『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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メスの臭い

男性が泊まることを想定して作られた一流ホテル。

豪勢にも俺は、まるまる一フロアを貸し切りにして宿泊中である。

 

同じフロアに無関係の人を入れるのは警護上認められない。独身女性の肉食本能を刺激する俺を護るのだから当然の処置――ということらしい。

 

護衛してくれるダンゴたちや組員さんの判断には同意だが、南無瀬組だけでは宿泊部屋が余り、日本人特有のもったいない精神が疼いてしまう。

ホテルの従業員も無関係な人扱いで、部屋の掃除やシーツの交換などは全て組員さんが行ってくれる。

 

そんな未踏の地と化した俺のフロアに第三者が入ったのは、あの電話の翌日であった。

 

「本日はお招きいただきありがとうございます」

「……こんにちは、タクマさん」

 

メイドさんが厳かに、咲奈さんがペコリとお辞儀をした。

咲奈さんは地味な服装に毛糸の帽子で深く被って、これぞ芸能人のお忍び(冬バージョン)の出で立ちをしている。

 

しかし、横のメイドさんが主人の意向を台無しにする勢いでいつもの英国風本格メイド服のため、さぞ外では目立ったことだろう。

つか、真冬なのにメイド服の上に何も羽織っていないメイドさんは異常だ。

顔だけ見れば派手さはないが整っており、好感の持てる風貌をしている。が、中身はカオスの権化のため要注意人物である。

 

「……いかがなさいましたか? それほどの熱い視線を送られると、頬が緩んでしまいます」

と、言いつつ薄く微笑するメイドさん。やはり、この人には隙を見せられないな。

 

「何でもありません。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

 

この二人を招待するのには、骨が折れた。

 

まず、真矢さんの許可をもらうのに苦労した。

 

「天道咲奈をここに~? なんでや~? うちらが拓馬はんを護るために、どんだけセキュリティに気を遣っているか分かった上での発言やろうな~。怒らんさかい、きちんと説明してな~」

 

怒らないから、と提言して本当に怒らなかった人間を俺は知らない。

コメカミをピクピクさせる真矢さんは、それはそれは恐ろしかった。

 

天道咲奈に萌え演技の指導を頼みたいこと、その彼女がスランプに陥っていて元気がないこと、これまでの恩義を返すためにも力になってやりたいこと、を平身低頭でお願いする。

 

「ほ~ん」

だがしかし、俺第一主義者の真矢さんを懐柔するのは非常に難しかった。

これは無理めか……戦況の悪さに、俺が縮こまっていると。

 

「あたしは賛成です。三池さんの新境地開拓のためにも、天道咲奈ちゃんのフォローをするのはアリだと思います」

 

まさかの助け船が音無さんから出された。

彼女のことだからてっきり「泥棒猫を呼び寄せるなんて言語道断です!」と反対すると思ったのに。

 

「せやけど、関係ない人物を拓馬はんの居住区に入れて、場所の情報が拡散されようもんなら……」

 

「炎ターテイメントテレビとの契約で、三池さんの宿泊ホテルは数日ごとに変わるようになっています。この場所に泊まるのも明後日まで、大きな問題にはなりません。何かあってもあたしたちがバッチリ三池さんをお護りしますからご安心を! ねっ、そうでしょ静流ちゃん?」

 

「……あ、う、うむ。肯定する」

 

ハキハキとした音無さんと、たどたどしい椿さん。おや? 二人の様子がいつもと違う。

 

「男性に頼られて首を横に振るなんて女が廃るってもんですよ! せっかくの好感度イベント! いっちょ期待に応えましょうよ、真矢さん!」

 

ダンゴ二人をじっと見つめてから、真矢さんは得心がいった顔をして。

「……しゃーないな、そこまで言われたら、うちも気張らんとあかんやん」

 

「じゃあ俺の提案を」

 

「拓馬はんの意向に沿って動くで。第三者がフロアに入れるようホテル側への連絡や、組員の配置はうちに任せてな」

 

「ありがとうございます!」

 

 

こうして受け入れ態勢を確保した俺は、咲奈さんに電話をした。

 

