『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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恋のライバル

パンツをもってパンツァーを制す。

その威力は凄まじく、祈里さんは物言わぬ屍になってしまった。多少揺さぶったくらいでは意識は回復しないようだ。

 

「仕方ないね。テレビ局の仮眠室にでも押し込めておこう。回収はご家族にお願いするかな。祈里嬢の家の番号はボクが知っているから電話するよ」

 

組員さんに抱えられ祈里さんは軟禁部屋から姿を消した。

寸田川先生は携帯を操作して。

 

「――ああ、もしもし。寸田川という者ですが……ええ、そうそう脚本家の。実はね、祈里嬢が気絶してウンともスンとも言わなくなって……何があったか、だって? 掻い摘まんで言うと、タクマ君が祈里嬢のパンツを嗅いだり舐めたりしたんだよ。で、それを目の当たりにして祈里嬢は逝ったみたいだね」

 

ちょ! 掻い摘まみ過ぎだろっ!

 

寸田川先生の携帯から『な、なんですか!? その摩訶不思議かつ抱腹絶頂のシチュは! 屋敷の掃除をしている場合ではなかったぁぁ私の目の届かない所で涎モノの愉悦がぁぁぁ!!』と絶望が聞こえてくる。

あかん、一番連絡してはいけない人の所に電話をしてしまったらしい。

 

「そういうわけで祈里嬢の回収をよろしく。じゃ」

 

愉悦求道者の悲鳴もなんのその、寸田川先生は何事もなかったかのように電話を切った。

 

「ではタクマ君。君のアイディアを元に脚本を考えよう。これは革命的な脚本になる。男性目線の意見もどんどん取り入れたいから、引き続きアドバイスを頼むよ」

 

「もちろん協力は惜しみません――」

俺は喋りつつ、天道家の屋敷から炎タメテレビまでの地図を頭に描く。

 

愉悦を取り逃したメイドさんは手負いの獣も同然、会うのは危険だ。俺の本能があらん限りの警笛を鳴らしている。

メイドさんが車をぶっ飛ばしてここまで来るのに、どんなに急いでも一時間はかかるはず。その前に離脱しよう。

 

「タクマ君も気付いていると思うけど、男性のヤンデレを実現させるには幾つかの問題を排除しなければならない」

 

寸田川先生が軟禁部屋の畳に座り直し、座机に白紙を広げて思いついた事を書き始めた。俺や音無さんや真矢さんも机を囲むように座り、議論の形を作る。

 

「そもそもタクマ君ほどの美男子がラブラブアプローチを仕掛けてきたら、どんな女性でもベッドまでウェルカムする。何の障害もないから男性は病む必要がなく、ヤンデレは生まれないんだ」

 

うんうん、と南無瀬組が全面的に同意している。

男性の恋が叶わない世界なら、俺がアイディアを出すまでもなく『ヤンデレ男』は世に産声を上げていただろう。

 

「ヒロインを人気絶頂のアイドルにするのはどうですか? 高嶺の花ということで男性は好きでも近寄れず、恋心を病ませていくというのは?」

 

「リアリティがないね。『あなたの大ファンです。ぜひ一度お会いしてくれませんか』ってタクマ君の写真付きファンレターを出せば、どんなトップアイドルでもホイホイと君の家まで駆けつけるよ」

 

うんうん、と再び南無瀬組が全面的に同意している。

この世界での女性アイドルと男性ファンの距離は、日本の常識では測れないほど接近しているらしい。

 

「寸田川センセにはエエ考えがあるんか?」

「代案もなく人の意見を否定するのは三流のやることさ。あるに決まっているだろ、マーヤ」

「ほーん、なら拝聴させてもらうわ」

「ふふ、任せてもらおうか」

 

真矢さんと寸田川先生でまたツンツンとした会話がされているがトゲはない模様。この前のように言い合いには発展していない。

 

「男性を病ませるなら、当て馬を用意するのが一番だね。タクマ君の恋のライバルってやつさ」

 

