『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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本作品の連載が(だいたい)200回になりました。
これを記念してIFストーリーをお送りします(200回ちょうどだと、本編の腰を思いっきり折るので、このタイミングでお送りします)

なお、100回記念の話の続きとなっております。前回のストーリーは。

①日本から中御門領に転移した拓馬が天道家に保護される。
②四女の咲奈がブラコンになったり、三女の紅華のファザコンが悪化したり、長女の祈里が心肺停止になる。
③日本に還るにはトップアイドルになって不知火の像を手にしなければならないと知った拓馬は、祈里をプロデューサー、メイドさんをマネージャーにしてアイドル活動を始めるのであった。

こんな感じになっております。
本編とはキャラの呼び方が違ったりしますが、関係性が異なるためです。仕様です。



(だいたい)200回投稿記念 IFストーリー ~もし、転移した先が中御門だったら 第2シーズン①~

 

自分の部屋に帰還するなり鍵とチェーンロックを掛け、俺はベッドに倒れ込んだ。

 

「あ゛あ゛ぁ~、疲れた」

 

本日の仕事も過酷を極めた。

痴才・寸田川先生が手がけるホームドラマの収録があったのだが、いつものようにトラブルが発生して撮影現場が壊滅した。

父親役である俺の演技に感化され「わたしもタクマさんのような理想のパパがほしかった。そうだわ、今からでも遅くない。幼児退行して、あわよくばタクマさんの娘ポジに滑り込むのよ!」と思い立ったスタッフたちが歩行機能や言語機能を喪失して、撮影にならなかったのである。

もっとも共演者の紅華さんが一番最初にダメになったので、スタッフが無事でもどうにもならなかったが。

 

「夢にまで見たアイドル生活、大変だと覚悟していたけど、大変の方向性が違う」

 

肉食獣の視線に晒され神経と胃をすり減らす日々、心休まるのは天道家の屋敷――にある自分の部屋だけだ。活動の拠点である屋敷内だろうと安寧の地ではない。ここは俺の居候先であると同時に性癖を拗らせた変態の根城なのだから。

 

 

ベッドに俯せになり微睡(まどろ)んでいると――

 

「三池様、お夕食の用意が整いました」

 

ドアを隔てた廊下からメイドさんの(うやうや)しい声が聞こえてきた。

 

「あっ……すぐ行きます」

深い眠りに入りそうだった頭を起こし、ベッドから降りる。

 

鍵を解除しドアを開けると、澄ました顔のメイドさんが慇懃な物腰で立っていた。

相変わらずの英国風メイドの格好に、髪を三つ編みにして後ろでまとめた上からメイドキャップを被っている。派手な飾りがない分、職人気質を否応なく感じてしまう。

先ほどまで俺のマネージャーとして共にテレビ局へ出向いたのに(なお服装は(がん)としてメイド服)、疲れは微塵も顔には出ていない。

 

「今日の収録はさぞ消耗なさったでしょうから、()の付く物を多めに作りました」

 

「精にアクセントがあるのが気になりますけどありがとうございます」

 

メイドさんに連れられ食堂に向かいながら、何となく前々からの疑問を口に出してみる。

 

「それにしても、俺のマネージャーと天道家のメイド、両方をこなすのはキツくないんですか? どちらかに絞った方が」

 

「お心遣い痛み入ります。しかし、黒一点アイドルである三池様のマネージメントはやりがいの塊のようなもの。また、長年お世話をしてきた祈里様たちのサポートは私のライフワークでございます。手の掛かる子ほど可愛いと言いますし、今更放棄するなど出来ません。どちらも天職であり、私の人生を懸けるに相応しいものなのです」

 

「メイドさん……」

 

「それに、多忙な方が屋敷に泊まる理由になりますし、何よりユエッ……おほん、とある成分の吸収に適しているのです」

 

「メイドさんェ……」

 

俺の感動を返せ。ちょっと見直したらこれだ。

そう言えば、以前のメイドさんは天道家屋敷の近くに居を構え、通いメイドだったらしい。だが、俺のマネージャー業務も加わったことで、通勤の時間がもったいないと住み込みで働くようになった。

 

とても一人で回せない仕事量のはずなのに、きっちりやりきるのだから優秀な人である。性格に難があっても天道家が彼女を手放さない理由が分かるというものだ。

 

 

食堂に着くと、すでに祈里さん、紅華さん、咲奈さんが食卓についていた。

 

「拓馬お兄ちゃん! 今日のお仕事はどうだった? 聞かせて聞かせてっ」

椅子から飛び降りた咲奈さんがトテトテと駆け寄ってくる。その仕草、マジプリティ。

 

俺のことを「タッくん」と呼び、お姉ちゃん振っていた咲奈さんだが、最近は元の妹キャラに戻ってくれた。一時期スランプ状態だった彼女を俺が一生懸命励ましたのが良い方向に作用した、と自画自賛ながら思う。

 

「今日もスタッフさんが暴走しちゃったんでしょ。嫌なことやツラいことは何でも言ってね。拓馬お兄ちゃんのケアなら私にお任せなんだから」

 

ううむ、時折咲奈さんから漏れる異様なオーラはなんだろう。俺を優しく包み込んで、永遠に甘やかすような……ぐぐ、心地良いのが逆に恐ろしい。

 

咲奈さんの相手をしつつ、自分の席に座ると隣の紅華さんが話しかけてきた。

 

「今日の演技もサイッコーだったわよ。もうね、脳が春のパァン祭りになったみたい」

 

お前は何を言っているんだ?

