『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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椿静流の心

椿さんが音無タクシーに連行され、湾岸倉庫まで一名様ご案内の末、黒服さんたちの熱烈歓迎を受けた――で、現在。

誰が見ても分かる命の危機に椿さんは瀕していた。

 

「こ、ここまでやる必要があったんですか?」

 

目的は椿さんの逃亡を防ぐこと、やり方は組員さんらに一任する。それ故の悲劇だ。ちょっとこのサスペンス劇場、リアリティ高過ぎんよ。

 

「少々騒ぎ過ぎました、申し訳ありません。つい、いつもの癖……ごっほごっほ、いえいえ、つい気合が入ってしまって」

 

黒服さんたちが、とても不穏な事を口走る。

拉致と相性抜群の倉庫といい、捕縛の手際の良さといい、もしや組員さんたちって……いや、考えるな。世の中、知らない方が良いこともある。

 

「むぐぅぅ……ううぅぅんんん……むぅふぅう」

 

椿さんが身をよじったり、声なき声を上げている。涙ぐましい抵抗だ。

サスペンスドラマだと、この後は重しを付けて海にドボンが鉄板だろうか。

 

「同情しちゃいけません。静流ちゃんの高い身体能力を(かんが)みた処置です。あたしに『辞めない』と嘘を吐いて南無瀬組からアディオスしようとしたのがマジ絶許――とか個人的な恨みは決して含まれていませんからあしからず」

 

「はぁ。そうですか」

 

それにしては「ふぃ~、スッキリしたぁ」と両腕を上げて背伸びする音無さん。これ絶対私情入ってますわ。

 

「ほな、あとは拓馬はんの仕事や。うちらは邪魔にならんと外で待っとるさかい頼むで」

 

「は、はい! 了解です!」

 

黒服の怖い集団に囲まれた状態では、椿さんのメンタルをケアするどころか崩壊に追い込みかねない。

なので、真矢さんたちはご退場の手はずとなっている。

ムードブレイカーの音無さんも退場組なのだが……なんか、透明人間に後ろ髪を引かれるパントマイムに励んでいてなかなか出て行こうとしない。

 

「さあさあ、音無さんもひとまず外へ」

 

「密室、男女二人きり、ナニも起こらないはずがなく――うぐぐぐ、三池さん! 危ないと思ったらあたしの名前を叫んでくださいね! 超光速で駆け付けますから!」

 

「心配してくれるのは有難いですけど、音無さんが妄想するR指定展開にはなりませんって。安心して外で待っていてください」

 

「でもぉ……万が一、静流ちゃんに口を塞がれて恥辱を味わいそうになったら心の中で助けを呼んでください! たぶん、感知して急行しますから」

 

シックスセンスは封印して、どうぞ。

 

音無さんは重力十倍の星の住人になった足取りで倉庫出口へとのっしのっし歩き、最後に振り返って、

 

「またね、静流ちゃん。次会う時は、もうちょっとマシな顔つきになるんだぞー!」

 

相棒に不器用なエールを贈った。

 

 

 

 

「さてと」

 

「……ふぅぅ……ふもふぅ……」

 

いよいよだな。

椿さんを救おうとして始めた作戦。現状、救助行為から数千光年離れている気はするが、ここからが勝負である。

 

「とりあえず会話が出来ないと、先に進まないんで」

 

俺は椿さんの眼前に移動し、膝を突いて対面した。接近しているものの、近付き過ぎてタクマニウムが直撃しないよう注意しながら猿ぐつわを外す。

 

「よっと、これで良いかな。気分はどうですか?」

 

「……っ、はぁはぁはぁ……ハァハァ」

 

まともに呼吸が出来なかった反動か、椿さんの息は『ハァハァ』と荒い。

 

「ハァハァ……最悪……だった……が、たった今の三池氏フェロモンによって最高潮」

 

くっ、『ハァハァ』は興奮の表れか。ダンゴの嗅覚は侮れない、口の代わりに鼻を塞いでおくべきか?

だが、鼻ティッシュの椿さんと向かい合うのはビジュアル的に台無しだ。説得や治療に適した雰囲気では無くなってしまう。

妥協しつつ、椿さんがトリップし過ぎないよう気を配ろう。シラフで居てもらわないと治るモノも治らないからな。

 

身体を縛るロープはそのままに。椿さんが逃げたり、逆上して襲い掛かるのを避けるためだ。

苦楽を共にしてきたダンゴを警戒するのは心苦しいが、椿さんのセクハラ履歴が俺にリスク管理の重要性を説く。

 

「まどろっこしい話はカットで単刀直入に言います。椿さんの病気について、天道律さんから教えてもらいました」

 

「なぬっ」

 

「それで椿さんの体調不良の理由を知り、『椿静流』をリセットするため南無瀬組を辞めようとしているのでは――と予測して罠を仕掛けました。結果、残念ながら予測は当たっていたようですね」

 

「……言い逃れするには状況証拠を与え過ぎたか、無念」

 

椿さんはガクッと頭を下げ……たが、すぐにムクッと顔を持ち上げて。

 

「それで三池氏は何を望む? 私をこんなに辱めてナニを? 薄い本? 薄い本的展開? 本とは逆シチュだが私は一向に構わない。くっ殺せ(ころ)、くっ犯せ(おか)

 

「茶化さないでください!」

 

コメディムーブで煙に巻こうとしても無駄だ。俺は本気なんだ、シリアス攻勢で椿さんの本丸を突く!

