『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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いつから前編の次は後編と錯覚していた?

後編一話で収まりませんでした。許してください、なんでも(以下略


ジョニーよ、今、蘇る時 (後悔編)

『おねえちゃん……今、わたしをおねえちゃんって……』

 

『何度でも言うよ、咲奈お姉ちゃん! 咲奈お姉ちゃん! 咲奈お姉ちゃん!』

 

『あふぅ』

子どもらしからぬ甘い吐息が電話から聞こえてくる。

『そうなんだ、タッくん……わたし……いいんだね?』

 

酔いが()めた頭で聞く『いいんだね?』には、とてつもなく重いものを感じる。

高名な陰陽師が作り上げた御札を何十枚も重ねて封じた【禁忌】。それを解き放っても「いいんだね?」と訊くような危うさ。

素面(しらふ)の俺なら間違いなく「アハハハ、この話はなかったことに」と言って、そそくさと逃げること請け合いだ。

 

なのに、どこぞの酔っ払いときたら。

『いいんだよ! ところ構わず出しちゃっていいんだよ! ほらほら鮮明に出しちゃって!』

と、よろしくない男気を見せている。

 

()くして、封印は解かれた。

 

『んぅ~~~ッ! タッくん! タッくん! わたしのタッくん! おねえちゃんだよ~! いっぱい甘えて~!』

 

ぐらぐらと画面が揺れる。

撮影係のおっさんが姉色の覇気に当てられて動揺したためだろう。

 

『くぅ~ん、おねえちゃ~ん。ごろごろにゃ~ん』

それにしてもこの酔っ払い、ノリノリである。覇気を得意の鈍感力でかわし、破滅ボタンを押しまくっている。

 

『ハァハァハァ、タッくん! もっと言って! もっとにゃ~んして!』

 

『いくらでもにゃ~んだよ、おねえちゃ~ん』

 

それからしばし――

人類には早すぎる姉弟は、耳を塞ぎたくなる微笑ましいやり取りで絆を深め合った。実際耳を塞ぎたかったが「今は事実と向き合う時なのだよ」と、おっさんが許してくれなかった……ぐふぅ。

 

『ありがとうタッくん! 何だかとっても嬉しいッ。わたしの中の霧が晴れたみたい!』

 

五里霧中ならぬロリ霧中。咲奈さんは姉癖という名の深い霧の中に迷い込んでしまった。

 

『不安だったんだぁ。わたしのようなチビッ子がお姉ちゃんを気取ってもおかしいんじゃないかって』

 

いやおかしいよ。

 

『子どもという立ち位置は、有象無象の争いに巻き込まれにくい長所はあるよ、でも、頑張ってタッくんを誘惑しても、周りからは子どもが背伸びしていると嘲笑われるだけ。それが嫌だから成長するまでは妹キャラでいくつもりだったの。お兄ちゃん呼びでタッくんの心へ潜り込んで浸食しつつ』

 

咲奈さんの独白。

子どもだと思われるのは嫌だった、と言っているが自信を持ってほしい。だってほら、俺の心はさっきからヒエッぱなしだ。君はもう立派な肉食女性だよ。

 

『大変だったんだね、咲奈お姉ちゃん』

意外にも茶化さず話を聞き終えたクズ。このままやんわりと咲奈さんの苦労を慰めつつ、電話を終えてくれないかなぁ、と俺は願った。まあ、酔っ払いに期待するのは無理だろうけど。

 

『しかし、咲奈お姉ちゃんの考えは間違っている』

 

『えっ?』

「えっ?」

 

まさかの否定に驚く咲奈さんと俺。

なお、恐れを抱く咲奈さんの『えっ?』に対して俺の「えっ?」は喜色が混じっている。クズでゲスな奴だと(さげす)んでいたが、もしかして酔っ払った俺にも社会的常識や良心が残っていたのか!

