『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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立ち上がるシンプルな理由

真矢さんがタブレット型の携帯端末を取り出した。

 

「ちょい待ってな」

 

タッチパネルをあれこれ操作して「このページや」と画面をこちらに向ける。

 

映っていたのは式典らしきものの動画だった。

 

大輪の花が描かれた絨毯がだだっ広い大部屋一面に敷かれ、奥の壁には「いい仕事してますね~」と鑑定されそうな波が岩にぶつかる豪快でデカい絵画が張られている。

飾り気は他になく、絢爛でいて格調高い場所に思えた。

 

真っ白でシンプルなテーブルが絵画を背にするよう設置され、その上には幾つものトロフィーが並べられている。

 

ぽえみの部屋にあったトロフィーと同じ形だ。

 

「なんですか、この映像?」

 

「不知火の像の授与式や。一年間で科学技術分野で優れた発明をした者、スポーツ分野で優秀な成績を残した者、そして芸能分野で人気を博した者、それらに不知火の像のレプリカが贈られるねん」

 

日本でも同じようなことをやっていたな。確か紫なんたらという褒賞だったと思う。

それにしてもトロフィーの正式名称は不知火の像なのか。不知火群島国の不知火が名前に付くということは、この国では国宝扱いのようだ。

 

天道(てんどう)祈里(きさと) 前へ』

 

『はいっ』

 

凛とした声と共に正装した女性がテーブルの前に行く。

ブラウンヘアーをなびかせ、威風堂々とした足運びと立ち振る舞いには、貫禄の言葉が似合う。

年齢は二十代の真ん中くらいか? 

妖艶な色気を発する一方で、肌は少女のように透き通っている。

 

「彼女が去年のトップアイドル、天道祈里。歌唱力は抜群でCD年間販売ランキングのトップ10に三曲入っとる。主演を務めたドラマの平均視聴率は20%超えや。このご時世にようやるわ」

 

天道祈里か。彼女が持つトップアイドル特有のカリスマ性は、初めて目にする俺にも伝わってくる。

この国でアイドル界の頂点を目指すとなると、強力なライバルになるだろう。いや、今の俺なんて相手にもされないか。一体どのくらいの実力差があるんだ。

 

「恐ろしいですね、天道祈里」

 

「せやけど、彼女。もう引退したから拓馬はんとは関わらんやろ」

 

「へっ?」

 

「そろそろいい歳になってきたから婚活に専念するんやって。芸能界の大家である天道家の長女や。跡継ぎを作るためにもアイドル活動より婚活なんやろ」

 

「はぁ、そうなんすか」

 

なんという肩すかし。けどそうか、この世界では男と結婚する難易度が激高らしいから二足の草鞋(わらじ)で婚活は出来ないのか。

天道祈里がいなくなって安心したような、ガッカリなような。複雑な気持ちだ。

 

天道祈里はレプリカをもらう前に、テーブルの中央にある一際大きいトロフィーへ慎重に手を伸ばす……あれは?

 

「ごっついトロフィーが本物の不知火の像や。さすがにあれを渡すのはアカンやろ。せやから本物は触るだけにしてもらってレプリカを渡しているんやで」

 

「有り難がって不知火の像に触っていますけど、凄い御利益があったりするんですか?」

 

「不知火の像を持った者には大いなる幸福がもたらされるって言い伝えがあんねん」

 

「大いなる幸福……」

 

「どうや? 拓馬はんも不知火の像を手にしたいと思わへんか」

 

本物のトロフィーこと不知火の像。

言われてみればレプリカにはない霊験あらたかな雰囲気を持っている気がする。

俺を日本に返すくらいの奇跡はやってくれそう……と、眉唾めいた願望を抱きそうになる。

 

ただ、大いなる幸福をもたらす、ってウリには待ったをかけたい。

 

「ジャイアンの支部長室にレプリカがあったってことは、ぽえみも以前に表彰されたんですか?」

 

