『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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今回は途中で三人称になります。ご了承ください。


【元不良少女と委員長の見学、そして】

インターホンを鳴らし始めて一分、まったくない反応に「留守か?」と思ったところで、ようやく――

 

『はぁい、どなぃた……?』

スピーカーから委員長のお姉さんの声が聞こえてきた。寝起きなのか呂律がおかしい。

 

「おはようございます、姉小路(あねこうじ)です」

『あねこうじ? ……ああ、ごめんなさい! 今、開けるわ』

 

ドアの向こうからパタパタと小走りの音がして、玄関の鍵が解かれる。

 

「いらっしゃい」

そうやって登場したお姉さんに、あちきはうおっと仰け反りかけた。

 

「大丈夫ですか!? 目が充血していますし、目の下の隈が酷いですよ」

「問題ないわ、まだ三徹目だし今の今まで意識が飛んでいたから」

 

その台詞を吐いて、問題ないと思うお姉さんのメンタルが問題だ。

 

「委員長、いえ妹さんはご在宅ですか? 今日は一緒に出掛ける予定なんですけど」

「えっ、そうだったの? あの子ったら、そんなこと言わなかったのに……ごめんね、妹は明け方までファンクラブ事務所で私の仕事を手伝ってもらっていたの。今は熟睡しているわ。起こしてくるから、姉小路さんは居間で待ってて」

「そういう事ならもう少し寝かせても……あ」

あちきの返事を聞かずに、お姉さんはまた小走りで家の中に消えていった。

 

とりあえず、言われた通りに待つとするか。勝手知ったる他人の家。ここには委員長と友達になって以来、何度もお邪魔している。

初めて訪れた時の緊張はもうなく、あちきは居間でくつろいだ。

 

やがて、けたたましい喧騒と共に、

「姉小路さん! おはよう! ごめん! お待たせ!」

寝起きの委員長が現れた。

ぎょたく君が描かれたパジャマを着て、普段三つ編みの髪はボサボサ、眼鏡はズレて、疲れた顔をしている。

 

「すぐ出発の用意をするね!」

「ゆっくりでいいさ。のんびり待っているから」

 

学校では優等生の委員長だけど、友達になってみると、抜けていたりオッチョコチョイな面が見えてくる。

そこが委員長の欠点であり、可愛いところなんだろうな。

あちきは、急いでパジャマの下を脱ごうとして転ぶ彼女を温かい目で見た。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「本当にごめんね、わたしが寝坊したから遅くなっちゃって……」

「お姉さんの手伝いなら仕方ない、気にするなよ。それに、まだ始まったばかりさ」

 

そう言いながら、あちきたちは『南無瀬運動公園』の敷地内に足を踏み入れた。

周りはやたらガタイの良い女性たちばかりだ。

どいつもこいつも良い面構えをしていて、思わず孤高少女愚連隊時代の血が騒ぐ。

 

公園の入口には大きなテントが立てられており、その前には『南無瀬組 中途採用試験 受付』という看板がある。

 

ここは、南無瀬組に入るための試験会場。

あちきと委員長は高校生だから入組資格はないんだが、将来のため見学に来たのだ。

 

「それにしても凄い数の人だな。まさかこんなに応募者がいるなんて」

「タクマさん効果だね。南無瀬組ってタクマさんが来るまでは全然人気がなかったんだよ。組長さん自らが警察や軍に足を運んでスカウトをしないと、まともに人が集まらなかったんだって」

「それが今や、運動公園を貸し切らないと試験出来ないほどの人気ぶりか……でも、なんで年の暮れに採用試験なんだ? やっぱ『せいなる夜』対策か?」

「う~ん、今から対策するのは遅いと思うな。無難に来年からの中御門進出を見越して人員増強じゃない?」

 

南無瀬組の思惑についてアレコレ話していると、運動公園の目玉である陸上競技場が見えてきた。

収容観客数四万人、九つのレーンのトラックと、だだっ広い天然芝のフィールドを兼ね備えた領内きっての陸上競技施設だ。

 

