『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【実家という名の魔境にて】

歌流羅(かるら)様、お帰りなさいませ」

 

インターホンから一分ほど。

高級住宅街の中でも髄一の壮観な館――の門扉にメイドが現れて恭しくお辞儀する。十日前のパイロットフィルム撮影時は「ようこそいらっしゃいました」だったのに、今日は「お帰りなさいませ」。

 

「お邪魔します」と小さく返す。

ここに来たのは決別のためだから「ただいま」は不適切。

本当は堂々と決別宣言したいのだが、肋骨の痛みで胸を張れない。南無瀬組の暴行の跡は未だ大きく、完治に半月はかかる見込み。三池氏の傍でタクマニウムを吸収すれば、こんな怪我など三日で治るのに。

 

「祈里様、紅華様、咲奈様……美里様。皆様、お待ちになっております。ごゆるりとご歓談くださいませ」

 

美里伯母さんも滞在と明かしておいて、ゆるりと歓談とは皮肉が利いている。しかし美里伯母さんが居合わすのは想定内。私は気を引き締めて天道家の敷地に踏み入った。

 

以前感じた頭痛や動悸は兆候すら無く。自分をロボットと称して拗らせていた私もいない。

やはり三池氏の裸 (献身)は凄い。生まれついての苦しみから私を解放してくれた。彼に報いるためにも『家族との感動的な再会』という厄介なミッションをのらりくらりと乗り越えねば。

 

勝手知ったる家をメイドに案内されて居間へ。

凹型のソファーに祈里姉さん、紅華、咲奈、そして美里伯母さんが座っていた。

 

「姉さっ……ええっ!?」

 

「っ……んん……お姉さまぁ、どうしたのぉっ?」

 

私の方へ駆け寄ろうとした妹二人が及び腰になって距離を取った。

 

「かっ、あっ、あなた! その痛ましい格好はいったい……?」

祈里姉さんも口をあんぐりと開き驚いている。

 

当然の反応。

精神を病んで家を出た身内が、元気になって帰って来る――と、思っていたら包帯グルグル巻きでお宅訪問。それは引く、それはビビる。

 

帰省について事前に電話していたものの、私がどういう状態かは伝えていなかった。

忘れていたのではない、わざと伏せていた。

祈里姉さんたちは私をどう篭絡しようかと作戦を練っていたに違いない。そこにミイラスタイルでの登場である。狙い通りショックを与えた。敵勢力の出鼻を挫き、話の主導権は当方が握ったも同然。

 

祈里姉さんたちは私を天道家に戻し、芋づる式に三池氏を取り込もうとしている。この予想に確たる証拠はない。

もしかしたら私の心配し過ぎでは? 疑心暗鬼に駆られた上での妄想で、祈里姉さんたちは純粋にこちらの身を案じ、私の帰還を手放しで祝おうとしているのでは?

――などとは微塵も思わない。天道家は甘くない。

戦いはすでに始まっている。頭をストロベリーにしていれば、手にするのは(にが)い敗北のみ。

 

「静かにしなさい、天道家たる者がこれしきの事に動じてどうするの。歌流羅、介助は必要かしら?」

「問題ない」

「では楽にしなさい。メイド、歌流羅に手拭きと飲み物を」

「かしこまりました。歌流羅様、お飲み物のご希望はございますか?」

「任せる」

「承知いたしました」

 

美里伯母さんは崩れないか、それにメイドも。

メイドの場合、屋敷前で対面した際に顔色を変えなかった。私の現状を把握していた? そうなのだろう。天道家の玄関には用意の良いことに車椅子や高機能性ステッキが置かれており、こちらが顔色を変えてしまった。

「この屋敷の管理者として、そろそろバリアフリーに取り組もうかと」訊いてもないのに喋る様は、いけしゃあしゃあ感が満載。メイドに貸しを作ると後が怖い故、補助器具の使用は辞退が安定である。

 

 

 

痛みが響かないようゆっくりとソファーへ腰を下ろす。と、早速メイドがアイスティーを運んできた。

自白剤がサッー! と混入されている可能性は……いや、メイドも馬鹿ではない。そんな雑で直接的な手法を取る輩ならとっくに天道家をクビになって牢獄INしているだろう。

 