 

『ギャップ萌えだよ』

 

『はっ?』

「はっ?」

 

またしても重なる咲奈さんと俺の声。今回の声色はどちらも『意味不明』で一致している。

 

『咲奈お姉ちゃんは、周りから子ども扱いされるのが嫌で妹キャラに甘んじていたんだよね?』

 

『う、うん。子どものクセに背伸びしているって』

 

『背伸び、大いに結構!!』

迷いを断ち切る一言。酔っ払い特有の説教モードだ。

 

『見た目は子ども、煩悩は大人。そのギャップこそが咲奈お姉ちゃんの最大の武器じゃないか! 長寿コンテンツ間違いなし!』

 

『ど、どういうことなの?』

 

『まだ大人になりきれていない未発達な少女が、大人になろうと頑張って着飾り、たどたどしく誘惑してくる。このギャップにときめかない男がいるだろうか? いや、いないッ!! 今こそチャンスなんだ! 妹キャラで俺の心を浸食? んな悠長な暇があるか! 機会を待つより幼さを全面に出して攻めなきゃイケないんだ!』

 

『わたしは、今のわたしでイイの?』

 

『せやせや。青い果実ならではの魅力で俺を誘惑してほしい』

 

『……タッくんがそこまで言ってくれるなら……分かった。お姉ちゃん、頑張ってみるから!』

 

『応援しているよ。あっ、そうだ。手始めにお姉ちゃん渾身の写真を俺の携帯へ送って。審査するから』

 

ああこれは事案ですね。大の男が十歳そこらの女の子に何て要求を。

 

『タッくんがわたしの写真を……うん! 試行錯誤でやってみる』

 

『ファイトだよ、お姉ちゃん! 気に入ったらオカズにするからね』

 

「ぶはっ!?」

たまらず俺は床にひっくり返った。

おまっ、おまっ! 少女に対して君をオカズにするから写真を送れだと……事案ってレベルじゃねーぞ!

 

「よ、陽之介さん」

横たわったまま、おっさんに尋ねる。「110番、いえ、この国の警察の電話番号って何番ですか?」

 

「自首しようと言うのかね……残念ながら男性が女性に性的発言をしてもセクハラと認められないのだよ。前例がなさ過ぎるし、多くの女性は喜ぶだけだろうし」

 

「そ、そんな」

虚ろになる視界。しかし俺の聴覚は未だ健全で、狂気の会話を余計なことに届けてくれる。

 

『…………お、おかず? おかずってあのオカズ? 食卓に並ぶおかずじゃなくて、タッくんの一部が元気になるためのオカズのこと?』

 

『もちろん、変な意味でのオカズに決まっているさ。咲奈お姉ちゃんが頑張ってくれるなら、俺としてもパンツを脱いで応えないと失礼じゃないか』

 

『ううぅぅぅ!!』

興奮と歓喜で声にならない声を上げる咲奈さん。

 

もうさ、後で「酔っ払っていたんで電話の件はナシ。ごめんね」と謝っても取り返しが付かないんじゃないかな、これ。

 

『わたしの全てを出して写真を贈るから、タッくんもアレを出してね! きっとだよ!』

 

『うんうん、俺の心と股間に響けばアレを出すよ。使用感はちゃんとレビューするから任せて……さて、今晩はこのくらいにしようか。おやすみ、咲奈お姉ちゃん』

 

『おやすみ、タッくん! 朝には素敵な写真が届いていると思うから、朝の処理に使ってね!』

 

『はっはは、期待と股間が膨らむなぁ。おやすみ~』

 

こうして、咲奈さんとの電話は終わった。

朝には写真が届くか……もう朝だ。携帯をチェックしたくねぇ。今の映像は観なかったことにして生きていく事は出来まいか。

 

「現状に絶望したくなる気持ちは分かるが、心を強く持ってほしい」

「陽之介さん……はい、心を強くして咲奈さんへの謝罪を考えないと」

「すまないが、そういう意味で言ったのではないのだよ。まだ一人目だから、絶望には早い」

「……まだ? 一人目?」

「絶望はここからなのだよ」

 

おいおい、死んだわ俺。

 

 

『よ~し、駆けつけ一杯ならぬ一電話としては上出来でしたね。魅了の指南と写真提出の要求。我ながらやり手だわ』

 

