『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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背後からの手

「手こずらせたわね、真矢」

 

「はぁはぁ、ったく支部長にはかないまへんわ。人の部屋の鍵をいつの間にか複製するやなんて。それに、どないしてこれほどの数を手懐けてたん?」

 

「それだけみんな男に飢えているのよ。あなたももう少し欲望に忠実なら声を掛けたのに、残念だわ」

 

「はっはっは支部長、耄碌(もうろく)したとちゃいます? うちは強欲やで。盗撮するだけで満たされるあんたらよりずっとな」

 

「それなら早めに三池さんとあなたを引き離せたのは正解だったわ。彼の貞操のためにもね」

 

「支部長! 外の地面に何か落ちています。あれは……ハンカチでしょうか?」

 

「三池さんの私物かしら。驚いたわね、三階から飛び降りたと言うの。そこの四人、急いで追跡を……いえ待って」

 

「どうかなさいましたか?」

 

「みんな鼻をすませるの!」

 

「は、鼻を……はっ、何やら香ばしい匂いがします。男のものです!」

 

「ふふふ、飛び降りた拍子にハンカチを落とす。そんな都合の良いことが早々起こるものですか。そこの机の下、怪しいわ。見て」

 

「はい! ……誰もいません」

 

「ならカーテンの裏は?」

 

「……こっちにもいません」

 

「驚いたわね。残り香でこれほどのものを。さすが三池さん。ますます欲しくなるわ、実物がダメでも彼の裸体はカメラに収めたいところね。四人は急いで追跡を。絶対に敷地内から出してはいけません」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

「残りの者は副支部長をお連れしなさい」

 

「うちをどうするつもりや」

 

「あなたは労苦を共にした大事な仲間よ。傷つけたりしないわ……むしろイイことをしましょう」

 

「イイこと?」

 

「連れていきなさい。例の場所へ向かうわ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 

 

「触るな、自分で歩けるわ」

……悪態をつく真矢さんの声が廊下に消え、最後にバタンと副支部長室の扉が閉められた。

 

 

 

…………ふぅ。

扉の裏で息を潜めていた俺は、ようやくまともな呼吸をする。

 

囮として窓の外にハンカチを落としたのだが、体臭のせいでフェイクだと気付かれかけた。

バレなかったのは運が良かった、としか言いようがないな。

 

シャツの首元に鼻を突っ込み、そんなに匂うのかと確かめる。やはりシャワーを浴びてないからか。それともこの世界の女性が標準装備する男感知センサーが異常なのか。

 

逃亡に体臭が足かせにならないことを願いながら、俺は廊下の気配を確認し、部屋を出るのであった。

 

 

 

扉を挟んで聞いた会話の中で、ぽえみ以外に聞き覚えのあるものがあった。

男性用宿泊部屋の前に立ち、護衛に当たっていた女性の声だ。あの人もぽえみの配下だったのか。俺と真矢さんの行動が、ぽえみにすぐ知られるわけだ。

 

彼女以外にも声や気配から十人近くいたと思う。

今、この支部にいる連中は全員敵、そう思って良さそうだ。

 

俺はただ日本に帰りたかっただけなのに、気付けばジャイアンの犯罪に巻き込まれている。どうしてこうなった。

トロフィーが世界を越える鍵かと思ったら、ぽえみの不正を暴く鍵だったとは、なんだこれ、笑えねぇ。

 

 

ふぅ、不平不満はここまでにしよう。

俺は手汗でうっすら濡れている記憶媒体を見つめた。

地の利は相手にあり、こちらは敵の正確な人数すらも掴めていない。

厳しい状況下だ、俺一人で真矢さんを助け出すことは出来ないだろう。

 

なら、やるべきはこいつを妙子さんに渡して、真矢さんの救出とぽえみの逮捕をお願いすることだ。

 

真矢さんが身を削って作ってくれたチャンス、無駄にしないぞ。

 

