サブタイトル通り、四章は変態度高めなので心身に考慮してお読みくだされば幸いです。
変態の島
不知火群島国は変態の宝庫だ。
身近な音無さんと椿さんを筆頭に、これまで出会ってきた多くの女性たちがそうだった。
性癖がフルオープンだったり、医者が匙を投げるほど
しかしだ。
それでも彼女らは『一見』普通であった。
話をせず、ただ見るだけなら、その変態性は隠れていたのである。
だが……真なる変態というのは、一目で変態だと分かるものらしい。
「我が社の創始者の言葉に『人生はエンターテイメント』とある。これについて、君たちはどう思う!?」
戦隊モノでよく見るマスクで顔を隠した変態が訊いてくる。布で口を覆っているのだから声はこもるはずなのに妙に聴きやすい。腹からしっかり発声しているようだ。ちなみにマスクの色は赤、リーダーポジションである。
それでいて服装は、オーダーメイドらしき品のあるレディーススーツ。その格調高さが余計にマスクとのチグハグ感を際立たせている。
レディースレンジャーからの問いかけに俺たちは返事に窮した。質問の意図が汲み取れないし、そもそもファッションへのツッコミで頭が一杯だ。
が、彼女は気にもしないで話を続ける。
「エンターテイメントとは娯楽! つまりは創始者は『人生を遊び倒せ』と
また質問してくるレンジャーだが、俺たちが口を開く前に再び喋り出した。これほど会話のタイミングが掴めない人は初めてである。
「たった一度の人生、せっかく楽しむのなら熱く! 炎のように熱く! 一生燃焼で行こう! そうだ、『人生は
――と、両腕を大きく開き、Y字の体勢となって、熱い弁舌を垂れる人物こそ『
新年の空気が消えた一月中旬。俺は南無瀬組御用達のジェット機を使い、中御門へと足を踏み入れた。
ついに来たんだな、不知火群島国の中心に……と感慨にふけるのをそこそこに、早速行動を開始する。
初日にすべきは、これから世話になるテレビ局への挨拶だ。
中御門にはいくつかの民間テレビ局が存在し、視聴率を競い合っている。
真矢さんの話では、俺がアイドルデビューして以来、各テレビ局のエージェントによるラブコールが鳴り止まないらしい。
どの局も金を積んで俺の出演を熱望したそうだが、その中から真矢さんがチョイスしたのが『中御門 炎ターテイメントテレビ』であった。
「ほんまテレビ屋は、金さえあれば拓馬はんを獲得出来ると思っとる。とんだ間抜け共やで。せやけど、炎ターテイメントテレビだけは、ちょい感じが違ったんや」
ちょい?
挨拶回りでやってきた炎ターテイメントテレビ局の社長室。そこで対面する炎情社長を見る限りでは、ちょい違うどころではない。飛びぬけて感じが違う。
「タクマ君!」
「は、はいっ」いちいち声がでかくて、身体がビクついてしまう。
体格自体はそれほど大きくなく、身長も俺より低い。だのに、カリスマの
「君には期待している! 君ならば、今までにない炎ターテイメントで不知火群島国を――いや、世界中を沸かせ、炎上してくれるだろう!」
「えぇ、炎上は勘弁してくだ」
「だがしかし!」
炎情社長は人の言葉を遮られるのが得意技のご様子だ。
「まだまだ未熟! 女性たちを熱く
「うっ!?」
この人は違う。俺を男としてではなく、一人のアイドルとして観ている。
ふざけた戦隊マスクの向こうから注がれるのは、熱い口調とは真逆の冷静な観察眼だ。
「いくら社長はんやからって失礼にも程があるで」
「そうです! 三池さんのナニがあなたに分かるんですか!」
俺への非難に業を煮やした真矢さんと音無さんが声を荒げる。
「お二人とも。今は、炎情社長の話を聞きましょう」
当の俺が耐えているのを見て、「拓馬はん」「三池さん」と不満を押し殺す真矢さんと音無さん――そして。
「…………」
何も喋らず、炎情社長を見つめる椿さん。その額から汗が一線流れている。
「
「け、けいけん……」
「落ち込むな! これは成長の好機だ! 今の君は小さな火。しかし、火と火が合わさっていけば炎となる。君はこの中御門で様々な経験をするだろう。それを
炎情社長のそう宣言すると、手を差し伸べてきた。握手のつもりらしい。
俺もおずおずと手を出して、炎情社長の手を固く握る――と。
「……っ」
