『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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パイロットフィルム対決、開始

えっ!? ムスコンが反応しないギリギリの愛息ぶりを出しつつ、Mッ気センサーに引っかからない反抗期を演じろって!?

 

で、出来らあっ!

 

 

 

 

――出来ませんでした。

 

 

ガバガバ性癖ストライクゾーンを誇る美里さんからボール判定を取る。そんな演技、俺には難し過ぎた。

不屈の闘志でチャレンジを続ければ、いつかは可能なのかもしれない。

が、リテイクすればするほど美里さんの開拓(意味深)は進む。

変態化を止めようと四苦八苦する行為が、逆に天道姉妹をパンファザブラコン道へと誘った――過去の苦い経験を鑑みるに、美里さんを真人間にする選択は現実性に乏しい。そんな儚い理想は早々に諦めて撮影を終わらせるのが、この場合の最適解だろう。

 

情けない結論と思う事なかれ。

 

「お母さんなんて大嫌いだッ!」

と、Mッ気センサーが反応しないよう最低限度のビンタを放てば。

 

「きゃっ(不満気)……そんなお母さんに手を上げるだなんて、あっ(いや待って、これは)……結婚は義務なのよ、分かって(分かりましたわ、反抗したいけどお母さんを傷つけるのは忍びなくて、つい攻撃が鈍ってしまったのね。なんて優しい子……ハァハァ)」

 

考えている事が丸わかりの百面相を見せる美里さん。こちらの一挙手一投足をムスコンとMを器用に使い分け吸収する怪物だ。

勝てるわけがない、逃げるんだぁ――になってしまった俺を誰が非難出来ようか。

 

 

 

「カット!!」

 

最後のシーンの撮影が終了した。パイロットフィルムのラストは、山あり谷ありあった親子がなんやかんや困難を乗り越えて、感極まり抱擁を交わす場面だ。

そこに至るまでの経緯はPV故に端折られているが、何となく物語はハッピーエンドなのだろう、と示唆している。映画予告アルアルである。

 

ふぅ、やっと終わった。病み(ヤンデレ)上がりだってのにMスコンの相手で大変だったぜ……と、一息つきたい俺だが。

 

「あ、あの……美里さん。そろそろ放してくれませんか?」

 

撮影は終わったのに、美里さんの両腕が俺を包み込んだままでまったく動かない。

役に没入し過ぎて監督の声が聞こえなかったのかな、そうだといいな。

 

「放す? 母と子は一心同体なのよ。どうして離れ離れにならなくてはいけないの?」

 

知ってた(諦め)。天道家の変態たちの前では一縷の望みすら抱けない。世界中を旅行(トリップ)する美里さんは脳内トリップもお上手なようだ。

 

「正気に戻ってくださいよ。俺と美里さんは赤の他人でしょ!」

「何を言うの! あたくしとタクマは運命の赤い糸で雁字(がんじ)搦めになった母子よ」

「だぁぁもうっ!?」

 

引っぺがそうとするも美里さんはビクともしない。この赤い糸、強度が半端ないぞ! それでいて俺の負担にならない絶妙な力で抱きしめ続ける美里さんの母心が重い!

 

「こぉぉら! あたしの目の前でシチュエーションプレイを思うままに楽しむのも大概にしなさいッ!」

職業精神と個人的恨みを胸に抱いた音無さんが突撃してきた。

 

「ッ!?」

 

美里さんが顔をしかめた。自分の首に音無さんの腕が回されたためだ。野生動物の如き俊敏さで、音無さんはMスコンにスリーパーホールドを決めたのである。

首絞めは頸動脈を圧迫して対象を速やかに失神させる技らしいが、下手な者がやると喉仏や気管を絞めてしまい相手をもがき苦しませる。しかし、そこは優秀なダンゴ(護衛対象へのセクハラは除外した上での評価)である音無さん。

 

「そんなに逝きたいなら一人でどうぞ!」

「っ………… ――――」

 