観客席に上がりグラウンドを眺める。

短・中距離走、ハードル走、棒高跳び、走り幅跳び、砲丸投げ。

参加者は一組二十人くらいに分かれ、あちこちで様々な種目を行っている。

 

「ここ以外でも体育館や道場、それに公園内のランニングコースでも試験をやっているって。全部の種目に合格ラインが決まっていて、一つでも満たせなかったら失格だよ」

「よく知っているな、委員長」

「えへへ、事前調査は任せて」

 

委員長キャラの面目躍如と言うか、こういう説明する姿は板につくな。

 

「見れば見るほど、学校の体力試験みたいだな」

「だね、でも合格ラインはとっても高いって。南無瀬組は荒事専門部隊だもん、資本の身体が疎かな人はお呼びじゃないんだよ」

 

委員長はあちきに解説しながら、自分にも言い聞かせている。顔に不安の色が見えているな。

 

「心配するなよ。この数ヶ月で委員長はたくましくなったさ。高校卒業まで鍛えれば、試験に合格する見込みは十分ある」

 

お世辞じゃない。

委員長とは共に武道の稽古や体力作りをしている。最初はひょろひょろのガリ勉タイプかと舐めていたけど、この委員長……ガッツはかなりのものだ。

どんな事にも諦めずに挑戦し、着々と実力を付けている。

 

「そ、そうかな? わたし、受かるかな?」

「もっと自信を持てよ。特にスタミナの成長は、あちきの理解を超えているよ。一体どんな自主練をしているんだ?」

「スタミナ……あ、家で組み手とか上下運動をしているからかな?」

「家で? お姉さんが相手しているのか?」

「ううん、違うよ」

「じゃあ誰が?」

「ねっ、姉小路さん」委員長があちきの肩に手を置いて、こう言った。

「姉小路さんは変わらないで、今のままでいてね」

「お、おう?」

委員長の言っている意味は分からなかったが、その瞳はなぜだか慈愛に満ちていた。

 

 

 

午後になると、参加者の数は目に見えて減った。

少しでも合格ラインを割った者は即失格。

敗者たちが肩を落として去っていく光景は、部外者のあちきでも目を背けたくなるものだった。

 

「けど、まだまだ残っている人は多いな」

「ここからだよ。今までの試験はあくまで身体能力を見るためのもの。言うなれば南無瀬組に入るための前提条件。ここからが本当の地獄なんだよ」

 

冬空の下なのに、委員長の頬を汗が伝っている。

そんなにヤベーのか、これからの試験は……

 

「あれを見て」

委員長が指で示すグラウンドの一点には、いつの間にか簡易トイレみたいな個室が置かれていた。

さらに近くには、黒服さんらの手によって長さ約十メートルの平均台が設置されている。

何をしようって言うんだ?

 

あちきの疑問をよそに、参加者たちは一人ずつ簡易トイレ(仮)の中に入り、一分ほどして出てくる……どうしてか酔っぱらったかのように千鳥足になって。

その後、平均台を渡ろうとするのだが、おぼつかない足取りで渡れるはずもなく次々と落ちていく。

 

「平均台から足を踏み外したら不合格でお帰りコースだよ。実際目撃すると恐ろしいね……」

「なあ委員長、あの個室はなんだ? 参加者の様子が変なのはアレのせいなんだろ」

 

あちきの問いに、委員長は真剣な顔で答えた。

 

「アレはね、タクマさんの匂いが充満した場所なの」

「なっ、なん……だとっ?」

「以前、タクマさんの空気が売り買いされたことがあったよね」

「あちきの仲間が空気中毒になった時か」

それの解決案として、タクマさんのファンクラブが作られることになったんだよな。

 

「その時にタクマさんの匂いを収集する技術が確立されてね。今回の試験で流用されることになったの。個室の中は常に一定のタク臭濃度になっているんだって」

そんな技術革新が……あちきの鼻がクンクンと鳴った。嗅ぎたい。

 

