『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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紅の豚はただの豚

ぽえみたちが車庫で立ち往生しているうちに、表門の方から黒塗りの車が次々と入ってきた。

南無瀬組のご到着だ。

 

一際大きいリムジンもどきが車庫の直前で停車し、中から彼女が現れる。

 

南無瀬組のドン、妙子さん。

 

「どうもどうも支部長殿。こんな夜中に部下を引き連れドライブたぁ奇特な趣味ですな」

 

ぽえみ絶体絶命。

南無瀬組の黒服に包囲され、目の前には巨女の妙子さんがいる。俺だったら失禁しちゃうね。

 

現に、ぽえみ配下の連中は生まれたての小鹿のように震え上がっている始末だ。

 

しかし、まだ安堵出来ない。悪事の主犯であるぽえみが、南無瀬組のプレッシャーに屈していないのだ。

 

「あらあら領主様。こんばんは。こんな大勢でお越しくださるならアポの一つでも欲しいところです」

 

「緊急事態だったからね、不作法には目を瞑ってくれよ。まっ、それでも部下の副支部長を縛り上げて拉致しようとするあんたよりは礼儀を知っているがな」

 

「拉致? ああ、申し訳ありません。なにか勘違いをさせてしまっているようですね」

 

「ああん?」

 

「私共はこれから警察に向かうつもりでしたの。身内の恥を晒すのは心苦しいのですが仕方ありません。ここにいる南無瀬真矢は、男性の裸を盗撮し、それを裏で売りさばくという悪辣非道な犯罪を起こしていました」

 

「うーうー!?」

 

ぽえみの隣から声にならない抗議が上げる。

 

「今夜、盗撮データを編集していた南無瀬真矢を発見したところ、彼女は逃亡を試みたのでこのように拘束したのです」

 

「う、ううー!?」

 

ぽえみの奴、よりにもよって真矢さんに罪を被せる気か。腐ってやがる!

 

「待ってください!」

 

俺は草むらから出て、大股で地面を踏み歩き、妙子さんとぽえみの間に割って入った。後ろからダンゴ二人も続く。

 

「三池君、無事だったか」

 

「ええ、助けに来ていただいてありがとうございます」

妙子さんへのお礼を言って、すぐさまぽえみを睨み付ける。

 

ぽえみ、いくらジャイアンの長だからって非道過ぎる。ガキ大将がやっていい範疇ではない。

 

「こいつを見てください」記録媒体を妙子さんに突きつける。「男性の盗撮データです。ぽえみの部屋から見つけました。真矢さんじゃない、盗撮して売りさばいていたのはぽえみの方です!」

 

俺はキッと醜悪な豚を指さした。

これでぽえみも観念するかと思ったが……

 

「証拠はありますか?」

 

「しょ、証拠? だからこいつが」

 

「それは盗撮が行われたことを示しますが、私が盗撮に荷担したという証拠にはなりません」

 

「い、いやだってあんたの部屋から見つけたんだぞ」

 

「そのメモリーが私の部屋にあったことを証明する人はいますか?」

 

「そりゃあ俺と真矢さんだけど」

 

「南無瀬真矢は盗撮犯。そして三池さんには共犯の疑いがあります。第三者の証言なくして、メモリーが私の部屋にあったという話は信用に値しません」

 

「はぁ!? んだとっ!」

この期に及んでこいつっ!

 

どんだけ厚い(つら)の皮をしているんだ。あっ、こいつの面は脂肪で何層もあるんだった。往生際が悪いのも納得だぜ!

 

「ほう、支部長殿。そこまでおっしゃるならメモリーの指紋や支部長室、それに支部長のパソコンの中を調べさせてもらっても問題ないんだな?」

 

「もちろんです。私は丹潮ぽえみ。弱者生活安全協会 南無瀬支部の長である前に、マサオ教徒として『ぽえみ』の名を与えられた者。この名に賭けて、私が男性を欲望の吐け口にすることはありません」

 

おおおっ!

