『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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マヌケは見つかった

こんなに晴れ晴れとした気分なのは、いつ以来だろうか。

ジョニーが恥ずか死したり、ヤンデレパニックがあったりで闇に呑まれていた俺の精神は、美里さんのマザーパワーによって浄化された。

美里さんってやる事なす事クオリティーの高い女性だけど、温もりティーも高いんだなぁ。あ゛ぁ~、心がポカポカしてたまんない。

 

俺の母になってくれるかもしれない女性に良い所を見せるべく、全力で『親愛なるあなたへ』の読み合わせに臨む。

 

『お仕事お疲れ様、お母さん! 今日の夕飯はね、お母さんの好きな野菜スープだよ。栄養満点、僕の愛情も満点で美味しいよ~』

 

『早乙女たんま』とかいう実姉妹特化ヤンデレ野郎では出せない息子感を全面に出して、俺は声を張った。

今までに色々な役をこなしてきたけど、これほどやりやすいのは初めてだ。

きっと、俺自身が美里さんを実の母のように慕っているからだろう。

他所様の女性を母親代わりにするのは我ながら気味悪い。でも、長い間故郷に帰れずホームシックを拗らせている時に、極大の母性を惜しみなく与えられれば誰でもこうなる。是非もないね。

 

そう自分に言い訳しつつ俺は読み合わせを楽しんでいた――と。

 

「も、もういいわ。おしまいよ」

 

急に美里さんが読み合わせを打ち切った。

 

「えっ? でも、ここからが濃厚な母子の場面に差し掛かるんですよ……」

「の、濃厚って……とぅくん……い、いえ、タクマ君が脚本を読み込んできたのは十分伝わったわ。一旦休憩したら、撮影に入りましょう」

 

それだけ言うと、美里さんは踵を返してスタジオを出て行った。

あ、もしかしてトイレに行きたかったのかな? いかんいかん、もっと美里さんが何を考えているのかを「あっ(察し)」出来るようにならないと。

なんたって俺と美里さんは以心伝心の母子(仮)なんだから。

 

 

「絶好調ですね、三池さん! すんごくイキイキ息子を演じているから、既婚者の組員さんやスタッフさんの挙動が不自然になってますよ。いいなぁ、あたしも想像妊娠で母性を習得しようかなぁ」

 

休憩という事で、ザザッと疾風のごとく音無さんが間合いを詰めてきた。

 

「妊娠だけじゃ足りませんよ。母親の心境に至るなら出産までしないと」

 

「あ、そうですね。あたしってばウッカリ」

 

「子を産む時の痛みは想像を絶すると言いますし、十分注意して想像出産してくださいね」

 

「はぁ~い」

 

音無さんの妄言はスルーがセオリーなのだが、今の俺は気分が良い。音無ワールドに付き合ってみるのも一興よ。

 

「あれ? そう言えば椿さんの姿が見えませんけど?」

つい先ほどまで傍にいたもう一人のダンゴがいなくなっている。

 

「静流ちゃんなら体調不良を訴えて、早退しちゃいました」

「いいっ!? 一大事じゃないですか!」

 

祈里さん側の撮影では、最後まで逝き残っていた椿さん。体調不良から回復したかと思っていたけど、ぶり返したのか。

 

「静流ちゃんからの伝言で『私のことは構わず撮影に集中してほしい』との事です!」

音無さんがまったく似ていない声真似を披露する。一流の相方とは違い、音無さんは三文が頭に付く役者のようである。

 

「集中してほしい、って難しい注文をしますね。収録が終わったら急いで中御門邸に戻り、お見舞いしないと」

「戻っても静流ちゃんはいませんよ」

「はっ?」

「今頃、空港じゃないですかね? 静流ちゃんは次に体調不良を起こしたら南無瀬領に帰還しようと決めていたんです。足手まといのダンゴがいたら三池さんの邪魔になりますから」

 

なんだとっ……

俺は戸惑った。椿さんはそこまで思い詰めていた事に――そして。

 

「大事な同僚の危機なのに、音無さんは何でもないように言うんですね」

あまり動揺していない音無さんが、俺の目には異様に映った。

 