 

寸田川先生のドラマで共演するようになって紅華さんの様子が日に日におかしくなっている。出会った頃から取り返しの付かないファザコンだったが、俺が父親役をやるようになってワンランク上の変態になってしまったらしい。

 

「文句があると言えば、あたしがなんで娘役じゃないかってことよね。まったく寸田川先生ったらなに考えてんだか」

 

いや、なに考えてんのは紅華さんの方だから。俺と同年代の紅華さんが娘役をするのはどう考えても変だから。

 

ちなみに今、俺が出演しているドラマは一人の父親と五人の幼い娘が主役の子育て奮闘記だ。

五人の娘と五人の母、そして一人の父親。不知火群島国では珍しくない家族構成の既婚者宅にある日、自家用飛行機が墜落して五人の母親が死去してしまう――という、とんでもない冒頭からドラマはスタートする。

 

「だってタクマ君の子育てにスポットを当てたいのに奥さんがいたら邪魔じゃないか。視聴者的にも脚本的にも。えっ、それにしても退場の仕方が雑だって? あはは、こういうのは強引過ぎる方が話の掴みが良くなるし、シリアスな空気を残さずに済むのさ」

 

寸田川先生の判断にはいつもながら戦慄を禁じ得ない。そして、こんな脚本を「イイハナシダナー」と受け入れるドラマ関係者や視聴者にも戦慄する。この世界の女性は同性に厳しすぎやしませんかね?

 

紅華さんは主役一家の隣人として登場し、影に日向に俺や五人の娘をサポートしてくれる。重要な脇役であり、演技力に定評のある紅華さんが演じるだけあって視聴者からの反応は悪くない。

が、製作チーム側から言うと、隙あらば六人目の娘になろうと画策してNGを連発する紅華さんはタチが悪過ぎる。これ、絶対ミスキャストだろ。

 

「紅華も咲奈も食卓で、はしゃぐものではありませんわ。拓馬さんが困っているでしょう。大人しく席につきなさい」

 

「んん、わかったよ祈里姉さん」

「はーい、お姉様」

 

祈里さんが諫めることによって、ようやく俺は落ち着いて食事にありつけるようになった。

俺との初対面では緊張のあまり噛みまくって理解不能な言語を発していた祈里さん。今ではすっかり家長らしい貫禄を取り戻して何よりである。

 

もっとも、食事を始めてしばらく経って。

 

「うっ……持病の(しゃく)が」と祈里さんは胸を押さえて立ち上がり、「しょ、少々席を外しますわ。あ、後でみんなに話があるのでここにいて、うう」

 

と苦しげに途中退室していった。

 

「今日は何分だった?」

紅華さんがテーブルの脇に立つメイドさんに尋ねる。

 

「二十八分でございます」

 

「わぁ! もうすぐ三十分に到達するね! すっごい祈里お姉様!」

「のろのろだけど確実に進歩するか……祈里姉さんらしい」

 

周囲が盛り上がる中、俺は微妙な気持ちを味わっていた。

一度、俺の歌を喰らって生死の境をさまよった祈里さん。死の淵から蘇った彼女はどこぞの戦闘民族のように男性への耐久力をパワーアップさせていた。

それで俺とも普通に話せるようになり、めでたしめでたし――と行きたかったのだが、現実は甘くない。

 

一見、普通に俺と接しているようで祈里さんの身体は悲鳴を上げている。それが証拠に時間が経つと胸やお腹が痛くなるそうだ。

 

じゃあ、接触を短くすれば……と思うのだが、祈里さんは俺のプロデューサーである。毎日顔を合わせて、長時間の移動やミーティングをすることもしばしば。その度に、彼女が苦しみタイムアウトする様子を見ていると、俺の胸も罪悪感で痛くなってくる。

 

一度、メイドさんに進言したことがある。

 

「祈里さんのプロデュースは大変有り難いですけど、命に関わります。別の人に代わってもらった方が良くないですか? ほら、天道家の長女ってお見合いをして結婚しなければなりませんし、俺にかまけるのも」

 

「何も言わないでくださいませ、三池様。これが、これこそが、祈里様のお見合いなのです! 己の肉体を酷使してでも三池様との距離を詰めようとお見合う祈里様を、どうして止めることが出来ましょう! およよよ」

 

「OH……」

 

ハンカチで目元を隠し泣く(?)メイドさんに向かって、それ以上かける言葉を俺は持っていなかった。

朗報なのか悲報なのか、「人間は成長するのだ! してみせるッ!」との名言が示すように祈里さんの耐久時間は日に日に延びており、数年もあれば俺と長時間喋ることも出来るだろう――というのが周囲の見立てだ。

あれ? 俺ってあと数年もこの世界にいなくちゃいけないの?

