『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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一転攻勢の大作戦

「サンタクマース大作戦? なんやのそれ?」

この世界にクリスマスはないのだから、真矢さんの反応は当然だ。

 

「一言で表すなら『深夜のお宅訪問』ですよ」

 

俺は、妙子さんと真矢さんにサンタクロースの説明をした。

 

「本来のサンタクロースは子どもにプレゼントを配りますが、サンタクマースの場合は未婚女性を相手にします。一晩中未婚女性のお宅を訪問する予定です」

 

「……ふぇ、た、拓馬はんは、そない危険なことするつもりなん?」

 

「腹は(くく)りました。やります!」

 

俺の決意に対して。

 

「あ……あかん、あかんよ。あかん、あかんあかんあかんあかんあかんあかんあかんって!」

真矢さんの「あかん」がゲシュタルト崩壊を起こした。

テーブルをバンバン叩いて、非常に興奮している。

 

「逝っちまった奴だねぇ、サンタクロースというのは。男性でありながら他人宅をハシゴ侵入するなんて連続強漢志望者にしか思えないよ」

 

妙子さんの方は、みんな大好きサンタのおじいさんにとんでもないレッテルを貼っている。

 

それだけサンタクロースがこの世界では異常なのだろう。

そして、サンタクマースとして再現しようとしている俺も、貞操知らずの異常者に見られているのかもしれない。

 

「リスクは覚悟の上です。でも、この作戦のリターンは絶大だと思います」

 

「むぅ、三池君の言う通り、未婚女性は家に引きこもるだろうねぇ」

 

「なに同意しかけとんのや、妙子姉さん! こない作戦認められるわけないやろ! 拓馬はんが……拓馬君が夜中に枕元まで来てくれるとかご褒美もご褒美! 全裸待機案件よ!」

 

全裸待機……ネタじゃなくて、マジなんだろうな。

赤ずきんに出てくる狼よろしく毛布に身を隠し、牙と肌を磨いて(ターゲット)を待ち構える肉食女性を容易に想像できる。肝と股間に悪い未来図だ。

 

「どいつもこいつも拓馬君が接近したのを見逃さずにベッドに引っ張り込むに決まってる! 肌を重ねて冬の寒さを忘れるつもり満々! 許せない! 私の拓馬君には指一本触れさせないっ!」

 

これほど怒り狂っている真矢さんも珍しい。それほど俺が襲われる確率が高いのだろう。エセ関西弁のキャラ付けを忘れて猛然と抗議している。

 

「真矢さん……」

俺は真矢さんの隣に移動し、優しく背中をさすった。

 

「あん(ハート)、拓馬くぅん」

 

一瞬で真矢さんの興奮の波は引いたが、シリアスなシーンで喘ぎはナシでお願いします。

 

「自分が無謀なことをやろうとしているのかは理解しています。無策で突っ込んで、むざむざ貞操を散らすつもりはありませんよ。俺を信じてください」

 

手は背中に置いたまま、至近距離から決め顔のアイビームを照射すると。

 

「はふぅ、うん~」

 

真矢さんは目をトロトロしながら肯いた。まあ、説得出来たことにしよう。

 

「決行するにしても何をプレゼントするのか、どうやって配り回るのか、考えることは多々あるだろうねぇ」

 

「それなんですが――妙子さん」

サンタクマース大作戦を思いついた時から、大まかな内容は俺の頭にある。

 

「なんだい?」

 

「南無瀬組やタクマファンクラブのお力を貸してもらえませんか?」

 

俺一人で『せいなる夜』を解決しようと思うほど自惚れちゃいない。打てる手は全部打つ。

 

「ほお、総力戦を仕掛けようってのかい。面白いねぇ、燃えてくる」

 

妙子さんが拳をポキポキ鳴らしながら隠語を含まない正統派肉食獣の笑みを浮かべる。毎年、防戦一方だったからストレスが貯まっているのだろうか。

 

「ええ、燃えていきましょう! 今年の『せいなる夜』は、俺たちの力を総動員して一転攻勢に出ます!」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

翌日から『せいなる夜』に向けた準備が始まった。

 

「みなさん、わざわざ来ていただきありがとうございます!」

 

俺は台所に立つ男性たちに深くお辞儀をする。

つい先日、共にお菓子を作った男子料理教室のメンバーだ。

 

