『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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サンタクマース大作戦の意義

その襲撃の凄まじさを表すには、どんな言葉を重ねても足りないように思う。

 

毛布を被って息を潜めていた老婆。

ベッドの下でこちらの足をすくおうと狙っていた老婆。

蜘蛛の如く天井に張り付いていた老婆。

壁のシミに同化して気配を殺していた老婆。

 

敬老の日を二度と祝えないほどの恐怖がそこにはあった。

 

「ううううわあああああああっっ!!」

 

昔話のヤマンバがお淑やかに感じるくらい、肉に飢えたおばあさんたち。

さらに、他の部屋のおばあさんたちも示し合わせたかのように出現し、四方八方から襲いかかってくる。

 

「コホー! ゴボッ、ヤルッ!?」

「コホホボッ、アタシヲ踏ミ台ニシタ!?」

 

椿さんと音無さんが呼吸を乱すほどの熟練の技が光る。

いろんな意味でイヤらしい手を使うおばあさんたちだ。百戦錬磨の南無瀬組と言えど、トリッキーな動きの老兵たち相手に余裕がなくなっている。

 

このままでは、俺がやられてバッドエンドか――それとも、南無瀬組が本気でおばあさんたちを倒してここをやすらぎの地にしてしまうだろう。

 

その前に何とかしなくては!

 

自分の震える手を叱咤して、俺は懐から秘密兵器を取り出し――

 

「おらぁ!」

入れ歯が飛び出るほど大口を開けるおばあさんたちへと、それを投げつけた。

 

 

 

 

 

「ご無事ですか! タクマさん!」

 

食堂の方に連行していた二人の介護士さんを呼び戻す。

彼女らは鼻息荒く俺を心配してくれた。

 

「俺は大丈夫、みなさんのおかげです――それより」

 

ベッドに横たわる一人のおばあさんの下へと、介護士さんを案内する。

 

「こ、これはっ……」

ベッドの上の光景に介護士さんたちが息を呑んだ。

 

仰向けになったおばあさんは「我が生涯に一片の悔いなし」と言わんばかりに満ち足りた表情で瞳を閉じている。

つい先ほどまで「キエッー!」と三角飛びしていた人と同一人物とは、とても思えない。

 

「や、やってしまったんですか?」

「いえいえ! ただ寝ているだけですよ。他のおばあさんたちもみんな眠っています」

 

持ってて良かった、自家製クッキー。獰猛なご老人たちにも効果覿面(てきめん)である。

「貴重なクッキーが……」「自分が不甲斐ないばかりに……」「アタシノ取リ分ェ」

悲嘆に暮れる南無瀬組のことは無視しよう。

 

ただ、このクッキー。一つ問題があって――

 

「この度は本当にお騒がせしました。これ、どうぞ受け取ってください」

 

おっさんたちが作ったクッキーを渡す……っと、それだけではなく「お仕事頑張ってください」と俺は二人の介護士さんに握手をした。

 

「きゃ、タクマさんと一時接触!」

「天上の肌触りぃぃ」

 

心底幸せそうな顔になる介護士さんたち。

 

隣の真矢さんが「ちょっとサービスし過ぎちゃうんか?」とジト目になっているが、このくらいは許してほしい。

 

何しろ彼女たちは、これから地獄を見ることになるのだ。

 

俺のクッキーを食べた人は、まず意識を失い……それから強力な滋養作用によって人から外れた力を発揮するらしい。

 

あの人間離れをしていたおばあさんたちが更なるパワーアップを遂げるのだ……想像するだけでも健康に悪い。

ハイパー化したおばあちゃんズを相手にしなければならない介護士さんたちに、俺がエールを送りたくなるのは無理からぬことだろう。

 

「それじゃあ、俺たちはこれで失礼します」

 

特別養護老人ホーム『やすらぎの海』を後にする。

玄関まで来て、名残惜しそうにこちらへ手を振る介護士さんたちに手を振り返しつつ、俺は彼女らの行く末を案じるのであった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

『すまなかったねぇ、配布場所の選定に高齢者の進化を計算していなかった』

 

「元々、『せいなる夜』まで日がないのに俺が無理言って立ち上げた作戦です。想定外は仕方ありませんよ」

 

『相変わらず三池君は心が広いな……しかし、襲撃を受けた事実は無視出来ない。これ以上の作戦の遂行は……』

 