 

「失礼、お待たせしましたわ」

 

インターバルを挟んで祈里さんが食堂に帰ってきた。

 

「私たちにお話があるって言っていたけど、なぁに?」

咲奈さんが首を(かし)げて問う。その愛くるしい動き、イエスだね。

 

「新しい仕事の件ですわ」

「仕事? 俺だけに告げないってことは、紅華さんや咲奈さんにも関係するんですか?」

「ええ、先方は拓馬さんだけでなく、紅華や咲奈……それに私の参加も所望しているのです」

 

まさかの全員参加の仕事だとっ!?

 

「へえ、引退した祈里姉さんまで引っ張り出すなんて面白そう。ってことは、大口の依頼なの?」

 

「そうよ紅華。なにしろ依頼者はこの国のトップ、中御門由良様なのですから」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました、天道家の皆様」

 

ザ・清楚こと由良様が丁寧なお辞儀をする。それに合わせて中御門家の使用人さんら百人も頭を下げる。

 

やってきました中御門家!

ドデカい敷地の奥、ドデカい母屋の前で、ドデカい歓迎を受ける。

おおう、プレッシャーの大波に身が縮こまりそうだ。

 

と、ビビっているのは俺だけのようで。

 

「この度は、()えある場に私たちを呼んでくださりありがとうございます。由良様のご期待にお応え出来るよう天道家一同、粉骨砕身の覚悟で臨みますわ」

「あたしたちが一丸になれば怖い物なしです! ご安心を!」

「みんなが楽しんでくれるよう頑張りまぁす。えへへへ」

 

祈里さんは礼儀正しく、紅華さんは熱く、咲奈さんはキュートに意気込みを語っている。さすがは天道家、緊張の欠片もない様子だ。

 

「三池様、三池様」

こちらはこちらでマイペースのメイドさんが、俺に耳打ちをしてくる。

 

「この国では高貴な女性と男性が初めて会う時、握手をして軽くハグをするのが仕来(しきた)りでございます。由良様にご挨拶する時はお気をつけて」

「えっ、そんな欧米なっ」

「オウベイ? ともかく、タイミングを逃さないうちに、お早く」

「は、はい」

 

この時の俺は、遙か身分が上の由良様と会って舞い上がっていた。だから判断力が低下して、メイドさんの妖しげな助言を信じてしまったのである。

 

ぎこちない足取りで由良様の前まで移動する。

不可解な俺の行動に周りが戸惑いの表情を浮かべている――というのは後から聞いた話で、緊張する俺には由良様しか見えていなかった。

 

「は、はじめまして由良様。あなた様の中御門領でアイドルをさせて頂いておりますタクマです」

 

「初めまして拓馬様。御活躍は拝見させていただいております。拓馬様の献身には感謝の言葉を幾重に重ねても足りないほどです。誠にありがとうございます」

 

くっふぅぅ、なんという(とうと)さ! なんという清らかさ!

テレビで何度か観ただけだが、やはり由良様は他の女性とは違う! この人こそ、肉食世界に舞い降りたエンジェル! 約束された理想郷! そのオアシスっぷりに渇かず(かつ)えず無に還りそう!

由良様にお目通り出来て、俺は今……モーレツに感動しているぅぅ!

 

「由良様の力になるよう精一杯励みます! 今日はよろしくお願いします!」

 

サッと手を差し出す。

 

「えっ……こ、これは握手?」

 

目を見開きながらも、おろおろする由良様。そして、たっぷり迷ってから恐る恐る手を前に出してくる。

なんか、()れったいな! 俺は、はよ由良様と握手がしたいのだぁぁ!

 

もう我慢できねぇと、こちらから力強く由良様の手を握る。

 

「っ~~~~~~!!」

 

「た、拓馬さん!?」

「お父さん!?」

「タッくん!?」

 

声なき声を上げる由良様と、背後から届く天道家三姉妹の声。

だが、そんなことを気にしている場合じゃない。ええと、次はハグだ。ハグをしないと不知火群島国的に失礼なんだ。由良様の清廉された身体に腕を回すなんて恐れ多いが、マナーだから! これマナーだから!

 

「改めて本日はよろしくお願いします!」

テンパっていた俺は、自分が思うより強い力で由良様の手を引き寄せてしまった。

 

「あっ」

たまらず倒れかかる由良様のお顔が俺の胸にトンと当たる。

 

その瞬間、早春の陽光の中にいるような微かだが気持ちの良い香りが鼻孔をくすぐり「春は芽吹きの季節だから! ニョキッと顔を出す季節だから!」とジョニーが勢いづく。

 

くっ、鎮まれ、鎮まるのだマイサン!

俺はそう念じつつ由良様にハグをした。欧米と縁のない俺だから、ハグにしては少し強すぎかもしれないが、由良様ならきっと許してくれるはずさ!

 

「アッアッアッアッアッ」

俺の胸にすっぽり収まった由良様から奇怪な声が流れてきた。表情は見えないが、ブルブルお震えあそばされている。

 

うん? やり過ぎたかな?

 


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