廊下を小走りに駆ける。

曲がり角で一時停止し、先に人がいないことを確かめ、また走る。

 

副支部長室の会話から、ぽえみの配下は二手に分かれたことが窺えた。

真矢さんを拘束した連中がどこへ行ったかは分からないが、俺を捜索するグループは副支部長室の下に集まっているはずだ。

そこを避けるルートを選ぼう。

 

無事一階にたどり着く。副支部長室に面する表玄関の方は危険だ、男性宿舎があった別館側へ行こう。

ジャイアン支部は男性を保護する場合があるためか、四方を二メートルのフェンスで囲っている。

出入りするなら、俺がここに来た時に使った表門からになるけど……これだけ広い敷地なら別館側に裏門があってもおかしくない。

 

最悪、フェンスをよじ登ればどこからだって逃げ出せる。もっとも登るのに時間がかかるので見つかるリスクがあり、暗い中で無理して怪我をする、という恐れもある。出来ればやりたくない。

 

 

 

中庭を手前で足を止める。ここが一番の危険ポイントだ。

開けた場所。遮蔽物がなく、四方八方から丸見えである。

 

視線を空に向けた。

ちょうど月を雲が隠そうとしている。

あっ、この世界にも月はあるんだな……と、惚けた感想を一瞬持ってしまうが、いやいやと気を引き締めた。

月の光がなくなり、周囲の闇の濃さが強まる。

今が好機!

 

体勢を低くし、中庭へと踏みだそうと――

 

 

シュルルル、グウォーン。

 

そんな俺の耳に車のエンジン音が入ってきた。

誰かが車庫から車を出そうとしている。

 

真矢さんの顔が頭をよぎった。

「はやく逃げてっ!」と俺を救おうと奮闘したあの顔が。

 

 

貞操と命の恩人を見捨てていいのか? 絶対に後悔するぞ。

いや、彼女は俺を逃がすために捕まったのだ。ここで助けに行くのは彼女への冒涜じゃないのか? 自惚れるな、この国の女性は、日本の女性より身体能力が高い。それを十人相手取るのは不可能だ。

 

 

背反する意見が自分の中でぶつかり合う。

互いの主張をしっかり吟味して行動を取りたいが、エンジン音の高鳴りが時間がないことを教えてくれる。

 

 

ええい! 困った時は折衷(せっちゅう)案だ!

 

俺は漫画の主人公のように勇敢でないが、臆病者にはなりたくない。

無理のない範囲で出来ることをやろう。

 

 

中庭に出るのを止め、建物の外周を慎重に歩き、車庫が見える所まで歩を進める。

おあつらえ向きの草むらで膝を畳み、顔だけ出して車庫を睨む。

 

真矢さんの救出は無理でも観察は出来る。

 

真矢さんが車に乗せられようとしているのか?

そうだとしたら拘束メンバーは何人でどんな顔をしているのか?

真矢さんを連れていく車のナンバープレートは? こっちの世界の文字は読めないけど、形を覚えるくらいは何とかやれる。

 

後はこの情報を妙子さんに託し、真矢さんが無事に救助されるのを祈るしかない。

 

 

エンジンを吹かし、微動する車に数人が近付いてくる。

真ん中には縄で縛られた真矢さんがいた。

猿ぐつわを噛まされたようで「うー! うー!」と唸り声だけが空しく響く。

猿ぐつわをすぐ用意するとは、ジャイアンおっかねえ。

 

 

見ることを選んだのに、飛び出そうと足が地面を強く踏みしめる。

耐えろ、耐えてくれ。俺は両手で前足を押さえ込んだ。

 

 

「怖がらなくてもいいのよ、真矢。これから行くのはシアターセットを完備した素敵な所なの」

 

ぽえみが優しく言う。

 

「んん?」

 

「私たちが画像だけの盗撮をしたと思っているの? ふふ、映像だってあるのよ」

 

「ううっ!?」

 

