『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ジャイアンの闇

「以前から南無瀬領では男性のポルノ画像が裏で出回っていたんや。うちはその出所をずっと探っていたんやけど」

 

昨日、孤高少女愚連隊の溜まり場にあった男性の裸写真を思い出す。あれか!

 

「結果は見ての通りや。よりにもよって男性の生活を支援するはずのジャイアンが太く関わっとる。ははっ、笑えるやろ」

 

ちょっと皮肉が利きすぎていて笑おうにも乾いたものしか出ません。

 

「写真に映っている人の何人かはジャイアン支部で支援した人、その可能性が高い。おそらく支部の息のかかった施設に隠しカメラが設置されとるんやろ」

 

「なら急いで隠しカメラを見つけて、それを証拠にぽえみさんを逮捕すればいいじゃないですか」

 

「出来れば苦労せんわ。モザイク処理によって被害者男性や撮影場所は分かりにくくなっとる。仮に判明したとしても、盗撮写真が出回る頃には隠しカメラは回収されて見つからへん」

 

孤高少女愚連隊が持っていた写真では、男性の顔にはモザイク処理がされ誰か分からなくなっていた。それに対し、ここのファイルにあるデータはモザイクなしだ。

世間に流布する前の元データ……ということは、ぽえみさんは男性の盗撮写真を買う方ではなく売る方の人間。

 

モザイク加工を施したのは、被写体の男性の身元が分かってしまうとジャイアンとの繋がりが露見する恐れがあったため、だったわけか。

 

「ジャイアンだけやない。ぽえみが男性住宅の施工を依頼した建築会社や盗撮写真を加工した業者、それに複数のバイヤーも関わっとる。一体誰がトップでどれほどの規模の組織なのかうちにも分からんわ」

 

想像以上に犯罪に荷担した者は多そうだ。

 

それだけの人間が寄ってたかって行う犯罪が『男の盗撮』というのだから怯えれば良いのか呆れれば良いのか判断に困る。

 

 

「でも、なんでぽえみさんは犯罪の証拠を支部長室に置いていたんですか。自宅の方が安全なんじゃ?」

 

「ぽえみは既婚者なんや。夫のいる家に、男の裸を記録したデータを置いておきたくなかったんやろうなぁ」

 

しみじみと真矢さんは言う。

よく分からん感性だ。俺には仕事中でもこっそりエロ画像を楽しむ剛の者にしか思えないんだが。

 

 

「そうだ、俺に今夜シャワーを浴びないよう言ったのも、盗撮の可能性があったから、ですか」

 

「ジャイアン支部の中にまでは仕掛けんとは思うけど、念には念を入れたんや。明日から移る予定の新居はうちが依頼した業者を使っているから安心やで。はぁ、いっぺん男性宿舎の部屋は全部カメラがあるか調査したいんやけど、それしたらうちの内部捜査がぽえみに察知されるからなぁ」

 

下手すると、マイサンことジョニーがグラビアデビューを飾るところだったわけか。危ない危ない。

 

「胸くそ悪いで。ジャイアンに助けを求めた人をさらに辱める所行、人間のやることやない。絶対に許さへん!」

 

おお、真矢さんが燃えている。彼女の正義感が巨悪を前にしてメラメラと燃えさかっている。

先ほど盗撮写真を前にしてハァハァしていた気がするが、きっと俺の見間違えだろう。

 

「拓馬はん、腹が痛いって言ってたん嘘なんやろ?」

 

しまった。腹がいてぇするの途中から忘れてた。まあ今更か。

 

「ええ、そうです」

 

「あれは支部長室に潜入するための方便やったんやな。指示を出したのは妙子姉さん?」

 

「ええ、そうです」

ええ、そうではないです。でも、ここで否定すると話がややこしくなるから肯定しよう。

 

「前々から支部長室は怪しいって睨んでたんやけど、まさか男性を使って潜入させるとは妙子姉さんらしくない手やな」

 

そりゃ俺の独断だからね。

 

「拓馬はんが協力者やったなんて……危うくうちまで騙されるところやったわ。拓馬はんも妙子姉さんも人が悪いで。仲間のうちに内緒にせんでもええやん」

 

「ほら、あれですよ。敵を欺くならまず味方からってやつです」

 

「なんやそれ?」

 

「俺の国で伝えられる騙しの心得みたいなものです」

 

「……ははぁ、味方を欺くことで仲間内からの秘密漏洩を防ぐちゅうわけやね」

 

やるな、真矢さん。心得の説明をしなくても意味を理解した。頭の回転はなかなかのようだ。

 

「まんまと騙されたわ。うちも妙子姉さんに比べれば、まだまだっちゅうわけか」

 

ふむ、話を聞く限り妙子さんもジャイアンの暗部を探る一員だったようだ。

南無瀬組って確か、警察でも手を焼くような凶悪犯罪を取り締まる活動をしているんだよな。見た目が厳ついあの集団には鉄火場がよく似合う。

今回の一件はジャイアンを始め複数の組織の犯罪を暴くスケールのデカいもの。南無瀬組が動くにふさわしい案件なのかもしれない。

 

 

真矢さんと妙子さん。

昼間は険悪なやり取りを繰り広げていた二人だが、もしかしてあれは演技か?

