『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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(だいたい)200回投稿記念 IFストーリー ~もし、転移した先が中御門だったら 第2シーズン③~

会場の外、広大な中御門庭園の前に祈里さんたちは居た。

 

「探しましたよ。もうすぐ最後の曲じゃないですか、準備しないと」

 

「拓馬さん……そうですわね。夜風に当たりすぎて身体を冷やしても何ですし。ほら、紅華に咲奈、そろそろ参りますわよ」

 

「うん」「はぁい」

 

人通りの少ないここで姉妹がどんなやり取りをしたのかは知らない。互いを励まして奮起しようと試みたのだろうか。だが、暗がりに佇む彼女らの様子からして母親たちの攻撃から立ち直ってはいないようだ。

 

「っと、会場に戻る前に俺から提案があります」

俺はわざとらしいほど明るい調子で声を出した。「フィナーレを飾る歌、俺も一緒にうたいます」

 

「「「……えっ? ええっ!?」」」

三姉妹はワンテンポ遅れで俺の言葉を理解し、驚愕した。

 

「先代の天道家は、今の天道家を三人だけだと思っているかもしれませんが大間違いです! 俺だって天道家の一員なんです! 向こうが喧嘩を売ってきているなら買う権利が俺にもあります」

 

「「「天道家の一員……」」」

噛みしめるように姉妹たちは口にし、

 

「これは、拓馬さんが私の夫になるというダイナマイト発言。長らく続いた婚活編、完!」

「ついにあたしを父性で包み込む気になったのね、お父さん。だっこしてだっこ」

「やっと素直になったんだね、タッくん。うん、お姉ちゃんがトロトロになるまで甘やかすから」

 

自分の都合の良い妄想を垂れ流し始めた。

 

「言っておきますけど、居候として天道家の一員って意味ですからね! 勘違いしないでくださいよ!」

 

「「「ええ~~」」」

 

「不満そうに言ってもダメです。それより俺が加われば男女混声の四重唱(カルテット)になります。もしかしたら世界初となるこいつでゲストの皆さんの度肝を抜いてやりましょう!」

 

 

 

飛び入り参加した俺によって即興カルテットは成立した。

祈里さんたちの練習風景を熱心に観察していた俺である、メロディも歌詞もちゃんと把握済みだ。

気合を入れろ、歌唱力お化けの天道姉妹に死ぬ気で付いていこう!

不協和音になって歌のクオリティを下げる無様な真似、絶対にやらないぞ!

 

 

テノール、ソプラノ、アルトに加え、バス。世にも希な歌の破壊力は凄まじく――

 

「ほ、ほぎゃ、かはっ!?」

いきなり祈里さんが犠牲になった。いやいや、一緒に歌うあなたがやられちゃアカンでしょ!

 

リハーサルの段階で良かった。

観客の度肝を抜いてやろう、と意気込んでいる俺だが、歌手失神という抜き方を目指してはいない。

 

「……し、心臓が止まるかと思いましたわ」

前科のある祈里さんが言うと洒落にならん。

 

「三池様の歌は脳や下半身に効き過ぎます。今回は『る~る~』や『ら~ら~』のようなハミングて、威力を抑えてはいかがでしょうか?」

 

祈里さんを介抱しながらメイドさんが意見を述べた。

ええぇ、全力で頑張ろうと思っていたのに……仕方ない。時間がないし、それでいくか。

 

 

 

「ざわざわざわざわ」

本番のステージに上がった天道家、その中に俺が混ざっていることで会場がざわめく。

しかし、そんなざわめきも歌が始まると同時にピタリと止んだ。

 

 

「おおーーほっほほほ!」

と大きく開くことに定評のあるバタフライ婦人の口は「おおーーほっほほほ!」の時よりさらに開いたまま、発する言葉を無くしていた。

 

由良様も熱に浮かされた顔で舞台上の俺たちに釘付けになっている。

ただ――

三姉妹が歌いながら「チラッ」と飛び入りの俺が失敗しないか心配そうに見つめてくる、それを「大丈夫ですよ」とアイコンタクトで応えている間に。

パリンっと由良様のテーブルのグラスがいくつか割れたのが不可解であった。

 