自分のしでかした事の重大さを毛ほども理解せず、クズが「のど渇いちゃった」と酒を呷っている。ぶっとばしてぇ、こいつが過去の俺じゃなかったら顔面パンチ不可避だ。

 

『よ、良かったのかね? かなり過激なことを言っていたが』

 

撮影しているおっさんの顔は分からないが、アルコールの抜けた声をしている。そら、間近であんな電話をされれば酔いも醒めるわ。

 

『ええんですよ。咲奈さんの魅力が上がるためなら何でも言います。んじゃ、つぎ行ってみましょうか!』

 

『ま、まだやるのかね?』

 

『当然です。俺の下半身復活のためには共演者の魅力アップが不可欠。今の電話だけじゃ不足です』

 

『で、では残りの天道祈里君と紅華君にも』

 

『熱い説教をしてやりますよ! えーと、遅い時間だから年少者の咲奈さんへ一番に電話したけど、次は誰にしようかな~』

 

このゲス男、ジョニー復活という趣旨を忘れず動いていたり、妙に常識を(わきま)えていたりして逆に腹立つ。

 

『よし、ファザコン! 君に決めたッ!』

 

はいはい、次は紅華ね。嫌な予感しかしないや。おっさんに胃薬をもらわなきゃ。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

『くっ、この卑怯者!』

『ほーん、脅されているのに随分強気じゃないか、紅華さんよぉ』

 

……なんだこの展開?

紅華との電話は予測不能の軌跡を辿っている。

 

『それ以上、生意気吐くなら流出させちゃおっかな~。お前の痴態映像』

『言い値で買うって言ってんでしょ! 何が不満なのよ!』

 

紅華との電話は強請(ゆす)る側と強請られる側のソレだった。二時間ドラマで観たことアルアルである。

 

痴態映像というのは、かつて東山院で撮られた曰く付きの物。紅華が幼児退行を起こして、俺を「ぱーぱー、ぱーぱー」と誤認し、キャッキャと纏わり付き、膝枕でフィニッシュしたそれはそれは酷い内容だ。紅華にとっては汚点以外の何物でもないだろう。

 

「愛憎の対象であるタクマさんに、自分の痴態データを握られている。それを知った際の紅華様のお気持ちは察するに余りあります……うぷぷ、まさに極上の愉悦ですね」

 

と撮影者たるメイドさんに渡され、どう処理したものかとずっと扱いに困っていた。

それを酔っ払い男は「今から告げる事を実行しなかった場合、お前の恥ずかしい映像を公開する」と脅迫手段に用いたのである。う~ん、このゲスムーブよ。

 

『まあ、そう熱くなるな。反発する前に、要求内容を言わせてくれても(ばち)は当たらねぇだろ』

 

当たりまくりだ! 素面の俺に時間差で罰が当たりまくってんだよ!

 

『ぐっ、言ってみなさいよ。聞くだけは聞いてあげる』

 

『ここに至っても噛みつくような反応か。だが、その強さこそが天道紅華の天道紅華たる所以(ゆえん)かもしれん。ふふ、俺が要求するのは一つだけだ』

 

電話なので姿は届いていないのに人差し指をピンと立てるクズ。ついでに『――――』ちょっと間を置いて紅華の不安も掻き立てるクズ。ほんとクズ・オブ・クズ。

 

『……は、早く言いなさいよ』

 

『――――もっと観たい』

 

『えっ?』

「えっ?」

 

甘いのに渋い。矛盾を上手く回避した低音ボイス。かつてミスターを演じた時を上回る大人の声で、酔っ払いは要求を口にした。

 

『幼児退行した紅華は可愛かった。強気なお前も素敵だが、その強気なヴェールを取り去ったお前も可愛かった。もっと観たい』

 

『えっ? はえっ? な、なに言ってんの? ええっ? しょ、正気?』

いいえ、正気じゃないです。

 

『何度でも言う、可愛いんだ。紅華にとっては消し去りたい過去かもしれないが』

俺にとってはお前が消し去りたい過去なんだが。

 

『紅華は甘えるのが下手なんだ。いつも、どこか刺々しくて攻撃的。なのに心の底では甘える対象を求めている。だからファザコンを拗らせているんだろ?』

 

