『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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やるなよ! 絶対やるなよ!

鬼に()うては鬼を斬る、仏に逢うては仏を斬る、未婚女性に逢うては未婚女性を斬る。

サンタクマースの(ことわり)、ここにあり。

 

徘徊する女性たちの中を進む緊張感で心と体が朽ちていく。

可愛らしい幼女から、人の良さそうな老婆まで平等に拘束し、犯行声明代わりとクッキーを置いていく作業に、人として大事な何かが擦り切れていく。

 

それでも俺は駆ける。

貞操の炎を燃やして、寝ずに南無瀬領を駆け抜ける。

多大な犠牲を前に、「『せいなる夜』を静なる夜にするんだ!」という青臭い目標はすでに粉々だ。

何のために走っているのか最早分からない。だが、途中で投げ出したら、イタズラに未婚女性を倒し回っただけの気がするので完走を目指すしかない。

 

 

さあ、最南端から始まったサンタクマースの旅も終盤。

夜明けは近い。

最後のターゲット宅は領内で最も北に位置する小さな漁村にある。あと、もう一頑張りだ。

 

この戦いが終わったら俺……布団に入ってグッスリ眠るんだ。

 

「ラストは北無瀬(きたなせ)村……なんや因縁めいたものを感じるな」

 

車中で計画書を確認していた真矢さんがボソリとこぼす。

 

「因縁、ですか?」

「この間『せいなる夜』が始まった理由を話したやろ」

中御門(なかみかど)由乃(ゆの)様とマサオ様が励んじゃったっていうあの……」

「せや、その合体した場所っちゅうのが北無瀬村や」

 

不知火群島国が誕生した当初、領内最北の北無瀬村は他の島から来る人々の玄関口として機能していた。

視察に来た由乃様とマサオ様が降り立ったのも北無瀬村だったそうだ。

そこで例の元気になっちゃう貝を食べた二人は創生合体をして子を成した。だから北無瀬村は――

 

「既婚者にとっては子宝に恵まれたり、夫婦円満でいられるパワースポット的な扱いを受けとるんやで」

「良いことじゃないですか」

「せやね……既婚者にとっては」

 

真矢さんが引っかかる言い方をしたので、「へえ~」と俺はそれ以上突っ込まず、会話を打ち切った。

君子危うきに近寄らず。

不知火群島国で学んだ人生訓の一つだ。

 

 

最後だからと言って、手順は変わらない。

タカハシさんが村外れに車を止め、組員さんを先頭に村へと進撃する。

闇が濃くなるのは夜が明ける直前であればこそ、と言ったのは誰だったか。サンタクマース部隊は闇に乗じて、村人の目に触れず、ターゲット宅へと近づきつつあった。

 

……変だな。あまりにも順調過ぎる。

 

『せいなる夜』が後半戦に差し掛かった頃から、どの市町村でも屋外に生ける屍(リビングデッド)が目撃された。だのに北無瀬村は漁村らしく岸壁を波が打つ音しか聞こえず、未婚女性のうめき声一つしない。

 

俺が不審に思うくらいだから南無瀬組の精鋭たちが気に留めないわけがない。

みんな、警戒の色を強くして慎重に進んでいる――と。

 

 

遠くからパンッという破裂音と、キュルキュルと耳障りな音が響いた。

 

「っ!?」何だ? 

戸惑う俺と違って、椿さんと音無さんは音の正体に察知したようだ。

 

「真矢氏! 急ギ妙子氏ヘ、救援要請ヲ!」

「移動手段ヲ潰サレマシタ!」

 

「なんやてっ!? タカハシはんがやられたんか!」

 

俺たちが色めき立つのと同時に、これまで沈黙していた家々に電灯が点り、途端に騒がしくなる。

 

「あかん、村ぐるみの罠や! 誘い込まれたっ!」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「タカハシはんとの連絡が付かへん。音無はんと椿はんの予測通りみたいやな」

 

「さっきの異音は、車のタイヤがパンクする音と、必死に車を動かそうとする音だったんですね」

タカハシさん、怪我をしていないと良いが。「村の人たちは、どうやって俺たちに気付いたんでしょう?」

 

「コーホー。オソラク、村ヘト続ク道ノ全テニ、監視員ヲ隠シテ配置サセテイタ。コノ手際ノ良サカラシテ、暗視スコープ、サーモスコープヲ装備シテイル可能性アリ」

 

椿さんの説明に戦慄を禁じ得ない。

この真冬の真夜中に、来るか分からないサンタクマースを待ってずっと外に潜んでいただと……っ!?