呻き声一つ出させず、かつ十秒と掛からず美里さんを絞め落とした。

 

「ありがとうございます、音無さん。助かりました」

ようやくママ圧から解放され、盛大に安堵する。

 

「大丈夫でした? 邪悪な変態に抱き着かれて気分は悪くありません? 何だったら口直しにあたしがハグを」

「結構です」

「ひぐっ、即拒否ぃ……けど、それだけ遠慮のない関係になったってことで好感度高いよね。げへへへ」

 

どうして音無さんはせっかく上げた評価をすぐに落としたがるのだろうか。これが分からない。

 

「それにしても、天道美里。恐ろしい相手でした」

仰向けで昏倒している美里さんに、音無さんは畏怖の目を向けた。

 

「恐ろしい? 軽く倒したじゃないですか?」

「それですよ。本来の天道美里ならあたしの攻撃をかわすなり対処は出来たはずです」

 

不意に思い出す。美里さんと初めて会った時、彼女は「タクマ~ お母さんよ~」と冗談で俺に抱き着こうとした。それを「このぉ! なめんなぁ!」と音無さんが殴りかかって阻んだのだが、「あら怖い」と美里さんは回避してみせた。

そうだ、美里さんの身体能力は油断ならぬものだった。

 

「天道美里は計算したんでしょうね。三池さんを手放して南無瀬組に謝罪するより、三池さんを抱きしめたままやられた方が数秒長く母子の抱擁が出来る。下手すれば命の危機なのに、天道美里は数秒だけの母子の時間を選んだんですよ」

「それは……何というか恐ろしいですね」

 

意識不明で床を枕にする美里さん。その寝顔? は成人する子を持つ女性でありながら白雪姫を演じられるほど若々しく美しい。でも――

きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。変態なんだぜ。それで。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

後で天道家に厳重抗議するとして、俺たち南無瀬組は撮影現場を出ることにした。美里さんが意識を取り戻したら面倒な事になるのは必然、その前にスタコラサッサである。

南無瀬組を廊下で待機させ、俺は楽屋に戻り、衣装から目立たない服に着替えた。炎タメテレビ局の四方八方に加え空と地下は俺の出待ちファンに監視されている。この三次元的肉食包囲網を突破する上で目立たない服が役立つ事はほとんどないだろうが、やらないよりマシだろう。

 

荷物をまとめていると、楽屋の壁時計に目が行った。そう言えば椿さんは南無瀬領に着いただろうか? 調子が悪かったようだし、途中で行動不能になっていないだろうか?

 

心配だ。俺は携帯電話を取り出し、少ない登録数の電話帳から椿さんの名を選択した。

 

長いコールにより、俺が大いに気を揉んだところで。

 

『――もしもしぃ』

か細い椿さんの声がした。「体調はどうですか?」という質問をキャンセルさせる弱弱しさだ。

 

「お疲れ様です、拓馬です。椿さん、南無瀬邸に戻りましたか?」

『……先ほど。到着報告がまだで、申し訳ない』

「謝る事なんて無いですよ。ともあれ、ちゃんと帰られたようでホッとしました」

『迷惑をかけてばかりで本当に申し訳ない。撮影の方は()()に終わった?』

「あっ、ええと」

無事じゃないな。美里さんの性癖が開花したし、俺の胃はいつものように削られたし。

 

「色々ありましたけど最後はきちんと絞めて、ごほごほ、締めて終わりましたよ」

『やはり天道美里がやらかしたか』

こちらの声色から椿さんは察したようである。

 

『大方、三池氏を自分の息子と錯覚して母親プレイを満喫した。そんなところ?』

「加えてM属性付きのメガ進化を」

『OH……』

何となく電話の向こうで椿さんが頭を抱えている気がした。

 

「なんで、天道家の人々は変化球気味の性癖に目覚めるんですかね?」

尋ねてから「あっ、やべ」と内心焦る。天道家を辞めた椿さんに天道家の深層に関する質問をしてしまうとは。

 

