『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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清楚な由良様に闇があるわけないだろ、いい加減にしろ

由良様の私室は質素な作りをしていた。

一面畳で、奥に布団が敷かれている。足の低い机と座布団が一式。正座して書物をお読みになられるのだろうか、壁にはズラリと本棚が置かれ、難しそうな本が所狭しと並べられている。漫画の(たぐ)いはない。

 

障子窓が風情を醸すものの、苦学生の部屋のように重たいものがある。

部屋の広さや、家具の品質は高いが、遊びや派手さのない室内に(わび)しさを感じてしまう。

 

しかし、これはあくまで『清掃後』。本来はどうなのか、非常に気になるところである。

 

「拓馬様がワタクシの部屋の場所を知っているとは思いませんでした。本宅だけでも多くの部屋がありますし」

 

「場所は使用人さんが簡単な地図を書いてくれましたから、一人でも迷わずたどり着けましたよ」

 

「一人? そう言えば、南無瀬組の方々のお姿が見えませんですが……」

 

「俺一人で来ました。誰にも邪魔されたくなかったので」

 

「邪魔されずに、一人でワタクシと……」

 

一瞬、ブルッと由良様が震えた。が、何事もなかったように言う。「それでどういった御用でしょうか?」

 

「リクエストを聞きに来ました」

 

「リクエスト、でございますか?」

 

「以前、この中御門邸に住まわせてもらうお礼に『俺に出来ることなら、何でもする』って言いましたよね。あの権利を今ここで使ってほしいんです」

 

最初は、由良様の献身に感謝の言葉を送ろうと思っていた俺だが、いざ本人を前にして止めた。

由良様を見て、由良様のお声を聞いて、由良様と同じ空気を吸っていると「彼女に報いたい」という熱情が際限なく膨らんでくる。

 

感謝の言葉とかケチ臭いこと言ってられるか。せや、有耶無耶(うやむや)気味だったリクエストを蒸し返したろ!

 

「えっ、えっ? 『何でもする』の権利でしたら、晩餐会に参加して頂いたことで使用したとばかり……」

 

「晩餐会の話は、元々使用人さんからの依頼で、由良様たっての願いじゃありませんよね」

 

「ですけど」

 

「世界文化大祭がこの国で開催されるのは、俺にとっても()()()()があること。それをリクエスト扱いするんじゃ、俺の立つ瀬がないですよ」

 

「メリット」という発音に含みを持たせてみる。これで、さりげなく由良様が招致活動に熱心になっていた理由を知っている、とアピールするのだ。

「あなたは俺のために裏でこんなに努力していましたね、ありがとうございます」と一から説明して感謝するやり方はスマートではない。あくまでさりげなく、というのが実に紳士らしい。

 

「ま、まあっ」

聡明な由良様は俺の意図に気付いたようで、恥ずかしそうに顔を赤らめた。その反応、イエスだね!

 

「で、でしたら、一つ、よろしいでしょうか」

 

形の良い唇に手を添えて、言うべきかどうか躊躇(ためら)いながら、ゆっくりと由良様は言葉にした。

 

「ワタクシと踊っていただけませんか?」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

晩餐会の終盤の由良様を思い出す。

中毒を訴える客たちを病院へ搬送する、という重大な任務を終え疲れ切っていた彼女。その目には疲労以外に、不満や物欲しそうな色が浮かんでいた。

 

ひょっとして、由良様も俺と踊りたいんじゃ……

この世界の女性から好意を持たれることに恐怖していた俺だが、由良様は特別だ。なにしろ頭のテッペンから足裏まで清楚で出来ている彼女は、俺にとって数少ない安全な人物。

そんな人から好かれるのは非常に光栄だ。

 

だから、由良様からの「踊って頂けませんか」のリクエストは、俺にかつてない高揚感をもたらした。出来ることなら、考えずに由良様の手を取ってレッツ・ダンシングと洒落(しゃれ)込みたい。

でも、懸念してしまうことがある。

 

「俺と踊ってしまうと、晩餐会犠牲者リストに名を連ねるかもしれませんよ」

 

「ご心配なく。ワタクシは自分の理性と体調を鑑みて、リクエストしております。拓馬様を脅かす存在には成り下がりません。仮になったとすれば、舌を噛んで自死する決意でございます」

 

覚悟ガンギマリなご様子だ。由良様は命を懸けて、俺と踊ろうとしている。

そこまで俺とのダンスに価値を置いてくださるなんて……

腹を括った人を、うだうだと説得するのは無粋。やるしかないな!