「あ、でもこの話はタクマさんの前では禁句みたいだよ。お姉ちゃんから又聞きしたんだけど、タク臭技術のことをタクマさんに伝えたら、一晩部屋に閉じこもったそうだから」

「ああ、分かった。直で会える幸運はそうそうないだろうが、覚えておくさ。で、その匂いを嗅がせても酔わず平静でいられる奴を選出する試験なんだな、あれは」

「うん。南無瀬邸はタクマさんの匂いで、この世の楽園みたいになっている。南無瀬組に勤めるのなら、どんな濃い匂いでも己を見失ってはいけない。それが組員の絶対条件なの」

「へへっ、すげぇな……想像するだけで震えてくるぜ」

 

身体を鍛えるだけじゃダメなのか。大切なのは心、女の(さが)にも負けない強い心なんだな。

やってやるぜ! あちきの中の炎が一段と燃え上がる。

 

「タクマさんの匂いに負けないためには、事前に(さか)っていた方が良いね……スッキリするために(ボソッ)」

「おう、だな! 一緒に燃え(さか)ろうぜ!」

力拳を胸の前で構えるあちき――に、「やっぱり姉小路さんはそのままでいてね」と、またもや委員長は優し気な目を向けた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「思った以上に参考になったな」

採用試験会場からの帰途で、あちきは夕空を仰いだ。

 

「タク臭平均台は怖いけど、他にもタクマさんの写真を見ながらの脈拍測定も難関って感じだったよね」

「それだけじゃねぇ。タクマさんの声がバックミュージックの聴力検査も厄介だ。要対策だな」

「うん……ふ、ふわああ」

委員長が大きなアクビをした。そう言えば、明け方までお姉さんの仕事を手伝っていたんだよな。

 

「お疲れさん。徹夜で何の仕事をしていたんだ?」

「データかんり、だよ。ふわああ」

「データ管理……会員のデータか」

「そう、不知火群島国の独身女性のほとんどが入会しているからね、一人一人の名前や住所や電話番号を整理するのって、とっても大変なの。人が多過ぎてファンクラブ会員カードの配布も全然終わっていないし」

 

ファンクラブ会員カード。タクマさんの顔写真と自分の会員ナンバーが書かれたあちきの宝物だ。

あちきはファンクラブ発足直後に入ったから会員ナンバーは三桁。それでもカードが届いたのは先日だった。会員全員にカードを配り終えるのはいつになる事やら。

 

「前々から訊きたかったんだけどさ。会員番号一桁台の人たちって何者なんだ? ダンゴさんやマネージャーさんか?」

「わたしもそれが気になってお姉ちゃんに尋ねたことがあるんだけど、南無瀬組の人たちってファンクラブの会員じゃないんだって。『Extra枠』や『零番隊』みたいな扱いなんだよ」

 

なんかカッコイイな、その名前。あちきも名乗ってみたいぜ。

 

「会員一桁は組員さんの家族らしいよ……あっ、でも会員ナンバー1の人はお姉ちゃんも知らないんだって」

「どういうことだ? ファンクラブの運営の人も知らないって、そんなことあるのか」

「大きな声じゃ言えないけど、ナンバー1に関しては詮索しないように、ってお達しが出ているの。それも南無瀬組の組長さんから」

 

組長……南無瀬妙子さんか。

あの人間凶器の方からの命令じゃあ逆らえねぇな。あちきは身震いしながら、組長自らが口止めをする会員ナンバー1への興味を心に仕舞った。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

彼女は夜を嫌っていた。

屋敷の者たちに「おやすみなさい」と告げて、自室に戻った瞬間は特にそう。

 

「……ぐっ!?」

まただ、また発作だ。

 

彼女の身体が成熟してからと言うもの、発作はますます強くなり……東山院の一件を境に更なる段階へと進んでしまった。

真っ暗の部屋の中で、彼女は膝をつき、声を殺してうずくまった。

 

鎮めなければ……この衝動を抑えなければ。

肌身に離さず持っているソレを彼女は取り出した。

 

この国の救世主であり、彼女が心から敬愛する彼の写真が付いたカード。

それを眺め、頬ずりすることで発作はだんだん弱まって来る。

 

「……はぁ……はぁ……これでいい。ここまででいい」

 

暗闇の中、彼女は人並み外れた精神力で己を正すと、カードを懐に戻した――会員ナンバー1のカードを。

 

 


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