『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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大作戦の火蓋は切られて

男子料理教室、男性身辺護衛局との連携を取り付けた俺は、次なる協力者を応接室へと招き入れた。

 

「サンタクマース大作戦に私たちが……?」

 

俺と相対することで夢心地のだらしない表情を浮かべていた女性――ファンクラブ運営に携わる委員長のお姉さんが夢から覚めたように戸惑った。

 

「ファンクラブのほうでプレゼントを渡す家の選定をやってほしいねん。南無瀬組は、移動手段の確保や拓馬はんの護衛方法を詰めなアカンさかい、手を借してくれへんか?」

 

「家の選定を……」

真矢さんの言葉を咀嚼するようにお姉さんは顎に手を当て、考えるポーズを取る。

その手の甲や頬に貼ってある湿布が痛々しい。

 

ファンクラブ運営の人と会談する機会はこれまでに何度かあったが、毎回人は違うのに誰しもボロボロになってやって来る。

何でも南無瀬邸訪問者選抜のため、ファンクラブ運営内で「ちょっとした会議」を行うのが慣例だそうだ。怪我はその時に受けるものらしい。

 

会議が紛糾するのはよく聞くことだし、無数のひっかき傷を負うこともあるよね――と、俺は異文化理解の広い心で受け入れている。

 

今回の会議の勝利者であるお姉さんに対し、真矢さんは言葉を続ける。

「サンタクマース大作戦の名目は『タクマのアイドル活動再開を祝したファンクラブイベント』ちゅうことにしとる。未婚女性のほとんどがファンクラブ会員やしちょうどええやろ」

 

「会員の住所は全て私たち運営が把握していますから、プレゼント渡し場所の選定にはもってこい、ということですか?」

 

「そういうことや。他の仕事は後回しにしてええから、最優先でよろしくな」

 

「――承知しました。タクマさんのためです。運営一同、家に帰られない覚悟で頑張ります」

お姉さんが力強く頷いた。

ファンクラブ運営は膨大な数の会員を管理するため、過酷な職務に従事しているらしい。メイクでも消せないお姉さんの目元のクマを見ながら、俺はこの一件が終わったら運営の労働環境改善を真矢さんや妙子さんに頼もうと決意した。

 

「選定場所は、南無瀬領の市町村それぞれに最低三か所ずつ挙げてや。訪問先の家族構成は偏りがないように、一人暮らしから三世帯までをまんべんなく。それと――」

真矢さんが次々と選定基準を話し、お姉さんは手帳を取り出し必死にメモしていく。

 

サンタクマースが行く場所は、とにかく平等でないといけない。

例えば、今年の『せいなる夜』においてサンタクマースが街中ばかりを回ったとする。と、なれば「来年こそはプレゼントをもらわなきゃ!」という層が一斉に都会へと引っ越しを始め、過疎化問題や限界集落が発生してしまう恐れがあるらしい。

また、プレゼントを渡しやすい、ということで一人暮らしの家ばかりを回ったとする。と、なれば「血は繋がっていても他人よ。これからは個人の時代よね」と家庭崩壊が起こるかもしれない。

 

んなアホな、と一笑に付すことが出来ないのが、不知火群島国の肉食女性たちの怖いところだ。

 

「条件はこんくらいやね」

 

「は、はあ……」挙げられた条件の多さにお姉さんの顔が強張っている。

 

「ほんで、ざっと1000カ所ピックアップしてほしいねん」

 

「せ、せんっ!?」お姉さんが唾を飛ばしながら驚く。

「多くないですか!? これ『せいなる夜』だけのイベントですよね? たった一晩で1000カ所も回るなんて無理ですよ!」

 

「それについては、俺から説明します」

作戦の(かなめ)になるところだ。立案者として俺が説明せねばなるまい。

 

「サプライズのファンクラブイベント、これを告知した場合……南無瀬領はどうなると思いますか?」

「え……未婚者は家に引きこもって、虎視眈々(こしたんたん)とタクマさんを待つんじゃないですか」

「その通り。そんな人が消えた外を回り、プレゼントを渡していく。これって凄く目立ちますね? 俺の所在がファンにバレたら襲われるかもしれません」

「……ですね」

 

「そこで!」俺は声を張った。「ダミーとして南無瀬組の組員さんたちやフリーのダンゴの人にもプレゼントを配ってもらいます。複数で、一晩中、南無瀬領を縦横無尽に動き回り、俺がどこにいるのか分かりにくくします」

 

俺一人で配り回ったら、ネットで簡単に居場所が知られ、これから向かうポイントが推測されてしまう。

だからこそ、木の葉は森に隠せ、森がないなら森を作れ、だ。

 

組員さんらにクッキーをもらうファンはガッカリするだろうが、それでも何ももらわないよりはマシだと思ってくれるだろう。思ってくれず暴れても、相手は百戦錬磨の組員さんやダンゴの方々。どうにでも対処してくれるはずだ。

 

このかく乱作戦にはもう一つメリットがある。俺のサイン付きクッキーをもらえる人を増やして「プレゼントをゲットした奴はマジ万死!」と恨みにかられた輩のヘイトを分散させるのだ。

 

「なるほど……ですが、他の方もプレゼントを配るのでしたら、わざわざタクマさんが危険を(おか)さなくても」

「俺自らが前線に出ないと、例年通りに既婚者宅を襲撃する人々が出るかもしれません。やるなら中途半端ではなく、徹底的にですよ」

「確固たる思いがあるのですね、分かりました。もう何も言いません。運営のほうでも1000カ所のピックアップを徹底的にやってみせましょう」

「ありがとうございます!」

 