「あはは、薄情だと思いました? あたしは信じています、静流ちゃんは絶対に復帰するって。それに静流ちゃんが『本当の自分』を見つけるためには、この過程は必須なんです。まっ、全部あたしの勘ですけどね」

 

音無さんは感覚派だから、真意がふわっとしか掴めない。もっと地に足の付いた内容を聞き出す必要がありそうだ。

なぜ、椿さんこと天道歌流羅が天道家を抜けたのか? 以前、椿さんが口にした『バグった』とはどういう意味なのか? 『椿静流』の名付け親である音無さんなら知っているはずだ。

 

「三池さん、いろいろ訊きたいみたいですけど、それは後にしましょ。今は撮影に集中集中です!」

「うっ……ま、まあ確かに」

うわの空で演技するのは、真面目に取り組んでいる美里さんやスタッフさんたちに失礼だ。

 

「それに――静流ちゃんの過去を語るなら、あたしより『適任の人』がいますよ」

 

集中とアドバイスしておきながら、音無さんは俺の心にフックを掛けるような言葉を残すのであった――

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

椿さんの抜けた穴を埋めるべく、音無さんと組員さんたちが護衛フォーメーションを再考している間。

 

「調子よさそうやな、拓馬はん」

真矢さんがこちらに寄ってきた。

 

「ヤンデレは俺の心身へ負担が大きかったですけど、今回の息子役は凄く自然に出来るんです。俄然、調子も上がるってもんです!」

「そら上々や、でもええんか? このままやと、美里はんが勝利するかもしれんで。そうなると祈里はんたちには、どっかの男性が結婚相手として見繕われるで。うちには好都合やけど、拓馬はんや椿はんの心情的に受け入れにくいんやろ」

「……あっ」

「あっ? まさか勝敗のペナルティを忘れていたんや?」

「ん、んなわけないですよ! いくら美里さんとの母子関係が癒しになっているとは言え、そんな大事なことを失念するわけありませんって」

 

俺は頭を掻いて誤魔化した。危ねぇ、早乙女たんまから解放されて以降、どうも浮かれた気分になっている。気を引き締めねば。

 

「はぁ、今の拓馬はんを見とると嫌な予感しかせぇへん。毎度、拓馬はんは調子に乗るとロクでもない事を仕出かすもんやし」

 

酷い言われようである。だが、思い返してみると切り返し不可能な正論のため閉口を余儀なくされる。

 

「特に天道美里はんに対して脇が甘すぎるで。相手は一見常識人やけど、腹の底で性癖の一つや二つ隠しとるかもしれへん。油断したらあかん!」

「美里さんに限って、まさか……」

「せやかて、美里はんは()()()()()なんやで」

「うぐっ」

 

『あの天道家』、たった一言なのになんて説得力だ。

ブラコン、ファザコン、パンツァーの三重苦を生み出した天道家。芸能界の大家にして変態の産地である天道家。美里さんもその血を引いているのだ。

母性に(ほだ)されていた俺の頭が一気に醒める。

 

「うちの見立てでは、美里はんはムスコンを発症しとる」

「ムスコン」

 

聞きなれない新ワードを『?』で聞き返したかったが、すでに変態被害を嫌と言うほど受けている俺である。

そのワードの意味と、含まれる恐ろしさを一瞬で理解してしまった。

 

その時。

 

「「「お疲れ様です!」」」

 

スタジオ入口が俄かに騒がしくなる。休憩を取った美里さんが再びスタジオ入りしたのだ。

 

「お疲れ」

頭を下げるスタッフたちに最低限の返事だけして、据わった目でのっしのっしと歩く美里さん。

バシャバシャ洗顔したのか、メイクがすっかり剥がれ落ちている。

 

降って湧いた『美里さんムスコン疑惑』、早急に真相を確かめねば折角復活した俺の心がまたアウアウになってしまう。

 

俺は美里さんに近付き――

 

「美里さん! いよいよ本番ですね、頑張りましょう!」

と、言ってみる。

 

「むっ。そ、そうね」

美里さんの返事は覇気(はき)がなく、苦しそうである。ううむ、これは……

 

