『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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命懸けのマッサージ

「マッサージ……やてっ!?」

 

「俺、マッサージには自信があるんですよ。日本にいた頃は、よく家族の凝った筋肉を揉んだりしていましたから」

 

「拓馬はんが、うちの身体を隅から隅まで、触るんか……あ、荒々しく」

 

「隅から隅はちょっと……それに乱暴にはしませんよ。強く揉むと逆に筋肉を痛めたりするので、優しくします」

 

「や、優しくっ!? あかん、そ、想像しただけで……」

 

まだ何もしていないのに真矢さんの血行は促進されているらしく、肌が真っ赤になっていく。

これ、もうマッサージの必要なくね? と思わないでもないが、女性の身体に接触するのも大事な萌え訓練だ。

 

先日行われた男役のオーディション、ジュンヌさんを筆頭に全ての男役が『接触』を巧みに使っていた。

オーディションのために用意された役者に抱きついたり、腕を組んだり、頬ずりしたり、それはそれは熱いコミュニケーションを取っていた。

 

萌え演技の幅を広げるためにも『接触』を俺も取り入れたい。

しかし、無遠慮なボディタッチは相手の理性を飛ばす危険性がある。

どこまでお触りOKなのか見極めが必要だ。

南無瀬組で一番理性的な真矢さんなら、この過酷に訓練にも耐えてくれるはず……きっと、たぶん、めいびー。

 

「拓馬君に好き勝手されたら……逝く。私の理性が逝って、取り返しのつかない事をやっちゃう。でも、こんなチャンスは二度とないかも……」

 

思い詰めた顔でブツブツ言っている真矢さん。胸中で、欲望と自制心が壮絶な戦いを繰り広げているようだ。

 

「これも萌え演技のためです。どうか協力してください!」

 

「し、したいのは山々だけど、私の心が……」

 

「心配しないでください。マッサージと言っても『肩』ですから」

 

「……へっ、肩?」

 

「ええ、疲れは肩に溜まると言います。そこをほぐして、真矢さんをリフレッシュさせますよ」

 

俺とて馬鹿ではない。

自分が不知火群島国の火薬庫であることは重々承知している。

いきなり全身マッサージなどすれば大爆発は必至。ここは線香花火のように小さな刺激から始めて、反応を見ようじゃないか。

 

それに、真矢さんを仰向けに寝かせて、あんな所やこんな所を触りまくったら俺の理性が先に崩れそうだしな。

 

「そ、そか。肩な……ほな、よろしく頼むで」

 

真矢さんがガックリと肩を落として、「はぁ……」とため息交じりに自分のお尻を撫でている。

尻を期待していたのか……くっ、行動一つ一つがあざといな、この人は!

 

 

ホテルの椅子に真矢さんを座らせ、後ろに回る。

 

「叩いたり揉んだりしやすいように――」と、肩まで伸びる髪をヘアゴムでまとめた真矢さんは、普段の落ち着いたビジネスウーマンとは打って変わり、若々しく活動的な印象をもたらす。

 

スベスベしたウナジをこれ見よがしに露わす様は、あざといキャラの面目躍如と言ったところか。畳みかけてくる天然の誘惑にジョニーがムクムクしてしまう。

すーはーすーはー。変な気分を深呼吸で追い出して。

 

「いきますよ」

 

「よ、よろしゅう。やさしく……な」

 

快楽に耐えるかの如く、真矢さんがカチコチに固まっている。ほぐし甲斐がありそうだ。

 

「失礼しますね」そっと両手を真矢さんの肩に置くと。

 

「ひゃんっ!」

椅子を倒す勢いで、真矢さんが跳ねた。

 

「す、すみません、痛かったですか?」

 

「ち、ちゃう。触られただけなのに……とても気持ちよくて……もっと続けて、拓馬君」

 

さっきから真矢さんの口調が、エセ関西弁と標準語を行ったり来たりしている。すでに興奮と混乱で一杯一杯か。

 

「では、このまま」

 

トン、トン、トン。

 

「あっ、あっ、ああぁ」

 

モミ、モミ、モミ。

 

「くぅ~、んぅ~、ふぅぅ」

 

それほど力を入れず、ただ肩をほぐしているだけなのに、艶めかしい声が部屋中に漏れる。

 

 

……やべぇ、こんなヨガリ声を聞いてたら、俺までおかしくなりそうだ。

集中しろ。心頭滅却すれば、喘ぎ声もまた遠し。

 

 

タン、トン、タン、トン、タン、トン。

 

「あっ、だめっ、ああっ、そこぉ」

 

ビクンビクンしている真矢さんは目の毒である。俺は視点を彼女の肩に固定して、余計なものを見ないよう努めるようにした。

 

タン、トン、タン、トン、タン、トン。

 

「ぃい、あっあっ、タクマヒュン、むりぃ」

 

何も考えず、ひたすら手を動かせ。今の俺は肩たたき兼肩もみ機だ。

 

モミ、モミ、モミ、モミ、モキュ。

 

「っきゅぅ、そこいいぃ、れもひぃ」

 

目標をセンターに入れてアタック、目標をセンターに入れてアタック、目標をセンターに入れてアタック。

 

モミ、モミ、モミ、モミ、モキュ。

 

「~~~~っ! らめぇえ、やめてぇぇ」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「…………はっ!?」

 

どのくらいの時間、己を殺して肩をマッサージしていたのだろうか。

 

気付けば、真矢さんは椅子から崩れ落ちそうなほどヘタヘタになっていた。

 

「お加減はどうですか?」

 