 

「承知しました。踊りの方は、晩餐会と同じ選曲でよろしいですか?」

「はい、ワタクシも(たしな)みの一つとして、踊りには少々覚えがあります」

 

由良様が内線を使って使用人にBGMを用意させ、その間に俺が会場のセッティングを買って出る。敷いていた布団を畳んで持ち上げる時に、清純な香りが鼻孔をくすぐり、あわやジョニーが元気になりかけたが、それ以外は滞りなく事は進んだ。

 

 

純和風の部屋に、スローワルツのミュージックが鳴り響く。

浴衣姿の由良様と、変哲のないパジャマ姿の俺は畳の上で会合し、手を取り合う。

和洋のギャップに違和感がよぎるが、そんなこと今は重要じゃない。

 

息が届くほど接近して、包み込むように彼女の背中に手を回す。

 

改めて間近で見ると、なんて美しい人なのだろう。

月並みの表現で言えば『人形のような』だが、それでも由良様の美貌を表現するには足りない。彼女は人形より精巧に作られている。

 

お優しい目に、虫も殺せないような小さな手。

ああ、俺なんかが触ったら壊れてしまうんじゃないのか……その思いが、晩餐会で散々やってきた動作をぎこちなくさせる。

あと、南無瀬組に持たされた防犯グッズの数々で動きがぎこちなくなる。邪魔ぁ!

 

音楽に合わせて、ゆるりと足を左右に運び、時にはターンして、俺たちは逢瀬を重ねる。

 

「ワタクシ、幸せです」

 

「由良様……」

 

「こんなに心が震えたことはありません。ワタクシの人生は、この瞬間のためにあった。そう断言出来ます」

 

大袈裟ですよ、とは言わない。彼女が真に幸せを噛みしめているなら、もっともっと堪能してもらいたい。そのために動くのみだ。

 

バタフライ婦人らは俺のフェロモンに当てられて狂ったようだが、今回は俺が由良様の魅力に狂いそうになる。

 

耐えろ、耐えるんだ俺。

踊りを放棄して、由良様を抱きしめたい衝動を必死に抑える。

俺の理性、由良様との関係、南無瀬組の堪忍袋、不知火群島国の治安、何もかもが壊れる瀬戸際だ。気合を入れろ!

 

地獄のような至福の時間。

BGMが終了するまで乗り切れたのは、奇跡と言えた。

 

名残惜しいが限界だ。俺は由良様から手を引いて後退した。

 

「わ、ワタクシ……」

 

目の前の由良様が不自然に揺れている。俺の頭がクラクラしているためか、それとも本当に由良様が揺れているのか判断つかない。

 

「う、動きすぎて火照(ほて)ってしまったようです。よ、夜風に当たってきます」

 

俺に見えないよう顔を下に向けたまま、由良様は小走りに部屋から出て行った。

部屋主が訪問者を置いて出て行くなんて。

困惑するが、正直助かった。これ以上、同じ空間にいたらどうにかなってしまいそうだ。

 

 

畳に座り込んで、頭が冷えるのを待つ。

 

由良様の潤んだ瞳、アレはやばかった。もう少しで強姦魔になっていたかもしれない。襲われる方が襲う方に回るだなんて笑えねぇぞ。

 

 

由良様が帰ってこない。

待たされる俺は何気なく室内を見ていた。すると、ある不安に駆られる。

 

「由良様って、本当に俺のファンなのか?」

 

見回した限り、ここにはタクマグッズが一つもない。

壁にはポスターはなく、高尚そうな掛け軸が下げられているのみ。

ぎょたく君フィギュアを始めとした小物も見当たらない。

 

由良様はタクマがアイドルデビューした頃から応援していた――と、言うのなら俺のグッズがないのはおかしくないか?

 

「いや、相手は一国の長だぞ。自惚(うぬぼ)れが過ぎるな」

 

戒めるように自分に言い聞かせるものの、俺は落胆した。

つい先ほどまで心を通わせていた、と思っていた由良様の気持ちが分からなくなって不安に苛まれる。

ちっ、なんだこれ。思春期まっただ中の中学生じゃあるまいし、しっかりしろよ。

 

 

由良様はまだ帰ってこない。

置き手紙でもして、お(いとま)しようか。

 

へたり込んでいた身体に渇を入れ、俺は立ち上がろうとした。

しかし。

 

「――と、ととっ!?」

 

足に上手く力が入らず、体勢を崩してしまう。まずい、何かに掴まらなければ。

そう思った手を伸ばした先にあったのは本棚――その中の一冊を、倒れる勢いで俺は思いっきり押してしまった。

 

そして、不思議なことが起きた。

 

本棚に収まった本を引き抜くのではなく、さらに押し込む。そんなことをしても、本は棚の背に当たって動くはずがない――そのはずなのに。

 

「いだっ!?」

 

本は奥に押し込まれ、支えを掴めなかった俺は盛大に尻餅をつく。

 

「な、なんだぁ……って、ええっ!?」

 