アイスティーで喉を潤し、さて――

みんな、こちらを注目している。私が人心地つけば、怪我や今後の身の振りについて矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。こちらが機先を制さねば。

 

「急な訪問にも関わらず、もてなしていただき感謝に堪えない。また、天道家の方々が送ってくれたビデオレターは、私の治療に一定の効果をもたらしてくれた。重ねてお礼を申し上げる」

 

空気が冷えるのを感じた。今の言葉は家族に向けるものではない、と全員が悟ったためだろう。さらにダメ押しで。

 

「私をどう呼ぶか迷っている人のために言っておく。私は天道歌流羅ではなく椿静流。南無瀬組に所属し、アイドル・タクマの男性身辺護衛官を務める椿静流」

 

 

「……………」

 

 

私の意思表明に対する反応は、沈黙。

祈里姉さんや紅華、咲奈は沈痛な表情を作るだけで声を荒げない。私が天道家に戻らない展開を予想していたのだろう。

 

居間が静まり返って十秒以上経って。

「で、でもさ」沈黙を破ったのは紅華だった。

 

「せっかく持病が治ったのに他人のままだなんて辛いよ、姉さん! 天道家で芸能活動をしろ、って無理強いしないからせめて『歌流羅』をまた名乗ってよ! あたしの姉さんに戻ってよ!」

 

むぐぐぐ……紅華、恐ろしい()

メイドのような裏のある……もとい裏しかない人物なら幾らでも塩対応できる。だが紅華はファザ魂を刺激しなければ、無害で情に厚いだけの一般マインド。心から私を説得していると見た。善意や良心を掲げ、無意識にこちらの精神を抉ってくるのは止めれ。

 

「あえて呼びますわ、歌流羅! 私はダメな姉でした。病に苦しむあなたを半ば放置し、天道家から去っていくのを止めることが出来なかった。愚鈍な姉ですわ。いくら罵倒しても構いません。けれど、せめて姉妹として再びやり直す機会を与えてください。どうか、挽回の機会を!」

 

熱血属性の妹に影響され、祈里姉さんも熱くなってきた。

絨毯に両膝を突き、土下座を敢行しようとするので。

 

「ちょ、ちょ待つよろし!」

慌ててストップをかける。「申し訳ないが、客観的に見て、私が悪役ポジになる構図はNG」

 

「でも歌流羅」

 

「デモするのはタクマファンだけで十分。情に訴える行動は止めてほしい」

 

美里伯母さんのような海千山千の強敵なら幾らでも冷徹に対峙できる。だが祈里姉さんはパンツァー・フォーしなければ、無害で責任感の強い一般(と比べヘタレ寄りの)マインド。心から私に謝意を述べていると見た。目上の立場なのに潜り込んでアッパー形式のメンタルアタックは止めれ。

 

 

よろしくない。この流れはよろしくない。心を鬼にして決着を付けなければ。

 

 

「私の心は天道家にはない――南無瀬組にある」

三池氏にある、と言うと祈里姉さんたちの敵愾心に火がともって大火災確定なので言葉を選ぶ。

 

「持病をぶり返して南無瀬組のお荷物になった私は、南無瀬組を辞めて流浪の旅に出るつもりだった。それを止めたのが、私の大切な同僚たち――」

 

 

役者としてブランクはあるものの技術は錆びついていない。

 

私は独白した。

 

南無瀬組での日々を――

身体的にも精神的にも過酷な職場だが、南無瀬領の治安を守るために身を粉にする尊さを――

仕事に対するヤリ甲斐(がい)や逝き甲斐を……ではなく、やり甲斐や生き甲斐を――

 

そうして苦楽を共にする仲間たちが、組を去る私を真摯に呼び戻してくれた。

ネガティブで分からず屋の私を、切り捨てるでもなく懸命に説得してくれた。

 

その恩に報いるためにも、私の人生は南無瀬組に捧げなければならない。覚悟は決まっている――

 