『は、はあ!? 言うに事欠いてあたしがファザコン!? しょ、証拠でもあるっていうのっ!』

 

『ファザコンでない人間は異性の前で幼児退行しないし、パパ扱いしないし、退行状態でないのに人の膝を物欲しそうに見ない』

 

おおっと、俺が言いたくても言えなかった事を軽々と! やるじゃないか、酔っ払い! お前は嫌な奴だけど、今だけは「ありがとう」と言いたい。でも役目は終わったから消えろ。

 

『うううっ……そ、そうね。あたしにごく少量のファザコンの()があるのは否定出来ない事もないかもしれないことを述べるのも(やぶさか)かじゃないかもね』

 

『強情だな。父親がいるのに、関心を持たれなかった反動か』

 

『なんでそれを!? あっ、歌流羅姉さんねっ! 姉さんがあたしのプライバシーを!』

 

『情報源が誰なのかはどうでもいい。父性不足でファザコンに陥った紅華の境遇には一定の理解を示そう。だが、その歪さがお前の足かせになっている』

 

『なによなによ! ちょっと人の生い立ちを知った程度で得意げにっ! あんたにあたしの何が分かるのよ!?』

 

『お前が可愛い――っていうのを分かってんだよ』

 

「陽之介さん、チャンネル変えていいですか? このメロドラマ、質が悪すぎて観るのが苦行なんです」

「これはドラマに相応しい劇的さを含んでいるが、僕の部屋で数時間前に行われた現実という名の悲劇なのだよ。当事者として出来事を把握しておかねば進退(きわ)まる。すでに窮まっているかもしれないが」

「だ~だ~、あうあう~、ちゃ~ん」

「三池君。幼児退行したい気持ちは痛いほど分かるが、普通の人間は窮地に立たされてもなかなか退行出来ないのだよ」

「ああああ~!! ああああ~~!!」

 

俺の嘆きを他所(よそ)に、メロドラマは続く。

 

『……か、可愛い。ま、また可愛いって言った』

 

『強気な紅華を悪く評価しているんじゃない。けど、強気一辺倒がお前の良さを殺している。思い出してみろ、紅華に回ってくる役の多くが悪役だったり、過激なものだっただろ。お前の事務所やテレビ局や世間が天道紅華は【そういうキャラクター】と見なしているわけだ。それって芸風を狭めているんじゃないのか?』

 

『ふ、ふん。役者にイメージは付きものよ。むしろ明確な売りになって、色んな番組に引っ張りだこよ』

 

『天道紅華の可能性を全部示した上での起用なら文句はない。しかし、お前は自分の【可愛さ】を出さずに戦っている。俺にはそれがもったいなくて仕方ないんだ』

 

可愛い、と喋る度に電話の向こうから『ひゃ』と珍妙な声がする。悪い男に引っかかる女性を見るようで忍びない。

 

『父性を求めて退行した紅華は衝撃的でさ。お前にはこんなに輝くものがあるんだって目から鱗だった』

 

『そ、そんなに良かったの……赤ちゃんのあたしが』

 

『別に赤ちゃんに(こだわ)るわけじゃない。父親を前にして素顔を晒す紅華が可愛かった。そんなお前の映像を送ってくれないか、もっと観たいんだ』

 

『可愛いあたし……で、出来ないわよ! ずっと気を張って生きてきたのに。どうすればいいの!?」

 

『難しく考えるな。俺を父親だと思って全部曝け出すんだ。簡単なことだ』

 

「これから先、三池君がファザコン被害にあっても訴えられないんじゃないかね。ここまで許容したら」

「お酒の入った約束は無効ですよ! 映像の中の男と俺は無関係です!」

「そう思いたいならそうなのだろう。三池君の中では」

「うううぅぅ」

 

おっさんから送られる視線が痛い。俺だって、これが他人の醜態なら馬鹿な奴だと鼻で笑っただろう。

 

『そ、そこまで言うならやってやろうじゃない! あたしにここまでさせるんだから後で代価をもらうからね!』

 

『無論だ。父親プレイでも何でもござれだ』

 

『うっし、今の録音したから! 後で知らぬ存ぜぬは許さないからね!』

 