『こんな私だけど……タクマさんにとって暇つぶしの相手でもいいの。また連絡してくれたら、とても幸せです』

こちらの良心をメッタ刺しにする別れの言葉を残していた元お姉ちゃん属性幼女。

 

彼女を「暇なんで、こっち来いよ」と額面通り呼び出せるほど俺の胃は強くないので「せっかく近くにいるのですから、俺のホテルで食事でもどうですか?」と柔らかい文句で誘い、食事会開催の運びとなったのである。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

南無瀬組が占有するフロアには、パーティールームもある。食事会にはもってこいの広さと設備だ。

オードブルを始めとした料理はホテル側が用意したものではなく、全て南無瀬組が調達している。

 

「三池氏の口に入るとなれば、自分の血や分泌物を混入させるシェフが現れかねない。自前で準備するのは常識の極み」

椿さんが食事前に食欲を失くすことを言う。

 

それはともかく、歓迎の装飾を施したパーティルームに、咲奈さんとメイドさんが足を踏み入れた。

 

天道家を陰で操る、もとい支えるメイドさんが来ることは予測していたが、紅華の姿はない。執拗に俺へ会いたがっていた奴のことだ、呼ばれていないのに参上すると思っていたのだが。

 

「紅華様でしたら、東山院での件で自宅謹慎中でございます。咲奈様がタクマさんと会食すると聞いて『咲奈の力になってって頼んだのは確かだけど、いきなり食事だなんて、ちょおまっ!?』と顔芸を披露しておりました」

こちらは何も言っていないのに、メイドさんがそつなく説明してくれる。所持スキルに読心術でもあるのか、この人。

 

 

満漢全席を並べられるほど大きな丸テーブルの前にゲストの咲奈さんとメイドさん、ホストの南無瀬組のみんなで座る。

 

「わわっ、こんなにたくさん」

「遠慮せずにどんどん食べていいですよ」

「……う、うん。え、えへへ」

 

俺と咲奈さんの席は隣同士になるよう取り計らっている。

 

多少他人行儀ではあるが、電話の時ほど隔たりを感じずに咲奈さんと接することが出来るな。同じ釜の飯を食う、ということわざがあるように食事の力は偉大だ。

 

「さあさあ、咲奈ちゃんもお付きの人もジャンジャン食べてくださいね! こっちの卵料理はあたしの力作でおススメです!」

 

「はふはふ、もぐもぐ……わぁ、ほっぺたが落ちそう」

 

「咲奈様のアヘ飯顔いただきました。本当にありがとうございます」

 

「音無はんは意外に家事力が高いから侮れんわ。おかわり」

 

「むしゃむしゃ。実に食が進む。極上のオカズが多いためか」

 

「なんでそこで俺を見るんですか、椿さん」

 

心配していた咲奈さんと南無瀬組の対立はなく、なごやかな雰囲気がパーティールームを満たす。

 

よしよし、いいぞこれぇ。このまま食後の歓談の中で、咲奈さんのスランプの原因や脱お姉ちゃん宣言の理由をそれとなく掘り起こしてみよう。

 

 

食事が終わり、紅茶をすすりながら、さてどうやって訊いてみるかとタイミングを狙っていると。

 

「タクマさんのお手を煩わせるまでもありません」

 

またしても俺の心を読んだメイドさんがスッと起立して動き出した。もうやだ、このエスパー。

 

どこから取り出したのか、映像ディスクを手にするメイドさん。パーティールームの大画面テレビに備え付けているレコーダーにそれを読ませてから――

 

「咲奈様、よろしいですか?」

再生ボタンを押す前に主人の了解を取る。

 

「ほ、ほんとうにするの……タクマさんの迷惑になるんじゃ……」

「この食事会が咲奈様を励ますために開かれたのは、確定的に明らかな事実。頑なに本心を隠しては逆に失礼でございます」

「そ、そうなの……タクマさん?」

 

潤んだ目の咲奈さんが俺を見上げる。くっ、なんて尊い顔をするんだ。

 

「ああ、俺は咲奈さんの力になりたい。何でも曝け出してくれて構わないよ」

「タクマさん……うん、じゃあ観てください。私の恥ずかしいところ」

 

言い方ぁ!