「気にしないでくれたまえ。三池君の助けになれるのならいくらでも協力しようじゃないか」

 

計画を聞いた時は大反対だったおっさんだが、俺の決意が固いと知ると感動の涙を流し、こうやって男性仲間の招集を買って出てくれた。

 

「『せいなる夜』は毎年、生きた心地がしませんでしたからね」

「本当に静かな夜になるなら、どうぞ私たちをこき使ってください」

「これで妻や娘たちも怯えずに済みます。いやはや、タクマさんには何とお礼を言えばいいか」

 

男性たちは柔和な顔をしながらも、手は素早くクッキーの生地を作り、俺の前に置いていく。

 

「さあて、こっちも頑張りますか」

 

俺の仕事は、ココアを付けたツマヨウジで生地の表面に簡略化したサインを書くことだ。

 

これぞサンタクマースからのクリスマスプレゼント『タクマの手作りクッキー』である。

正確には『タクマの(サインが入った男性たちによる)手作りクッキー』なのだが、省略した方がウケは抜群だろうという判断でこんな名前になった。商名詐欺じゃないよ。

 

なぜにクッキーにしたかと言うと、まず食品であることが挙げられる。

 

サンタクマースは全ての未婚女性にプレゼントを配らない。たった一晩で数十万人はいる未婚女性の家を回るのはどう考えても不可能だ。

 

そのせいで「プレゼントをもらった奴はどこだぁ!」と、もらわなかった女性集団による家捜しが横行するかもしれない。

だが、食品なら証拠隠滅は楽、プレゼントをもらった女性の安全は保障されるだろう……食べずにコレクションにしようとしなければ。

 

クッキーを採用したもう一つの理由は、量産化しやすい点にある。

今回の『せいなる夜』が終わった後に、クッキーは南無瀬領の名物として売り出す計画だ。さすがに手作りとはいかないが、形もサインも精巧な出来にする。

これによってプレゼントをもらわなかった女性の鬱憤を僅かでも解消し、ついでに例年の『せいなる夜』被害でカツカツだった南無瀬領の財政回復を狙う。

 

まさに一石三鳥の策だ。

 

 

「お疲れはん、サインの調子はどうなん?」

真矢さんが台所にやって来た。

 

「やっと慣れてきたところですね。男性の方々が、サインを書きやすいように生地を大きく作ってくれて助かっています」

「せやけど、これだけの数にサインするのは大変やね。拓馬はんから手渡しされるだけでも極上のプレゼントやさかい、サインまで付けへんでもええんちゃう?」

 

俺の前に所狭しと並べられるクッキーの山を見て、真矢さんが(いたわ)りの声を出す。

 

「せっかくのプレゼントですから、タクマ色のあるプラスαを付けたいじゃないですか。はは、これくらいで疲れたりしませんよ」

 

「とは言え、当日前に三池氏が疲弊するのは避けたい」

「だね。ところでそのココアのサイン、あたしの身体に書きつつ舐めとってくれませんか?」

 

「うおっ!?」

急に間近から聞き慣れた声がした。

 

音無さんと椿さんだ。

髪の毛はボサボサ、頬はすっかり痩せこけ、目元にはクマが出来ているが、間違いなく彼女たちだ。

 

「え? あれ? お二人ともどうしてここに……?」

「せ、せや。再訓練中やないの?」

 

まだ池上さんたちに連行されて二日しか経っていない。出所するには早くないか?

 

「私たちが優等生過ぎたので刑期が短縮された」

「清廉潔白とは、あたしたちを指す言葉です!」

 

この上なく嘘臭い。

再会と同時に早速セクハラ発言をしていなかったか?

 

「ハァハァ、生き返りゅ」「三池氏(シャバ)の空気の何と美味いことか」と、彼女らが漏らす言葉を聞く限り『まるで成長していない』と思わずにはいられない。

 

「経緯は聞いている。三池氏が如何なる鉄火場に突撃しようと私たちがお守りする。パワーアップした私たちの力をご覧あれ」

「はぁ……」たった二日でパワーアップ? 見た感じボロボロで弱体化しているようだが。

 

「あっ! 良いことを思いついちゃいました! クッキーに三池さん色を出すナイスアイディア!」

音無さんが元気に挙手をした。なんだ、いつものゴミアイディアか?