 

三姉妹の美しい音色を際立たせるよう、低音ボイスで下から支える。

同じステージに立ち、同じライトを浴びているのに、俺にない輝きを纏っている彼女たち。

『女神』なんていう小っ恥ずかしい単語が脳裏をよぎる。

正統派美女の祈里さん、パワフルガールな紅華さん、抱きしめたいくらい可愛い咲奈さん。みんながみんなとてつもなく魅力的だ。

 

「こんな肉食世界にいられるか! 俺は一日でも早く日本に帰らせてもらう!」を常日頃スローガンにしている俺だけど――三姉妹と共演するこの瞬間がずっと続けばいいな。

と、迂闊にも思ってしまうのだった。

 

 

歌いきった後の拍手はまばらだった。

感動に震え涙を止めるのに忙しく、手を叩けない人が多かったからだ。それだけに素晴らしい歌だったと言えよう。誇らしい気分だ。

あと、失神者とトイレに駆け込む人も多く見受けられたが、俺は視界から外すことにした。

 

「お、お父さん。しゅごいよ、これ。歌いながらトリップしそうだった」

「もうメロメロだよぉ、タッくん」

 

女神の皮を破り正体を現したファザコンとブラコンがぐいぐい近付いてくる。

俺の歌はハミングだけでも相当な威力があるようだ。どう見ても発情しています、本当にありがとうございます。

 

「…………」

対して祈里さんは静かなものだ。いつものように気絶している、しかも立ったまま。

メイドさんが駆けつけ、呼吸の有無を確認する。

「息はしているようでございます……もう、本当に仕方のない子。でも、歌の最中は気絶せずよく耐えたものです。頑張りましたね」

優しく祈里さんを負ぶって医務室へ連れて行くメイドさんの姿が、強く俺の心に刻まれた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「本日は誠にありがとうございました。ゲストの皆様から色よいお言葉を頂戴しております。それもこれも天道家の方々のおかげです」

なぜか手に包帯を巻いた由良様に見送られ、俺たちは中御門家を後にした。

 

天道家の屋敷に着いたのは日付が変わる頃。

 

帰るとまず、未だ気絶中の祈里さんをメイドさんと紅華さんと咲奈さんで自室のベッドまで運ぶ。

俺も手伝うと申し出たのだが「お止めください。祈里様のライフはとっくにゼロでございます。これ以上刺激を与えては、目覚めまでの時間が延びてしまいます」と断られてしまった。

 

運び終わって。

 

「はぁ、今日は疲れたわね。けど、得るものはあったし満足満足」

「シャワー浴びて寝ようっと。おやすみ~、タッく……じゃなかった拓馬お兄ちゃん」

早々に紅華さんと咲奈さんは自室に入っていった。

 

メイドさんは屋敷の見回りに出掛けた。

俺が住むようになってから天道家のセキュリティは国家の中枢機関にも引けを取らないほど強化されている。軍人上がりのダンゴ集団が周囲を警戒しているので、並の肉食女性なら立ち所に撃退出来るだろう。

とは言え、戸締まりを確認することは重要だ。メイドさんは日に何度か屋敷内の点検をしてくれている。有り難いな。

 

「さて、俺はどうするかね?」

このまま風呂に入って眠るのもいいが……今夜はそういう気分じゃない。

 

俺はキッチンに向かった。

冷蔵庫を開けて、都合の良い食材を見繕う。勝手に使ってしまったことは、後でメイドさんに謝ればいいだろう。

 

 

 

 

「おや三池様。まだお休みになられていなかったのですか? それに、キッチンにいらっしゃるとは珍しい」

 

見回り途中のメイドさんがやって来た。

 

「お疲れ様です。見回りの方は終わりそうですか?」

「はい。食堂周りを見れば終了でございます」

「なら丁度良い」

 

煮たる鍋の中をオタマで優しくかき混ぜる。

 

「料理をなさっているのですか? 言ってくだされば私が作りますのに」

メイドさんが僅かに不満の色を見せた。メイド業務にプライドを持っている彼女らしい反応だ。

 