と周囲がどよめく。

 

マサオ教徒? ぽえみの名に賭けて?

あの豚は何を言っているんだ。

 

「マサオ教は不知火群島国の国教。男性の恒久的な安寧を願い、一緒に連れ添うことを最大の喜びとする宗教。信仰心が篤く、定められた規範に準じ、広く布教に貢献する者には特別な名が与えられる。『ぽえみ』もその一つ。この名を賭けた宣言を破れば、地位剥奪は当然で社会的に死ぬ。相当の覚悟と自信がなければ出来ない。三池氏、旗色悪し」

 

横からそっと椿さんが耳打ちしてくれた。

困った時のツヴァキペディアである。

 

マサオ教か……ご立派な団体みたいだが、ネーミングセンスのなさはどうにかならないのか。

敬虔な信者にキラキラネームを叩きつける苦行スタイルには、戦慄を覚えざるをえない。

それとも『ぽえみ』って不知火群島国的にはイカした名前なのか? 俺にはイカれた名前にしか聞こえないぞ。

 

 

「なるほど。支部長殿の心意気は伝わったよ。もし、それでもあんたを拘束しようとすれば」

 

「マサオ教徒すべてを敵に回すことになるわ。どうします、領主様?」

 

「そいつは困ったねぇ。いくら南無瀬組とは言え、教徒全員相手じゃあ骨が折れそうだ」

 

「そんな! 俺、間違ったことは言ってない! マサオ教だか何だか知らないけど、ぽえみは自分の罪を真矢さんに押しつける犯罪者です!」

 

「先ほどから人の名を、ぽえみ、ぽえみと呼び捨てにして。あなたは私の家族ですか! いいですよ、受け入れますよ。さあ我が家に来なさい!」

 

「うるせぇ黒豚!」

 

「なっ、ぶ、豚ですって!?」

 

そうだ、豚だ。かごしま黒豚も真っ黒の腹黒豚じゃないか。おっと、ぽえみと引き合いに出されたら、名ブランドのかごしま黒豚が可哀想だ。反省。

 

「まあまあ、三池君も支部長殿も熱くなりなさんなって」

 

「で、でも、妙子さん」

 

「ともかくきちんとした捜査をやりたい。すまんが、関係者は全員どこか適当な部屋で待機してくれ。後で一人一人詳しく話を聞くことになるだろう。今晩は帰れなくなる。何か必要な物や家族に連絡したい者がいれば、うちの組員に話を通すように」

 

妙子さんが場を締めたことで、浮き足立ちだった雰囲気が落ち着く。

 

ぽえみは不服そうな顔をしたが、妥当な流れだと承知したのか指示に従った。

 

 

 

「三池君」

ぽえみたちが建物内に入ったところで、妙子さんが近づいてきた。

 

「支部長殿が許せないか?」

 

「そりゃそうですよ。正直、頭に来ています」

 

「そうか……なら」妙子さんは薄く笑って言った。

「彼女に引導を渡すのは、三池君に任せるよ」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

ジャイアン支部にあって、たまにしか使われないミーティングルーム。

三十人は優に入れるその場所で、ぽえみは自分の事情聴取の番を待っていた。他のジャイアン職員は別室での待機になっている。

一つの場所に彼女たちを押し込むと、証言のすり合わせなどを行うかもしれない。と、いうことで一人一人違う部屋に押し込まれているそうだ。

 

 

「あら、みなさん、お揃いで。そろそろ私の事情聴取のお時間なのかしら?」

 

「いやぁ、まだ立て込んでいてな。もうちょっと待ってくれよ」

 

「では何の用ですか?」

 

ぽえみが訝しげな目で、俺、妙子さん、拘束を解かれた真矢さん、なんか付いてきた音無さんと椿さんを見る。

 

「支部長殿をただ待たせるだけでは悪いんでね。ちょっとした余興でもやろうと思うのさ」

 

「余興?」

 

