『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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萌えの渦巻く現場

撮影の日は、冬の寒さが幾分か和らぐ晴天であった。

 

ここは、中御門のとあるグラウンド。

収容人数うん万人の名だたるグラウンドではなく、日本で言うなら学生サッカーの地方大会で使われそうな普通の……いや、どちらかと言えば年季の入った寂れた施設である。

 

活気あふれる市内から遠く離れた人気(ひとけ)のないグラウンド――そこが撮影場所に選定されたのは、その『人気(ひとけ)のなさ』が着目されたからだ。

 

タクマがドラマに出演することも、そのドラマの撮影がいつどこで行われるのかも極秘となっている。

知られれば、俺のファンが大挙して押し寄せてくるのは必至。撮影どころではないし、流血沙汰も覚悟しなければならない。

 

特に今回は、タクマの仕事の中でもっとも野外に居る時間が長い。肉食女性の目と鼻をかいくぐるためにも、目立たないよう用心するに越したことはないだろう。

 

そう思えば、長年の風雨で腐食しているグラウンドの柱が何だか頼もしく感じる。こんな場所に来る人はめったにいないはずだ。

 

 

「三池さん、撮影の時間まで冷えたらいけません。あったかいお茶はいかがですか?」

 

「いいですね、いただきます」

 

「カイロもある。防寒用のコートも用意しているので、必要なら言ってほしい」

 

「ありがとうございます。風が強くなってきましたし、ちょっとお借りします」

 

撮影が始まるまでの間、音無さんと椿さんが甲斐甲斐しくケアをしてくれる。

男性身辺護衛局の池上さんの教育の(たまもの)か、これまでの二人なら「寒いならあたし(私)の柔肌で」とセクハラしただろうに、この淑女的対応……やはり成長しているようだ。

 

「……使用したカップに飲み残しはなし、か。でもカップだけでも」

「三池氏が着たコート。あれに我が身を包めば……ふふふ」

 

時々、自分の耳の良さが嫌になることがある。

ふ、二人とも成長しているんだよね?

 

 

さて、ダンゴたちなのだが、今日は装いがジャージとなっている。

真矢さんも組員さんもテレビスタッフも、役者以外はジャージだ。

 

グラウンドの敷地入口には看板が立てられ、架空の会社名と『本日社内運動会につき貸し切り中。関係者以外立ち入り禁止』が書かれている。

 

これも、たまたま迷い込んでくる肉食女子対策だ。

大の大人が長時間グラウンドを貸し切っていても不審には思われないようにする。

肝心のグラウンド内部は、仕切りや横断幕を用いて見えないよう細工もしている。

 

俺のために、これだけの準備を――

頭の下がる思いだ。協力してくれる皆さんのためにも、最高の演技を見せなければ。そして、とっておきの切り札も……

 

 

 

「おはようございます」

咲奈さんが現場入りした。ペコリとスタッフたちに挨拶している。

すぐに俺に気付いたようで、嬉しそうに駆けてきた。

 

「おはよう。タクマお兄ちゃん」

 

カラフルなジャンバーに、モフモフした毛糸の帽子で身を固めた冬仕様の彼女は、一部の青年の心をLOックオンして離さない可愛さで満ちていた。

ブラコンに倒錯した内面を知らなければ、俺もイチコLOだっただろう。

 

「おはよう! 今日は一緒に頑張ろう」

「うん、タクマお兄ちゃんの妹として、恥ずかしくない演技をするから」

 

一見、問題なく振る舞う咲奈さん。

しかし、俺の目は見逃さなかった。彼女の手がアル中の禁断症状のごとく震えているのを……

二人での稽古はしっかり行ってきた。が、それはあくまでブラ中を抑えるだけで、治療ではない。

 

撮影中に、彼女のブラコンが発症しないことを祈るばかりである。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

やがてスタッフ、役者、機材が揃い――集合に適したグラウンドの真ん中でミーティングが開かれることになった。

 

サッカーのような集団球技を題材にしたドラマだけあって、役者の数が多い。

テレビでよく観る顔だらけで、実力も美貌も兼ね備えた人の群れに萎縮しそうだ。

 

男というアドバンテージがなければ、彼女らと同じ舞台に立つなど……いや、弱気になるな俺。

俺だって、いつまでもアイドル研修生じゃない。少しずつだが実力は付いてきている。自信を持つんだ!

