『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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購入物だからセーフ

祈里(きさと)姉さんが逮捕されるかもしれない』

 

晴天の霹靂(へきれき)と言うべきか。

ある日の夜、天道紅華(くれか)から掛かってきた電話は衝撃をもたらした。

 

「い、いいっ!? なんで!?」

 

中御門家『離れ』の自室にて、ベッドに座り電話を受けていた俺は、おもわず腰を浮かす。

 

『あんたの所為(せい)よ、タクマ。あんたが祈里姉さんをおかしくしたのっ』

 

「おかしくって……俺は祈里さんに何もしては……しては……」

 

いや、したわ。メッチャしたわ。顔面にパンツをぶつけたわ。

 

 

遡ること一ヶ月前。

世界文化大祭の実行役員を招く晩餐会――それに参加するべく中御門邸にやって来た天道祈里さんは、道半ばにして病院送りになった。

 

原因は俺のパンツだ。

洗濯していたパンツが風に乗って、外を歩いていた祈里さんを襲い、意識を刈り取ったのである。

 

運び込まれた病院のベッドで祈里さんは眠り続けたらしい、他人様(ひとさま)にお見せ出来ないだらしない表情で。

 

「身体や脳にダメージはありません。意識が戻らないのは精神的な要因かもしれませんね。まるで幸せな夢の世界にしがみついて、引きこもっているようです」との医者の診察は的を射ており、祈里さんは三日経っても起なかった。

 

「主人の一大事、私は心を鬼にしましょう」

 

周囲が心配する中、天道家の守護神であり火薬庫のメイドさんが立ち上がった。彼女は「こんな事もあろうかと」と収集、編集していた『祈里様、迷失言集 ~お見合い編~』というファイルを病室に持ち込み、眠れる祈里さんの耳元で読み上げたという。

 

ファイルの内容は、タイトル通り祈里さんがお見合いの席でやっちまった迷言や失言の数々をまとめたもの。

読書が趣味の殿方に合わせて喋っていたら、うっかりお気に入りのエロ漫画家について熱く語ってしまったり。歌が好きな殿方のために持ち歌を披露しようとしたら、緊張のあまり歌詞をど忘れして「あぐぼにゅあふぃ~」と誰にも理解出来ないオリジナル言語でお茶を濁したり。

 

そんな数々の武勇伝に、見舞いに来ていた紅華や咲奈さんは耐えられず、耳を塞いだそうだ。しかし、それだけに効果は抜群で――

 

「アッ、アッ、アッ、ちょやめっ、やめっ、やめぇぇぇぇ!」

 

晴れて祈里さんは現実に復帰した。念願の覚醒シーンなのに感動もクソもない。

 

 

 

『そうして、うちに戻った祈里姉さんだったんだけど、しばらく何も手に付かないみたいでボーッと壁を見つめる日々が続いたの。最初は晩餐会に出られなくて、由良様の期待を裏切ってしまったことへのショックかな、と思っていたんだけどさ――でも、違った。あたし、見ちゃったんだ』

 

「み、見たって、何を?」

 

『祈里姉さんが退院して一週間後の真夜中、喉が渇いたあたしは、台所で水を飲もうかと起き出したの。で、祈里姉さんの部屋の前を通ったんだけど、中から変な声がしてきた。ふがふが、って感じかな、そんな変な声が』

 

なんか怪談染みてきたな、と思いつつ、この話の終着点(オチ)がロクでもないことだと俺は長年の経験で予期した。

 

『鍵が開いていたから、こっそりドアを開けて中を覗いてみたら……祈里姉さんが……』

 

紅華は躊躇(ためら)いながらも言い切る。

 

『祈里姉さんが、男物のパンツに顔を突っ込んで、呼吸に勤しんでいたのよ!』

 

 

俺は電話を切りたくて仕方ない気分になった。

 

「なんでさ?」

 

『だから、あんたの所為だって言っているのよ! あんたは自分の局所的な匂いが染みこんだパンツを祈里姉さんに嗅がせた。これが何を意味するのか分からないのっ!?」』

 

「分からない、って言いたいけど、何となく分かってしまう自分が悲しい」

 

『悲しいのはこっちよ! あんたのやらかしで、祈里姉さんが下着求道者(パンツァー)になっちゃった!』

 

下着求道者。何度か耳にしたことのある言葉だ。

日本において、女性の下着を盗んだ男が三面記事を賑わすことがある。

不知火群島国では、男性の下着を盗む女性が横行するわけだが、その数は日本の比ではない。記事にするのもバカバカしいほど日常の一コマになっており、男の下着を外で干すなど盗んでください、と言っているものだとか。

 

組織的に下着を狙う少女の集団、通称『少女たちと下着求道者(パンツァー)』というのもいるらしいが、まあそれは置いておくとして――

 

『あたし、まだ謹慎中で基本的に家にいるからさ、祈里姉さんの行動を注意深く見ていたのよ。そしたら毎日のように祈里姉さん宛の荷物が届いていることに気付いたの。あれは、男物の下着を通販で買っているに違いないわっ!』

 

「買っている分には問題ない……わけじゃないけど、実害はないだろ。紅華は、祈里さんが逮捕されるか心配しているみたいだけど、そこまでは」

 

『寝ぼけたこと言ってんじゃないわよっ! なんで下着求道者が『求道者』って呼ばれているか考えてみなさい!』

 

「うっ、求道者か……もしかして、極めるのか、下着道を?」

 