「恋のライバル? ライバルと言うことはヒロインを狙う男性がもう一人いると言うこと……はっ? ヒロインは二人の男性からアプローチされるんですか? はっ?」

 

はっ? という音無さんの顔が般若になっている。それでいて目は相変わらずのノーハイライト。怪奇絵図に出てくる鬼よりずっと恐ろしい面相だ。

 

「もっと言うならヒロインである祈里嬢に婚約者がいたことにしよう。すでに将来を約束した男性がいるなら他の男性のアプローチになびく事はないからね」

 

なるほど、婚約者か。婚活失敗続きの祈里さんが、フィクションの中でやっと婚約を果たすと。何だか感慨深いな。

 

婚約者持ちではなく、いっそのこと祈里さんを既婚者にするのは――と、思いついた俺だが、その提案をグッと呑み込んだ。

危ない危ない。この世界では『浮気』の概念がないに等しい。

男性は複数の女性と結婚するのが義務だし、女性の方は一人の男性と結ばれればずっとその人に執着する。浮気や不倫の発生する土壌がないのだ。

そんな無菌世界に人妻と若い男の愛憎を持ち込んだら、どんな地獄が顕現するか想像も付かない。既婚者ヒロイン役を務める祈里さんの命なんて風前の灯火だろう。

 

「じゃあ、キャストを追加しないといけませんね。婚約者の男性役をやってくれる人か……男役の人たちの中でスケジュールの合う方がいればいいんですけど」

 

なにぶん急な話である。キャストのオファーから撮影まで一年の間があるのもザラな中、今回の収録はオファーから数日で撮影という超強行軍を強いられる。了解してくれる男役の人がいるのか不安だ。

 

「そこまで暗く考えることはないさ、タクマ君。今回作るのはパイロットフィルムだから当て馬役の出番は一分もないだろうし、少しでもスケジュールの空いている人がいればねじ込んでみせるよ」

 

ドラマ畑で数々の修羅場を経験した上での自信だろうか、寸田川先生は「何とかなる」の(てい)を崩さない。

 

「とりあえず、『彼女』に電話してみるかな。今日ならちょうど撮影で炎タメテレビに来ていると思うし」

 

そう言って、寸田川先生は再度携帯電話を取り出す。

 

「脚本も出来ていないのに出演を打診するんですか?」

 

「今回は時間がないからね。脚本が完成してからキャストを決めていたんじゃ間に合わないさ」

 

言われてみればそうか。イレギュラー尽くしのコンペ勝負に常識を持ち込むのは頂けない。

 

寸田川先生は携帯を操り。

 

「――やや、もしもしこんにちはジュンヌ君。今、いいかな?」

 

ジュンヌ。不知火群島国の男役としてトップの人気を誇る兵庫ジュンヌさんか。

ヅカっぽい見た目とは裏腹に、萌えキュン男子を演じたら右に出る人はないほどの芸達者だ。学ぶべき点は多く、是非とも一緒に仕事をしたいと常々考えている俺である。しかし、そんな希望はなかなか成就せず、一度ドラマで共演して、晩餐会でたまたま顔を合わせたくらいで会う機会が少ない人だ。

 

「今日の撮影は終わったかな? ……うんうん、それは好都合。君に頼みたいことがあるんだ、急ぎでね。とりあえず、話だけでも聞いてくれないかな?」

 

寸田川先生はフロンティア祭に向けたパイロットフィルムの件を簡単に説明した、先代と今代が争う天道家のコンペ勝負についてはスルーして。天道家一族の(いさか)いなんぞ第三者であるジュンヌさんには面倒事にしか映らないだろう、説明からカットした寸田川先生の行動は正しいと思う。

だが、寸田川先生は俺がパイロットフィルムに出ることも教えなかった。なんでだ?

