『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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優しい嘘

完成していた脚本を提出しなかった祈里さんチーム。

何かしらのアクシデントがあったのか? それとも美里さんチームに勝つための高度な作戦なのか?

 

「なぜ脚本を提出しないだって? ふっ、君は先に脚本を読まなければ、作品を評価出来ないのかい?」

 

そう言ってスっと自席から腰を上げたのは、争点となっている二作品の産みの親、寸田川先生だ。そのニヒルな顔から察する。一時期はメンタル崩壊で愉快な人と化していた先生だが、今は普通の変態に戻ったのだと。

 

寸田川先生は「片方のチームが脚本を提出していない時点で勝敗は決したのでは?」と質問した審査員に挑発的な視線を送った。

 

「そ、そりゃあそうでしょ。私たちは世界文化大祭のメインイベント・フロンティア祭への出展作を決めようとしているんです。世界に出して恥ずかしくない不知火群島国の代表作を! 脚本を事前に何度も読んで評価を下しておくのは当然です。なのに、あなた方チームは脚本を提出すらしなかった。これはもうお話にならない!」

 

「おっと、随分な言いがかりじゃないか」

 

いやいや、どう聞いても言いがかりじゃないよね。至極真っ当な意見だよね。

 

「審査員の皆々様はこう思っているんじゃないかな? ボクが脚本の締め切りに間に合わず、体裁を整えるため映像だけ公開するつもりだと」

 

「えっ、そうじゃないの?」と困惑する気配が審査員席から醸し出されている。

 

「そんなわけないさ。ほら、脚本ならここにある」

祈里さんチームのスタッフが机の下から大きなダンボールを抱え上げる。見るからに重そうだ。

 

「この中に祈里君チームの脚本がある。もちろん、パイロットフィルム上映の後に審査員の方々全員に配布する予定さ」

 

「なぜ、先に渡さなかったのですか!?」

質問を繰り返す審査員の人は、痩せた頬とギョロっとした目が印象的な人である。見るからに神経質そうだな。

 

「だってつまらないじゃないか」

 

「つま、つまらなっ!? そ、そんな理由で!」

 

「ボクの作品はこれまでにない要素を取り入れた意欲作なのさ。それだけにネタバレ厳禁! 先に脚本を読まれるとパイロットフィルムのインパクトが半減してしまう。ボクはね、審査員の皆々様に真っ白な状態で作品を楽しんでほしいんだ。そのためなら多少ルールを逸脱しても構わないね」

 

「売れっ子脚本家だからって傍若無人過ぎます!」

審査員の女性が金切り声を上げたところで。

 

「イイじゃないか!」

 

上映会前から白熱する場に、さらに暑苦しい声が轟いた。

こんな温暖化ボイスの主は一人しかいない。

 

「この炎情、寸田川先生の心意気を支持しよう! 面白味のためならルール無視、実にエンターテイメントだ!」

 

炎ターテイメントテレビ局のドン・炎情社長が大きく頷いた。彼女はテレビ局の社長で映像作品を見る目は確かであり、元天道家として演技に一家言をもっている。審査員としてこれ以上ない適役だろう。外見はヒーローマスクにレディーススーツ姿で場違い感が半端ないが。もっともあの格好で場同じ感を出せる場所があるのかは甚だ疑問である。

 

「それにフロンティア祭は、名の通り革新性こそ尊ばれる祭典! 寸田川先生はその辺りに大いなる自信を持っているようだ! この炎情、その新進気鋭ぶりを刮目させてもらいたい! どうかな、天道美里嬢! 競合相手のあなたに異論がなければ上映会を始めたいが!」

 

炎情社長が他人の仮面(マスク)をしたまま元姉にお伺いを立てる。

 

「ふっ、問題ないわ。祈里、紅華、咲奈、それに寸田川先生。あなた方がどのような小細工や妙手を弄しようと、この天道美里の牙城は崩せないと知りなさい」

「うむ、これで決まりだな!」

 

競合相手の美里さんが許可を出したのなら、脚本未提出に不満を覚えていた審査員たちも沈黙せざるをえない。

かくして多少のゴタゴタはあったものの、パイロットフィルムの上映会は始まったのである。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「いやぁ、祈里さんたち終わった! と思いましたけど何とか危機を乗り越えたみたいですね。にしても、パイロットフィルムのインパクトを出すためとは言え、寸田川先生も無茶したもんです」

 

上映の準備中に左隣の真矢さんに話を振る。すると。

 

「拓馬はんって作詞したことある? 作曲は無しでええから」

 

唐突に真矢さんが訊いてきた。

 

「作詞だけなら……ま、まあ落書き程度にやってみたことはありますけど。それが何か?」

「その歌詞やけど、書いてどう思った? 完成直後やない、一晩寝かして読み返した時にや」

「一晩、寝かして……うっ……頭がっ」

 

