『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ザマスおばさんの終わりと、出会ってしまった二人

 

保健室の蛍光灯が煌々と照っている。窓の外は暗く、耳を澄ませてもマスコミや警察の喧噪は聞こえない。

 

トム君らの話し合いが終わったら起こして欲しい、と丙姫さんに頼んでいたのだが、予定より長く寝てしまったようだ。

熟睡していた俺に気を遣ってくれたのかな……

 

ともあれ、『鬼ごっこ』の始末はついているらしい。

それが証拠に。

 

「おはようございます」

上半身を起こして、ベッド傍の人たちに挨拶する。

「おはようさん、気分はどうや?」

その人――真矢さんが温かく微笑んだ。周りには黒服のみなさんも居て、一様に顔をほころばせている。

 

二日しか離れていなかったのに、懐かしさがこみ上げる。

籠城事件に始まりボーイズハントに世界公開授業。

短くも濃い日々は、いつも守ってくれる南無瀬組の有り難みを痛感する日々でもあった。

 

「少し身体が重いですけど、熱はないみたいです。俺のことより――」

真矢さんたちって俺欠乏症を患っていたよな。留守電に「あ゛ぁあ゛~う゛ぅ~」とゾンビ化した声が入っていたし。もう大丈夫なのか?

 

「真矢さんたちの体調は……?」

「心配あらへん、みんなビンビンやで」

 

観察するに全員のゾンビ化は完治しているようだ。

問題は治療法なのだが……

 

「吸収」

「ごちそうさま」

「産地直送」

 

後ろの黒服さんたちが、何やら不穏な言葉を呟いているのが気になる

毛布の中で人知れず、俺はジョニーの安否を確認した。

変に湿った形跡はない。

南無瀬組随一の淑女度を誇る真矢さんのことだ、目と鼻で楽しむレベルで抑えてくれたのだろう……たぶん。

 

と、南無瀬組随一の肉食度を誇る音無さんと椿さんがいないことに気付く。

あの二人なら感動の再会と称して、俺に抱きついたりしそうだ。絶好の機会を逃すとは、一体どうしたのだろう?

 

「音無さんと椿さんの姿が見えませんけど、どこにいるんですか?」

「塀の中やで」

「ういぃ!?」

「拓馬はんを救助しようと交流センターの塀を上ろうとしたら、別の塀の中に入れられてもうた。まっ、妙子姉さんが警察に口添えしとるそうやから、そのうちヒョッコリ帰ってくるで」

 

子どもがプチ家出した風に言う真矢さん。

俺を安心させるための言い方なのだろうが、とても「へえ、そうなんだぁ~」とは流せない。

 

ダンゴの二人が『陽南子さんスパイ説』を教えてくれなかったら、俺は陽南子さんに捕まり、男子たちはみんな既婚(ぎせい)になっていただろう。

ある意味音無さんと椿さんが、騒動の最大の功労者と言える。

二人が帰ってきたら「お勤めご苦労様です」と心から迎えよう。

 

音無さんと椿さんの事もそうだが、他にも気懸かりな事は多い。

 

トム君たちはどうなったのか? 冬休みの職業体験が認められたのであれば良いのだが。

俺を襲った陽南子さんの扱いは? ここに妙子さんが居ないのが不穏である。

出頭した紅華とメイドさんのその後は? 紅華は赤ちゃんプレイから脱却出来たのかな。

 

訊きたいたい事があり過ぎて、何から尋ねればいいのか……

 

「なあ拓馬はん。とりあえず病院に戻ってゆっくりしよ」

「え、でも」

「今は休養するのが最優先やで。拓馬はんが本調子になる頃には、色々な事に片が付くやろ」

 

真矢さんが言うことはもっともであるし、どの心配事も一つの解決を見るには時間が必要だ。

何より今回は、南無瀬組の人々を散々不安にさせてしまった。これ以上迷惑はかけられない。

俺は控えめに笑って「分かりました、帰りましょう」と言った。

 

保健室の主である丙姫さんに感謝を述べ、南無瀬組に囲まれながら交流センターを出る。

 

最後に振り返って見た交流センターは、山の夜に紛れ沈黙していた。数時間前まで世界中の注目を集めていた場所とは思えない。まさに、祭りの後。

終わったんだ、という実感を胸に俺は病院へと帰還したのであった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「み゛う゛ぃけぇさあああん!!」

「ミビケェCィィ」

 

翌日。VIP用個人病室を、お勤めを果たした音無さんと椿さんが強襲した。

声帯の神秘を想わせる奇怪な声と共に、アメフトばりのタックルでベッド上の俺に巻き付いてくる。

 

「ごぶっ」胸と腹に衝撃、いてぇ。

 

「やめぇや、二人とも。拓馬はんは病み上がりなんやで!」

真矢さんや黒服さんらがダンゴを剥がすべく動き出した、それを「ま、まあまあ」と、手で制す。

 