『天道家は――』

「あ、あの今の質問は無理に答えなくても」

『天道家は、自分を出しにくい家系』

「えっ?」

 

『天道家が不知火群島国で芸能活動を始めて三百年。天道家に生まれたからには芸に殉ずるのが宿命。家の看板に泥を塗りかねない私欲は抑圧され、発露するのは禁忌とされてきた』

 

それで『自分を出しにくい』か。

 

『今代の天道家はよくやってきたと思う。幼い時から舞台に出て、精巧な笑顔を周りに振りまいて。次女だけは欠陥品だったが、残りの三人は本当に優秀』

「椿さん……」

自分だけ卑下しなくても、と言うべきか。しかし、椿さんはもう歌流羅(かるら)を捨てている。それを蒸し返すのは……と迷っているうちに話は進む。

 

『コンプレックスを閉じて生きてきた三人は運命の出会いをする』

「もしかしなくても、その出会いって」

『そう、黒一点アイドルこと三池氏と会ってしまった。三池氏は非常にオープンな人間、相手の性癖をこじ開ける意味で』

「ぐ、ぐぅぅ」

『長年溜め込んだ欲望が無理やり表に出る。性癖が歪んでしまっても不思議ではない。天道家と三池氏が反応すれば変態が生成される。天道家の性質を考えれば成るべくして成った化学反応』

 

納得出来るような必死で否定したいような。天道家について一定の理解を深めたところで、俺は一つ気になった。今の空気なら尋ねてもいいかもしれない。

 

「椿さんも――俺と出会って反応したんですか?」

 

椿さんは天道家だった。自分を抑圧して生きてきた。なら、俺と関わって何か変わったのだろうか。

椿さんはムッツリスケベだが、Mでもなければ、息子や父親や弟に狂ってもおらず、パンツへの関心は一般の変態レベルだろう。他の天道家とは違って、一点突破感がない。

 

『私は【無い】から、無反応』

「無い?」

『私には【自分が無い】から。出すべき自分が無いから無反応』

 

ゾクッと身震いした、肉食女性に襲われるものとは異なる種類の身震いを。

椿さんにとっておそらく最大の告白であろう言葉。しかし、それには一片の感情も含まれてはいなかった。

 

「それってどういう……?」

『ねえ、三池氏。これからのアイドル活動、苦難の連続と想定するが、あなたならきっと越えていける。私は確信している』

「つ、つばきさん?」

『三池氏が思うままに活動して、故郷のニホンに帰還出来ることを願っている。私の願いなどあなたの益にはならないが、それでも応援している』

「椿さん! さっきから何言ってんですか!」

『身体に気を付けて。さようなら』

「椿さん! 椿さん!」

 

何度も呼びかけるが、すでに電話は切られていた。即座にリダイヤルボタンを押してみるも、椿さんは携帯の電源を切ったのか繋がらない。

 

「クソッ!!」

苛立ちながら楽屋を出る。廊下まで俺の怒号が聞こえていたようで、何事かと驚いている南無瀬組の中から。

 

「音無さん、教えてください」

椿さんの無二の相棒に話しかける。

 

「はいはい、なんでしょ?」

俺の不機嫌が浸透しているため、シリアスな雰囲気が漂う廊下。そこで、音無さんだけは平常運転で、むしろ少し嬉しそうな顔をしていた。

 

「さっきスタジオで、椿さんの過去を訊くのに『適任の人』がいるって言ってましたよね。誰なんですか?」

「ちょ、拓馬はん。急にどないしたん? それに姉妹制から抜けた椿はんの過去を探るのは、社会的にあんまええこっちゃないで」

 

真矢さんが俺を刺激しないようやんわりと言う。

 

「静流ちゃんの過去を知ったら、責任を取ることになっちゃうかもしれませんよ。それでも良いんですか?」

音無さんも俺を制止させる事を言うが、声色は明るい。

 

「社会的に褒められなくても、重い責任を取ることになっても構いません。『適任の人』を紹介してください」

 

「わっかりました! ちょうど近くにいると思うんで、あたしに付いて来てください!」

音無さんは喜々と、そしてちょっぴり羨ましそうに快諾して案内を始めた。

 

椿さんは俺を一年間休むことなく守ってくれた恩人である。彼女は今、確実に苦しんでいる。それを助けるための行動なら、社会とか責任とか知ったこっちゃない!