「俺は行けますよ。プレゼント配布場所はまだまだありますし、へこたれていられませんっ」

 

次のポイントへ向かう車内。

車のスピーカーから妙子さんの通信が流れてくる、それに対して俺は声を張った。

南無瀬組やファンクラブ運営や男性身辺護衛局の面々が協力してくれているのに、発起人である俺が早々にリタイアするだなんて申し訳が立たない。

 

『三池君の決意に水を差すようで心苦しいんだが、ダミー班が襲われる報告がいくつか上がり始めている』

 

「ちっ、もう発生したんか」

真矢さんが毒づく。

 

『領民の我慢を高く見積もっていたようさ。『せいなる夜』終了まで残り時間がなくなってきた。三池君からプレゼントをもらえないことが現実味を帯びてきた……となれば、大人しく家で待つより近所を徘徊して、不審な人物や車を手当たり次第に狙う輩も出てくる』

 

南無瀬領がカオスに陥ってきたようだ。

ん、静なる夜にしようとサンタクマース大作戦を決行しているのに、大して『せいなる夜』と変わらなくね?

 

『こんな危険な状況だ。それでも続けるのか、三池君!?』

 

「ぐっ……」

正直、もうゴールしてもいいよね、という気分だ。

しかし「俺は行けますよ(キリッ」と言ってから舌の根も乾かないのに「おうち帰る」とギブアップするのはいかがなものか。

 

「で、できるだけやってみます」

 

『そうか、あたいらも全力で君をサポートしよう……タカハシ、聞こえているだろ。今夜ばかりは大目に見てやる、全力でやれ』

「はっ!」

 

運転手を務める組員のタカハシさんに、妙子さんから何かの指示が出された。

俺がその意味を尋ねるより早く――「うおっ!?」

車が加速する、制限速度を超えて夜風を切り裂いて行く。

 

「タカハシはん、昔は走り屋をやっていたんや」

真矢さんが、俺のシートベルトを引っ張ってちゃんと締められているのか確認しつつ話す。

「『車道最速理論』ってけったいなモンを追い求めてな、その途中で速度超過と危険運転のコンボで警察にしょっ引かれたねん。せやけど、類まれなドライビングテクニックが買われて、免許再取得後に南無瀬組へスカウトされたわけ」

「お恥ずかしい話です」

 

前を向いたまま涼し気に返すタカハシさん。同時に苛烈な運転で俺にも涼しさを提供してくれる。

 

「タカハシはんが本気になったんなら、未婚女性から追跡を喰らっても逃げおおせるやろ」

「そもそも発見させません。南無瀬領の道は地図に載っていない小道まで把握しています。極力人の目がない道を使ってターゲット宅へ向かいましょう。多少遠回りになりますが、その分スピードを上げますのでご心配なく」

 

タカハシさんの自信は確かな実力に裏打ちされたものだった。

宣言通り、地元の人しか知らないような道を駆使して未婚女性たちを欺いていく。

今回の作戦のためにエンジン音がほとんどしないハイブリット車を用意したのも大きく、俺たちはトラブルなく移動することが出来た――と、言ってもすれ違うことも出来ない細道を速度超過でブッコむタカハシさんの運転は、「コーホーッキッキュ!!」とエキサイティンする一部ダンゴには好評だったが俺の寿命を縮めるのに十分なものであった。

 

 

次なる目的地が近づいてきた。

町中の死角となった絶妙な位置にタカハシさんが車を滑り込ませる。車から這い出た俺は、組員さんに守られながらよろよろとターゲット宅へと進み始めた。

 

先頭を行く組員さんが「待て」と後続にジェスチャーで知らせる。

どうやらターゲット宅までの道のりに、俺を求めてゾンビの如く彷徨う未婚女性がいるようだ。見つかったら声を上げられ、周囲に俺の存在がバレることになる。

 

先頭の組員さんが物陰から暗視スコープで未婚女性を監視し、やり過ごせるか判断する――が悲しいかな、組員さんはジェスチャーで『襲撃』の意思表示をした。

老人ホームに時間をかけ過ぎたこともあって、行動がスピード重視で倫理軽視になっている。

 

道を塞いでいた未婚女性は、ほどなく背後からの襲撃によって昏倒させられた。

その屍を横切りながら、俺はサンタクマース大作戦の意義に思い悩むのであった……

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