二人は頬がこけ、すっかりヤツれている。

よっぽど塀の中が苦しかったのだろう、スキンシップくらい良いじゃないか――

 

「はぁ、くんかくんか。やっぱり三池さん(シャバ)の空気は良いですねぇ」

「うむ、三池氏はナマに限る。この胸板で五日は戦える」

 

「――と、思いましたけど。親しき仲にも礼儀あり、ですよね」

顔面を俺の身体に押し当てて止まない音無さんと椿さんは、組員さんたちに捕まり、椅子に縛られた。

 

「ああん、もっと三池さんを感じさせてください!」

「くっ、生殺し」

不満そうな二人だが、俺と同じ空間にいるだけで禁断症状は収まっていくらしく、だんだん普段の発情状態まで落ち着いていった。

 

 

その日の午後になって。

 

「拓馬はんも回復してきたさかい、トムはんらの話をしよか」

真矢さんの口から男女対抗戦の顛末が語られた。

 

結論から言えば、トム君たちの職業体験は叶えられるようになった。

男子を自分だけの物として仕舞っちゃおう、という発想は公開授業によって崩れた。

男子にも男子の夢があり、それを認める事こそ愛の第一歩になる……俺が伝えたかった事を女子たちは理解してくれたのだ。

 

が、すべてが上手く行くわけではない。

職業体験前に籍を入れる女子や、職業体験に同行する女子など完全に男子を自由にはしないらしい。

 

「男子の事を想っても、オフィスラブは認められんし。残当やな」

「いきなりは変わりはしませんか」

「せやけど確かに風穴は出来た。変化には時間が必要や、拓馬はんの授業の影響はこれからやで。きっと年月をかけて世界中を変えるやろ」

 

俺の公開授業の動画は多数の言語に翻訳されて、ネット上に流れているそうだ。

再生回数がすでに一億を超えているらしく、あまりの熱狂ぶりにアクセス規制を取る国まであるとか。

 

「ミスターの詳細を知りたがる声も多いんやけど、そこはうちらや東山院杏はんが隠蔽しとる。拓馬はんには危害が及ばないようにするで」

「アンさんが……あの人はどうなったんですか? 責任を取るようなことを言っていましたけど」

「それはな」

 

真矢さんが病室のテレビを点けた。画面には、ザマスおばさんが映る。

昼のニュースが放送されており、ザマスおばさんは何やら会見を開いているようだ。

神妙な顔つきながら、どこか憑き物が取れた晴れやかな印象を受ける。

 

『この度は、皆様方に多大なご迷惑をかけたザマス。特に男女対抗戦に出た男子やその家族への配慮が欠けていたと深く反省するザマス。私、東山院杏は仲人組織代表と東山院領主の座を降り、責任を取るザマス』

 

「アンさん……」

「男女対抗戦は、仲人組織内でも強引過ぎるって批判が出ていたそうや。それをあの人は無理矢理強行して、途中で中止した。こうなるのは当然やな」

 

ザマスおばさんは覚悟の上だったのだろう。

娘、メアリさんとトム君をくっ付けるために、自分の地位を投げ捨てたわけか。

ザマスおばさんの行為は、多くの人を苦しめた。許せるものではないのかもしれない。

だが、俺はあの人を愚か者だとは言えなかった。

 

 

 

少し未来のことを語ろう。

 

 

東山院領は、東山院本家のメアリさんが経験を積むまで、分家の人が領主を務めることになった。

ザマスおばさんが何事にも強行だった反省として、融和的な政策を取り出し、男性への当たりも緩やかになっているそうだ。

 

辞めたザマスおばさんは、謝罪の旅に出て各島を巡り、男子やその家族に頭を下げ続けた。

すべてが終わった後、彼女はメアリさんへの教育をする傍ら、別居する夫に手紙を書くようになったらしい。

 

『愛の第一歩は話し合うことから。話し合うことすら出来ないなら、まず手紙から』

 

ザマスおばさんの夫婦再構築は成功するのか……それはまた別の話。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

コンコン、と病室のドアがノックされた。

 

黒服さんの一人が、ドアの前で慎重に訪ね人を確認する。

やがて、入室しても問題ないと判断したのだろう、ドアが開かれた。

 

「失礼致します」

そう、お辞儀をする人物を見て、俺たちは固まった。

 

病室は白塗りの壁で、無味な内装をしている。そこに押し寄せてきた圧倒的な和の空気。

白衣に緋色の袴の巫女装束に、犯し難い(おごそ)かさを放つ人物。

 

「お初にお目にかかります」

と挨拶しているが、俺にとっては何度もテレビで観た顔だ。

 

なぜ、この人がここに……?

 

「ワタクシ、中御門由良と申します。お見知りおきを」

 

不知火群島国で一番偉い人が、『清楚』というこの世界では死に絶えたものを携え、見目麗しい微笑を浮かべたのであった。

 


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