「うっ、そ、そうや。男性保護のジャイアンの活動が認められてな」

 

「大いなる幸福をもたらす?」

 

「あいつは自分から墜ちていったからノーカン」

 

急に不知火の像の御威光に陰りが見えてきたぞ。

 

 

本物を触り終えた天道祈里に、レプリカが渡される。

授与者は天道祈里と同年代らしき女性だ。こちらもえらい美人である。

この肉食女子が幅をきかせる世界において、『清楚』や『おしとやか』という死語を蘇らせてくれるような、儚げで優しげな御尊顔。

式典のためか巫女さんのような衣装を着て、髪を額の真ん中で分け後ろで一本に束ねている。

古き良き日本を地で行く麗人だ。ここ日本じゃないけど。

 

「レプリカを渡しているのは中御門(なかみかど)の領主、中御門(なかみかど)由良(ゆら)様やで」

 

中御門というのは不知火群島国の中央にある大島である。

国の政治・経済・文化の中心で、ここ南無瀬を含む東西南北の島を足した人口と同数が住んでいる。

領主ということで妙子さんと同等の立場だが、その領地の広大さと経済力から不知火群島国のリーダーとも言える人だ。まだあんなに若いのに大したものですな。

 

天道祈里、中御門由良。

国を傾けそうな美女が二人、にこやかに並び合ったところでカメラのフラッシュが次々とたかれる。

二人は瞬きすることもなく、笑顔で撮影に応じている。さすが、撮られるのに慣れているな。

 

 

「あそこに割って入るのはめちゃしんどいやろ。男性であることがアドバンテージになるかハンデになるか、うちもハッキリとは分からへん」

 

真矢さんが真摯な瞳で俺を見る。

 

「せやけど、拓馬はんなら芸能界のトップに立てる。うちはそう確信しとる」

 

「なんでそう言い切れるんですか?」

 

「君の歌を聴いたから……意外そうな顔やな。実は、あの時耳栓を外したんよ、うち。拓馬はんの歌、素晴らしかったなぁ。多幸感ちゅうやつか、生まれて初めてあんなに幸せな気分になれたわ」

 

日本でストリートライブをしても誰も立ち止まってくれなかった俺の歌。

それをここまで賞賛してくれると、喜びより戸惑いが先に来る。

 

「うちはジャイアンで働いて、ぎょうさん不幸な人たちを見てきた。男性と結婚出来ず欲求不満をこじらせる女性。複数の女性と結婚することを義務付けられ自由のない男性。ほんま生きづらい世の中や。こなアホンダラな世界、ぶっ壊してしまいたい。ずっとそう思っとった。せやけど、その方法が今までは思いつかんかった」

 

今までは、か。

 

「俺なら苦しんでいる人たちに希望を与えられるって話ですか?」

 

「そうや!」

 

「買いかぶりですよ。それに俺の歌は女性を暴走させるじゃないですか。んなもんを世に出すと他の男性も危ないんじゃあ?」

 

「その辺は、この国が男性アイドルに慣れてないからや。うちが拓馬はんをプロデュースして受け入れられる土台を作る! 歌以外にも演技やトークとか拓馬はんの持つ衝撃を世間に伝える方法はいくらでもある! それに男性の拓馬はんが頑張る姿は女性だけやなく、きっと同じ男性にも勇気と希望を与えるはずや!」

 

まくし立てるように喋る真矢さん。それをじっと見ながら俺は自問していた。

 

真矢さんの言い分は、この世界に巣くう閉塞感に風穴を開けてみんなに希望を与えてくれ、というもの。

俺はただのアイドルの卵だぞ。荷が重すぎる。

 

ここは男ってだけで襲われかねない世界だ。

唯一の男性アイドルとしてデビューするということは、自分の全身に蜂蜜を塗りたくって猛獣だらけの森に踏み出すようなもの。

俺、食べられちゃうんじゃないかな。

 

危険性を考慮しても、この世界でトップアイドルを目指す理由はあるか?

