『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【天道祈里の男運】

祈里(きさと)様、車の用意が出来ました」

 

「ええ、分かりましたわ」

 

玄関から届くメイドの声に、私はイスから腰を上げました。

 

「どうかしら、今日の装いは?」

 

腕を広げて、振り袖を優雅になびかせてみます。柄は水面に浮かぶ花びらを描いたもの。自分で言うのも何ですけど、センスがありますわね。

専門の着付師を呼んで、メイクも併せて五時間かけた気合の格好。うふふ、これで晩餐会のリードは私に(ゆだ)ねられたと言っても過言じゃないですわ。

 

「とてもお似合いでございます。不知火群島国の文化を象徴するような美しい着物を、誰よりもお美しい祈里様が袖を通しているのです。まさに鬼に金棒。中身はさておき、外面は無敵感あります」

 

「あなた……さりげなく、いえ結構あからさまに馬鹿にしてない?」

 

「めっそうもございません。私にとって祈里様は忠義を全力で投げつけるに値するお方。どうして適度にからかい、ほくそ笑んだりいたしましょうか!?」

 

「ほくそ笑みながら言われても、説得力のカケラもありませんけど」

 

「そんな……お仕えしてきて二十年余り。信頼されていないとは、嘆かわしゅうございます。おうおうおっふ」

ハンカチで目元を押さえて、不自然な嗚咽を出しながら悲しみに暮れるメイド。

 

「はぁ。ともあれ、由良様をお待たせするわけには行きませんわ。出発ですわよ」

 

「かしこまりました」

 

やっぱり泣き真似だったようで、メイドはケロッとした様子で顔を上げました。

 

 

 

「祈里お姉様、頑張って! スイートな仕草で実行委員さんたちのハートキャッチだよ!」

「祈里姉さんのスマイルは同性だってドキドキするからね。ハピネスな感じで行ってらっしゃい」

 

見送りに来た咲奈(さくな)紅華(くれか)へ、優雅に手を振り、私は天道家が保有する高級車の中でも最も格式あるモノの後部座席に乗り込みます。

 

目指すは、中御門邸。

本日の晩餐会は、中御門邸の敷地にある迎賓館で行われます。

広大な土地を持つ中御門家は、国内の式典を始め、このような国家イベントを己の所有地で取り計らう力を有しているのです。

 

「中御門邸までは約一時間の道のりになります」

ハンドルを握って事務的に伝えてくるメイドへ――

 

「そう、よしなに」

これまた優雅に返事する私。なんて絵になるやり取りでしょう。

 

メイドは炊事洗濯掃除に、私のお見合いのフォロー、さらには時たま運転手までこなしてくれます。

仕事は丁寧で素早く、文句の付けようがありません。性格にちょっと難ありですけど、有能だけあって長年重用してしまいます。それに姉妹共々、小さい頃にオシメの世話までしてもらったので、情が移っていますし。

 

 

中御門市内に車は入り、目に映る建築物が背丈を上げてきました。

 

そう言えば、メイドの運転する車に乗って、お見合い会場以外の場所に行くのって久しぶりですわね。

いつもの車内なら、心臓バクバクで「ご、ごちゅみは何でしょうか?」などとお見合いの練習をしていますが、今日は晩餐会。別段緊張するほどでもありませんわ。

 

「堂々としていますね、祈里様。海外からのVIPが集まる晩餐会と聞いていますが」

 

ミラー越しにメイドがこちらを見つめてきます。

 

「ふふん、天道家の代表として高尚なパーティーは飽きるほど経験しています。私を頼ってくださった由良様のご期待に見事応えてみせましょう」

 

「さすがでございます、祈里様。ところで、由良様とは、いつの間に懇意な関係になっていたのでしょうか?」

 

「去年の不知火の像の授与式からよ。ほら、私が年間で最も活躍した芸能人だと認められた、あのイベント――まあ、妹の歌流羅(かるら)は十代のうちに選ばれていましたけど」

 

「祈里様……」

 

「由良様と仲良くして頂けるようになったのはそれからですわ。私と由良様は歳が近く、若年のわりに社会的地位が高いでしょ。それに未婚と言うこともあって、馬が合ったのですわ」

 

「未婚に関しては、『やらない』のと『出来ない』ので明確な違いがあると思われますが(ボソッ」

 

「何かとてつもない暴言が聞こえた気が」

 

「いえいえ、私が祈里様のご気分を害する発言をするはずがありません。幻聴でございます……あっと、そんなことより祈里様のご気分を高揚させるビッグニュースがありました」

 

「ビッグニュース?」

 

雑にもほどがある話題変更ですけど、私の関心はニュースの方へ移りました。

 

「今回の晩餐会を成功するために、由良様率いる招致チームは特別ゲストを用意したそうです」

 

「あら、この天道祈里を差し置いて『特別』の冠を付けられるだなんて、ゲストとはさぞ大層なお方なのでしょうね」

 

内心『どこの誰よムキィー!』と、かつていた芸能界のライバルたちの顔を思い浮かべます。あの子かしら、それともあの人……まあ、いいですわ。お客様に最も評価されるのは誰なのか、見せつけてやりましょう!