それから細かい点を決め、話し合いはつつがなく終わった。

 

そう、話し合いはつつがなかったのだ。

が、南無瀬邸を去ろうとするお姉さんに「良かったら運営のみなさんで食べてください」と丹精込めた自作のクッキーをお土産に渡したところ――

 

「た、タクマさんの手作りっ!」

持ち帰って食べるだなんて悠長なこと出来るか! と、早速一口摘まんだお姉さんは「こぴゅあぁ」と奇怪な感想をこぼして地面に倒れ伏し、意識を失った。

 

「サンタクマース大作戦には、拓馬はんのクッキーが役立ちそうやな。危険人物に食べさせたら無力化出来るで」

「人の料理を武器転用するのはやめてください」

 

介抱したお姉さんを見送った夜。

ファンクラブ運営と連絡が付かなくなった。みんなクッキーを食べて無力化されてしまったらしい。

しかし、翌日からの運営の働きぶりは見事なもので、一体いつ寝ているのか……あっ、寝てないやこの人たち。という仕事でプレゼント配布場所のピックアップを済ませてしまった。

 

「ほんま拓馬はんのクッキーは滋養強壮作用が狂気レベルやな。うちも常用しよか」

「人間として踏み入れてはいけないラインってありますよ。俺のクッキーは封印指定でお願いします」

 

 

こうして、南無瀬組、男子料理会、タクマファンクラブ運営、男性身辺護衛局が一丸となって準備に励み、『せいなる夜』を迎えることになった。

 

黒一点アイドル・タクマの活動再開、ならびにプレゼント配布の告知はこの日の夕方に行われる。

告知が遅すぎる気はするが、あまり早く知らせてしまうと。

 

「南無瀬領だけのタクマイベント!? ふざけるな! 今すぐ南無瀬領に家を借りるんだ! 無理ならどこでもいい、とにかく占拠して家主になり代わるんだ!」

 

という他領の過激ファンが出てくるかもしれないので、決行直前での告知になったわけである。

 

その日、その時。

南無瀬テレビのニュースと、タクマファンクラブのサイトで『サンタクマース大作戦』の火蓋は切られた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

南無瀬領・某地下施設。

 

無駄がなく、洗練さもなく、ただ無骨なだけのその地下空間。元はシェルターとして作られていたその場所に、数十人もの未婚女性が集まっていた。

 

皆、黒のタイツで身を包み、手を後ろに回し、直立不動の構えを取っている。

一様に厳しい面もちの先には、スピーチ用に設けられた壇上がある。

 

そこに今、首領と称される女性らしき人物が立った。らしき、というのはその人物が赤マントを羽織り、顔は宇宙人のような被り物で隠しているからである。

 

「…………」

首領は一段高い場所から、未婚女性たち――いや、同志たちを見渡しゆっくりと口を開いた。

 

「今年も、この時が来た。(うつつ)をぬかした既婚の者たちに我ら『(ジョ)()ー』」の怒りをぶつける日が」

 

「キィー!」

「キィー!」

「キィー!」

 

「ふふふ。皆、意気軒高なようで大変結構……ん? 去年より幾分人数が減ったようだが?」

 

「はっ、首領! 去年やり過ぎてしまったため、未だに服役中の者が三名います」

大幹部と呼ばれる、これまた被り物をした女性が応える。

 

「そうか……偉大なる勇者の不参加は悲しいものだな」

「また、結婚してから逃げ出した者が二名」

「ほぉ、裏切者か。当然、今回の襲撃対象に入っているのだな?」

「もちろんです、首領! いの一番に襲う予定になっております」

 

大幹部の言葉に「よろしい」と頷いた首領は、再び(ジョ)()ー構成員を見渡した。

 

「諸君、誰にも我らの怒りを止めることは出来ない。その命、燃え尽きるまで既婚の者共に嫌がらせをするのだ」

 

「キィー!」

「キィー!」

「キィ? キィキィ?」

 

その時、一人の構成員が慌てだした。面白くもない首領の挨拶に飽きて、携帯をポチポチ操作していたところ何かの情報を掴んだらしい。

 

「貴様! 首領のお言葉を聞きもせず何を……な、なんだとっ!?」

 

構成員の所まで注意に赴いた大幹部までも慌て出す。

 

そう、ちょうど『タクマ活動再開イベント』が告知されたのである。

 

「キタァー! タクマ復活キタコレ!」

「ファ!? なにこの神イベント! タクマさんがあたしの家に来てくれるの?」

「バッカ、とんでもない低確率だぞ! ありえねぇ」

「でも、もしかしたらってあるよね! たぎるぅぅ!」

 

地下施設内はハチの巣を突いたように騒がしくなった――が。

 

バンッ! バリィ!?

 

喧騒は、首領の拳がスピーチ台を叩き割ったことで止まった。

 

「全員、落ち着くのだ! そして、今一度己に問い直してみよっ! 我らの既婚者への怒りは、タクマさんのイベントで掻き消えるものなのか!?」

 

「「「そ、それは……」」」

 

「一時間の猶予を与える。全員、頭と股を冷やして、再びこの場へ戻ってくるのだ。よいな!」

 

浮ついていた雰囲気を払うべく(ジョ)()ーは一旦解散となった。

 

 

 

そして、一時間後。

 

構成員たちは、誰一人として戻っては来なかった。みんな自宅に帰ってタクマを待ち構えることにしたのである。

これに対して、大幹部や首領の反応は、というと。

 

 

 

――何もなかった。

 

なぜなら、彼女らも戻っては来なかったからである。

 

こうして、一旦解散したはずの(ジョ)()ーは永久に解散することになった。

 


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