『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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3.5章 せいなる夜の黒一点アイドル
南無瀬陽之介の再起 (前編)


おっさんが見るからに落ち込んでいる。

自室の畳に体育座りをして、「ヒナたん」と呟き涙ぐむ。これほど分かりやすい落ち込み方があるだろうか。

 

「まずいですよ」

半開きの扉から中を覗いた俺は、そう感想を漏らした。

 

「東山院から戻って、ずっとああなんだ。どうしたもんかねぇ」

妙子さんが溜息をつく。「ちょっと旦那の様子を見てくれないか」と言って、俺をおっさんの部屋の前まで連れてきた意図はよく分かった。

 

「原因はヒナたんこと陽南子さんですか」

「娘に裏切られたこと、娘の気持ちに気付けなかったこと、娘が退学して不安定な道へ進むこと。悲しみと後悔と不安で一杯一杯なんだよ」

 

その言葉はそのまま妙子さんにも当てはまる気がした。

組長である妙子さんは、南無瀬に帰還後、普段通り職務に励んでいる。むしろ、俺が南無瀬組に戻った事で浮き足立つ組員たちを黙らせるべく、普段以上の覇気を纏っている。多分無理しているのだろう。

 

「同じ男性の三池君なら、旦那を元気付けられるかもしれない。頼む、力を貸してくれないかい?」

「もちろん、協力させていただきます」

「ありがとう。本来なら妻であるあたいの役目なんだが……慰めようとグギュって抱きしめたら、旦那は涙ごと呼吸を止めたからねぇ。あの時は焦ったよ」

「俺が絶対何とかしますから妙子さんは何もしないでください(早口)」

 

こうして、俺はおっさんを励ます大任を拝することになった。

 

 

さて、どうしたものか。

あの落ち込み具合から言って、話し相手になるくらいでは弱そうだ。もっと大きな刺激を与えなくては。

 

色々頭を巡らせていると、トム君たちと交流センターでダベっていた記憶が蘇ってきた。まだ、籠城事件が起こる前で、単純に楽しかった時のことだ。

 

そうだな……多くの同性と語らうのは、肉食女性が蔓延(はびこ)る世界において、心安らぐ体験となる。それをおっさんにも適用してはどうだろう。

 

おっさんを励ます方法に目処を付けた俺は、妙子さんの協力を得ようとした。しかし、間が悪く不在。

ならば、我らが男性アイドル事業部の頭脳担当、真矢さんに助力を願おう、と俺は彼女の部屋を訪れた。

 

ドアをノックをしようとしたところで、

「拓馬はん? どうぞ、入って」中から声が掛かる。

 

な、なぜ気付いたし……

疑問に思いながら「お邪魔します」と入室。

 

真矢さんはパソコン仕事の真っ最中だったらしい。腰掛けた椅子を回して、俺の方を向く。

 

「すいません、お仕事中でしたか?」

「ええんよ、ちょうど休憩しようと思っとったさかい」

真矢さんが朗らかな笑みを作る。

その表情は信頼出来るものだが……「どうして、俺が来たって分かったんですか?」

「ん、そういえば何でやろ? 自分でも不思議やけど、拓馬はんを近くに感じたんや」

 

あっ、ふーん。俺は即話題を変えることにした。

これ以上のニュータイプはお呼びじゃないのだ。

 

「どんな仕事をしていたんですか?」

「年明けからの活動計画を作ったり、『せいなる夜』の対策を」

「せいなるよる?」

「ああ、拓馬はんには関係ない話や。それより立ってないでそこ座ってな」

 

真矢さんの手が、リクライニングチェアを指す。

背もたれ調整可、足掛け台付き、ストレスレスの座り心地、一目で高級品だと分かる安楽椅子である。

 

「あれ? こんな椅子ありましたっけ?」

「こないだ買ったんや。リラックス効果抜群やで」

「へえ、なんか悪いですね。こんなセレブな物に座るだなんて」

「拓馬はん用に買ったさかい、気にせんで」

「俺用?」

「ちょくちょく来てくれる拓馬はんに座布団を寄越すのは、申し訳ないやろ。拓馬はんのための出費なんて痛くも何ともないわ」

「あ、ありがとうございます」

なかなか重いことを言われたが、俺は素直に感謝することにした。

 