その覇気からゴツい感触を想像していた炎情社長の手は、きめ細かい肌をしていて触り心地が良かった。それに指が細長く、ネイルアートは派手過ぎず地味過ぎずでセンスがある。
まるで女優の手だな……そんなことを俺は思った。
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「強烈なキャラクターでしたね、あの社長さん」
社長室からの帰り道。テレビ局の廊下を先頭で歩きながら、音無さんが「あははは」と疲れた笑みで言う。
「圧倒されました。でも、勢いで言っているようで、一つ一つの言動に重みがありましたね。質実剛健ってやつですか」
「拓馬はんの感想は正しいで。炎情社長がただの熱血女性ならうちは『中御門 炎ターテイメントテレビ』を選んだりせぇへん。他のテレビ局は視聴率を稼ぐため、拓馬はんに際どい仕事をさせる気やった。ファンの暴走や危険な目に遭う拓馬はんのことを考慮せんでな。せやけど、このテレビ局はちゃう。拓馬はんを起用する際の警備計画や、男性用の宿泊施設の手配、社会的混乱を避ける仕事の提案と、こと細かく拓馬はんを想ったプレゼンをしてきたんや」
そんなことが……『中御門 炎ターテイメントテレビ』、名前に似合わずクールな組織のようだ。
「元々、このテレビ局の名称は『中御門 エンターテイメントテレビ』。数年前まではやる事なす事が古臭く、番組のクオリティも低いということで低迷する局だった。しかし、炎情氏の社長就任以来、大規模な組織改革が進められ、『中御門 炎ターテイメントテレビ』に改名。現在では押しも押されぬ不知火群島国を代表するテレビ局になった」
最後尾を歩き、周囲を警戒するツヴァキペディアが説明を挟む。
「トレンドをリサーチし、需要に合う番組作りをするのは当然。その他にも炎情氏は社員の労働環境の改善に目をやり、過剰残業の取り締まり、福利厚生の充実、若手や現場の声をボトムアップできる社風を築く等を行った。おかげで気力が充実した社員たちが、革新的なアイディアを次々と打ち出し、今の躍進へと繋がった」
聞けば聞くほど有能だな、炎情社長。だが、それだけになぜあんな特異な見た目をしているのか理解できない。それにもう一つ気になるのが……
「炎情熱生さんって凄い名前ですよね。もしかして、芸名なんですか?」
マスクの中からでも通る声、それにあの繊細な手。社長になる前は名の知れた芸能人だったのだろうか。
「いいや、本名さ」
俺の質問に答えたのは、南無瀬組の面々ではなかった。廊下の先に立つ女性だ……げっ!
「す、
「やっ、久しぶりタクマ君、ようやく中御門に来たね」
胸まで垂らしたダークブラウンのロングヘア―。シックなカーディガンを羽織って理知的な笑みを浮かべるのは、不知火群島国を代表する脚本家、寸田川先生である。
以前、舞台の仕事で一緒になったことがある。あの時は、ぎょたく君を魔性の魚にされて、酷い目にあったものだ。
「君を知って以来、子宮が疼いてね。再会したくてたまらなかったよ」
このように、彼女もまた変態である。オムツを標準装備して、どこでも濡れられるよう対策した変態である。
「あ、あんた! また拓馬はんにちょっかいを!」
「ははっ、失礼失礼、ちょっとした挨拶だよ」
敵意むき出しの真矢さんに、それをいなす寸田川先生。
真矢さんは、この脚本家先生が嫌いなのかイラついている。二人の間に何かあったのだろうか。
「お久しぶりです、先生。それで、炎情社長の名前が本名というのは本当なんですか……」
「おっと、その話だったね。確かだよ、ただし元の名前を捨てて、彼女自身が作った名前だけどね」
「作った名前……?」
「この国で自ら名前を作り変える、そんな理由は
寸田川先生が意味深な目で、俺以外のダンゴや真矢さんを見つめる。
その視線に対して、みんな「…………」沈黙している。なんだ、この重苦しい空気は?
「っと脱線した。ごめんごめん、ここに来たのはタクマ君の顔を見るためでもあるけど、炎情社長からお願いされたからなんだ」
「お願い、ですか?」
「社長から経験が足りないと言われたんだよね? それを獲得する場を提供するよ。ちょうどこれからボクが脚本を担当するドラマのオーディションがあるのさ、それも男性役のね」
男性役……それってつまり!?
「タクマ君のライバルとなる子たちが一堂に会するよ。どう、興味ない?」