『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【せいなる夜】

カメラ付きの三脚の高さと向きを微調整する。

何十枚も撮って、ようやく勝手が分かってきた。

 

セルフタイマーモードで撮影ボタンを押し、私はそそくさと壁に寄りかかって腰を下ろした。

着物の襟元を崩して、胸が下品にならない程度に見えるよう工夫する。

万が一のために用意しておいた勝負服。買っておいてなんだが、着ることはないと思っていた。それをまさか、このような用途で……っと、太股も見えるように(すそ)をめくらなきゃ。

 

ポーズを完成させる。

は、恥ずかしい……

とんでもなく愚かな行為だ。痛い、痛すぎる。

 

こんな姿の写真を贈ったら……拓馬君、ドン引きするんじゃないかな?

アラサーなのに歳を考えろ、って思われたらどうしよう。

 

でも、もしも……もしも、拓馬君が写真を気に入ってくれて、つ、つ、使ってくれたら。

写真を片手に「ま、真矢さんっ」って顔を赤らめて発電行為に耽ってくれたら、私は死んでもいい。

 

そう思いながら自分が出来る全力の『色っぽい表情』でシャッターが切られる瞬間を待っていると――

 

 

「真矢、いるか?」

妙子姉さんがノックもせずに、部屋へ入ってきた。

 

「あっ」

「あっ」

 

私たちは仲良く固まり――無音の部屋に『カシャッ』というシャッター音だけが鳴った。

 

 

 

服を着替える時間と、拓馬君専用椅子のお尻を載せる部分に顔を突っ込み「gふぁなyはがあたb!」と悶える時間として三十分の猶予をもらった後。

 

「で、話ってなんや?」

「おう、それなんだがな――」

 

私と妙子姉さんは何事もなかったように向き合った。

 

「『せいなる夜』についてだ、人員を計算してみたがどうにも厳しい。三池君には悪いが、南無瀬領を離れてもらおうと思う」

 

「……しゃーないか。拓馬はんには年明けまで、南無瀬邸でのんびりしてもらいたかったんやけど。行き先は東山院なん?」

 

「だねぇ。そもそも、前回の東山院行きは、『せいなる夜』の予行練習も兼ねていたからな。島間移動はスムーズに行えるだろう。このことを三池君に話すのは」

 

「うちがやる。うちは拓馬はんのマネージャーやで。嫌われようが言うべきことは言う」

嫌われたら茫然自失確定だけど。

 

「助かるよ。計画書は明日までに作って渡すから、段取りは任せる」

 

「承知や」

 

「ツラい役目を押しつけた代わりと言っちゃあ何だが……撮影、あたいが手伝おうか? 一人でやるより効率的だろ」

 

「後生や、妙子姉さん。むし返さんといてぇ……」

私は顔を伏せて震えた――が、写真のクオリティアップのためならなりふり構っていられない、と恥を忍んで協力してもらった。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

やった。ちょっと怪しい素振りになったけど、私はやってやった!

 

翌日の午後。

拓馬君に渾身の写真をプレゼントし、私はルンルンと廊下を歩いていた――と。

 

「ご機嫌だねぇ。その様子からして、うまく行ったのかい?」

妙子姉さんに呼び止められた。

 

「せやで! それもこれも妙子姉さんのおかげや。おおきに!」

 

「結構なことだねぇ。で、『せいなる夜』に関しては?」

 

「…………うっ」

忘れていたわけではない。ただ、写真の贈与だけでも心臓がバクバクしたのに、東山院への避難を告げ拓馬君が難色でも示したら私の心臓がもたない。

あれだ、困難の分割、というやつだ。

 

「はぁ、言いにくいだろうが、三池君にも心の準備があるだろ。早めに教えたほうが彼のタメだぞ」

 

「……分かっとる。今日中に言うわ」

 

頼むぞ、と言葉を残し、去って行く妙子姉さん。

それを見送って、私はため息を吐いた。

 

『せいなる夜』

どうして南無瀬領には、こんな呪われた風習があるのだろう。

はじまりは純粋な愛の習わしであったのに、長い時の中で人間の恨みツラミを吸収して、醜悪なものに変貌してしまった。

 

原因を作ったマサオ様夫婦を恨むのはお門違いだけど、それでも恨まずにはいられない。

 

なぜ伝説になるほど励んでしまったのか!

なぜ南無瀬領でヤッてしまったのか!

なぜ自分たちの立場も弁えずエキサイトしたのか!

 

ああ、まったく! 今さら過ぎるけど、自重しろっての!

あんたらのせいで、拓馬君に余計なストレスを与えてしまうじゃない!

 

 

廊下に佇んで冬化粧を施した美しい庭園を眺めながら、内心の毒を除去していると。

「あ、真矢さん」

下腹部に温かみを与える優しい声がした。それだけで私の中の怒りや毒が洗浄される。

 

「拓馬はん……」

「あはは、どうも」

 

近付いてくる拓馬君――の顔色がいつもの15%ほど朱色寄りで構成されている。

こ、これは――まさか早速私の写真を使ってくれたの!? それで会うのが気まずくてキョドリ気味なの!? いい、その展開とってもいいよ、拓馬君!

 

私は彼の顔色以上に脳内ピンク革命をした。

 

「あの、訊きたいことがありまして」

「うんうん、ええよええよ。着物のことなん? アレならいつでも装着オーケーやで」

「は、はい? そうじゃなくて――」

 

拓馬君の次の言葉で、私の脳内革命は終了した。

 

「最近よく耳にするんですけど、『せいなる夜』ってなんですか?」

 

「っ!」

もう説明を引き延ばすことは出来ない。拓馬君に南無瀬領の悪習をありのまま話し、軽蔑されようが、避難してもらうしかない。

 

『聖なる夜』と、うたわれたのは遥か昔。

今では、『性なる夜』とも『精なる夜』とも呼ばれ恐れられる時。

 

それを前にすれば、逃げるしかない。この時の私はそう思っていた。

しかし、私のアイドル、拓馬君は違ったのだ。

 

「せいなる夜ちゅうのは――」

 

伝説が始まろうとしていた。

何百年と続く『せいなる夜』に新しい意味をもたらし、南無瀬領を史上もっとも熱くさせる夜が始まろうとしていた。

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