「……ぁぁ。ぃぃ……ぇぇぁ……」

 

返事どころではなさそうだ。擦れた声と丸まって震えている背中から、彼女が今どんな表情をしているのか何となく察することが出来た。

このまま顔を見ず、退室するのが温情だろうか。

 

肩だけでこれである。

今度出演するスポーツドラマで、主人公チームの身体ケアをしたら、強烈な萌えポイントになるかも。そう思っていたが、この案はボツにした方が賢明かな。

 

俺はそっと真矢さんから離れてドアの方に歩き出す――が。

ガシッ、と腕を掴まれてしまった。

 

「えっ!?」

 

「あ、あんなにぃ、らめっって言ったのに……もう、はどめ、きかない……」

 

「ま、真矢さん?」

 

フラフラと立ち上がった真矢さんは、()()()()()()()()

 

以前、ファンクラブ用の音声ドラマを制作するため、彼女と疑似幼なじみになったことがある。

あの時も、真矢さんは理性を失い、こちらを襲いかけた。

幸い南無瀬組ご用達の縄で彼女を縛ったことにより過ちは起きなかったが、ここにそんな便利な物はない。

 

「べっど、いきましょ、一つになりましょ」

 

いかん、このまま夜を共にして、それが南無瀬組に知られれば真矢さんは終わる。

かと言って、逃げ出しても追ってきそうだ。追いかけっこを目撃されても真矢さんは終わるだろう。

マネージャー兼プロデューサーを解任させるばかりか、組員らによるヤキ入れによって命が危うい。

 

俺のせいだ。

アイドル活動の事になると、そればかりが頭を支配して、ついつい軽率な行動を取ってしまう。

真矢さんはその犠牲者である。彼女を守るためにも、責任を取らなくては!

 

「分かりました、行きましょう」

 

豪華ホテルだけあって、シングルの部屋でもベッドはセミダブルサイズである。

これなら気兼ねなく、本気を出せそうだ。

 

俺は真矢さんをベッドに押し倒した。

 

「あんっ、拓馬くぅ~ん」

「天国を見せてあげますよ」

 

そう囁き、俺は(またが)った――うつ伏せの真矢さんに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっっっっ~~~~!!」

 

「はぁはぁ、真矢さん!」

 

「ひいいぃ~~~~~~!!」

 

「どうですか、俺のテクニックは?」

 

「らめええええぇぇ~~~!!」

 

「いいですよ、もっと感じてください!」

 

かつて仕事疲れの両親を強制的に眠りの世界へ叩き落した、俺の本気マッサージ。

 

後頭部! 首! 肩! 背中! 腰!

指圧を用いて、こねるように押し込んでいく。

 

「っっっっ~~~~!!」

 

声なき声で悶える真矢さん。時折、快楽の奔流を受け止めきれず激しく動くが、跨った俺にしっかりホールドされているため、されるがままだ。

 

このまま堕ちてくれ。

真矢さんの命が懸かっている。邪な気持ちなどなく俺は攻めた。ひたすら攻めた。弱い所をとことん攻めた。

眼前でどんなにあられもないリアクションをされようが、人命救助の看板を前面に出して攻め切ったのである。

 

 

そうして三十分――

 

 

「………………」

 

真矢さんは完全に沈黙した。

うつ伏せのままベッドに身体を投げ出し、微動だにしない。今夜はもう起き上がれないだろう。

 

彼女のはだけたパジャマを元に戻して、ベッドから降りる。

 

「勝った」

俺は勝ったのだ。真矢さんに、そして何より己の欲望に。

 

こみ上げてくる勝利の余韻を味わいながら、やや湿ったベッドで眠る真矢さんに「おやすみなさい」と別れの言葉を残す。

 

はぁ、疲れた。

猪突猛進で萌え開拓に走れば、いらぬトラブルを招いてしまうな、もっと慎重にプランを練らないと。

ともかく今日の萌え紀行はこのくらいにして、ゆっくり休もう。

と、考えながら部屋を出た俺は――

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

「ヒエッ」

 

廊下に勢ぞろいしていた南無瀬組とご対面した。

 

組員の皆さんは、怒り心頭のご様子で殺気をふんだんに振りまいていらっしゃる。

その先頭に立つ椿さんが恐ろしいほど無表情で言った。

 

「三池氏、私たちを褒めてほしい。三池氏と真矢氏のお楽しみを前にして、ドアの隙間から中を覗くだけで、待機した私たちの忍耐は大いに称賛されるべき。もっとも、本番を始めようものなら強硬策を取っていたが」

 

「ル、ルンルンッ!?」

 

「その名前は捨てた。ルンルン気分などなれるはずがない」

 

「ど、どうか落ち着いてください。真矢さんは萌え訓練の相手をしてくれただけで、何もやましい事は」

 

「廊下まで響くほどベッドを揺らしておいて面白いことを言う」

 

「うっ……」

針のムシロに立たされた俺が口に出来ることは一つだけだった。

 

「皆さんにも萌え訓練の相手をしていただくので、なにとぞ穏便に」

 

「それを聞きたかった」

 

 

 

 

こうして、俺の萌え紀行は深夜に及んだ。

 

真矢さん同様、マッサージを求める者。

イチャイチャな会話劇をリクエストする者。

わざわざ米を炊いて、俺におにぎりを作らせ食べる者。

なぜか持っていたケモノ耳セットを俺に装着させ、撮影を行う者。

ちゃっかり二回目の要望を通す椿さん。

 

組員さんたちの『俺に求めること』は色々で、それらを叶えるのには多大な精神力を費やさなければならなかった……

 

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