「そうはいきません。こいつは俺が作らないと意味がないですから……っと」

出来上がった野菜スープをお椀に(よそ)う。

 

「まだちょっと野菜が固いかもしれませんけど、味は問題ありませんから。どうぞ」

「どうぞ、とは……ま、まさか私に!?」

突き出されたスープを前にしてオーバーなほどたじろぐメイドさん。らしくない反応が面白い。

 

「今日はまだ食事を取っていないでしょ。晩餐会の時もずっと待機していましたし。お腹が空いているんじゃないですか?」

「わ、わざわざご用意していただかなくても」

 

メイドさんは俺たちと食事を共にすることがない。アイドル活動の出先で弁当が出ても自分だけは受け取らず、俺が食べきるまでずっと待っている。

主人と食事をするのは、主人の位置まで自分を持ち上げるようなもの。メイドたる彼女の矜恃がそれを許さないのだろう。

 

なら主人を愉悦対象にするなよ、と思うが「それはそれ、これはこれ。メイドとしての職務と己の趣味を両立させるのが私のジャスティス」とか言いそうなのでツッコミはしない。

 

「日頃お世話になっていますから、たまにはお礼をさせてください。特に今日はメイドさんがいたから乗り越えられたようなものです」

「で、ですが……」

 

おやおや、どうやらお世話することに慣れていても、お世話されるのは勝手が分からないらしい。彼女の新鮮なリアクションにイタズラ心が芽生える。

 

「俺の料理が食べられないんですか。居候でも俺だってメイドさんが仕える対象でしょ。厚意を無碍(むげ)にするなんて酷いなぁ」

 

「意地悪しないでくださいませ、三池様。そういうのは苦手でございます」

 

Sは責められるのに弱い。はっきりわかんだね。

 

俺は破顔して「まっまっ、今夜は無礼講ですよ。一人で食べるのが気まずいなら俺も付き合いますから。実は晩餐会中、緊張であまり飯を食べていないんです」

 

食堂のテーブルに二人分のスープを置き、半ば無理矢理メイドさんを席に座らせる。

 

「さあさあ、スープが冷めないうちに食べましょ。ほら、いただきます!」

「い、いただきます」

 

日本式の「いただきます」はすっかり天道家に定着している。メイドさんはおずおずと手を合わせた。

 

「はふはふ……ううむ、煮込む時間がちょっと足りなかったかな。やっぱり野菜が固いか」

 

「――――いえ」

メイドさんはじっくり味わいながら「とても美味しゅうございますよ」

幸せそうに笑ってくれた。

今日は大切な娘たちが傷つけられて心が痛む日だっただろう。そんな彼女の一日を笑顔で終わらせることが出来た――俺は大きな充足感で満たされた。

 

「……ところで三池様」

 

「ん、なんですか?」

 

「三池様は以前から私の年齢を気にしていらっしゃいましたよね?」

 

「むっ!?」危うくスープを噴き出すところだった。

 

「そ、そんなことは……」あります。

見た目は二十代後半だが、祈里さんたちの母親代わりをしていたメイドさん。いったい幾つなのか疑問を持たないわけがない。

 

「私が天道家に仕え出したのは十に満たない頃なのです。私の母もメイドとして天道家で働いておりましたから、私も後を継ぐために早くからこちらでメイド業務を。幼い頃は、歳の近い祈里様の遊び相手も務めていました」

 

「えっ、そうだったんですか?」

 

「現在母は先代様たちと海外に渡り、継続してメイドを行っています。独り立ちした私は現天道家のメイドとしてお仕えさせたいただいているわけでございます。ですので、意外と若かったりします」

 

となると、見た目通りの年齢なのか。

「でも、どうしていきなり年齢のことを?」

 

「どうしてでございましょうね? 祈里様たちのおこぼれをもらいたくなった――からかもしれません。うぷぷぷ」

 

ヒエッ、出たよ愉悦スマイル。やばい、俺は開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれない。

 

「祈里様たちも大事な私の子どもです。それとは別に、自分のお腹を痛めて子どもを産みたくなってきました」

 