 

「なにぶん、急遽決定したそうで、特別ゲストのことが天道家に伝わったのは三日前でございました」

 

「三日前? それでしたら、私の耳に入れる時間は十分あったのでは?」

 

「申し訳ありません。あらかじめお知らせするより、直前の方がおもしろ」

 

「えっ、おもしろ?」

 

「ゲフゲフ、失礼しました。取るに足らぬビッグニュースでしたので、お伝えするのが遅くなってしまいました」

 

「そうなんですの?」

 

長年の経験から言って、メイドが「ゲフゲフ」とワザとらしい咳をする時は、決まって災いが起こってきました。主に私が犠牲になる災いが――

気は向きませんが、追及するのが正解なようですわね。

 

「ちなみに、ゲストのお名前は?」

 

私の問いにメイドは、何でもないように言いました。

 

 

「タクマさんです」

 

「ぱーどぅん?」

 

「タクマさんです」

 

「ほわい?」

 

「公表されておりませんが、タクマさんは中御門邸を拠点にして、中御門領でアイドル活動を行うそうです」

 

 

タクマ。世界唯一の男性アイドル。

私がこれまで会ってきた男性を軽々と凌駕するビューティフルマン。

周りには秘密にしていますけど、私は彼がデビューした時からのファンです。もちろんファンクラブには入っていますし、会報に載らない個人情報を探偵や情報屋を通じて収集するのを使命としております。外聞の良い趣味ではございませんが、お見合いで傷ついた心にはタクマさんのパーソナルデータがよく効くので仕方ありませんわ。

 

彼が、この先の中御門邸にいる。会いたいけど会ったらショック死するので付かず離れずの距離感を保っていましたのに……予期せぬ急接近に、わ、私は……

 

「……タタタッタッククククマママママ」

 

早速の禁断症状です。普通の男性でもダメになる私の身体が激しく震え出します。うえええ、吐きそう。

 

「しまった!? いけません祈里様! お気を確かに! 後部座席でナイスリアクションをされても直視出来ません! 路肩に車を止めるまでしばらくご辛抱を!」

 

メイドの声が遠く聞こえる中、私の視界は暗転していきました。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

中御門家の本宅に辛くも辿り着いた私を、由良様自らが迎えました。

海外のお客様を招待するに当たり、私同様メイクに余念がないのか、いつもより(おごそ)かな色気を発しておられます。

 

「ようこそいらっしゃいました、祈里様……祈里様? お顔の色が赤と青を行ったり来たりして、お命の危機を感じずにはいられないのですが」

 

晩餐会のことで気苦労する由良様の足を引っ張るわけにはいきませんわ。

この天道祈里、虚勢を張ることについては誰にも負けませんわよ!

 

「ごきげんよう、由良様。本日はお招き頂き誠にありがとうございます。顔の変色運動は華麗にスルーして頂けると助かりますわ。ご心配なく、(まれ)によくあることですから」

 

「は、はぁ……」

由良様は困惑しながらも「で、では一旦ご休憩してくださいませ、部屋は用意してありますから。それから会場入りして、お客様がお越しになる前にリハーサルを」と話を進めます。さすが由良様、こちらの痛い所にお手を触れないとは優しいお方……単にツッコミが面倒くさいからじゃないですわよね?

 

「その前に、少々よろしゅうございますか?」

 

私の後ろに控えるメイドが口を挟みました。

 

「あ、あなたっ、何をっ」

ちょ! 主人と国主の会話に横槍入れるんじゃありませんわ!

 

「失礼を承知で申します。迎賓館に向かう前に、タクマさんにお目通しをお願いしたく思います」

 

「――拓馬様に? なぜ?」

 

っ! 私は後ずさってしまいました。それだけ由良様のお声が鋭利だったためです。礼儀正しく朗らかな由良様が、こんな声を……

 

由良様からの覇気を物ともせず、メイドは言葉を続けます。

 

「我が主人である祈里様は、男性への耐性が豆腐並でございます。お見合い連敗記録の華々しさが証明しております。由良様もそこはご理解して頂けますね?」

 

ファ! 率直に私のウィークポイントを!

 

「ええ、理解します」

 

ええっ!? 当たり前のように同意しないでほしいのですが、由良様ぁ!

