『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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さらば、いやらしのダンゴ②

 

「コレなんてどうでしょ? 裏マーケットにあったブーメランパンツです。攻めのデザインが、他の島を攻めようとする三池さんにピッタリ! 別にあからさまなモッコリを期待して選んだわけじゃありませんから、あしからず」

 

「凛子ちゃんのチョイスは下品。それより、この花柄のパンツが優雅。特に股間部の満開の花が、花粉の放出を連想させ、思わず受粉したくなる」

 

音無さんと椿さんが、率先して死地へと旅立とうとしている。これほど見事かつ無意識に自分を追いつめる人たちも珍しい。

 

そっと後ろを向くと、組員に扮した池上さんがバケツの上で雑巾を絞っていた。

無表情の池上さんだが、手中にある雑巾がねじ切られるほど強く絞られている。

聞きしに勝るダンゴたちのフリーダムさに、観察開始一分にしてブチ切れ寸前のようだ。

 

早く妄言を続ける二人を何とかせねば――だが、どうやって?

 

頭ごなしに注意したり、素っ気なくスルーしたところで、二人がセクハラ行為をした事実は消えない。池上さんの心証は最悪のままだ。

 

ならば、ここは――

 

「やだなぁ、二人とも。ほんとエッチなんだから♪」

 

俺は殊更(ことさら)調子の良い声を出し、音無さんと椿さんが持っていたパンツを摘み取った。

そして、「うわっ、モロじゃないっすか~」と、愉快そうにパンツを広げて、自分の下半身に押し当てる。

 

らしくない行動に唖然とする周囲の人々――に俺はパンツを「似合います? 似合います?」と見せびらかした。

 

痛い、どうしようもなく痛い。

へらへら顔でパンツと戯れる自分を消滅させてしまいたい。

 

「パンツありがとうございますっ! 大事にしますね。ご希望のファッションショーはパンツが俺の股間に馴染んでからってことで」

 

最後に俺は甘ったるい声で「乞うご期待♪」とウィンクした。

 

 

「……は、はひぃ」

「……ぷ、ぷしゅ」

 

小悪魔的な仕草で、音無さんと椿さんの脳を焼き切る。二人はパクパクと口を開きつつ、頭から湯気を上げた。

 

今だ、俺は真矢さんにアイコンタクトを取った。

 

「――あっ……うん」

さすがは真矢さん。言葉がなくても俺の意図を察してくれる。

 

「ほら、二人とも。いつまで拓馬はんとイチャイチャする気や。はよ屋敷内の仕事に戻らんかい」

真矢さんはフラフラしているダンゴたちの背中を押して、池上さんから遠ざけて行った。

 

 

 

応接間前の廊下。残ったのは俺と池上さんだけだ。

 

「タクマさん、これは一体どういうことでしょうか?」

池上さんは掃除の手を止め、憤然と俺に詰め寄ってくる。

 

「私はこれまで多数のダンゴを監査して参りました。優秀な者、素行不良の者、ダンゴと一括りにしても様々な者たちがいます。ですが、音無と椿の両名は超絶お話にならない。観察直後に通報と除名処分を固く心に誓ったのは、これが初めてですよ。そもそも何ですか、護衛対象にハレンチな下着をはかせてファッションショーとは、狂気の沙汰です」

 

散々な言われ様である。しかし、池上さんの憤りは至極真っ当のため、言葉を挟むことが出来ない。

 

「さらに()せないのは、タクマさん……あなたの反応です。なぜ、セクハラをされているのに、ああも楽しそうにしていたんですか?」

 

「これが俺と彼女たちのコミュニケーションだからですよ」

わざと髪をファサッと掻き上げ、気取った感じを出してみる。

 

「俺は世界初の男性アイドルとして、革新的な活動をしようと思っています。そのため、常に刺激を与える人物になろうと研鑽の日々を送っているわけです。音無さんと椿さんは良い悪いは置いておいてビンビンの刺激の持ち主。彼女らの破天荒な行動が、糧となり新しいインスピレーションが生まれます。まさに俺の求めていた人材、ただのダンゴじゃこうはいきません」

 

ふわふわな解説に、池上さんは腑に落ちない顔をした。無理もない、言っている側としても「何言ってんだ、俺?」である。ノリと勢いで講釈を垂れるもんじゃないね。

 

「完全に理解は出来ませんが、おっしゃりたい事は何となく分かりました。なるほど、一般的に見ると、男性身辺護衛官との距離が近い気がしますが、これがあなた方の距離間なのですね」

 

「そういうことです」

池上さんにそう錯覚させなければ、音無さんと椿さんの評価が好転することはない。

 

「……護衛対象と男性身辺護衛官には、個々で独自の決まり事があるものです。監察官として、干渉は極力避けています」

 

おっ、苦肉の策で痛い人を演じてみたが、上手いこと説得が出来るかも。

と、いう俺の期待は、すぐに否定された。

 