 

「この方法なら、三池さんを疲れさせずに、存分に三池さん印のクッキーが作れますよ。しかも低燃費!」

 

「へえ、聞くだけは聞きます」

 

「タク臭ボックスを使うんです! 焼いたクッキーをあの中で保管すれば、三池さんの匂いがこびり付いて昇天物の一品になります。やったぜ! アイディア料はタク臭付きクッキー1ダースでお願いしますね」

「そこに気付くとは凛子ちゃん、天才か。私もおこぼれで1ダースよろしく」

 

「じゃ、俺はサインの続きを書きます」

「ファイトやで、拓馬はん」

俺と真矢さんは世迷言を吐く音無さんを毎度の如くスルーした。うむ、様式美。

 

「へっ? あたしのナイスアイディアへのお返事は? む、無視しないでくだぁーい」

「安心しなさい。私は無視はしません」

「ふげっ!?」

 

ここで更なる人物が現れた。

男性身辺護衛局の池上さんだ。いや、地獄への水先案内人と化した池上さんと言った方が正しいか。

眉間に皺が寄りまくり、こめかみがピクピク痙攣し、歯を食いしばっている。

 

「ようやく見つけましたよ」

「い、池上はん? どないしたん……音無はんと椿はんが何かしたんか?」

「いい質問ですねぇ~。この二人は事もあろうに訓練所から脱走したのです」

 

ええっ! と驚く場面だが「だろうな」と言うのが正直な感想だ。

 

「鉄壁と謡われた訓練所の包囲網と警備システムを掻い潜るとは……はじめてですよ……このわたしをここまでコケにしたおバカさん達は……」

「しかし池上氏。脱走しなければ私たちは危なかった」

「三池さん成分が枯渇して精神が死ぬ直前でした。すみません、大目に見てください!」

 

平謝りするダンゴたちだが池上さんの怒りの炎はまったく消える兆しはない。

 

「本来なら訓練を中止して即刻クビにするのですが、それでは私の気が治まりません。訓練など生ぬるい、調教が必要ですね」

「「ヒエッ!?」」

おお、自分以外の「ヒエッ」を聞くと新鮮な気持ちになるな。

 

「連れて行け!!」

 

池上さんの指示で、後ろに控えていた男性身辺護衛局の職員たちがダンゴたちを簀巻きにして抱えて行く。

 

「ふぎやああああっ!!」「くぎゅうううう!!」

 

続・さらば、いやらしのダンゴよ。

 

 

 

「お騒がせして申し訳ありません」

池上さんが俺と真矢さん、それに台所の隅でブルブル震えている男性たちに謝罪した。

 

「それにしてもあの二人の高度な隠密性。ダンゴとしてあまり活用の機会はありませんが、タクマさんの計画には使えそうですね」

「えっ……俺の計画、知っているんですか?」

「先ほど領主様から協力願いが出ました。男性身辺護衛局としても男性が危険な目にあう『せいなる夜』には忸怩たる思いでしたから、協力は惜しみません。フリーの護衛官を用意しましょう」

「ありがとうございます!」

 

よし、これで作戦の成功率は一気に上がるぞ。

 

「その代わり……ああ、いえ……報酬を期待するのは、はしたないのですが」

池上さんはチラッチラッとテーブルの上のクッキーに目をやった。

その意図をすぐに汲み取る。

 

「はい、力を貸してくれる人にもクッキーを配りますよ。いいですか、陽之介さん?」

俺の独断で作り手である男性らの労力を増やすことは出来ないので、台所の奥にいるおっさんにお伺いを立てる。

 

「もちろんだとも。三池君の力になる方々はみんな僕らの仲間だ。盛大に振る舞おう」

 

「男性の方々の誠意に、男性身辺護衛局を代表して感謝を述べさせていただきます。誠にありがとうございます。これで護衛官たちのモチベーションも上がるでしょう」

 

 

南無瀬組に、男性たち、それに男性身辺護衛局。多くの人々が俺の計画に賛同していく。こりゃあ絶対に失敗は出来ないな。

やるぜ、誰一人犠牲にならない『静なる夜』を作ってみせる!

 

決意を今一度固める俺の耳が、池上さんの呟きを拾ってしまった。

 

「……ふふ、媚薬(クッキー)ゲット。これで精一杯励める」

 

どうやら、犠牲は最低一人は出そうだ。俺はまだ見ぬ池上さんの旦那に心からの謝罪を送った。

 

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