 

「で、あるなら本番直前の迎賓館で、祈里様とタクマさんを接触させた場合、どんなアクシデントが発生するか分かりません」

 

「ですから、先にお二人を会わせて()()()ということですか?」

 

「卑しきメイドのたわ言ではありますが、ご一考くだされば幸いです」

 

メイドが恭しく頭を下げました。私にするナンチャッテお辞儀とは違って、真剣味を感じます。あなた、私のためにそこまで考えて……

 

由良様はしばらく沈黙し、チラッと私を見てから――

 

「承知しました。()()()()()()()()()でしょう。先に拓馬様のお住まいにご案内いたします」

と、微笑しました。

 

 

 

 

タクマさんの居る『離れ』までの道。

一歩一歩進むごとに私の心臓が早くなっていきます。

 

「ハァハァハァハァ」

 

「祈里様、心を強く持ってください。出会って五秒で気絶、では格好がつきません」

 

「わ、分かっていますわ。大事な大事な第一印象。この天道祈里の矜持にかけて、最高に決めてみせますわよ!」

 

メイドに啖呵を切っていると。

 

「見えてきました、あちらが拓馬様のお住まいになっている離れで……あら?」

 

先導くださっていた由良様の声が止まりました。何事かと離れを注目すると……その三階のベランダに誰かが立っています。

 

 

あ、あれは、ナマで見るのは初めてですが間違いありません。

 

「た、たく、たくま、ひゃっぐ!?」

 

愛しきその名を呼ぼうとしたその時。

視界がナニかに塞がれ、人生史上例を見ない快楽が脳に直撃し、私の意識は断絶しました――――

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

いよいよ晩餐会の日が来た!

と、気合を入れるものの、今回俺がやる事は多くない。単に突っ立っていればいいくらいだ。

 

毎回大きなトラブルが発生すれば、その対案をみんなで必死に考えるのだが、それもない。

こんなに楽でいいのかな、と思いながら晩餐会までの数日を普段通りに過ごした。

 

「三池さぁん、そろそろ晩餐会の準備をお願いしま~す!」

「了解です!」

 

部屋の外から聞こえてきた音無さんの声に返事して、俺は身支度を始めた。

同じ中御門邸の中でも晩餐会が開かれる迎賓館までは、車が必要な距離にある。本当に広いよな、ここ。

 

中御門邸には他にも色々な施設があり、日本人・三池拓馬にとって()()()と言える超重要な場所も存在する。今の俺ではそこに行く資格がないのだけど、いつかは辿り着きたい。

 

「――あ、そうだ。洗濯物」

 

中御門邸の掃除は由良様の使用人の方々が行ってくれるが、タダで泊っている手前、何でもかんでも任せるのは悪い。

せめて自分の洗濯くらいはやるようになった俺である。南無瀬組のみんなは涙ながらに「ワタシたちが洗濯する」と言っていたが、そんな姿を見せられると余計に自分でしたくなるのが人情だ。

 

自室がある離れ三階のベランダに出た。

ホテル暮らしの時は出来なかった外干しが可能なのが、中御門邸の良い所だよな。洗濯物を盗む不届き者もいないし。

 

「ふんふん♪」

 

干していたパンツを回収していると、下から誰かの話し声が聞こえてきた。それも複数だ。

回廊の方に視線を向けると、由良様と……げっ、天道家のメイドさん! あの人も来たのか、なんてこった近付かないようにしないと。それにもう一人は……

 

と、その時である。

中御門邸は広大な敷地にポツポツと建物が点在する場所。

遮蔽(しゃへい)物が少ないため、基本的に風が強い。

さらに時折、突風も起こるので――「あっ!?」

 

俺は持っていたパンツを突風に(さら)われてしまった。

パンツは意志があるように猛スピードで下降して、ちょうど離れの前に来た彼女――天道祈里さんの顔面に貼り付いた。

 

 

「ひゃっぐ!?」

得も言われぬ悲鳴。

祈里さんは、パンツで顔を覆ったまま昏倒し、動かなくなった……

 

「祈里様! 祈里様! あんまりでございます! これはこれで美味しいですが、あまりに不憫でございます! どんだけ男運がないのですか、あなたは!」

喜んでいるのか、悲しんでいるのか、とても複雑な顔のメイドさんが、手早く応急処置をしている間に。

 

ピーポーピーポー。

救急車が呼ばれ、「………………」祈里さんは無言のお帰りとなってしまった。

 

 

 

「誠に、誠に、申し訳ありません!」

 

「祈里様は命に別状はないそうですが、未だ意識が戻られないようです。困りました、あの方には晩餐会のスピーチや、催しをお願いしていたのですが」

 

「誠に、誠に、申し訳ありません! この償いは全力でやりますから!」

 

久しぶりの土下座である。

由良様や、世界文化大祭の招致スタッフの方々に、俺は全力の土下座を敢行した。

 


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