『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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拓馬と歌流羅

 

薄暗いスタジオの中で、私は静かに彼を見ていた。

スポットライトの光に溢れるステージで輝く彼を――

 

彼はこの一年弱の間で成長した。始めの頃は緊張と異文化ギャップで引きつらせていた笑顔を自然に作れるようになった。おかげで彼が一笑いする度にカメラの向こうの視聴者がバタバタと倒れていく。

名うてのスナイパーでも裸足で逃げ出す腕前。私の理性もとっくに穴あきチーズのようにスカスカだ。

 

彼はフロアディレクターと本番前最後の打ち合わせを行っている。吸い込まれそうなくらい真剣な顔つきだ、カッコイイ。いつもならそのすぐ傍で護衛に当たる私だが、今日は配置換えのため後方支援。誠に無念である。

 

「……んっ?」

近付いてくる複数の足音を察知する。振り向くと、かつて慣れ親しんだ三人の顔があった。

 

「あ、あなたが歌流羅(かるら)――ですの?」

 

先頭の天道祈里が半信半疑の口調で尋ねてくる。私は無言で残る二人を見た。炎情社長こと天道律に邪悪な使者ことメイドだ。この二人が私の正体を天道祈里に教えたのか。

 

「すまん」ばつが悪そうな社長に、

「お久しぶりでございます」お淑やかを装うメイド。

 

はぐらかすのは時間の無駄。そう判断した私は天道祈里の質問を首肯で返した。

 

「ほ、本当に歌流羅が、こんな近くにっ!?」

驚愕している天道祈里には悪いが、私としては名を変えて何度も会っているので今更感が半端ない。

 

「あの、大事な話がありますわ。私と」

「待って」

先を喋ろうとする彼女を手で制す。

 

「現在職務遂行中。気が散るから話しかけないでほしい」

 

「ご、ごめんなさい。なら、後から時間を作ってくださらない?」

「…………」

 

迷う。天道祈里と会話するのは精神衛生上よろしくない。避けたいが、断ってもしつこくアプローチを掛けてくるだろう。

 

「社長はんに、天道家のお二人やないか。どないしたん?」

対応に難儀していると、頼れる南無瀬組アイドル事業部のディレクターがやって来た。

 

「お邪魔していますわ。少し、こちらの方に用がありますの」

「ほ~ん」

 

私と天道祈里を交互に見た彼女は、事態をすぐに察したようで「本番までまだ時間がある。手早く済ませるならええよ」と言った。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

う~~トイレトイレ。

今、トイレを求めて走っている俺はテレビ局に通うごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすればこの世界で初めての男性アイドルってことかナ。名前は三池拓馬。

 

スタジオでの収録直前、背景である書き割りの一部が欠けているのが発見された。技術スタッフが応急措置をするということで撮影は二十分ほど延期となり――その間にトイレに行っておこうと、現在廊下を進む俺である。

炎タメテレビには俺のためだけの専用トイレがわざわざ設けられているのだが一カ所しかない。向かうにしても時間がかかるのがネックだ。

 

「是非に! お願いいたしますわっ!」

 

あれ? トイレへの道すがら、とある控室の前を通っていると知り合いの声が耳に入ってきた。パンツまみれの性根とは打って変わり、とりあえず美しい声。その主として該当するのは天道祈里さんだ。

 

廊下に漏れるほどの大音声で何を誰にお願いしているのだろう……俺は思わず立ち止まった。

 

「コンペに勝つためにはどうしてもあなたの協力が必要です!」

 

コンペ! それに協力だとっ!?

まさか祈里さんチームが、有力な人材をスカウトしているのか。

 

俄然、興味を引かれる。

俺はこっそりドアに耳を当てようとした。

 

「道草している場合じゃないですよ。もうすぐ収録再開ですから、ちゃっちゃとトイレに行きましょ」

 

そんな行為を止めたのは音無さんだった。

ダンゴたる者、いかなる時も護衛対象に付き纏う、もとい付き従う。俺のトイレ移動に喜々として同行するのが音無さんの常だ。時に熱心過ぎてトイレの中まで入ろうとするのが玉に(きず)である。

現在、相棒の椿さんが体調不良により不在のためか、いつも以上に仕事に熱が入っていらっしゃる。

 

「でも、ちょっと気になりますよ」

 

「盗み聞きなんてお下品です。相手チームだろうとプライバシーはあるんですよ」

 

げひん、ぷらいばしー?

お下品に俺のプライバシーを侵害する人物の言葉とは思えない。どうしたんだ音無さんは? 俺の知らない間に、肉食女性の代表的なサンプルとしてUFO的なものに誘拐されて中身が入れ替わったのか?