記憶の奥底から黒い塊が掘り返される感覚。真矢さんは俺の黒歴史を的確に掴み取った。

 

書き上げた直後は「俺って意外と作詞の才能があるんじゃね?」と自画自賛した歌詞……しかし、時間を空けてから再度目にすると酷いを通り越していた。

 

『夢』や『翼広げて』や『一人じゃない』などありきたりな単語を使わず、独自性を追求した素人作ほど恥ずかしいものはない。

夜のテンションに呑まれて書いた一節。

『南蛮通りのカフェテリアで君はいつものコーヒーブレイク。イナセな横顔が愛を落日に(いざな)うのさ』

は、朝日を浴びて素面(シラフ)になった頭では到底受け入れられないものだった。

 

「捻り過ぎてまったく意味が分からない物でした。作詞者はクスリに手を出しているに違いない、と確信したものです」

「そ、そこまでなん。逆に読んでみたいわ……と、脱線はほどほどにして本題に入るとな。ヤンデレ物語を撮影した時、みんなテンションがおかしゅうなっとったやろ?」

「ま、まあそうですね」

 

あの世とこの世のシャトルランで、みんな生きるか逝きるかの瀬戸際だったからな。テンションの高低差が富士山と日本海溝くらいあった。

 

「拓馬はんの作詞よろしく自分が制作したモンっちゅうのは、思い入れが大き過ぎて時間を置かんと正しく評価出来んもんや。撮影の翌日、祈里はんチームは冷静になった頭で映像を観て思ったんやろ。『あっ、こらアカンやつや』って」

 

うっ……思う存分ヤンデレた者として罪悪感ガガガェ。

あそこまでする気はなかったんだ。つい早乙女たんまに感情移入し過ぎたのと、祝・ジョニー復活の景気付けにやり過ぎちゃったんだぜ!

 

「んな厄を大さじ三杯投入した作品や。脚本を改めて読んで『あっ、こら映像倫理的にアウト・オブ・アウトのシロモノやん!』と遅ればせながら祈里はんや寸田川センセは気付いたんやろ」

 

ヤンデレの俺は映倫的にアウトだとっ!?

と、驚きたいが内心「そりゃそうよ」と思う自分が居て残当である。

 

「ふむふむ、見えてきましたよ」

俺の背後に座り、「三池さんのうなじ……そそる。うなじゅるり」と唾液音を響かせていた音無さんが会話に加わった。

 

「あらかじめ脚本を提出したら『こんな狂気作を出展出来るかバカっ!』って世界文化大祭の実行委員さんからボツを喰らっちゃいます。なら、先にパイロットフィルムを出してみんなの思考力を奪おうって策ですね」

 

「せや。問題だらけの作品やけど爆発力はあるさかい、審査員の脳をバンして判断力を低下させれば、認められる可能性がワンチャンある――って寸田川センセたちは考えたんやろな」

 

「祈里さんチームは上映前から崖っぷちじゃないですか。いったい、どうしてこんな事に……」

 

とりあえず憤ってみたら音無さんと真矢さんが「えっ、好き勝手ハッチャケて作品をカオスにした三池さん(拓馬はん)がそれ言っちゃうの?」という顔をした。

 

「ぐむむぅぅ……」

自責の念に押し潰され俺は黙った。今、やれるのは『早乙女たんま』なるヤンデレ野郎が、審査員の思考力をコロコロしてくれるのを願うことだけ。無念である。

 

 

 

 

「それでは、まず天道美里様と拓馬様主演の『親愛なるあなたへ』を上映いたします」

 

由良様が作品紹介をして、檀上から降りた。そのまま楚々と会場の後ろ側――撮影チームにも審査員にも属さない俺たち南無瀬組のスペースまでいらっしゃる。

 

世界文化大祭の実行委員の多くは審査員となっているが、由良様はその権利を辞退していた。会場準備の間に理由を尋ねてみたんだが。

 

「天道美里様と天道祈里様チームの御作品、どちらにも拓馬様が出演しています。拓馬様を評価し、片方を切り捨てる所業……恐れ多く、ワタクシには荷が重過ぎます」

 

これは胸キュン不可避ですわ。もうね、ちょっと不審だったりするけどやっぱり由良様こそ俺のオアシスだと確信したね。前オアシスだった美里さんは残念ながら性癖ジャングルと化したが、由良様はいつまでも清楚なままでいて欲しい。そう思わずにはいられなかったね。

 

そんな由良様は、俺の右隣の椅子に恭しくお腰をお沈めになられた。

会場をセッティングしたのは中御門家の使用人たちであり、俺と由良様の席が隣になっているのは作為的なものを感じずにはいられない。

が、周りは南無瀬組で埋められているし、まさか由良様が無法な行為を働くわけない。それに――

 

会場がゆっくりと消灯し、ざわつきは小さくなっていく。由良様は「楽しみでございますね」と目で俺に言いながら穏やかな笑みを浮かべた。うむ、これほどの美清楚な人と一緒に居られて文句なんぞあるものか!