しかも南無瀬組に負けない装備で。

 

「ここってただの漁村じゃないんですか? 俺を是が非でも捕まえようとする覚悟を感じますよ」

 

「北無瀬村は、ある意味『せいなる夜』の最大の被害者なんや」

 

真矢さんがまた引っかかることを言った。先ほどの話の続きらしい。君子が近付かないよう注意しても、危うき事が君子側へ突撃してきたらお手上げだ。

 

「北無瀬村は既婚者にとってパワースポットって言うたやろ。ほんなら未婚者にとってはどうやと思う?」

「お、おう……」

「既婚者を調子づかせる土地や。『せいなる夜』ちゅう劣等感を刺激する忌むべき風習を作った元凶や」

「ソノタメ、『せいなる夜』ニナルト複数ノ未婚者団体ガ北無瀬村ヲ荒ラシマワル」

「南無瀬組や警察も介入して、北無瀬村攻防戦を行うのが毎年の風物詩やで。村の器物が破壊されてえらい迷惑しとる話や」

 

前々から感じていたんだが、不知火群島国の人たちは自分の感情に素直過ぎないか。

もうちょっとさ、慎みとか思いやりとか持った方がいいと思うんだなぁ。

 

「村の人たちが、暗視スコープやサーモスコープを持っているのは、攻防戦のためだったわけですね」

『せいなる夜』直前に発表されたサンタクマース大作戦に対応出来たのも、攻防戦の準備をそのまま対サンタクマースに流用したためだろう。

 

「『せいなる夜』に苦しめられてきた村人たちや。自分たちこそがサンタクマースの恩恵を受ける者って思っとるんやろ。何百年もの不幸を帳消しにする恩恵をな……『せいなる夜』の被害地やさかい、慈悲で配布場所に選んだんやけど失敗やった」

 

数分前の身も凍る体験を思い出す。

「逃がさないわ!」「幸せにして! あたしたちにはその資格がある!」「結婚しよ」

徒党を組んで向かってくる村人たち。妙に連帯感があったのは、不幸を共にする仲間だったからか。

 

ともかくだ、作戦のミスを嘆くより先に、この状況を何とかしなくては。

 

「コーホー、タダイマ戻リマシタ」

周辺警戒に出ていた音無さんが、俺たちの潜伏場所――波止場の倉庫群の一つに帰還した。

 

「どないやった?」

「組員サンタチガ、囮ニナッテクレタノデ波止場ニ人影ハ、アリマセン……デモ、ココニ追撃ノ手ガ伸ビルノハ時間ノ問題デスネ」

「真矢さん、妙子さんからの救援は?」

「急行しとるけど、三十分はかかりそうや。村人たちからの妨害も考えられるし」

 

くっ……ただ待つだけでは生(性)還は難しいか。

 

「無問題。私タチガ守ル」

「ソウデス、全力デイキマス!」

コーホーコーホーの呼吸を荒くして、ダンゴたちが息巻く。

 

「お二人とも……」

夜が薄れ、倉庫の窓から日の光が入り出す。すると、目に映るのは音無さんや椿さんの痛々しい姿だ。

黒の戦闘服の至る所が伸びたり、引きちぎられている。

ここまでボロボロの二人を見たのは初めてである。それだけ村人たちの猛攻が激しかったのだが……もう一つの疑念を俺は抱いていた。

 

「音無はんと椿はんが職務に忠実なのは感心や。せやけど、今夜の二人は動きにキレがあらへんとちゃうか?」

「真矢さん!」

俺が言いたくても言えなかったことを真矢さんは口にした。

 

「ナヌッ!」

「キ、聞キ捨テナリマセン!」

 

抗議の声を上げるダンゴたちだが、俺も気になっていた。

老人ホームのおばあさんの踏み台になったり、一般人の大群に後れを取られそうになったり……普段の音無さんと椿さんならもっと上手くやるだろう。

 

「やっぱりマスクをしているから、呼吸がやりにくくて動きが鈍っているんですかね?」

「ちゃう、そない人間的な理由やないやろ」

さらりと真矢さんは、ダンゴの二人を人外だと言い捨てた。

 

「肉食抑制施術によって二人は理性的なダンゴになった……んやけど、拓馬はん成分の供給をストップしたことでエネルギーが欠乏しとるんや。二人の原動力は性欲と煩悩やさかい」

「そんなヨコシマなっ」

大真面目に馬鹿みたいなことを言う真矢さん。だが、事実であろうから笑い飛ばせない。

 