 

「ボクは炎タメテレビの所謂(いわゆる)軟禁部屋にいるから……うん、今から来てくれるのかい? ありがとう! 詳しい内容についてはそこで語らせてもらうよ。じゃ、待ってるから」

 

電話を切って「ふふ」と意味深に笑う寸田川先生に尋ねる。

 

「どうして俺が出演することを言わなかったんですか? それに今ここにいることも」

 

「そりゃタクマ君が参加していたり、待ち構えていると知ったらジュンヌ君は逃げるだろうからね」

 

「えっ、逃げる?」

 

そういや晩餐会の時もジュンヌさんは「げぇ!」と天敵に遭遇した顔をして、そそくさと俺から離れて行ったな。

 

「もしかして、俺ってジュンヌさんから嫌われているんですかね?」

 

「そういうことじゃないさ。むしろ好かれそうだからジュンヌ君は逃げているんだ」

 

ああ、ね。と南無瀬組の人たちだけが合点のいった顔をする。なに、俺だけ鈍感だとっ。

 

「男役のジュンヌはんには死活問題やな。そら、拓馬はんを避けるで」

「タクマニウムに侵された方が楽になれるのに、不憫な人ですねぇ」

 

「真矢さんも音無さんも分かった顔をせずに説明してくださいよ」

 

「つまりはタクマ君のフェロモンが禁男しているジュンヌ君の本能をほじくり返しているのさ。ジュンヌ君は女らしさがないからこそあれだけの人気を得ている。そこに少しでもメスの顔が浮かんだら、視聴者は二度とジュンヌ君を男として見れなくなるだろう。努力して築いてきた地位があっという間にパァとなるわけさ」

 

「なん、ですって」

思い返してみれば「ひっ!? こ、来ないでくれ。お、女になりゅ!」とか晩餐会で言っていたな。俺は無意識のうちに彼女を追いやっていたのか……ううむ。

 

「ならジュンヌさんは出演させない方が」

 

「いや、これからも男役をやっていくのならタクマ君越えはジュンヌ君にとって必要さ。いつまでも君から逃げていられないからね。それにコンペ勝負に勝つためなら最適なキャストを揃えないといけない。ジュンヌ君はボクが知る中で一番の男役、是が非でも協力してもらおう」

 

以前、寸田川先生とジュンヌさんの喋っている場面に立ち会ったが非常に仲良さげだった。ただの脚本家と男役を超えた信頼関係でもあるのだろうか。

我が子を谷底に落とす厳しくも愛情のある獅子。そんな顔をする寸田川先生を俺は信じてみようと思った。

 

「んふふん、ボクに嵌められたと分かった時のジュンヌ君の顔が見ものだね。どんな内面の闇や慟哭を聞かせてくれるのか実に楽しみだ。はぁはぁ」

獲物を虎視眈々と待ち構える狩人。獅子から一転してそんな顔をする寸田川先生を俺はやはり要注意人物だなと思った。

 

 

 

 

 

 

「よくもだましたアアアア! だましてくれたなアアアアア!!」

 

それからしばらくして、軟禁部屋でジュンヌさんが上げた叫びがこれだ。

 

 

マネージャーと共に軟禁部屋に入ったジュンヌさんは、パイロットフィルムについて交渉。たまたま大きな仕事が終わったばかりで、スケジュールに余裕があったこともあり、とんとん拍子で出演が決まった。

 

なお、契約時に。

「へぇ、愛に病んだ男の話ですか。さすが先生、革新的な考えをなさる。ところで、この主演の男役はどなたが?」

「ジュンヌ君には悪いけど、別の男役にしようかとオファーを出しているんだ」

と、答える寸田川先生はとても晴れやかな笑顔をしていた。

 

やがて、話が一段落して。

 

「どうだいジュンヌ君。たまには二人でゆっくり語り合わないかい?」

「いいですね。自分も積もる話が色々ありますし」

 

という流れでジュンヌさんのマネージャーだけが退出し、二人っきり(?)になったところで――

 

「邪魔者はいなくなったし、本題に移ろうか」

「はいっ? 先生、なにを?」

「タクマ君、もう出て来ていいよ」

 

