『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【ハッピーバースディ、三池氏】

「おはようございま~す」

三池氏が現場入りした。

 

「「「きゃぁ~タクマさん! おはようっ……うぅ……ご、ございます」」」

諸手を挙げて歓迎しようとしたスタッフたちが戸惑いを見せる。

監督と共に指示を出していた寸田川氏が思わず「深っ」と漏らす。

女性なら誰もが持つ肉食レーダーが『やってきた獲物はタダモノじゃない、と分かっていたけど想定以上にヤバくなってるぞ』と警告を発したのだ。

 

「た、タクマ! あんた……なんか渋くない? おっかしいわね、見た目はあまり変わらないのに」

「逆だって紅華お姉さま。今日のタッくんはキュートでラブリーなの。ねえねえ、お菓子をあげるから私の部屋に来ない?」

 

家族間における一部ポジションに欲情する愚妹二人が三池氏へと向かった。なんと不用心な、撮影前に逝きたいのか。

 

「紅華に咲奈さん。おはようございます。いよいよ本番だね、素晴らしい映像を作ろう」

 

うおっ、まぶしっ! 

自然体の三池氏から照射されるスマイルビーム。その尊い光に、距離を取る私でも腕で目を庇ってしまう。至近距離にいた紅華と咲奈は「「きぃああぁ目がぁぁ」」と視力を奪われた。

 

「どうしたの? 急に網膜焼いたリアクションをして――って忘れないうちにアレを……二人に渡したい物があるんだ」

三池氏が肩に掛けたカバンから大きめの封筒を二枚取り出した。

 

「そ、それなに?」

紅華が目をゴシゴシ擦りながら尋ねる。

 

「この間、オカズ写真提供に協力してくれたじゃないか。使い心地をレポートにまとめたんだ。どの写真のどこに興奮したか出来るだけ詳細にまとめたから後で読んでよ」

 

「オカズ? オカズってあの?」

「自分の恥部を撮って、タクマさんに送ったの?」

「えっ? 戦争? これ討っても合法だよね?」

 

事情を知らないスタッフたちが拳を握り出す。このままでは「成敗!」と牙を剥いた者により現場は炎上してしまう――と思いきや。

 

「役作りの一環として、天道家の人たちに助けてもらったんです。ヤンデレの演技をするためには彼女らに欲情しないといけませんから」

「「「……エエぇ」」」

「それより撮影ですよ、撮影! 張り切っていきましょう」

「「「は、はぁぃ」」」

 

サラリと説明して即消火。以前の三池氏なら羞恥心で悶える場面でも、新生・三池氏は物怖じしない。芸のために恥じる事は一片もない、という清々しいスタンスである。

 

「紅華と咲奈さんにはレポートね。はい、どうぞ」

「こ、これはっ…………なによ(たぎ)るじゃないの!」

「…………ふ~ん。タッくんはそういうの好きなんだ」

 

渡された数枚の紙束をガン読する紅華と咲奈。ちなみにあのレポートは製作:陽之介氏である。三池氏が自身の所感を口頭で伝え、それを不知火群島国語に陽之介氏が翻訳したのだ。

 

「元を辿れば酒乱騒動の原因は、三池君にお酒を飲ませた僕にあるからね。このくらいは手伝うのだよ」

 

そう言う陽之介氏の顔に生気は宿っていなかった。同性のオナレビューを代筆するとは、それなんて罰ゲーム? というレベル。凛子ちゃんに同様のお願いをされたら、私は苦楽を共にした相棒を土に還すことになるだろう。

三池氏のレビューはオカズ写真を提供した全員に送られている。私も受け取って百回以上読み込み、使い、さらなる研鑽の指針にしている。無論、レビューは家宝扱いで、墓まで持っていく所存。

 

なお、三池氏が誰で抜いたかは極秘とされた。風の噂では丸一日の修行中に十回以上フィニッシュし、多くの写真が勝利の雨を浴びたらしい。諸説あるものの時間があれば是非検証したい案件である。

 

「寸田川先生にジュンヌさん、本日もよろしくお願いします。俺の演技に不備があれば、遠慮せずどんどん口を出してくださいね」

 

「う、うん。当然さ、この作品は僕にとっても勝負所だからね」

「タクマ君、お手柔らかにね。社交辞令や決まり文句じゃなくてガチに柔らかくだよ、こっちは命がけなんだからフワフワで頼むよ!」

 

想像を凌駕する深掘りアイドルに強制半笑いとなる寸田川氏と、文字通り必死なジュンヌ氏。さすが観察力に()けた有名脚本家と実力派男役である、自分らの最期が頭に浮かんでしまったのだろう。

 

「椿さんも先行してのチェックお疲れ様です」

ぬぅ、私の所にも三池氏が!