 

男性身辺護衛局の池上さんの言葉を思い出す。

「まだ肉食抑制施術が両名の身体に馴染んでいない状況です。マスクが外れてタクマさん成分を吸収すると、再び肉食化するかもしれません」

 

やるなよ、という忠告だったが非常事態だ。

 

「地獄ノ再研修ヲ受ケタ私ガ弱体化シテイル訳ガナイ」

「今ガ、アタシノ全盛期デス!」

 

否定する二人に俺は「マスクを取ってください」とお願いした。

今必要なのは、理性的なダンゴではなく、とりあえず戦闘能力の高い肉食獣である。

 

「コーホー、三池サン」「……ソレガ命令ナラ」

不服そうにしながらも音無さんと椿さんは、厳つい防毒マスクを外した。

すると、どうでしょう。

 

「きゃは」「おっふ」

感情を失っていた目が突如として肉食色に彩られ、機械音声だった声が性的に染まる。

池上さんの調教は無駄に終わってしまったようだ。

 

「気分はどうや?」

「身体に巻いていた重りを取ったかの如く」

「凄く清々しいです……ですけど」

音無さんがふらつき出した、なんかわざとらしい。

 

「ずっと禁欲性活でしたから、三池さんの匂いだけじゃ燃料が足りません。もっと直接的なエネルギー供給がないと……あたし、全盛期になれません」

音無さん、つい一分前に「全盛期デス!」と豪語していませんでしたか? 前言撤回はダンゴたちの得意技だから、突っ込む気にはなれないけど。

 

「凛子ちゃんの言う事はもっとも。下の顔が濡れず力が出ない」

椿さんも乗っかり、いかがわしいアソパソマンみたいなことを言い出す。

 

この面倒臭さ、俺の知るセクハラダンゴたちが帰って来たようだ。

 

「二人とも、ええ加減に」「まあまあ真矢さん、良いじゃないですか。直接的なエネルギー供給をやりましょう」

 

危機的状況でダンゴたちの漫才に付き合ってはいられない。それに、戦力強化をするのは間違ったことではないし。

 

俺は手袋を外して、サンタクマースの袋から二個クッキーを取り出した。おっさんたちが作ってくれた物だ。俺の自家製を食べさせて気絶でもされたら大変だからな。

 

「クッキー、キタコレ」「直接私たちの口に放り込んでほしい」

 

並んで「あーん」と口を開くダンゴたち。

「はいはい」

右手と左手で一個ずつクッキーを摘まみ、俺は音無さんと椿さんの方へと足を進めた。

 

なぜかその時である。俺の脳裏を池上さんの言葉がよぎった。

「不用意な身体的接触もいけません。両名の体細胞が活性化する恐れがあります。いいですか、絶対にやらないでくださいね! 絶対ですよ!」

 

やるなよ、絶対やるなよ! という忠告。

そうだな、過剰供給は危険だし身体接触には気を付けないと。

 

俺は慎重に慎重を重ねて、クッキーを「あーん」する二人の口に同時投下しよ――「うおっ!?」

 

何ということだろう。

まだ薄暗さの残る倉庫。その床に無造作に置かれていた小さな台木(だいぎ)に俺は足を取られ、衝動で持っていたクッキーをこぼしてしまった。

それだけなら、どんなに良かったか。

すぐに体勢は整えたのだが――クッキーなき両手の指から生温かく、ぬるりとした感触が伝わってくる。

 

「あっ」

見ると、俺は左右の指をダンゴたちの口に突っ込ませていた。

 

音無さんと椿さんは、パクッと甘噛みで俺の指を捕らえると。

「「チュパチュパ……レロレロレロレロレロ」」

器用に舌で舐めだした。

 

女性に指を舐められるなんてインモラルでドキドキする光景なのに、俺の口からは「ひぃ!」という悲鳴しか出ない。

指を引っこ抜こうとするも、甘噛みのくせにとてつもない吸着力で剥がせない。

レロレロ動く舌は、俺の指を溶かし尽くす勢いで動いている。

 

ビクンビクン! 体細胞が限界まで活性化しているのか、音無さんと椿さんの身体が波打った。

 

 

 

 

 

結論から言おう。

北無瀬村の住民たちの野望は潰えることになった。

彼女たちは過去の『せいなる夜』が(ぬる)く思えるほどの地獄を味わうことになったのだ。

 

『せいなる夜』の間、俺は数々の肉食女性を見て、その危険性に震えたが、最も危険な者は身近にいるのだと再認識した。


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