寸田川先生の合図で、俺は軟禁部屋の奥から顔を出した。同じように隠れていた南無瀬組が軟禁部屋の入口を固め、ジュンヌさんの退路を断つ。

こうして、ジュンヌさんは絶叫を上げたのである。

 

 

 

「まあまあ、そう吠えないでくれないかい、ジュンヌ君。大丈夫さ、この脚本は君の女性本能に優しく作られる予定だから」

 

「アアアアァ! どういうことですか先生ィぃ!」

 

「ほら、脚本では君はタクマ君の恋のライバル。タクマ君にとって憎い敵になるわけだ。決して彼と甘い空気になるわけじゃない。君が女になりゅことはないさ」

 

「タクマ君の敵、じ、自分が?」

 

それはそれで嫌だ、という風にたじろぐジュンヌさん。

 

「試しにタクマ君。ジュンヌ君に悪意やら敵意を向けてくれないかい?」

「えっ? いいんですか?」

「劇中では殺意すら向ける予定なんだから、やってもらわないといけないさ」

 

「拓馬はんから悪意に敵意。あかん、他人事でも胸が締め付けられそうや」

「うえええ、あたし吐きそう」

寸田川先生の提案があまりに鬼畜過ぎるのか、百戦錬磨の南無瀬組でも恐れ(おのの)いている。渦中のジュンヌさんは――

 

 

「やめっやめ、話し合おう。ね……た、タクマ君」

と顔面蒼白な有様だ。

 

ほ、本当にやっていいのかこれは?

 

「タクマ君。ヤンデレは君のアイディアだ。それを実現させるのに君は万全を尽くす義務がある。いいね?」

 

「うっ」

そう言われると辛い。

 

「ジュンヌ君もさらにキャリアを積むのなら、男性についてより知らなければならない。これはチャンスさ」

 

「ぐぅ、せ、先生がそこまでおっしゃるなら……いいよ、来てくれタクマ君。きみの負の感情だろうが何だろうが受け止めてみせる!」

 

ジュンヌさんが両手を広げて、俺の前に立つ。

その生き様たるやアッパレの一言だ。ここで俺がヘタれるのはジュンヌさんへの最大の冒涜と言えよう。

 

「分かりました……行きます!」

 

俺は眉を釣り上げ、歯を強く噛み、ジュンヌさんへ怒りの眼光を飛ばした。

 

 

それだけで。

 

「ぐぁぁぁぁ……ぁぁぁ」

 

ジュンヌさんが両膝を突き、上半身を前のめりに伏す。

ちょうど切腹した人のように。

 

みんながみんな、ジュンヌさんの最期を看取り、しばらくの静寂が流れた後。

 

パチパチパチパチパチパチ。

真矢さんが、音無さんが、組員さんたちが、寸田川先生が拍手を始めた。

 

大した奴だ。

と言わんばかりにそれぞれの眼差しには尊敬の色が浮かび、ジュンヌさんの死に様へ賛辞を送っている。

 

パチパチパチ。

パチパチパチ。

パチパチパチ。

 

…………なんだ、この空気?

 

 

 

 

気絶したジュンヌさんが軟禁部屋の片隅に寝かされてから。

 

「疲れましたね」

話し合いはまだ途中なんだが、もう帰りたい俺である。

ん、そう言えばジュンヌさん騒動のせいで、何か大切な事を忘れているような。

 

 

 

 

「もう、タクマさんったらまたこんなに愉悦要素を散らかして」

 

はっ!? し、しまった!

俺は戦慄した。

まるでオモチャを片付けない子どもに向ける口調。それが入口ドアから聞こえてきた。

 

見ると、一番会いたくなかった人が、未だ気絶中の主人をおぶって立っている。

 

「何やら愉しそうな事をしていますね。祈里様に代わって私が参加してよろしいでしょうか?」

 

いつもの捻くれた笑みではなく、のけ者にされた憤怒を秘めた笑みでメイドさんはそう言った。

 

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