「ここにいる三池君はな、日本でアイドルをしているんだ。そんな彼が一曲披露してくれるらしい。男性の歌だぞ、一見一聴の価値ありだ」

 

「男性の歌ですって……」

 

ぽえみが動揺している。

あからさまに怪しいお誘い、けれど男性の歌。聴いてみたい、しかしやっぱり何か罠があるのでは。

 

「どうする支部長殿?」

 

「そ、そうね……」ぽえみは散々悩んだあげく「では、お願いしようかしら」と言った。

 

男性の盗撮をするだけあって、欲望には素直なようだ。

 

ぽえみが了解するのを待っていたかのように、南無瀬組の黒服さんが数人入ってきて、ミーティングルームの模様替えをする。

まあ、邪魔な机や椅子を廊下に出すくらいだが。

 

「妙子様、頼まれたブツです」

 

「おう、サンキューな」

 

一人の黒服さんが持ち込んだのは、俺のギターだった。

男性宿泊部屋に置いていたのを持って来たのか。

 

「さて、三池君。こいつを使って一曲頼む」

 

なぜこんな時に? とこの話を持ちかけられた時に尋ねたのだが

「三池君は何も気にせず、いつも通りにやってくれ。その方が良い」とはぐらかされてしまった。

 

俺の歌は南無瀬家ライブで途中ストップをかけられるほどウケなかった。

それをここで歌えと言う、妙子さんの意図が読めない。

 

ギターを受け取っても踏ん切りが付かない俺の背中を妙子さんが押した。

 

「昼間のことは本当にすまないと思っている。しかし、誤解しないでくれ。あの時の君の歌は最高に素晴らしかった。ただ、あたいたちが未熟だったんだ」

 

「言っている意味が分からないんですけど」

 

「答えはすぐ分かる。三池君は熱唱してくれればいい。それで君の中の疑問はすべて氷解するはずだ」

 

俺は周りに視線を動かせた。

困惑気味の顔をしているのは、俺を含めてぽえみと真矢さん。

音無さんはニマニマとだらしない笑顔をしており、椿さんは口元を少しつり上げて不敵な面をしている。

 

一度俺のライブを聴いた人だけが持てる共通認識でもあるのか?

 

妙子さんが、そうまで言うなら乗ってやろうじゃないか。

ちょうどぽえみに煽られて鬱憤が溜まっているんだ。

気晴らしに全力で歌ってやる。

 

「妙子姉さん。ほんまにこんな方法でええんか?」

 

「ああ。あたいを信じろ。そして、それ以上に三池君を信じればいい」

 

周りが何やら騒がしいが、やるからには集中だ。

ケースからギターを取り出し、手早く調律する。

準備の良い黒服さんが譜面台まで用意してくれて、即席ライブの形が整った。

 

「歌う曲は昼間と同じやつで頼む」

という妙子さんのご所望で、歌うのは『ぎゅっとあなたをハグしたい』である。

 

黒服さんが退室し、残った五人と向き合うようにして俺は立った。

 

「では、みなさん。一曲行かせてもらいます」

 

今回は演奏前に盛り上げトークをする気にもなれず、かと言って無言で始めるのも何なので簡易な挨拶で済ませる。

 

前奏。

コードを押さえる指に力が入った。ぽえみに対する怒気が指にこもっている。けれど、緊張で身体の動きが鈍ることはなかった。

そりゃそうだ、犯罪集団から逃れたり突っかかったりしておいて、今になって緊張もクソもない。

 

「この街に新しい季節が来て」

 

歌詞が始まると、ぽえみの肉が大きく揺れた。

顔は電子レンジに入れた肉まんのようになる、頭から湯気が出ているみたいだ。

 

対して、他のメンバーは静かなものである。辛そうでもない。我慢してくれているのか?

 

サビに入ると、ぽえみの表情が苦悶に染められ始めた。昼間の南無瀬組のみなさんと同じ反応だ。

あの時は照れているのだと誤解したが、強く歯を噛んで何かに耐える姿は照れでは説明がつかない。

やはり苦しいのか?