「撮りたてほやほやの物を今から一緒に観ましょう。もちろん大スクリーンよ。そうすればあなたも私たちの仲間になりたくなるわ」

 

「うー! うー!」

 

なんて奴だ。

飛び出して助けようとしていたのに、そんな気を無くす恐ろしい会話をしてやがる。

 

「鑑賞会に出たくないの? でも残念ね、この鑑賞会に参加した時点で世間ではあなたも共犯扱いになるわ。誰だって男の裸を見たいもの。好む好まざる関係なく、それを見た者を誰が許せるでしょうかね」

 

この世界では、男の裸にどれだけの価値があるのだろうか。

 

「うっ! うう!」

真矢さんが車に押し込まれようとする。

 

散々悩んだが、やはり動こう。

別にぽえみたちと戦う必要はない。

大声で助けを求め、あとは逃げ続ければいい。こんな夜中だから声は響きやすいだろう。

それでジャイアン支部の外にいる人が異常に気付いてくれたら俺の勝ちだ。

ぽえみたちに真矢さんを拉致する余裕はなくなるだろう。

 

 

よし、行くぞ!

 

 

と、勇んで腰を浮かせようとしたところで――

 

背後からぬっと腕が現れ、俺の口を抑えつけた。

 

 

「んぐっ!」

 

やられたっ!

ぽえみの配下か! 真矢さんのことに夢中になって背後がお留守になっちまった。

 

 

だが。

 

「大丈夫、あたしですよ」

「私も」

 

俺を襲ったのは敵ではなかった。

首を回して後ろを向くと、ポニーテールとおかっぱが目に入る。

 

「ご無事で何よりです」

「ギリセーフ」

 

音無さんと椿さん。

頼れる? ダンゴの二人がそこにいた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

どうしてここに?

そう顔に出たのだろう、椿さんが説明してくれた。

 

「真矢氏からの連絡が途絶えたから。三池氏と一緒に支部長室へ行く、と南無瀬組にメールをしたきり音沙汰ない。不審に思った妙子氏の要請で私と凛子ちゃんで様子を見に来た次第」

 

「そうです、正式なダンゴに任命ワンチャン狙いで三池さんがいつジャイアン支部から出てきてもいいよう張ってい……ごほごほっ、本日はお日柄も良くたまたま近くを歩いていたあたしたちが、いち早く駆けつけたわけです」

 

ごほごほっするの遅いよ! 本音を包み隠さず言っちゃってるじゃん!

なに? もしかして俺をずっとストーキングしていたわけ、夜通しで? うわぁ……

 

俺は自分の口を塞いでいた椿さんの手をどけて「あっ……」心底残念そうな椿さんをスルーして尋ねた。

「南無瀬組の人たちに連絡は?」

 

「ジャイアン支部で緊急事態発生と、すでに連絡済み。もうしばらくすればここに到着する」

 

「じゃあそれまで車が出ないよう時間稼ぎを」

 

「それならもうやっちゃいましたよ」

 

音無さんがのほほん口調で答えたのが引き金のように、車庫の方が騒がしくなった。

 

「一体どうしたの!?」

「パンクです。すべてのタイヤがナイフか何かで切られています」

「なんですって! 真矢、あなたの仕業? それとも他に仲間がいるのかしら?」

「うーうー」

「ふん、別の車を使うわよ。どうやら風向きが怪しくなってきたようね。急いで!」

「ダメです! 車庫の車すべてがパンクさせられています!」

「やられたっ!?」

 

 

 

「ねっ、大丈夫でしょ」

ウィンクを向ける音無さんに俺は何も言えなくなった。

 

「ジャイアンの犯罪については妙子氏から聞いている。その支部が慌ただしくなった時点で、三池氏が連れ去られる危険性があった。よって移動手段はいち早く潰した」

 

「いや~、あたしたちの早とちりだったら、どうごめんなさいしようかと思いましたけど、結果的に好判断で良かったです」

 

なにこの二人。言動を除けば有能じゃん。言動を除けば!

 


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