すかさず、俺は言葉と声色を変えて――

 

「母さん! いよいよ本番だね! 緊張するけど、母さんが一緒だもの。俺、全力で頑張るよ!」

と、言ってみる。

 

果たして、美里さんの反応は。

 

「任せなさい! お母さんがいれば百人力よ。何もかも(ゆだ)ねていいわ!」

 

マヌケは見つかったようだな(涙)

なぜに天道家の面々は誘導尋問にこれほど簡単に引っかかるのだろうか。俺に淡い希望を抱かせるくらいの踏ん張りをなぜ見せてくれないのだろうか。

美里さんから母気(はき)(ほとばし)っている。その顔は俺を包み込んでトロ散らかす気満々だ。

『美里さんムスコン疑惑』、その検証は数秒で終わった。終わってしまった。

 

「――はっ!? ち、ちがっ! 違うの、タクマ君! あたくしは正常、ごく普通のワールドワイドな役者よ!」

 

「ねえねえ、母さん。読み合わせしていたらお腹が減ってきちゃった。母さんの手料理を食べたいなぁ~」

 

「まあ、本番前なのにこの子ったら。仕方ないわね、久しぶりにあたくしが腕によりを掛けてサービスサービス――はっ!?」

 

しまった、罠だわコレェ!?

と遅ればせながら気付いた美里さんに、俺は悲嘆に暮れながら告げる。

 

「美里さん、アウトです」

 

「いやあああああっっ!! この天道美里がぁぁぁああ!!」

美里さんは絶叫と共に、スタジオの外へと走り去ってしまった。あまりに鬼気迫る疾走、スタジオの誰も彼女を呼び止めることは出来なかった。

 

「…………」

真矢さんの方を見る。

「…………」

真矢さんも俺の方を見ている、半眼で。

 

「これが現実や。変態の親は変態っちゅうことや」

「知りとうなかった、こんな悲しい現実」

「幸い美里はんには、己をムスコンと認めたくない気持ちがギリギリあるみたいやな。これ以上、症状が進行せんようビジネスライクな母子関係を築くんやで」

「俺の心のオアシスが、やっと見つけたオアシスが……」

 

 

こうして、俺と美里さんは仮面母子となった。

カメラの前だけは仲睦まじい家族を演じるが、一度(ひとたび)「カット!」と監督の声がすると互いに顔も合わさず距離を取る。

ムスコンになりたくない美里さんと、ムスコンをせき止めたい俺。利害が一致した故の冷めきった関係だ。

 

俺をヤンデレから救ってくれた母性溢れる女性に、塩対応せねばならないとは……

だが、受け入れねばならん。

変態三姉妹より地位も権力も実力も上の美里さんがムスコン(末期)になってしまったら、俺の身にどんな惨劇が降りかかるか分かったものではない。

未来のヒエッを防ぐために、今の冷えっを許容する。

まっこと、黒一点アイドル道とは修羅の道よ――

 

 

やがて、撮影は佳境に差し掛かった。

良好だった母子の絆に亀裂が入る。息子が結婚適齢期を迎えて不和が生じたのだ。

家を出たくない息子は結婚を拒否するものの、法律がそれを許さない。母は心を鬼にして息子に結婚するよう説得して、余計に二人の関係が崩壊していく。

 

と、ストーリー上ではキツイ展開だが、演じる方としてはやりやすい。

これまではムスコン覚醒を抑えるため糖分控えめの演技を己に強いてきたが、ここからは伸び伸びと反抗期の息子を演じられる。

とことんワル振った方が、「こんな悪い子、うちの子じゃありません!」と美里さんの中のムスコンを除去出来るかもしれない。

 

美里さん、俺の恩人にして温かみのあった人。

あなたを変態にしないためにも、俺はあえてあなたを傷つけます。

本当にすみません。いつか天道家と丁度良い距離感で付き合えるようになった時、この非礼をお詫びします。

ですからどうか、ご容赦ください。

 

悲壮な決意を固め、俺は悪童へと自分を堕とすのであった。

反発こそが明るい未来へと続く唯一の手段――この時の俺は、そう信じていた。

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