「素晴らしきご慧眼でございます」
ダンゴたちの正確な分析に、メイドさんが拍手を送る。
「おっしゃる通り、咲奈様のスランプを解決するには、メス臭と折り合いを付けなければなりません。ですから、咲奈様は己の
くっ、さっきから会話のレベルが高すぎる。頭がどうにかなりそうだ。
「タクマさん……」
消沈していた咲奈さんがキッと顔を上げて「わたし、頑張るから! タクマさんにたくさん気を遣ってもらっているんだもん! メス臭を抑え込む、強い役者になる!」
「そ、その意気だよ。ファイト」
凄いな、十歳にして自分を奮い立たせる精神力。天道家の血か、咲奈さんの地力か。
「自分の性癖を押し殺すなんて、あたしなら気が狂っちゃいますよ、わりとガチに」
「しかし、見るからに気負った状態。何かしら発散方法を作らないと不安」
「せやな。ただでさえ、思春期に入りたての頃は身体のコントロールが難しいねん。倒れたりせんとええけど」
思春期経験者の目線で南無瀬組のみんなが、咲奈さんの危うさを心配している。
「わたし、決めた。断タクして心を鍛える! もうタクマさんに不甲斐ないところを見られたくないもん」
「そこまでのお覚悟をっ。およよ、咲奈様ったらご立派になられて」
感動した風を装ってメイドさんがハンカチを目に当てている。嘘泣きだ。口元が『~』な形になっているし。
「だから、タクマさんにはしばらく会えません。ごめんなさい、タクマさんのお姉ちゃんとして、返り咲ける日までさよならです」
「う、うん。お姉ちゃん化以外は応援しているよ」
やはり、咲奈さんの心の底ではお姉ちゃんが
彼女がスランプを脱出しつつ、お姉ちゃんを封印してくれる、そんな都合のいい未来がどこかに転がっていないものか。
咲奈さんの決意宣言が終わり、場にお開きの空気が流れ出した時である。
「失礼します」
パーティールームに黒服さんが入室し、真矢さんの下へ来た。
「どないしたん?」
「炎ターテイメントテレビから、例のドラマの件でメールが届きました」
「そうなんか。分かった、後で見とくさかい」
「いえ、出来れば今がよろしいかと」
黒服さんが、咲奈さんの方へ一瞬目を向ける。
その動作の意味に勘付いたのか、真矢さんは言う。
「メールは?」
「プリントアウトしております。これになります」
手渡された白紙を読み込んだ真矢さんは「……はぁ、難儀なもんやな」
と、大きくため息をついた。
「真矢氏、一体何のメール?」
「拓馬はんが今度出るドラマの追加キャストの件や」
「追加キャスト? もうすぐ撮影なのにこんな直前でキャストが増えるんですか?」
俺の疑問を音無さんが代弁してくれる。
「珍しいことではない。不知火群島国のドラマは視聴者の意向を反映させるのが得意。そのフットワークの軽さは世界的に見ても随一。言い方を変えれば、行き当たりばったりとも表せる。どんどん変わる脚本にスタッフが振り回されるのは日常茶飯事」
ツヴァキペディアが饒舌に語るように、不知火群島国のドラマ事情は日本と異なる。
日本でも数年に一度、視聴率の悪いドラマが話数を減らされてしまうことがあるが……この国ではよく耳にする話だ。
予定より早く物語を締めるため、恋愛ドラマのラストで、平和主義だった主人公が豹変して並み居る邪魔者を排除し、ヒロインの男を誘拐して夕日に向かって逃亡エンドを視聴した時は、開いた口が塞がらなかった。
他にもサブキャラに人気が出てしまうと、脚本がサブキャラ主体に変更されるケースもある。結果、主人公と良い感じになっていたヒロインの男がサブキャラに略奪されて、陽気な音楽の中ハッピーエンドになった時は、頭痛がしてそのまま寝た。
まあ、そんな大らかな脚本のおかげで、今回俺は自分の好きな萌えキャラを演じる許可をもらえたのだが。
「その追加キャストなんやけど――」
言いにくそうな真矢さんを見れば、誰でも察せる。
「わたし……?」
咲奈さんが震える手で自分を指す。
「せや」
「えっ!? でもタクマさんが出るドラマの話なんて知りません!」
「拓馬はんがどのドラマに出るかは極秘事項やねん。そうせんかったら、キャスト選考の時にライバルを蹴落とそうと飲み物に下剤を入れたり、スタッフにワイロを送る輩が出て大混乱や」
「じゃ、じゃあ……この前、マネージャーが持ってきたスポコンドラマが……?」
咲奈さんの顔が急激に青くなる。
「大丈夫ですか!?」
咲奈さんの肩に手を置くと、振動が伝わってきた。ぶるぶる、と尋常じゃないほど震えている。
なぜだ、俺と共演することに驚いたにしても、この反応は……?
「真矢さん、その追加キャスト、咲奈さんの役って何なんですか?」
「拓馬はんの『
「妹……っ!?」
ブラコンで、俺を弟として愛してやまない
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ドラマのあらすじをおさらいしてみよう。
ドラマは、サッカーのような足でやる球技を扱ったスポコン。
主人公チームが練習するグラウンドをたまたま通りかかった俺は、彼女たちのプレーに魅了されファンになる。
そして、試合の度に主人公チームの応援に駆け付ける。俺のエールに後押しされてチームは破竹の勢いで大会を勝ち上がり、ついに全国大会へ――
こんな感じなのだが、脚本会議において『男性が血気盛んな運動部のグラウンドの前をたまたま通りかかって、主人公チームのことを知る。この導入部って無理あるわ』という意見が出たらしい。
なので、主人公チームと俺を橋渡しする役を急遽設けることにした、とのことだ。
こういう時に鉄板なのが、妹役なのである。
男性に近しい間柄で、恋のライバルにもなりえない。実に便利な存在だ。
妹は元から主人公チームのファンという設定。彼女の誘いで俺は主人公チームの練習を見学して、自分もファンになる。
その後もチョイチョイ妹が主人公チームをアシストして、俺との仲を取り持っていく――というストーリーに変わるらしい。
「んな妹がいるんですかね? ドラマだからってリアリティがなさ過ぎです」
「凛子ちゃんに同意。現実の妹は、兄に多大な執着心を持つと聞く。便利役どころか厄介な敵」
ダンゴたちが口を尖らせる。
俺としても変更された脚本に思うところはあるけど、それよりも。
「……わたしが、タッ君の妹? うそ、こんなの酷いよ、あんまりだよ」
スランプ所の話じゃない。
絶望に満ちた咲奈さんをどう慰めればいいのか、俺は適した言葉を見つけられずにいた。