「ご、ごちそうさまです! 食器は俺が片付けておきますから! メイドさんはどうぞお休みになってください!」

 

メイドさんから急いで距離を取ると――

 

「あら、どうしましたの、こんな夜中に」

気絶していたはずの祈里さんが食堂に現れた。

 

「お目覚めになったのですね、祈里様。ご気分の方は」

 

「まだ頭の中がモヤモヤしますわね。まあ、拓馬さんの歌で逝ったのですから本望ですわ。で、二人はここで何を? それにこの香ばしい匂いは」

 

「三池様が夜食をお作りになったのでございます」

 

「WHAT!? 拓馬さんの手作りぃい!!」

眠気眼だった祈里さんが完全に覚醒した。ひぃぃ!

 

「拓馬さん! スープはいずこ!? まだ残っているんですわよねねね!」

 

「落ち着いてください。ありますからスープありますから!」

 

キッチンに行き、スープをお椀に注ぎ込む。隣で「ふーふー!!」と息の荒い祈里さんがガン見しているので超怖い。

 

「ど、どうぞ」お椀を渡す。

 

「こここれれががが、拓馬さんんんんの汁ぅぅ」

変な言い方やめぇや。

 

祈里さんは全身をプルプルしながらお椀を受け取った。大丈夫かな、見るからにこぼしそうなんだが――という俺の心配は見事に当たった。

 

「ああっ!?」

期待に応える女・祈里さんは思いっきりお椀を落とし、スープは俺のズボンに盛大にぶっかけた

 

「あっつううういい!?」

 

「きゃあ、ごめんなさい拓馬さん!」

 

「いけません! 早くズボンを脱いでください。火傷しているかもしれません!」

 

メイドさんに言われなくても、反射的に俺はベルトを緩めてズボンをズリ下げた。

 

「氷で患部を冷やしましょう」

素早く冷凍庫から氷を取り出し、袋に詰めるメイドさん。冷静で頼もしい。

 

「わわ、私がやりますわ。私がやってしまいましたから!」

対して祈里さんはテンパったままだ。メイドさんから氷袋をもらう手つきがたどたどしい。

また何かやらかさないといいが……という俺の心配に見事応えるのが天道祈里さんである。

 

「ああっ」

何でもない所で()けた。祈里さんは前のめりに倒れかかり――

 

 

俺の下半身に顔面から突っ込んだ。

 

 

「ぐふぅ」まさかの股間へのダイレクトアタック。

ズボンという鎧を脱ぎパンツ姿のため、衝撃は大きい。ジョニーからも悲鳴が漏れそうだ。

 

「祈里様! 三池様! ご無事ですか!」

慌ててメイドさんが駆け寄ってくる。

 

「お、俺は大丈夫です……でも、祈里さんは」

俺のパンツと接触した後、祈里さんはキッチンの床に倒れ伏した。ピクリとも動かない。

メイドさんが祈里さんの様子を見るも。

 

「……息をされていません」

 

「げぇ!?」

 

「申し訳ありません、三池様はご自分で患部を冷やしてください。私は救急車を」

 

「分かりました、お願いします!」

 

 

晩餐会から続く天道家の長い夜。

それが朝を迎えるにはまだまだ時間が必要となった。

 

 

 

 

で、この時の俺はまだ知らなかった――

 

晩餐会で暗躍した先代の天道家が、さらなる手で現天道家を追い詰めてくることを。

 

そんな事がどうでもよくなるくらい、息を吹き返した祈里さんがファザコンやブラコンに勝るとも劣らない変態に進化していることを。

 

そして、メイドさんがシモの世話までする勢いで俺を狙い出すことを。

 

 

前途多難過ぎる俺の明日はどっちだ!?

 

ぐすっ、もう本当に勘弁してください。




以上で(だいたい)200回投稿記念を終了します。
次回からはまた本編に戻る予定です。






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二次創作を書きたい、という欲望に負けて『FGO』の短編を投稿しました。
もし、作品をご存知でご興味ありましたら、作者ページから飛んでお読みください。
よろしくお願いします。

「ガワはFGOだけど、結局いつもの肉食じゃねぇか!」というツッコミはご勘弁を。

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