「ふぅ、三池君は『言質』という言葉を辞書で引くべきだと思うのだよ」

「知らない言葉ですね、という言い訳を先回りで塞ぐのはやめてください」

 

紅華にはどうやって謝ろう。そう悩む俺に更なる爆弾発言がプレゼント・フォー・ミーされた。

 

『それとだ、もし可愛すぎる映像ならオカズにするからよろしく』

 

『は、はあっ!? オカズ!?』

 

『当たり前だろ。可愛いものを観ればオカズに使う。これはマナーだ』

 

「ほほう、僕は35年生きているが、初めて聞くマナーなのだよ」

「俺も初耳です。世界にはまだまだ知らないことが多いですね」

「これから紅華君は父親に使ってもらう映像を自撮りするわけだ」

「想像すると、かなりシュールで歪んでいますね。ところで陽之介さん。南無瀬邸にタイムマシンはありませんか? ちょっと映像の中のゲスを抹消してくるんで。タイムリープマシンでも可」

「申し訳ないが、うちはSFに対応してないのだよ」

「……うう、うわあぁぁ!! 飛べよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

俺が視界を涙で(にじ)ませている間に。

『これは紅華のためでもある。芸風を広げ、実の父親の面影から解き放たれる好機だ!』というクズの説得により、『しっかり使いなさいよ! 感想も忘れるんじゃないわよ!』と紅華は吹っ切れてしまった。

 

俺の携帯にはファザコンとブラコンのオカズが送られているわけだ。

観て謝るべきか、観ずに謝るべきか。どちらが人として真っ当なのだろう。もう真っ当に取り繕うのは不可能と思うが。

 

『み、三池くん。きみは……あ、あああ』

紅華との電話が終わり、撮影者のおっさんがコメントにならないコメントを絞り出す。

 

『なんて声出しているんですか、陽之介さん』

『だが、こ、これは……』

『俺は黒一点アイドルの三池拓馬です。こんくれぇなんてことありません』

『しかしぃ!』

『いいから次いきますよ。パンツァーが待っているんです。俺は止まりませんから。俺が止まんねぇかぎり、その先にジョニーがいる! 元気に勃って!』

 

もうジョニー復活なんてどうでもいいくらい事態悪化しているから、お前は止まって逝け。

 

「陽之介さん、俺やっと分かりましたよ」

「何をだね?」

「『最大の敵は己自身』って金言を。昔の人は上手いこと言ったもんですね」

「その言葉の使い方は激しく間違っている気がするものの、的確過ぎる使い所なので返事に困るのだよ……さて、残るは」

「祈里さんですか……は、はは、膝が笑えてきます」

 

俺の心もこんな風にガクガクと笑えればいいんだが、笑い飛ばすにはあまりに悪行を重ね過ぎた。おしまいだ。

 

「言いにくいが祈里君は第三の犠牲者。そして、犠牲者は()()いるのだよ」

 

「はいっ? 四人? この酒乱は共演者の魅力アップのためですよね? ドラマで俺のヤンデレ対象になるのは三人だけじゃ?」

「見たまえ、三池君」

おっさんが部屋の障子を開けた。

 

先は渡り廊下になっており、手入れの行き届いた南無瀬邸の庭が見渡せる。芽吹きの季節を越え、百花繚乱の日本風庭園は何度見ても心を癒やすのに最適だ。南無瀬邸に帰る度に、この庭園で日向ぼっこするのが俺のお気に入りだったりする。

 

「心落ち着く景色とは思わないかね?」

「そ、そりゃあ同意しますけど、なぜに今?」

「――最後かもしれない」

「さいご?」

「三池君がこうやって長閑(のどか)でいられるのは、最後かもしれない」

おっさんの瞳はどこまでも澄んでいた、と思ったが違う。ただ諦めの境地にいるだけだ。

 

「だ、第四の犠牲者って誰なんですか?」

「……ううぅぅうぅ。三池君、お達者で」

 

じんわり男泣きするおっさんに俺は言葉を失った。同時に「まだ何とかなるんじゃ」という淡い希望も失った。

 


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