リクライニングチェアに身体を預ける。想像以上に素晴らしい。身体から余計な力が抜けていくようで、とろけそうだ。

 

「スゴく気持ちいいです。このまま眠ってしまいそう」

「私は一向に構わないわ」

「えっ?」

「あ、なんでもあらへん! で、何の用なん」

 

おっと、本題に行くまでにだいぶ遠回りをしてしまった。

 

俺は、おっさんの気力が沈みに沈んでいること、それを妙子さんから解決して欲しいと頼まれたことを伝えた。

 

「そないな事が……任してな、うちが解決策を考えるわ!」

「やる気のところすいません。策はあるんです」

「へっ、そうなん?」

真矢さんがしょぼんとする。それを慌ててフォローしながら俺は「南無瀬組の既婚者の方々に、旦那さんを南無瀬邸に呼べないか訊いてくれませんか?」と頼む。

 

「そない男性を集めて何をする気なん?」

 

「料理です! 陽之介さんが好きな料理を男性みんなでやる。料理教室みたいなもんですかね」

 

おっさんは、多数の同性と和気藹々(わきあいあい)しながら何かする経験が乏しい。なら『男子料理教室』は良い影響をもたらすはず。

娘の件で痛めた心を、大量の男で癒すのだ。

 

「男性が集まって料理……相変わらず、拓馬はんの発想は神懸かっとるな」

「ナイスなアイディアだと思いませんか? 南無瀬組の厨房は広いですし、複数人で料理をしても大丈夫。男が集まると警護の問題が出てきますけど、南無瀬邸に忍び込んでまで襲おうとする暴女はいないでしょ」

「確かに……ええで、その方向でうちがセッティングするわ」

「ありがとうございます!」

「ところで、その料理は、拓馬はんも作るんか?」

真矢さんがこちらを窺う視線を必死に隠そうとするも隠しきれない興味津々さで尋ねてくる。

「はい、せっかくですから」

貴重な同性と会える機会だからな、是非参加したい。

 

「そうなん! 楽しみやな」

真矢さんが喜色満面になる。口元から早速涎を垂らしているが、ツッコまないのが優しさだろう。

 

「あと問題は、どんな料理にするかですけど……」

 

俺の言葉を待っていたかのように――

 

「三池さんの料理と聞いては黙っていられません。あたしは生クリームケーキが良いと思います!」

音無さんが盛大な音を立てつつドアを開け登場した。

 

「な、なんやいきなり!? ノックくらいせんかい!」

「あ、音無さん。どうも」

 

丁寧な反応を示す真矢さんとは違い、俺はサッと流した。

そろそろ出没しそうな気がしていたので、それほど驚いていないのだ。

 

「想像してみてください。スポンジに生クリームを塗りたくる三池さん。ちょっと手元が狂って、頬に生クリームが付いちゃった三池さん。もうペロペロするしかないですね!」

「白濁する三池氏。タギる……タギらない?」

 

いつの間にか部屋の角に佇み、手を顎に当て知的ポーズをする椿さん。相変わらずの神出鬼没ぶりだ。

 

「へぇ~、生クリームケーキ。何だか料理教室っぽくて良いですね」

俺はあえて否定せず、音無さんの意見を受け入れた。

 

「へ? オーケーなんですか、生クリーム? いつものM心を掻き立てる無視は?」

俺の好意的な反応に、音無さんが疑心暗鬼になっていらっしゃる。

 

「素敵じゃないですか。俺、生クリームケーキは好きです」

「きゃっは、やったよ静流ちゃん。久しぶりにあたしの提案が聞き遂げられたよ!」

「祝・放置プレイ脱却。これで三池氏お手製のケーキをゲット。さらに生クリームの付いた三池氏の激写と激舐めチャンス」

 

喜びを露わにするダンゴたち。

真矢さんが「ほんまにええの?」という顔をしているが、俺は目尻を下げ笑ってみせた。

 

心温まるムードの中で、無粋な言葉は不要である。

俺は何も言わず、料理候補から生クリームケーキを消し去った。

一言も採用するとは言ってないからね、仕方ないね。

 

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