あの時、真矢さんは何人かの部下を連れてきていた。その中にぽえみの息がかかった者がいても不思議じゃない。

だから、真矢さんと妙子さんは互いが裏で繋がっているのを感づかれないよう一芝居うった、とか?

 

 

「……よし、一応バックアップ取ったし、後はこの証拠を妙子姉さんに渡して……っと」

 

真矢さんが懐から携帯を取り出した。

ぽちぽちと操作して、妙子さんに連絡を入れようとするが。

 

「……変や。繋がらへん」

 

「真矢さんの部屋って電波の通りが悪いんですか?」

 

「そんなわけない。拓馬はんのも試してくれんか?」

 

「分かりました」俺はポケットから卵型の通信機を取り出す。夜遅いけど、おっさん出てくれよ。

 

「……おかしいです。砂嵐みたいな音がするだけで繋がらない。さっきは使えたのに」

 

自分の声が固くなる。真矢さんを見ると、彼女もまた強ばった表情になっていた。

 

不穏。そんな空気が確実にこの部屋を満たしていた。

 

ぽつりと真矢さんが言う「ジャミングや」

 

「ん~~ふぅ~~ふ~~~ん」

 

「それはハミング、ええ鼻声やな。認めたくないのは分かるけどな、ジャミング、妨害電波の影響で通信機器がおしゃか状態やわ」

 

「ジャミング装置なんて、んなヤバい物がなんで!?」

 

「男性が防犯用に小型通信機を持つようになってから、裏で出回り始めたんや。ほんま防犯グッズと阻害グッズはいつもイタチごっこしとるで」

 

まったくこの世界はどこまでクソッタレなんだよ!

 

これじゃあ外への通信が出来ない。ぽえみたちの悪事を通報することも出来ない。協力者である南無瀬組とのコンタクトも出来ない。

 

それに。

「ジャミングされているってことは、俺たちが証拠を握ったってバレたんじゃあ?」

 

「そうや。もしかしたら、ぽえみはもう近くに……はっ!」

 

小さな金属音がして、真矢さんがドアを見る。

次の瞬間、施錠して横になっていた鍵のツマミが縦に回り出し――

 

「ちぃっ!」

解錠され、開きかかったドアに向かって真矢さんが体当たりをした。

 

ぽえみたちの襲撃か!?

この部屋の鍵もマスターキーも真矢さんが持っているはずなのに!

 

部屋のドアは室内に向かって開く仕組みになっている。そのため侵入を防ぐにはこっちも扉を押すしかない。

 

ドンドン!!

 

廊下から激しい衝撃が繰り返される。それに負けじとアメフト選手ばりのタックルで踏ん張る真矢さん。

扉を挟んだ押し合いだ。これに負ければジャイアン内の犯罪者集団が副支部長室に押し入り、俺も真矢さんも一巻の終わりになっちまう。

 

傍観している場合じゃない!

俺も助力すべく扉に駆けつけようとしたが

 

「ダメ! 証拠を持って、はやく逃げてっ!」

必死の形相、しかも急にエセ関西弁でなくなった真矢さんによって、俺の足にストップがかけられた。

 

「け、けど! 俺も加勢します!」

 

「あなたは男! 最優先保護対象! あなたにもしもの事があったら末代までの恥なのよ!」

 

ここに来て、考え方の違いを痛感する。

 

米軍の報告によれば、男だけの部隊と男女混成部隊とでは、後者の方が男性兵士の死亡率が高いらしい。理由は女性兵士を庇って無茶な行動をやってしまうからだそうだ。

窮地に立った時は男が女を守る、それが俺の世界の暗黙の了解となっている。

 

しかし、この世界では真逆の価値観が浸透している。

女が男の盾となり、命を懸ける。

男が希少な分、守らなければいけないという義務感の強さは俺の想像以上なのかもしれない。

 

 

扉を開こうとする力はどんどん強くなっている。

おそらく廊下では、数人が同じタイミングで体当たりをかましているのだろう。

真矢さん一人で持ちこたえられるとは思えない。

かと言って、俺が加わったとしても根本的な解決にはならず、ジリ貧だ。

 

俺はどうすればいい?

 

「なにしているの! 拓馬君!!」

 

しっかりしろ! 迷っている暇はない。

俺はパソコンから記憶媒体を引き抜くと窓に駆け寄った。ドアが使えない以上、退路はここしかない。

 

窓を開けると、冷たい夜風が頬をついた。

下に顔を向ける。建物から漏れる光によって芝の地面が黒く見える。

ここは三階だ。地面までの距離は十メートル弱。飛び降りるのには厳しい。

 

ドンドン!!

 

「ぐ……ううぅ……」

 

真矢さんバリケードの限界が近い。徐々にだがドアが開かれようとしている。

 

俺はもう一度、窓の下を見て唾を呑み込んだ。

やるしかない!

 

 


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