『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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清楚な由良様がご乱心するわけないだろ、いい加減にしろ

世界文化大祭実行委員へのおもてなし。

それに参加するかどうか……

一晩、南無瀬組のみんなと話し合った俺は『消極的参加』を決定した。

 

ズカズカと晩餐会の場で歩き回って、激しい自己主張をするつもりはない。額縁の絵のように壁際でそっと立つだけにする。もちろん周りは南無瀬組でガードして、アリの入り込む隙間すら作らない。

 

「会場入りの時間や場内での組員配置、決めるのはモロモロあるけど、何にしても時期尚早や。まずは、由良様の許可をもらわな」

 

真矢さんの言う通り、当事者の由良様を放っておいて話を進めることは出来ない。そもそも晩餐会云々(うんぬん)は、アイドル活動拠点を無料提供してくださる由良様への恩返しなわけで、彼女が拒否するならそこで頓挫する案件だ。

 

 

翌日。

午前中は執務室で仕事をしている、という由良様を訪ねるべく、俺は離れから回廊を渡っていた。

 

「はぁ、冷静になってみると、これってこちらの一人相撲かもしれませんね。俺が晩餐会に出席すれば、いらぬトラブルになるかもしれませんし。由良様にありがた迷惑だと思われたらどうしよう」

 

「ネガティブよくない。男性が自分のためにナニかをしようとする。それを不快に感じる女性はいない、ビクンビクンと快感に酔いしれるのが正しい作法」

 

「三池さんのような絶世の美男子が身体を張ってくれるんです。押し返すなんてもっての(ほか)! むしろ、ここぞとばかりに引っ張り込むのが健全な女性というものです」

 

「ふーん」

フォローしているのか、不安を煽っているのか。そんなダンゴたちから目を逸らして、俺は気分転換がてらに中御門邸の広大な庭を見た。

 

視界良好、ゴルフ場のような芝生がどこまでも続いている。だが、それだけでは(おもむ)きが足りないのか、回廊沿いには幾つかのオブジェが設置されていた。

 

灯籠やら一本松やら鯉が泳ぐ池やら実に和的な物で、海外からの宿泊客もこれら(みやび)にニッコリだろう。

 

その中に寄り添うような二つの岩があった。大きさは同一ではなく、片方がもう片方の倍近くある。

岩の前には木の看板で何か書かれていた。ええと……『夫婦岩』かな? このオブジェの名称か。

不知火群島国の言葉を勉強し始めてから、早半年。主要な単語くらいなら読み取れるようになった俺である。えっへん。

 

日本なら大きな岩が夫で、小さい方が妻だろうが、こちらでは逆転しているんだろうな。

そんな事を思考の端っこに置きながら、由良様の執務室の前まで来た。

 

昨晩のように部屋に入るのは俺だけで、他のみんなは廊下待機である。

 

コンコンとノックして。

 

「失礼します、三池拓馬です」

「どうぞ、お入りください」

 

昨日より若干硬い言葉を交わして、俺は入室した。

あの老齢の使用人さんから事前に話を聞いたのであろう。招く由良様のお顔も若干硬い印象があった。

 

「ワタクシの使用人が、お疲れの拓馬様を呼び止め、無理な願いを申したそうですね。ワタクシの教育不足です。誠に申し訳ありませんでした」

 

「無理な願いだなんて、そんなことありませんよ。由良様のお悩みを教えてくれた使用人さんには感謝したいくらいです」

 

だから、あまり使用人さんを叱らないでくださいね。喰えない面はあったけど、彼女は真に由良様を心配していたのだから――と、口にするのは無粋だろう。表情と声色で伝える。

由良様は俺からのメッセージをちゃんと受け取ったようで。

 

「本当にお優しい方……」と、しっとりと微笑む。

 

「晩餐会の件ですが、一晩南無瀬組のみんなで協議して決めました。出席を希望します、もし由良様がお許しになれば、ですけど」

 

「個人的には迷います。しかし、招致チームとしては願ってもないこと。拓馬様のご決断を支持させていただきます。ですが、本当によろしいので?」

 