腰を落とし足に力を入れて身構える。命より大切な護衛対象に臨戦態勢を取らなければならないとは運命の神は残酷だ。

 

「おっ、やる気十分ですね! 体調も大丈夫そうですし安心しました」

私の行動をやる気アピールと勘違いした三池氏が優しい目を向けてくる。

 

「心配をかけた分がんばる。だから、そんな目で私を見ないで」

三池氏と視線が合うと吸い込まれそうになる。凡庸な例えではない。本当に吸い込まれそうなのだ、恐るべき吸引力。

 

精神と抜きの部屋から帰還したその日。復活してパワーアップした己を見せつけるかのように三池氏は『みんなのナッセー』でやらかした。

 

普段の三池氏は自分の魅力を自覚しているため、どこか肩に力が入っており、周囲のモノを拒む傾向にある。しかし、新生・三池氏はえげつないほどの自然体。『みんなのナッセー』のステージで「だっこして、だっこ~」と、ねだる幼女共を容赦なく抱き上げて、着ぐるみの消臭機能の隙を突いて漂う極上フェロモンを無慈悲なまでに嗅がせてしまったのだ。

 

私たち女性には本能より理性が上回る『キセキの年代』というクールタイムが用意されている。だいたい五歳から十歳程度の期間だけは、淑女的に男性と接することが出来るのだ――がダメ! 

新生・三池氏の影響を受けた幼女はダメ! 吸淫力に当てられて本能増強! クールタイムスキップ! 生涯現役でどうぞ、なのである。

 

あの日の『みんなのナッセー』はハッピーバースディした幼女たちと、新生・三池氏が妖しくダンスするインモラルな収録となってしまった。『みんなのナッセー』が情操教育番組と覚えている者はもう多くないだろう。

 

 

そのような事例を知っている私としては臨戦態勢を取るしかない。力を入れ足を地面に固定しないと吸引力でやられてしまう。今の三池氏は奈落のように『深い』。落ちたら私もハッピーバースディ。

 

「ぐ、ぐぅぅ」

理性を総動員して耐えに耐えた私は――

 

「じゃ、俺は他の人にご挨拶してきますね」

三池氏をやり過ごす事に成功した。危ない、こんな早々に奈落の餌食になったら私の持病以前の問題でダンゴ解雇である。

 

それから三池氏は手早く挨拶を済ませた。元よりヤンデレ撮影と言うことで一流の理性の持ち主や既婚者で固めたスタッフ勢、彼女らも懸命に抵抗して己を保っていた。やられた者と言えば。

 

「か、かはぁ」

「き、祈里様! 会って二秒で失神は最速過ぎます。愉悦する暇もございません!」

 

まあ、あの人はいつもの事だからスルーで。たぶん奈落行きより先に脳がシャットダウンしたから後遺症は免れたと思う。

 

 

「えー、祈里君曰く六回気絶したらある程度慣れるらしいので、予定通り『婚約者』メインのシーンから撮ろうか」

と、寸田川氏がスタッフに方針を伝える。

 

「ま、待ってください! 先生! まだ心の準備がっ。心の防衛準備がっ」

「君らしくないじゃないか、ジュンヌくん。高みに行くんだろ?」

「い、嫌だぁ。逝きたくないーーー!!」

 

演技はともかく、素はイケメンタルのジュンヌ氏が見るも無惨な変わり様。

拳銃やナイフ対策として自慢の装備も揃えてきたら、相手はガトリングガンや高振動粒子ナイフだった。逃げたくなる気持ちは痛いほど分かる。

 

「まあまあ、まずはお見合いシーンと『早乙女姉妹』との顔見せシーンを撮ろう。タクマ君不在のところさ。それで勢いを付けようじゃないか」

「その場面でしたら、何とか」

 

寸田川氏の采配によって、最初に祈里姉さん扮する早乙女家長女とジュンヌ氏扮する婚約者のお見合いを撮る。時間にして五秒ほど二人が笑い合うだけのシーン。なのにジュンヌ氏の表情が固い、ということで四回も撮り直された。ジュンヌ氏、すでにボロボロの模様。

 

続けて早乙女家次女、三女を交えての顔見せ。

ここもジュンヌ氏の挙動がカクカクし過ぎだとリテイクが繰り返された。

スタッフや南無瀬組は苦笑いしながらジュンヌ氏の健闘を見守る――その最中、私は見てしまった。ダンゴである私と凛子ちゃんは常に三池氏を視界に入れている、故に気付けた。

 

「は、はわわわ」真っ青になる凛子ちゃん。

 

これ程とは……

三池氏は完全に役に入っていた。早乙女家長男の『早乙女たんま』。血を分けた姉妹に異性愛を抱くファンタジーキャラ。彼は目撃している、愛しい姉や妹がどこの馬の骨とも知らぬ男を連れてきてキャッキャと戯れている光景を。

 

愛が暴走を開始して、彼は変化する。

どう変わるのか?

許せないと歯を剥き出しにして激怒するか? 悲嘆に暮れて涙を流すか?

否、どちらでもない。

 

三池氏という器に入った『早乙女たんま』は――――無表情だった。

感情の全てを廃止した顔で、空虚な瞳で、ジュンヌ氏こと婚約者を見ていた。

 

悪意は感じられない……のに、おどろおどろしい寒気を静かに放っている。

ふむ、これは不味い。私は脳の記憶領域に訴えかけた。

 

南無瀬邸の自室に葬儀用の服はあったか、と。


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