 

「前に椿さんはおっしゃいましたよね? 『私には自分が無い』って……なら、今までの椿さんは何なんですか! 管制室とかいう場所からの指示で動くロボットとでも言うんですか!?」

 

「ロボット……単純だがストレートな例え。肯定する」

 

「っ!」

 

椿さんを治療するには、まず事実確認をしなくては。そう思っての質問だった。

返答は、無機質な表情から出る機械じみた音声でのイエス。椿さんから人間性が失われたようで怖気が走ってしまう。

 

「そんなことありません、椿さんは人間です!」と叫びたい気持ちを喉元で抑え込む。

落ち着け、クールになれ。否定から入る説得は下策だ。

 

『椿さんは己をロボットと認識している』

治療するための情報を一つゲットした。事は順調に進んでいる、焦らず行こう。

 

「ロボットですか……それにしてはバグって調子が悪いように見えますけど」

 

「如何なる機械も使っていれば故障する。メンテナンスは必須」

 

「そのメンテがデータリセットだと? やり方が乱暴じゃありませんか」

 

「強引なのは認める。しかし、確実に効果はある」

 

「聞けば四年前にもバグが発生して『天道歌流羅』のデータをリセットしたとか。俺の国の(ことわざ)で『二度ある事は三度ある』と言います。先々のことを考慮するなら、この機会に根本原因を潰すのはどうでしょうか?」

 

「トラブルシューティングでも解決出来なかった問題。簡単ではない」

 

眉、目、鼻、口。一見、椿さんの表情を形成するパーツに変わりはない。だが、ほんの少し眉が上がり唇が尖った。毎日顔を合わせる俺だからこそ気付いた微細な変化だ。

やはり、ロボットと称するには無理があるぞ。

 

今回の件に備えて、俺は付け焼刃ながらカウンセリングの勉強をした。

相手を尊重しましょう、相手の話を傾聴するのが基本で批判はもっての他、治すのではなく治るためにサポートする意識で――

なるほど、カウンセリングは根気よく相手と向き合うものだと俺は学んだ。

 

けれど、学習内容を鵜呑みには出来ない。あれは長期視野での治療だ。

今はとにかく時間がない。今夜を逃せば、椿さんは遠くに行ってしまう。南無瀬組なら椿さんを長期間監禁することも可能だが、なるべく人権に抵触したくない。

 

 

 

そういうわけで短期決戦仕様のカウンセリングを決行する。

椿さん、お堅い言葉の応酬はこれくらいにして、俺と人間味の溢れるコミュニケーションをしようぜ!

 

「データリセット以外のメンテとして、俺に考えがあります!」

 

「三池氏の『俺考え』は失敗フラグ。激しく不安」

 

「なぜに!?」

 

「過去データを参照すれば女児でも分かる。三池氏も自分の胸に聞いてみることを推奨」

 

うむむむ。

言い返したいが、不知火群島国でやらかしてきた黒歴史が煌々ときらめく。信頼がないって悲しいです。

 

「え、えーと、反対意見やダメ出しは俺の話を聞いてからにしてください。話の腰を折るのはNGで」

 

「どのみち三池氏が満足するまで私の拘束は解かれない。ここは男性の我がままに付き合って、余裕のある女をアピールするのも一興」

 

くそ、ドヤってくれんじゃないか。だったら徹底的に付き合ってもらう。

場は温まってきた、スロースターターである俺の舌も回り出した。

 

「よっと」

 

倉庫の床にドッシリと腰を降ろし、討論の本腰も入れる。

相対する椿さんの目をしっかり見ながら。

 

「結論から述べますと『椿さんには自我がある』が俺の考えです。管制室とかいう若さゆえの設定はノートに書いて個人で楽しんでください」

 

速攻だ。俺は椿さんの根幹にアタックを掛ける。

 

「……根拠が供わない主張は議論に値しない。続きを」

 

冷静だな。即座に口答えしたり機嫌を悪くすれば、まだ人間らしいんだが。

 

「根拠は、リセットが曖昧(あいまい)だからです。四年前に天道歌流羅は己をリセットして椿静流になった。歌流羅は消えてしまったわけです。だったら椿静流と天道家が接触しても他人同士の出会いとなり、何も起こらないはず。けど、そうはならなかった。椿さんは確実に天道歌流羅を引きずっている。妹の咲奈さんへの細々としたフォローや、姉の祈里さんへの塩対応から読み取れます」