「任せてください! 由良様のお力になれるのなら、晩餐会の一つや二つ、どんと来いです!」

 

由良様のように慈悲深い人は、何でも自分の責任だと溜め込んでしまうキライがある。彼女の憂鬱を払拭するべく、明るいキャラを演じよう。

 

「これが『何でもする』の願いに(かな)うかは分かりませんが、由良様のためなら俺、頑張りますよ!」

 

「拓馬様っ……お、やめください。ワタクシはあなたのご厚意を受けるような女では……ああっ」

由良様が色気たっぷりの熱い吐息を出し、お腰を砕けあそばされた。

 

「ゆ、ゆらさまっ!」倒れかかる彼女を支えようと踏み出したものの。

 

「ち、近付かないでくださいませ。わ、ワタクシは大丈夫ですから」

自力で踏ん張る由良様。巫女装束が、おはだけになって俺的には大丈夫じゃない光景となっている。

 

壁に手を付きつつ、由良様はゆるゆると体勢を整えた。

 

「拓馬様の仁慈に感謝を。この時代にあなたが来てくださった事を、心より感謝いたします」

 

この時代に……?

大げさで少し引っかかる言い方だが、気にするほどでもないか。

 

忙しい由良様の部屋では、あまり長居出来ない。

言うべきことは言ったし、今日のところはお(いとま)しよう。

 

「それでは、細かいお話はまた明日……よろしく、お願いします」

 

「ええ、俺の方こそよろしくお願いします」

 

別れ際の由良様は「はぁはぁ」と、息が荒かった。

普通なら欲情しているのだと用心するところだが、相手は清楚の化身・由良様。きっと俺の参加表明に感極まっているのだろう。肉食と草食を見分ける事に関して、俺は詳しいんだ。

 

 

その晩。

中御門家の敷地に、大きな破壊音が響いた。

 

「な、なんや敵襲か?」

「三池さんはあたしたちと一緒に! 静流ちゃん、今の音は何だと思う?」

「不明。派手な音を出しての襲撃とは、意図が見えない」

 

警戒を厳にする南無瀬組だったが、賊が現れることはなく、その後は静かな夜だった。

 

三十分ほど経って。

 

「お騒がせして、大変申し訳ありませんでした」

由良様自らが、離れへ謝罪にやって来た。

 

「拓馬様や南無瀬組の方々の安寧を脅かしてしまい、なんとお詫びを言えばいいか」

 

「お詫びはいりませんけど、何があったんですか?」

 

俺の問いに、由良様は綺麗な瞳を斜め上に移して。

 

「そ、その……ワタクシ共が使用している庭園用警備ロボットが誤作動を起こし、岩にぶつかったみたいでして……」

 

「え、大変じゃないですか!? あんなに大きな音を出して、壊れてしまったんじゃ?」

 

「ワタクシ共のロボットはそれはもうビッグでハッスルですから! 岩に当たったショックで正常にも戻りましたし、今ではすっかりピンピンしています。何から何までご安心を!」

 

あれ、由良様、キャラが崩壊してね?

と、ツッコミたかったが、有無を言わさぬ彼女の迫力に、俺たちは表面だけでも納得するしかなかった。

 

 

さらに次の日。

晩餐会の打ち合わせのために、また回廊を渡っていると。

 

「な、なんやあれ?」

「打撃音の元、にしては不可解」

「どんだけのスピードでぶつかったんでしょ?」

 

回廊沿いの夫婦岩、その片割れにハッキリ分かるヒビが入っていた。しかも、夫婦の『妻』側の、大きな岩に。

いくら鉄の塊であるロボットがぶつかったにしても、大岩にあんな傷が出来るのだろうか。

 

 

 

「岩のヒビ……ですから、ワタクシのロボットがハシャいでしまったのが原因です。大層ビッグなロボットで、威圧感を出すために金属製のフレームにも力を入れていて大音響と大威力になったわけです、そういう設定ですから、南無瀬組様は見て見ぬふりでこれまで通りの生活を送ってくださいませ。ではこの話はここまでという事でよろしいですね?」

 

「アッ、ハイ」

 

由良様との打ち合わせの最初に尋ねてみたら、メッチャ早口でまくし立てられた。

ゆ、由良様……ちょっとご乱心してね?