「――ですが、限度はありますからね。常識から外れた護衛官の行いは、周囲の者の顰蹙(ひんしゅく)を買い、全ての男性身辺護衛官のイメージを悪化させます。音無と椿の両名は本当に大丈夫なのでしょうね?」

 

「え、ええ。もちろん」 大丈夫じゃないです。

 

「タクマさんを疑うのは心苦しいですが、長年の監査で培った私の勘が(ささや)くのです。あの二人は危険だと……」

 

その勘、イエスだね。

 

池上さんはしばらく思案した後、言った。

「音無と椿に普通の監査は(ぬる)いかもしれません。もっと直接能力を測るとしましょう」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

南無瀬邸内の外れ、武道場から少し行った所に草花のない空き地がある。外でも身体が動かせる場所として設けられたスペースだが、めったに活用されない所だ。

その空き地に、簡易トイレのような物体と、平均台が置かれた。

 

「これって、最近話題の……」

「せや、組員採用試験の一つとして、夢や希望をぎょーさん葬った代物や」

 

こいつが、組員さんたちの間で『タク臭平均台』と呼ばれている物か。

俺の匂いを試験者に嗅がせて、正気を保つかを観察するシステムらしいが、俺から言わせればコレ自体が正気じゃねぇ。

おかげで初めてタク臭平均台の存在を聞かされた時は、部屋に引きこもって精神の安定を図るのに専念したものだ。

 

「私の要請に(こた)えていただきありがとうございます」

「ええよ。監査に協力するのは、ダンゴを雇う者の義務やさかい」

 

監察官と言うのは、どこの世界でも厄介な権力を持っているらしい。彼女の申し出を断れば、音無さんと椿さんの立場はますます悪くなってしまうだろう。

そんなわけで、俺と真矢さんは池上さんの言う通り、タク臭平均台を持ち出したのである。

幸いと言うべきか、物品は南無瀬邸内で厳重に保管されているため、用意することは簡単であった。

 

「先日の組員採用試験については、私の耳にも入っています。ニュースサイトで何度も取り上げられましたからね。音無と椿は当然、この試験を合格出来るのでしょう?」

 

どうやら池上さんは、ダンゴたちの弱点が脆弱な理性だと見抜いたようだ。いや、見抜いてくださいと言わんばかりのバレバレっぷりだから当たり前の展開だが。

ともかく、池上さんは二人の護衛能力に疑問を持ったということか。

 

「合格? そらそうや。二人は拓馬はんのダンゴやで」

真矢さんは何でもないように返答しているが、ツーッと冷や汗が頬を伝っていた。

 

「信用しましょう」と言う池上さんだが、しっかりタク臭平均台に不備がないかチェックしている。

 

その隙に、俺は真矢さんに話しかけた。

 

「音無さんと椿さんって、アレをクリア出来るんですか? 採用試験に使う前に、南無瀬組で試運転はやったんですよね?」

 

「ちゃんとやったで……うちらが東山院に行っている時に」

 

「うっ、じゃあ」

 

「タク臭平均台……音無はんと椿はんは未経験なんや」

 

なんてこった。

興奮と二人三脚で生きているような彼女たちが、採用試験で猛威を振るったタク臭平均台をクリア出来るのか?

 

「確認しました。噂に(たが)わぬ魔物ですね」

俺たちに目を合わせない池上さん。仄かに顔が赤くなっているのは、タク臭を吸収したからか。

 

「……今晩、精一杯頑張ろうかしら」

俺の耳が池上さんの呟きを捉えた。

池上さんは既婚者だったな……となると、悪いことをしてしまった。

 

この国で『精一杯』と言うのは、『精を一杯搾取する』の略である。

顔も知らない池上さんの旦那さん――今晩襲われるであろう彼が、腹上死しないことを俺は心の中で願った。

 

 

「み・い・け・さはぁぁん! あたしたちに用ってなんですかぁ~~」

「すごいデレ感を感じる。風……なんだろう吹いてきている、確実に、着実に、私たちのほうに」

 

さて、準備が整ったところで主役の登場だ。

音無さんと椿さんはお花畑をスキップするかの如く駆けてくる。俺のファッションショーOKが効いているらしく、すっかり脳内もお花畑だ。

 

「はっはは、待っていたよ二人とも!」

 

池上さんは一般組員として少し離れた所で目を光らせている。と、いう事は彼女の目を誤魔化すために、痛い演技を続行しなければならない。

 

「きゃっきゃ! 三池さんったらノリノリですね!」

「ペロ……これはファッションショー秒読み段階」

 

くそっ、ウィンクしたりとサービスしたのが不味かったか。

ここぞという時に発揮される二人の観察眼が節穴化している。

気付け! あなたたちの首を切ろうとしている死神がすぐ傍にいるんだぞ!


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