一瞬、その光景が信じられなかった。

本棚が自動的にスライドしていき、裏から壁と同色の扉が現れる。

 

「か、隠し扉か!?」

 

たまたま押してしまった本がスイッチだったらしい。映画とかで観たことのある仕掛けだが、実際目撃すると度肝を抜かれてしまう。

 

ど、どうするよ、これ……

 

領主にして国主の自室にあった隠し扉。由良様の立場を考えれば、緊急時の避難経路なのかもしれない。一介の人間が知っていい物ではないだろう。

 

映画だと、秘密を知った者にはロクなことが起こらない。

それにこの扉は――

 

思い出すのは、かつて東山院の男女交流センターで目にした開かずの間。

あの扉は、俺に大いなる厄災をもたらしたが……この隠し扉からは、あの時以上の禍々しいモノを感じてしまう。

 

この先には絶対に行ってはいけない。もし、入ってしまえば、後戻りは出来ない。

第六感やジョニーが「あきまへんあきまへん!」と最大限の警笛を鳴らす。

 

俺は急いで、本棚の本を元の位置に戻した。すると、また棚がスライドして何事もなかったように隠し扉を覆う。

 

「こ、これで良いんだよな……?」

 

一刻も早くここを出よう。俺は置き手紙も残さず、そそくさと由良様の部屋のドアを開けた――が。

 

「きゃっ!?」

「ふおっ!?」

「うわっ!?」

 

廊下に出るやダンゴの二人と鉢合わせし、俺たちは短い悲鳴を同時に上げた。

 

「あ、三池さん! ご無事ですか!?」

「ジロジロ。ふむ、乱暴の形跡はない模様」

「ちょっと静流ちゃん! なに自然な流れで三池さんを視漢しているのっ」

「素早く護衛対象の状態を確認するための措置。大丈夫、恥部は外した」

「だったらあたしも念入りにチェックしなきゃ!」

 

隠し扉を見てしまい悪寒に浸っていた身体にとって、ダンゴたちのポンコツなやり取りは温かい。それはそうと、これ以上近距離でガン見されないよう離れる。

 

「どうして二人がここに?」

「三池氏の心意気を尊重して独断専行を認めたが、この部屋の監視はさせてもらった」

「ナニかあったら突撃しないといけませんからね! あたし、どうにも由良様の一挙手一投足にクサいものを感じるんですよ」

 

由良様からクサいもの。鼻で笑ったことだろう、隠し扉を見る前の俺なら。

 

「ずっとこの部屋を見ていたなら、由良様がどこへ行ったのか知っていますか?」

「すんごい速度で玄関の方へ走っていきましたよ。あの身体能力、相当出来ますね」

「三池氏の性体反応に問題はなかったが、由良氏の奇行、そして一向に出てこない三池氏が気になってこの部屋を開けようとした。そして、バッタリ会った次第」

 

ほうほう、そういう経緯か。

 

「ともかく、南無瀬組の『離れ』に戻りましょう」

「了解です! って、あの三池さん。顔が青いんですけど、どうしたんですか?」

 

音無さんが眉を潜めて尋ねてくる。

 

「もしや由良氏にナニかされた?」

「それはないです。た、ただ疲れただけですよ」

 

隠し扉の件は、俺の胸のうちに留めておこう。無闇に口外していいものではない。

俺はダンゴたちに警護されながら、帰宅の途についた。

隠し扉。もうあれには関わらない、そう誓って。

 

 

だが――

 

これから先の未来。

 

俺は様々な事情の果てに……自らの意思で、由良様の部屋に侵入し、隠し扉を開けることになる。

そんな日が来るなんて、この時の俺は想像もしていなかった。

 

 

 

 

ちなみに翌日。

 

中御門邸の回廊沿いにある夫婦岩の、妻側が完膚なきまでに破壊されているのが発見された。

 

「また、庭園ロボットがハッスルしたんですか?」

 

「みたいやな。前回はヒビが入っただけやったけど、今回は粉々やで」

 

「ヒエッ。で、でも昨晩は破壊音とか聞こえませんでしたけど……」

 

「由良様の説明では、岩内部に気功の衝撃波を送り込んで直接崩壊に追いやったんやて。せやから派手な音はせぇへんかったと」

 

「ロボットとは、いったい……?」

 

なんか色々ツッコミたいが、ヤブヘビになりそうなこと山の如し。真矢さんも同じ感想らしく、なげやりに説明してくる。

 

「けど、なんで妻側だけが破壊されていたんでしょ?」

 

「八つ当たりやな」

 

「八つ当たり?」

 

「イチャイチャしている夫婦に思う所はある。せやかて、岩とは言え男性を傷つけるのは如何なものか。まあええわ、その分、妻側をメチャクチャにしたろ。ってことや」

 

「続・ロボットとは、いったい……?」

 


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