 

 

 

 

でも、性的なセキニンだけは勘弁な。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

あれから五日が過ぎた。

待ちに待った勝負の日である。天道家の人々にとって、それと多分俺にとっても。

 

中御門邸の広大な敷地にある迎賓館。

海外からのお客様を招いた時に使われる施設で、直近だと世界文化大祭招致委員を招いてパーティーを開いたものだ。あの時は、バタフライ婦人や委員の方々とダンスに興じて、ほとんどの女性を病院送りにしてしまったっけ? 懐かしいな、今となっても良い思い出には昇華出来ないけど。

 

さて、この迎賓館のパーティールームに机や椅子を持ち込み、壁際には巨大なスクリーンを設け、即席のミニシアターを作って準備完了。

今日ここで、世界文化大祭への出展作を決めるパイロットフィルム対決の火蓋が切られようとしていた。

 

「皆々様。本日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます」

 

開会の挨拶を述べるのは、中御門由良様である。

『天道美里VS天道祈里・紅華・咲奈』の天道家対決に着目されているが、目的はあくまで世界文化大祭の出展作選び。音頭を取るのは世界文化大祭実行委員の由良様となるのは普通の流れだ。

 

審査員席には著名な人間が着座している。

放送作家や監督、映画評論家、テレビ雑誌記者などなど映像分野に関係のある者もいれば、一般の反応を見るために無関係の分野から選ばれた人もいる。審査員はどちらか一方の天道家と懇意になっていない事、そして俺を襲わない既婚者である事を条件に選出されたそうだ。

 

会場は審査員席を真ん中にして、両脇に美里さん陣営と祈里さん陣営が分かれて配置されている。祈里さんの方には、紅華や咲奈さんや寸田川先生も座っており、役者が一堂に会した感がある。

 

「先日の撮影では、あたくしの愚行によってタクマ君を傷つけてしまい……この天道美里、弁明のしようもありませんわ」

上映会開始前に顔合わせをした美里さんは、深く反省したように頭を下げてきた。

どうやら南無瀬組からこってり絞られ、かなりのペナルティを喰らったようだ。後悔が滲むその表情からは、ムスコンとMの気配はしない。

娘たちより人間の出来ている美里さんのことだ。後から己を振り返り、羞恥心に浸ってくれたのだろうか。そうだと良いな、本当にそうだと良いんだけどなぁ……

 

そんな美里さんと祈里さんは、離れた席から睨み合って火花を散らせている。

この勝負は今後の天道家を占う大一番。どちらにとっても負けるわけにはいかないのだろう。

 

 

「これより上映を始めます。審査員の方々は、作品のストーリー、映像、テーマ、多くの事柄を念頭に我が国の代表として相応しい作品に投票していただきます」

 

由良様の開会の言葉が終わり、多くの人の運命を決める上映会が始まろうとしていた……が。

 

 

「あの、由良様。上映の前に訊きたいんですが」

審査員の一人が挙手した。

 

「はい、いかがなさいました?」

「上映会をしなくても勝敗は決しているんじゃないですか? だって、パイロットフィルムと脚本を参考に評価を決めようとしているのに、片方は脚本を提出していないじゃないですか」

 

変態三姉妹や『深愛なるあなたへ』のスタッフたちがビクッと震えた。

 

「はっ? 祈里さんたち、出していないんですか、脚本」

隣の真矢さんに訊く。

 

「せやで」

 

「いいっ!? なんでっ!?」

 

パイロットフィルムの撮影をした時点で、すでに脚本は完成していたはずだ。提出しなくちゃ不戦敗になりかねない。それなのにどうして?


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