 

「なるほど、三池氏の考察には聞くべき点がある」

 

俺としては痛い所を突く意見なのだが、椿さんの平静は崩せていない。

 

「三池氏、記憶喪失についてどの程度(たしな)んでいる?」

 

「藪から棒に何を?」

 

「フィクションで多用される記憶喪失は大抵エピソード記憶だけが失われる。私のリセットもそれと同じ」

 

「も、もうちょっと分かりやすく」

 

「多少の語弊を承知で簡略説明する。記憶には言葉や概念を管轄する『意味記憶』と、個人的体験や出来事を管轄する『エピソード記憶』がある。意味記憶までリセットすると社会的生活に支障をきたす。そのため私はエピソード記憶だけを消した。天道家のことは知識として持っているが、天道歌流羅としての感情は残っていない」

 

うわっ。面倒くさい事を言い出したぞ、この人。

 

「けど、天道家の扱いには結構強めの感情が漏れていました。祈里さんがパンツァーと判明した時、身内の恥だと椿さんは本格的に落ち込んでいましたよね?」

 

「それ誤解。あれは歌流羅の知識を加味して、椿静流として羞恥心を覚えただけ。椿静流の感情だからノーカン」

 

「はぁ!? なんですか、それ!? こじつけですよ!」

 

「天道祈里が元姉だという実感はない。しかし意味記憶で元姉だとは認識している。そんな身内がパンツ収集と吸引にドハマり中となれば落胆もする。この複雑な女心を理解してもらえると幸い」

 

「いやいやいや、そんな理屈は通りません!」

 

「どこが? 異論の挟む余地のない完全なる理屈」

 

「んな馬鹿な。だって――」

 

 

椿さんの反論は苦しい言い訳にしか聞こえない。

「通るか、こんなもん……っ!」と、俺はあの手この手で異議を唱えるが、椿さんは「三池氏がそう思うのならそうなのだろう、三池氏の中では」のスタンスで暖簾(のれん)に腕押しだ。

 

客観的に不自然でも、本人が信じ込んでいるので崩せない。厄介極まりないぞ。

 

くっ、今の議論を続けても水掛け論の泥仕合だ。仕切り直そう。

 

 

 

話し合っただけで椿さんの治療が出来るなら苦労しない。

こんな事もあろうかと、策は複数用意しておいた。次で勝負だ。

 

 

「いやぁ、議論が白熱して疲れましたね。休憩しましょうか?」

 

「と、言いながらネクストフェーズに移行する模様。私に嘘は通用しない」

 

「はは、相変わらずの反則スキルですね。実は、椿さんに観てほしいものがあります」

 

一旦、立ち上がって倉庫の隅に置いていたタブレットを取りに行く。

 

「私にナニを見せつける気?」

 

「椿さんに宛てたビデオレターです」

 

「ビデオレターとなっ。地味に定評があるダブルピースのアレ……書物で時々目にする」

 

「そうそう、そんなやつ」

 

椿さんの指す書物はどうせロクでもない物だろう。俺は適当にスルーしながらタブレットを操作する。

 

「誰からのビデオレターか訊かないんですか?」

 

「……想像が付く」

 

「天道家の方々です」

 

「……そう」

 

気まずそうに伏し目がちになる椿さん。これで天道歌流羅の感情は無いと主張するんだから勘弁してほしい。

 

椿さんが見やすいようにタブレットを抱えてっと。

 

「ところで鑑賞の拒否権は?」

 

「うちのシマでは拒否権の取り扱いをやってないんで」

 

先ほどの泥仕合のストレスも手伝って、俺は問答無用でビデオレターの再生ボタンを押した。

 

 

 

画面に一人の人物が表示される。

姿勢良く直立して、気負いなく、楚々とした英国風女中服で、こちらに顔を向けるその人物は――

 

 

『歌流羅様、兼、椿静流様。お元気でしょうか? 私です。天道家の繁栄を支えるべく身を粉にして働くメイドの――』

 

「おっと、ここは早送りしましょうか」

 

「な、何故にメイドまで……?」

 

唐突な愉悦の使者の登場に、椿さんが珍しく狼狽(うろた)えている。

 

「撮影をお願いしたのは祈里さんたちだけのはずが、いつの間にかメイドさんのデータも混入していたんです」

 

「こ、混入……ちなみに内容は?」

 

「これが意外と真面目だったんです。でも、サブリミナル効果みたいなトラップが仕掛けられている疑いアリなので、今回はスキップします」

 

「は、把握」

 

いかんいかん、出鼻を挫いてしまった、今度こそ。

画面からメイドさんは消滅し、代わりに天道家の四女・咲奈さんが映し出される。

 

――第二作戦開始だ。天道姉妹の絆を信じよう。

 

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