『そうよ! どんどんエスカレートしていくの! 今は誰も穿いたことのない新品パンツで抑えているけど、そのうち使用済みじゃないと満足出来なくなるわっ! どうすんのよ、祈里姉さんが男性宅に侵入して逮捕とか天道家史上最大の汚点よ、もう芸能界にはいられない! そうでなくても、あたしのお父さんコレクションに手を出す可能性も出てきているのよ。同じ屋根の下に盗人がいると思うと気が気でないわ』

 

「なんだ、そのお父さんコレクションって?」

 

『ん、母さんたちと外国に行っちゃったお父さんの衣類よ。荷物になるからって結構な量を置いて行っちゃったの。だから、あたしがきちんと保管して管理しているわけ』

 

「へ、へぇ……」

 

父親が残していった衣類を管理? 不知火群島国的に普通の行為なのか、紅華のファザコンムーブなのか、気になるところだが今は祈里さんが先決か。

 

『原因を作ったのはタクマなんだから、そっちでも対処を考えてよ。お見舞いの花を贈ってハイおしまいで済ますんじゃないわよ』

 

「お、おう。分かった、やってみる」

 

祈里さんの事については前々から心残りだった。病院送りにした加害者としては、お見舞いくらいはするべきだと思っていた――が、アイドルの俺はおいそれと外を歩くことが出来ない。病院に行こうものなら多くの患者の容態を良くも悪くも劇的に変えてしまう恐れがあったし。

 

そんなわけで、俺は南無瀬組に頼んで謝罪文と花を祈里さんに贈っていたのである。いま思えば、素っ気ない対応かもしれない。

 

下着という名の変態道を求める祈里さんを止める。方法はまったく思いつかないが、俺には彼女を変態道に堕としてしまった責任がある。いっちょ考えてみるか!

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

眠るのは嫌いでした。

先代たちからの叱責や、婚活での失敗が夢に出てくるからです。

 

それに、あの子のことも――

 

 

 

「やっほー、祈里ねぇ! 元気ぃ?」

 

そろそろ芸能界から引退し、婚活に力を入れようかとしていた頃。

自宅のサロンで、婚活情報誌を眺めていた私に、あの子は近づいてきました。

 

「えっ!? あ、歌流羅(かるら)? そう、今日のあなたはそんな()()なのね」

 

「イエェイ! 天真爛漫、いつも元気だ、ご飯が美味しい、最狂のパワフルガール・天道歌流羅ちゃんから祈里ねぇにお話がありまぁす! 今、いい?」

 

歌流羅の性格が不規則になったのはいつからでしょうか……何も知らない方が見たら多重人格と疑うかもしれません。

 

「これまた過激な設定をインプットしているのね。まあ、いいでしょう。これからの芸能界を背負うならそのくらいのストイックさが必要でしょうし。それで、お話って?」

 

「重大発表! この度、わたくし天道歌流羅は――()()()()()()ことにしましたぁ~~! イエェイ! パフパフ」

 

「………………はっ? な、なにを言っているの?」

 

「もっと詳しく言うとぉ~~、わたくし天道歌流羅は、天道家の『姉妹制』から脱退し、『天道歌流羅』の名を捨てることにしましたぁ~! ポイポイってね」

 

「歌流羅!? 冗談にしては悪質過ぎますわよ!」

 

「――――本気だよ、わたしは」

 

「っ!?」

 

「祈里姉さんや紅華に咲奈、みんなに迷惑をかけるのは自覚している。でも、決めたんだ」

 

歌流羅の目から感情が消えました。小さい頃のように、何を考えているのか分からない、ひたすら無の目です。

私はその目が嫌いでした――いえ、恐怖していました。

その目で見られる限り、自分の劣等感が刺激されそうで――それで――私は。

 

 

 

 

 

「……本当に、嫌な夢」

 

真っ暗な部屋で目を覚まします。枕もとの携帯を確認すると、深夜二時。中途半端な時間ですわね。

ベッドを抜け出し、部屋の電気を点けます。

こういう鬱屈した気分の時は、アレに限りますわ。

 

クローゼットを開け、奥の方に隠している男物のパンツを取り出します。

しっとりした感触が売りの高級な一品。顔を埋める時のフィット感は所持するコレクションの中で一番です。

 

「ふぁふぁ……これは合法。盗んだ物じゃなくて、あくまで私の購入物だからセーフ」

わざわざ口にしないと罪悪感や後ろめたさで胸が締め付けられます。

 

どうして私はこんな変態行為にハマってしまったのでしょう……いえ、理由は分かっています。

 

タクマさんのおパンツという神に巡り合ってしまったからです。

眠るのが嫌いな私が、夢の世界に永住したいと思わせた神具。その快楽は筆舌し尽くし難いものでした。

あの気持ち良さをもう一度、と男性の下着を買い続けていますが、如何なる高級品でもタクマさんのおパンツの前では粗悪品です。比較対象にもなりません。

 

「……やっぱり、使用済みでなければイケないのかしら……はっ!? 何を言っているの私ィ!? ダメに決まっていますわ、そんな犯罪!」

 

これ以上進んだらおしまい、天道家が終了してご先祖様や妹たちに顔向け出来なくなってしまいます。

 

「自重するのよ。欲望なんて工夫次第で抑えられますわ」

 

己を戒めつつ、私はパンツにタクマさんの写真を貼って顔を突っ込むのでした。

 


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