南無瀬組の『チッ! チッ!』というこれ見よがしな舌打ちや、『目で殺す』を地で行く怨嗟の視線をスルーして、俺も由良様に微笑みを返すのであった。

 

 

 

完全に室内が暗くなって数秒。スライドに映像が流れ出し、前後左右の音響設備がBGMを奏で始める。

 

『親愛なるあなたへ』

 

どこにでもある……とは言えないが、そこそこの低確率で存在する母と息子の二人家族。

その家庭の軌跡を山あり谷ありで描く感動作。編集作業はたった数日だったのにも関わらず、実際の映画館で観る予告のように卒なくしっかり作り込まれている。美里さんが用意したスタッフは実に優秀だ。

 

映像の中の美里さんと俺は、言葉を交わし心を通わせている本物の親子のように映った。実際はMスコンと哀れな被害者なのだが、加工技術の妙技によって見事なまでに隠蔽されている。脚本は非常に完成度が高いので、変態成分さえ消臭すれば押しも押されぬ名作となるな。

 

事実、数分だけの映像なのに審査員席からは鼻をすする音が聞こえてきた。審査員の多くは年齢的に子持ち。胸に訴えるものが大きいのだろう。

 

「……脚本を拝読した時から感服しておりましたが、拓馬様の好演により一層感動が引き立ちます。美里様の演技も神懸かっていまして……ワタクシ、感極まる思いでございます」

 

上映後、由良様が声を震わせながら感想をおっしゃった。

灯された照明が潤んだ瞳を輝かせている。

 

「息子役のタクマさん! クルわ! 母性本能がぐつぐつと(ゆだ)ってクルわ!」

「もうフロンティア祭の金賞は取ったも同然ね」

「早く本編が観たい! 毎秒撮影して!」

 

会場の雰囲気を読み取るに、『親愛なるあなたへ』は温かく迎え入れられていた。

 

「美里さんの演技も見事ね。半端な役者がタクマさんの母親役をやったら、もう……ね」

「そう……ね」

「分かる……わ」

 

一部殺気を出す審査員もいるものの、美里さんの母親役も受け入れられたようだ。

カメラ外の美里さんは俺を本物の息子扱いにして、さらに過激なスキンシップを強要していました。と、この場で暴露したら祈里さんチームにも勝ち目が生まれるのでは……と、一瞬画策したがすぐに考えを改める。

 

明日の朝刊やテレビニュースのトップを一つの流血事件で独占させるわけにはいかない。何事も平和が一番である。

 

「あのシーンの後に息子役のタクマさんが泣いて叫ぶのよね。観たかったわ」

「そこは本番のお楽しみでしょ。それより他のキャストがどうなるか気になるわよね」

「私の予想ではお隣さん役に……」

 

審査員たちは誰もが脚本を読み込んでいるらしく、ディープな話題で盛り上がっている。

くっ、分かり切った事だが祈里さんチームの脚本未提出は痛い。かなりのマイナスポイントだな、こりゃ。

 

「次は祈里様の御作品ですね。拓馬様はヤンデレがどうかとおっしゃっておりましたが、御所望の通りになられましたか?」

 

由良様の関心が『深愛なるあなたへ』に移った。

そう言えば、ヤンデレの着想に至ったのは由良様との会話中だったな。多少はヤンデレについて聞き(かじ)っていらっしゃる。

 

「テーマは『男性が女性を狂おしいほど愛して襲う』との事ですが、そ、その……漠然とした質問で大変恐縮ですが……大丈夫なのでございますか?」

 

撮影中に問題はなかったのか。この場で放映して良いのか。作品自体が人類悪になり得る可能性を秘めていないのか、などなど。

由良様の「大丈夫か?」には多くの意味が込められていた。

その複雑な問いを俺はシンプルに返す。

 

「はい、もちろん大丈夫 (じゃない)です」

 

俗に言う優しい嘘である。不安げな由良様に残酷な真実を告げるのは人間としてどうかと思う。咄嗟に嘘を吐いてしまった俺を誰が非難出来ようか。まあ、周りの南無瀬組員さんたちは溜め息や視線で「あ~あ〜、やっちゃったよ」と言外に伝えてくるけど。

 

「ホッ……上映の前に、失礼を致しまして申し訳ございません。拓馬様からのお墨付きを頂き、矮小なワタクシの心も安らぎました」

 

「いえいえ、なんのこれくらい」

 

浅はかな行いだとは自覚している。でも、由良様を進んで傷付ける真似は出来ないんや、堪忍や。

なお、嘘はこの後の上映で即バレする模様。


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