 

「それでは皆様方、こちらの映像をご覧ください」

 

テレビの大画面に映し出されたのは、ドラマの撮影風景だった。

どこかの公園を舞台にして、数人の役者をスタッフたちが取り巻いている。

 

集音マイクや大型カメラを持っている人々の垣根からちょこんと見える小さな姿……あれは咲奈さんか。

 

「昨年末に収録されたドラマの撮影シーンでございます。タクマさんにお見せするべく、お借りして参りました」

 

メガホンをもった中年女性――おそらく監督だろう、その人が役者たちに演技指導を念入りに行っている。

 

やがて、主役の女優と咲奈さんが公園を歩く場面の撮影が始まった。

 

何やら消沈している主演女優と、元気一杯の咲奈さん。

 

会話を聞くに、意中の男性をストーキングしてしまい、警察から厳重注意を受けたヒロインが、妹から慰められるシーンのようだ。

 

『諦めないでお姉ちゃん! 手を変え品を変え顔を変えれば、またアプローチ出来るよ!』

 

『……ええ、そうね。まだ私はベストを尽くしていない。豚箱に入ったくらいで、めげていたらダメよね』

 

相変わらず不知火群島国のドラマはぶっ飛んでんな。

狂気の会話に俺がツッコミを入れたくてウズウズしていると、先に画面の中の監督がツッコミを入れた。

 

『なんだ! その演技は! お前はストーリーの趣旨を理解しているのか!』

 

怒りの矛先を向けられているのは咲奈さんだ。

十歳児相手だろうとプロ役者として監督は容赦なく叱責をしている。

 

咲奈さんが『すみませんすみません』と、うなだれるところで映像は止まった。

 

 

 

「このように、最近の咲奈様はNGを連発しており、業界関係者からの評価が下がっています」

 

「……ううっ」

 

咲奈さんが映像同様にうなだれる。その姿を見ていられず、俺は声を出した。

 

「NGって、台詞を間違えたわけじゃないですよね? 観た感じ、問題はなかったですよ」

 

声の抑揚や表情のメリハリも利いていたし、監督が何を怒っていたのか理解出来ない。

 

「う~ん、なんやろ、この違和感。以前の咲奈はんにはなかった『余計な何か』がある気がするで」

 

……な、なにぃぃ。

演劇を勉強している俺では感じられなくて、演技関係に素人の真矢さんが感じ取れる、だと。

 

「余計な何か、的を射ておりますね。そちらの男性護衛官の方々でしたら、もっと具体的に言及出来るのではありませんか?」

 

メイドさんが意味深な言葉を音無さんと椿さんに投げかけた。

 

「…………」

「…………」

 

二人はしばらく沈黙して――

 

 

 

先に音無さんが口を開いた。

 

(にお)いです」

 

「……えっ?」

 

「男を欲するメスの臭いがプンプンします」

 

「いきなり何を……?」

わけが分からない俺のために、ツヴァキペディアが解説を買って出てくれた。

 

「子役で大切なことは安心感。幼い見た目と主人公の恋のライバルにならないという確約が、視聴者に安心感を与える。昨年までの咲奈氏はメスを感じさせない天真爛漫な部分がウケていた……が、今の彼女にそれはない」

 

『男の前では、百年の友情も冷める』

不知火群島国のことわざである。

 

この世界の女性たちは、男をめぐって仁義なき戦いに明け暮れている。

日本では『恋は戦争』と大げさに言ったりするが、この世界では男をめぐって戦争した歴史がごまんとあるので洒落にならん。

 

そんな中で、誰もが「こいつは敵じゃない」という安心な人物を欲するのは仕方ない事なのかもしれない。

 

以前の咲奈さんは、まだ思春期に突入しておらず、男を求める『メス臭』がなかった。

そのため安全な子役として、多くの人々から歓迎されていた――というわけか?

 

「多かれ少なかれ、子役が当たる問題。しかし、咲奈氏の場合はまったくの無臭だった時から一変してこの高メス臭濃度。突然の強敵出現に周囲の目が厳しくなるのも納得」

「まあ、三池さんを知っちゃったら覚醒するしかないもんね」

 

んんっ? じゃあ咲奈さんのスランプの原因って俺……?

俺が咲奈さんをブラコンにしたから、なのか?

 

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