されるだろう』

 

「うええっ!?」

 

『結婚してしまえば、三池君を日本に返還する、というジャイアンの活動は消極的になるだろう。もっとも現時点でジャイアンが本気で活動するかは疑問だがね』

 

「う、うう……」

 

『これで子どもでも出来てしまえば、いよいよもっておしまいだ。後はなし崩し的に複数の女性と結婚させられるだろう。いいかね、世話役の女性に決して心を開いてはいけない。彼女は君をこの国に繋ぎとめる荒縄だ。日本に戻りたいと思うなら自制心を大切にしたまえ』

 

自分、涙いいっすか?

 

『少々厳しいことを言ってしまったね。一度、落ち着いて今後のことを考えて欲しい。また、何かあったら連絡してくれたまえ』

 

俺の心中を察したのか、おっさんは通信を終えようとした。が、最後に一言。

 

『そうだ、その部屋にシャワーはあるかね?』

 

「……え、シャワー? あっはい、ありますよ。でも故障中だって真矢さんが言っていました」

 

『そうか……変なことを訊いて悪かった。では、おやすみ』

 

通信が切れる。

なんでシャワーのことなんかを……不思議に思ったが

 

「それより今は結婚回避だ」

 

俺は書類をベッドに並べ、世話役の候補者たちを親の(かたき)のごとく睨み付けた。

彼女たちは俺を日本から遠ざけ、人生の墓場へ連れていく処刑人。決して心を開いては……「ぐっ!」

 

頭では分かっているのだ。

しかしジョニーは「そうは言っても私の本分は種の存続ですから」と、いっちょまえに抗議してくるし、写真を見ているうちに睨んでいた目はどんどん垂れてきて鼻の下が伸びてくる。

こんな人たちとの同棲……堪えられる自信が微塵も湧かない。

 

 

明日の朝、候補者の中から世話役の人を選ばなければならない。そして、新居に移動すればそこに当選した世話役の人がスタンバっているらしい。

出会いを回避することは出来ない。ハニートラップ要員だと分かっていても会ってしまえば、速やかにジョニーが理性を撲殺するだろう。

そのまま墓場行き特急列車終点まで止まりませんコースだ。

 

 

 

朝までのタイムリミットは……壁にかかった時計を見る。

あの路地裏で目覚めてまだ二十四時間も経っていない。なんて濃厚な一日なんだ。

 

 

俺はこの一日のことを振り返った。

 

 

孤高少女愚連隊に襲われ、

ダンゴの二人に連れられファミレスに行き、

南無瀬組に南無瀬組アジトまでドナドナされ、

真矢さんたちにジャイアン支部へ連れて来られた。

 

 

……こう回想してみると、(ことごと)く俺の意思は無視され続けている。

みんながみんな、俺が男だからと保護の名目で好き勝手やりやがって。

いくらここが異世界で、状況が分からず流されるしかなかったとしてもダサいぞ、俺。

 

そして、明日はさらに流され、結婚相手とご対面か……

 

 

 

 

 

……ははっ。

 

 

 

 

 

 

……ほんと。

 

 

 

 

 

……ふざけんなよ。

 

 

 

 

 

 

もう、やめだ。

こんな自主性がなく受動的な生き方は、俺らしくない。

アイドルを目指す者が受身でどうすんだよ。

 

 

明日、俺は(つい)棲家(すみか)になるかもしれない一軒家に連れて行かれる。

 

 

「その前に、勝負するか」

 

 

今夜。

今夜中に元の世界に、日本に、帰ってやる。

 

無謀だと思う。

異世界か別惑星か、そんな所からどうやって脱出すんだよ、と嘆く気持ちもある。

 

 

――けれど。

 

帰る方法が一つだけあった。

 

 

願望に願望を上乗せしたような儚い可能性の話で、熱でもないと言えないアホみたいな方法だ。

こんな事を思いつく自分の頭が心配になる。

本当にやるの? と思う自分もいる。

しかし、今夜を逃せば試すチャンスは二度と来ない。

 

 

この流され続けた一日の終わりに反旗を翻してやる。

俺の意思を無視し続けた世界に一泡吹かせてやる。

そのためなら、荒唐無稽なやり方でも何でも、やってやろうじゃないか!

 

 

俺は覚悟を決めた。

 


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