 

「あなたの望む物でしたら天道家が総力を上げて用意しますわ! 愚かな姉と蔑もうと構いません。私たちに力を貸してください、()()()!」

 

かるら……歌流羅っ!?

天道家次女の、あの天道歌流羅か!

 

トイレに行きたかった事も忘れて、天道家を去った大天才のことで俺の頭は一杯になった。

行方不明と思っていたがこんな所にいたのか。どんな人だろう、とにかく顔が見たい!

 

「三池さんって! 早く行きましょうって!」

 

「大声出さないでくださいよ。ほら、これでも使って待っていてください。アマ噛みまでならオーケーです」

ポケットからハンカチを取り出し、音無さんに押しつける。

 

「三池さんからのプレゼントだろうと、あたしは釣られません。そう、静流ちゃんのためにも……ためにも……も……もぅ……クンクンぺろぺろはむはむ」

 

よし、吸引と咀嚼に忙しい音無さんは放置して、歌流羅さんだ。

ノブを静かに回してドアを押す。室内の祈里さんや歌流羅さんに気付かれませんように気付かれませんように。

 

ドアの隙間から中を覗くと、土足可の床に土下座している祈里さんの姿が見えた。

き、祈里さん、本気だ。

家を去った妹に土下座をしてまで協力を請う。とてつもない屈辱だろうに、プライドを捨ててでも祈里さんは勝ちを目指している。俺との結婚を目指しているのだ。

 

「無理なものは無理」

 

………………んんっ??

 

今の声は歌流羅さんの物か? 会話の流れからして歌流羅さんのはずだ。そのはずだ。

だが、俺の耳はソレを別の人物の言葉だと聞き取った。

 

意味が分からない。どうして、『あの人』が歌流羅と呼ばれて、祈里さんと話しているんだ。

ドアの僅かな隙間からでは歌流羅さんの姿は見えない。これ以上開けるのは危険だ。それは承知していても、俺は確認せずにはいられなかった。

 

そーっとそーっと。

ゆっくりとドアを押していくと。

 

誰かの「おや?」という声。

 

しまった! ドアに何かが当たった感触! 俺からは死角になっていたが、祈里さんと歌流羅さんの他にも部屋には人がいて入口の前に立っていたんだ。

押しすぎたドアはその人物のお尻に当たったようで。

 

「これはこれは……うぷぷ」

 

ドアの隙間を通して、その人物ことメイドさんと俺は見つめ合った。

メイドさんの目は極上のオモチャを見つけたようでランランとしている。あ、これはあきまへん。

 

即座に逃亡を試みたが――

 

「ようこそいらっしゃいましたタクマさん。飛んで火にいるあなたにも関係のあるお話ですから、恥ずかしがらずに入ってきてくださいませ」

 

メイドさんの反射神経が上だった。「恥ずかしがらずに入ってきてくださいませ」とか言っているがドアを一気に開いて俺にたたらを踏ませ、無理矢理かつ劇的に入室させる。

 

「うわっとっとと」

前のめりになりながら体勢を整える頃には、俺の身体は控室の真ん中くらいまで来ていた。凄く注目を集める立ち位置だ。

 

「た、タクマさん。聞いていましたの?」

「あ、どうも。コンニチハ。なにも聞いてませんよナニモ」

 

慌てて土下座を解き、気まずい表情を見せる祈里さん。俺も負けずに気まずい態度を取る。

 

「むぅ、些か性急な展開になってしまったなっ!」

腕を組んで悩ましい大声を上げるのは炎情社長。この人も室内にいたのか……

 

「さすがは高額納愉悦者のタクマさんです。私の糧を提供してくださり毎度ありがとうございます」

この中で唯一愉しそうなのはメイドさんだ。いい空気吸ってんな。

 

そして――

 

俺の目は部屋の一角に佇む『彼女』の方へ。

 

「なんで、ここにいるんですか?」

「…………」

 

尋ねても返事はない、俯いて顔を見せないようにしている。

 

「もしかして天道家に関わりがあるんですか?」

 

質問しながらも俺の心は不思議とスッキリしていた。

これまでに幾度か見せていた高い演技力。ファザブラコンやパンツァーが変態性を極めていく度に頭を抱えていた様子。それらの意味は、彼女が天道歌流羅だと想定すると滑らかに呑み込める。

 

無言を貫く相手に俺はさらに追究した。

 

 

 

「あなたが天道歌流羅さん、ですか? ねえ、椿さん」

 


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