 

もし、ぽえみ以外の人間がこんな反応をすれば、俺は演奏を止めたかもしれない。だが目の前にいるのはぽえみだ。

遠慮することはない。

 

「ぎゅっとあなたをハグしたい~~」

 

くらえっ! ぽえみ!

俺の全力の歌を聞いて、のたうち回るがいい!

 

感情を込めるほど、ぽえみは痛々しいリアクションを取る。そんな反応されたらもっともっと気持ちを込めちゃうじゃないか!

そらそら、くたばれぽえみ!

 

 

一番を歌い終えた。

ぽえみは肩で荒い呼吸をしている。

俺の歌は人にこれほどの苦痛を与えてしまうのか、そのやりきれなさもブレンドしてぽえみにぶつける。

 

 

「そして、巡る季節の中を君と~」

二番を歌い終え、最後のサビのパートが迫ってきた。

 

ぽえみは満身創痍だ。

もう顔を上げる力もないのか、床を向いたままヨロヨロしている。

これなら最後のサビで()れる。

 

俺がそう確信しつつ「ぎゅっとあなたをハグしたい~~」と締めを歌い出した時――

 

 

 

「ぶぶぅぅひひいいいいい!!」

突然、ぽえみが襲いかかってきた。

 

俺は失念していたのだ。

豚は雑食、凶暴化すれば人だって狙うことを。

 

演奏中の身体は、いきなりの事態に対処できない。

このままではぽえみのタックルをまともに食らい、ギター共々押し倒されてしまう。

 

なんてこった!

 

と、両サイドから二つの影がぽえみに詰め寄った。

音無さんと椿さんだ。

 

「んっ!」

椿さんが足払いをかまし、ぽえみの身体が地面を離れる。

空中浮遊へ移行するぽえみ……顔が赤いことも合わさって、その姿はまさに『紅の豚』だった。

 

「はぁっ!」

ぽえみの背に、音無さんが掌打を放つ。

 

飛べない豚はただの豚。

 

ぽえみが床に叩きつけられた。完璧なノックアウトだ。

だが音無さんは止まらない。ぽえみの腕を背中に押しつけ動けなくし、場を完全に制圧する。

 

三秒にも満たない時間での出来事。

唖然とする他ない。

 

 

「弱者生活安全協会 南無瀬支部 支部長の丹潮ぽえみ。強漢(ごうかん)未遂の現行犯によりあんたを逮捕する」

 

罪状を告げ、妙子さんが手錠をかけた。

 

「あ、あのこれは一体どういうことですか?」

 

「ん、ああ。ちょっと待ってくれ。こいつは遮音効果が良すぎてな……っと」

妙子さんが自分の耳に指を入れて、耳栓を取り出した。

 

み、耳栓!?

はっ!

見ると、音無さんも椿さんも耳栓を取っている。

みんな、俺の歌を聴いていなかった、だと……

 

「ふう。悪いな。もう一度言ってくれ」

 

「いや、あの、これはなんで?」

 

「昼間言ったようにな、三池君の歌は猛毒なんだよ。あたい達の理性をドロドロに溶かす毒だ」

 

「り、りせい?」

 

「そうだ。君の歌は情熱的だから、何というか」妙子さんは言葉を選びつつ「女性の生理的欲求をかき立てるんだよ」とやや恥ずかしそうに口にした。

 

俺の歌が生理的欲求を? ははっ、んなバカな――

 

「ぶひひううおおお!! ハグ! ハグしろよぉぉおお!! ! ギュッとだ! 全力でギュッとだ! してくれんだろ、私の目を見て歌ってくれたじゃないか!! はやくしろっ!! 間にあわなくなってもしらんぞおおおおおぶはおうおふあおbっふぉあぐおgふおつあおあうあ!!」

 

――そう思っていた時期が俺にもあります(震え声)


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