 

あるにはある。

不知火の像の授与式に出席する可能性が生まれる。そこで本物の不知火の像に触れば不思議パワーで日本に戻れるかもしれない……って、不思議パワーってなんだよ。自分で言って滅茶苦茶胡散臭い。不知火杯はただの年代物の一品で、触っても何も起こらない方が十分ありえる。

 

現状、他に日本へ帰る手段が思いつかないからとは言え、勢いでアイドルデビューしていいのか……

 

 

「拓馬はん……あのな、もちろん危なくないよう警護はバッチリやる。それに日本の捜索は継続して行う。日本が見つかるまでええから、せやから……」

 

黙りこくった俺を不安気に見つめる真矢さん。

 

その時、タブレットの中の映像から大きな歓声が上がった。

レプリカの授与が全員分終わり、最後に受賞者が集まって記念撮影をしているようだ。

フラッシュと拍手が止まない。

 

 

それを見て俺は

 

――いいな、あれ。

 

と、思ってしまった。

 

ああ、そうか。

自分の中に溜まっていたネガティブな感情がスッと消えていくのを感じる。

 

「真矢さん、どうして俺がアイドルを志しているのか分かりますか?」

 

「えっ、な、なんでやろな? はは」

 

「他人に注目される。チヤホヤしてもらえるからですよ」

 

アイドルを目指す奴らはみんな目立つことが大好きだ。

断言してもいい。

 

「友達に誘われて仕方なくオーディションを受けたらデビュー出来ちゃったんですよ~」と、わざとらしい言い訳をぬかす輩もいるが、結局誰もが「カッコいい、綺麗、ステキ」と言われたいためにこの道を選ぶ。

 

「小学校の頃の俺は、学級委員に立候補したり、運動会のリレーでアンカーやったり、学芸会で主役を張ったり……とにかく人前に出るのが大好きでした」

 

真矢さんは微妙な笑みを返すだけだ。構わず続ける。

 

「人前に立つと、みんなが俺を見るんです。そして俺のやることに声援や拍手を送ってくれるんです。あの快感は(たま)りません。病みつきになります」

 

もっともっと快感が欲しくて俺はアイドルを目指すことにしたのだが、現実は甘くなかった。

人より容姿には自信はあったが、俺なんかよりずっと輝いている人たちが集まってさらにそこから一握りの者しか、アイドルとして活躍出来ない。

研修生の俺に注目してくれる人なんて全然いなかった。冷遇され、アイドルを諦めかけたことは何度もある。

でもこの世界だったら。

 

「南無瀬組の人たちの前で歌った時、みんなが俺に関心をもって歌を聞いてくれた。マジで楽しかったです」

 

アイドルになる理由。

それはこの世界の人たちにお願いされたからじゃない。

日本にいる家族や友人たちの下へ帰りたいからでもない。

もっとシンプルで身勝手なもので……

 

「人から注目されるあの興奮をこれからも得られるなら……俺は、ここでアイドル活動をやります」

 

「ほな拓馬はん!」

 

「国のためとかご大層なものを背負うのは勘弁してください。ただ、アイドルとなるからには、ファンのみんなに喜ばれるよう全力を尽くします」

 

ここは女性ばかりの国だ。黄色い声を一身に浴びるなんてアイドル冥利に尽きるってもんだろ。

 

それに不知火の像の効力に期待出来ないと、南無瀬邸にずっと引きこもっていても仕方ないしな。

アイドルになれば行動範囲が広がる。不知火の像が空振りでも、どこかに日本へ帰還するヒントがあるかもしれないんだ。ポジティブにいこう!

 

俺は立ち上がった。つられて真矢さんも腰を浮かす。

 

「真矢さん、これからよろしくお願いします!」

差し出す手を、

「こっちこそよろしゅーな」

真矢さんがガッチリ握る。堅い握手だ。

 

 

今、ここに『男女比1:30』というどうしようもない世界で『黒一点アイドル』という異色中の異色の存在が誕生した。

 

 

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