 

好奇の目に晒されようが胸を張り、俺は全員の前に立った。

 

「本日から撮影に参加させていただきますタクマです。ドラマの仕事は初めてですので、何かとご迷惑をおかけすると思います。ですが、全力でやりきりますので、どうかよろしくお願いしますっ!」

 

撮影が開始されてすでに一ヶ月が経っている。

ヒロイン役である俺の登場シーン以外は、ほとんど撮り終わっているらしい。

この場にいるスタッフさんや役者さんたちは、ドラマのことを深く理解したベテランだ。

途中合流の新参者として礼儀正しく、だが決して下手(したて)に出ない――そう気をつけて行った俺のスピーチは。

 

「っっきゃああああっ!! ナマタクのナマ声よ! なんてナマナマしいの!」

 

「素敵なスピーチぃ。顔が良いのに、内面も良いって、もう……それって……逝いいぃぃ……いぃ……ガクッ」

 

「役者同士、熱い演技談義をしましょ。もちろん手取り足取りで」

 

「ドラマの完成度を上げるためには、息を合わせることが大事よ。はぁはぁ……ほら、一緒に、はぁはぁしましょ」

 

まあ、いつものような反応となった。

 

頭がフットーして我を失ったり、気を失った人たちには、気付け薬が処方されることになった。

薬は南無瀬組特製で、アンモニア臭を凌駕する異臭はどんな熟睡した者でも悲鳴と共に一発で起きるらしい。なお、丸一日は睡魔と無縁になるそうだ。合法なの、それ?

 

 

「聞いての通り、本日の撮影から男性アイドルのタクマさんが合流した。彼にとって中御門での初仕事であり、初のドラマ撮影という。これほど名誉なことがあるだろうか。いいか、みんな。粗相のないよう心がけるんだ、絶対だぞ! もし彼を襲おうものなら、このドラマは即お蔵入りだ。これまでの苦労がパーだっ!」

 

四十代くらいの女性監督が、唾を飛ばしながら全員に言いつけている。

 

だが、スタッフの多くは俺を見ての舌なめずりに余念がなく、ちゃんと聞いているのか疑問だ。

 

「監督はん。すまへんけど、うちにもちょい喋らせてぇな」

 

監督に代わって、真矢さんが登場する。

ジャージ姿の真矢さんは運動する格好に合わせてか、俺にマッサージをされた時と同様に髪をまとめてウナジを露わにしていた。相変わらずのあざとさだ……が、その表情はあの時のノクターンフェイスではなく、凍てつくものになっている。

 

「拓馬はんが所属する南無瀬組の者として忠告するで。そう忠告や、お願いやない。拓馬はんに手ぇ出そうとしたモンは南無瀬組が捕まえて、南無瀬組がその後の()()を見る。中御門領での事件だろうと関係あらへん。拓馬はんに危害を及ぼす輩は南無瀬組が裁く……これは中御門の領主様が認めたことや」

 

え、領主様って……由良様が?

南無瀬組に裁量を任せるだなんて、こんな過激なことをよく由良様が許可したな。

 

真矢さんは、俺を襲おうとして捕まった人々の末路を語って聞かせた。怪談話よりよっぽどホラーチックな内容に、興奮していたスタッフたちの顔がだんだん青くなっていく。恐怖で白目になっている人もちらほらと。

 

「――まあ、そんな感じやけど、拓馬はんに何もせぇへんかったら命は保証するで。そんなわけでや、みんな今日の撮影は頑張ってな!」

 

最後に周りを鼓舞する真矢さんだったが、それまでに場の雰囲気を落としに落としたのでテンションを上げられる人はいなかった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「十分後にシーン15、ヒロインとその妹が練習を見学に来るシーンをやります。各自、持ち場に付いて準備を」

 

ADの女性が声を張っている。

いよいよ撮影か……緊張をほぐそうと深呼吸していると。

 

「ちょうど始まるところでしたか。想定より前の仕事が押してしまいましたが、間に合ってよかった」

 

「っ、ジュンヌさん」

 

兵庫ジュンヌ。不知火群島国の男役として不動の地位を築く役者が、現場に入って来た。

風になびかないワックス固めのショートカット、スレンダーな肢体、長いまつ毛が美麗さを醸し出している。

男性でも女性でもなく、中性を突き詰めたような人だ。

 

南無瀬組に断りを入れて、彼女に近付く。

 

「どうしてここに?」

 

「ああ、タクマ君。自分もこのドラマに出るのですよ。と、言っても友情出演で台詞は一つのチョイ役ですが」

 

「ジュンヌさんが友情出演……」

そう言えば、追加のキャストがいるとか昨日連絡があったような……

 

「まあ、友情出演というのは建前で、ここに来た理由は『君に発破をかける』ですがね」

 

「っ!?」

 

「炎情社長と寸田川先生から直々にお願いされました。無下には出来ません」

 

あの二人が……

 

「タクマ君はプレッシャーを掛ければ掛けるほど、大きく成長する逸材だと社長も先生も思っているようですね。男役の自分なら君の危機感を煽ってやる気に火を点けられる。ダシに使われるのは癪ですが、君の演技に興味があるのは事実です。本物の男性による男性の演技、見学させていただきますよ」

 

ジュンヌさんの目が俺をつぶさに観察している。

ライバル足りえる人間か、見極めようとしているのか。

 

……面白れぇ。

 

「ぜひ、観てください。この現場を萌え狂わせてみせます」

 

「ほぉ、言いますね」

 

俺には、ジュンヌさんのような過度なボディタッチや萌えきゅんワードによる演技は出来ない。

でも、そんなものに頼らなくても必萌する方法を編み出してきたのだ。

 

見せてやるよ、兵庫ジュンヌ。男役の女性じゃ絶対に出来ない、男だからこその萌え演技を!


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