 

 

俺と由良様は歓談用のテーブルで、晩餐会についての段取を話し合った。

真矢さんあたりは同席しても良いのでは、と思ったが、誰が言うでもなくこの部屋に入れるのは俺だけ、という圧迫感がある。

 

一週間後に来る世界文化大祭実行委員。

彼女らは数日かけて、中御門の文化施設を視察し、世界中の調度品が並べられるのにふさわしい施設かを採点していくらしい。

調度品はどれも貴重な代物だ、管理を任せられるか厳正に見なければならない。盗難などあったら世界文化大祭自体の名に傷が付く。セキュリティが万全かは何度も確認するだろう。

 

また、数千数万の来場者を(さば)けるかも大事なチェックポイントだ。

劇場やコンサートホールの広さがデータ通りか確かめ、出入口や避難路に不備がないかも慎重に観察するに違いない。

 

由良様ら招致チームは、細かいチェックポイントをクリアすべく、数えるのもゲンナリとする会議を重ね、施設作りに取り組んできた。

これほどの努力を、他国のハニートラップで台無しにされるのは、いくら何でも悲惨すぎる。

 

「あの、俺は消極的に参加するつもりでしたけど、もっと前に出た方が良いんじゃないですか?」

 

話を聞いていると招致チームに感情移入してしまう。より完璧に視察をクリアするためなら、俺だって一肌脱ぐぞ。

 

「拓馬様はそこにいるだけで華になります。華は佇んでいるだけで注目されるもの……不用意に動いて、摘み取られるような危険を冒さないでくださいませ」

 

「う、うう。全力を出せないのは歯がゆいです」

 

「安全第一でございます、どうかご自重を。それに拓馬様がご無理をなさらずとも、晩餐会には他に華を用意する予定です。兵庫ジュンヌ様をご存知でしょうか?」

 

「男役界のトップの方ですよね。先日、共演しましたので知っています」

 

「彼女も晩餐会に彩りを添えるため、参加して頂きます」

 

ほう、ジュンヌさんが!

男役として、多くのファンを抱える彼女のことだ。海外から来る実行委員の人たちにも好印象になるだろう。あのビジュアルからしてホスト役が似合いそうだし。

 

「それに――我が国が誇る芸能界の大家、天道家からもお力を借りる手はずになっております」

 

「天道家がっ!? それって……」政治的な場に子どもの咲奈さんは連れて来ないだろう。と、すると「紅華が来るんですか?」

 

「紅華……呼ビ捨テ」

 

「あ、い、いえ。紅華さんがいらっしゃるんですか?」

 

「違います。天道紅華は、東山院の男性施設に忍び込んで、あまつさえ拓馬様扮するミスター様に近付いたお方。折檻物の不祥事を起こし、未だ謹慎の方のご助力は受け取れません」

 

ヒエッ。一瞬、由良様の後ろに鬼が見えた気がする。いや、気のせいだ、由良様に限ってそんなはずは……

 

「こほん。天道家からご出席するのは、天道(てんどう)祈里(きさと)様です」

 

「祈里様って、あの長女の」

 

映像でしかお目にかかっていないが、妹たちよりずっと大人びて、演技達者な上に美しい人だ。

婚活のために芸能界を引退したらしいが……

 

「祈里様は海外にも多くのファンを抱えており、何より人の目を引くカリスマに溢れたお方。前々から懇意にさせて頂いており、今回の晩餐会の件も快く引き受けてくださいました」

 

そうか、別に芸能界を引退したからって、晩餐会に出られないわけがない。

天道祈里さんか。映像だけ観ると、優美でキラびやかだけど……くっ俺よ、希望を持つな。

妹たちがアレな天道家だぞ。祈里さんだって、とてつもない裏を隠しているのかもしれない。

 

期待と不安を抱えながら、俺は天道家の長女との巡り合いにソワソワするのであった。


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