と、南無瀬組への想いをお涙頂戴に調理し、イイ感じ風味に味付けする。

ちなみに隠し味である三池氏の扱いは慎重を要した。タクマ特化型変態たちに、彼の存在を一切合切隠すのは下策。逆に怪しまれるのは明白なので、どの程度隠すのかがシェフの腕の見せ所となった。

 

 

果たして、私の独演会の幕は降り――

 

 

「そっか……歌流羅姉さんの決意は固いんだ……」

 

「あなたは自分の場所を見つけたのですわね。天道家より自分らしく居られる場所を……」

 

紅華と祈里姉さんは悲し気に、けれど納得したように顔を伏せた。

 

実に申し訳ない、我が姉と妹よ。私は三池氏中毒者、家族の血よりタクマニウムを優先してしまう薄情者。

こんなジャンキーとは、他人の付き合いをするのが正解。

 

「でも~」

 

重苦しい場に似合わないフワッとした声。

 

ぬぅ、天道姉妹最年少にして、私が最も危険視する少女・咲奈!

黙っていて不気味だったが、ついに動き出したか。

十歳の瑞々しく柔らかい頬っぺたに指を当て「でも~」する仕草は幼い。しかし、そこから繰り出す物言いは危険、大変危険。

 

「歌流羅お姉様のお怪我って南無瀬組の人たちがやったんでしょ? お姉様を説得するためとしても乱暴すぎるよ。そんな酷い所でまた働くの? お姉様ってマゾ?」

 

「マゾ」の一言にビクン! と美里伯母さんが身を揺らすが、今はそれどころではない。

 

「咲奈はまだ世の中を知らない。拳を交わすことで分かり合う職場もある。それに引継ぎなしで組を辞め、翌日には出戻る愚かなヤンチャ者には似合いの処置」

 

包帯姿で訪問した時点で「南無瀬組の職場環境ってヤバくない? 世紀末じゃない?」と指摘される想定はしていた。

抜かりなし。ここは、南無瀬組を悪く言わず、ひたすら自分を卑下して煙に撒くのが最適解……ッ!

 

「でもでも~」

 

ほう、まだ来るか咲奈。所詮は十歳そこら、倍を生きる私が年季の違いと言うものを教える。姉からの最後の手向(たむ)けとして受け取って、どうぞ。

 

「お姉様は『南無瀬組を辞める、辞めない』でケンカして、ケガしちゃったんだよね?」

 

「うむ、だが最後は大人同士、冷静に和解した。問題ない」

 

「わぁ、大人ってスゴイね! 映画みたいなカーアクションしながら仲直りしちゃうなんて」

 

「………………な、なぜ、知ってりゅ?」

 

気付くと咲奈さんはタブレットを手にしており、私の「待つよろし」を待たずにテーブルに置きなさった。

 

タブレットに映し出されているのは南無瀬組の黒塗りカー、とその上で超エキサイティンする私……わたしェ……

歩道から撮影したであろう写真は、車道を爆走する車を上手いことカメラに収めていた。

 

「これね、南無瀬市に住む人がSNSに投稿した写真なんだよ~。メイドが見つけて教えてくれたの」

 

おのれ、諸悪の根源!

居間の家具と化し、家族の会話に口を挟まなかったメイド。勤め人として身の程を弁えている、と見せかけてしっかり糸を引いていたか!

そもそも車椅子を用意したりと、私が怪我をしているのを既知(きち)っていた時点で、メイドが夜中のカーアクションを知っていると注意を払うべきだった。

 

「……どうかなさいましたか? ご気分が優れないようでしたら、お薬の用意を」

 

私の睨みに微笑みで返すダークメイド。小癪な、怪我が全快したら復讐不可避。

 

「薬は必要ない。それよりこれが南無瀬組の車? 載っているのが私? 決めつけるのは如何なものか?」

 

領の中心である南無瀬市は真夜中でも明りは絶えないが、それでも薄暗くはなる。

さらに撮影者は十数メートル離れた所から撮影した模様で、エキサイティンしているのが私と断定するのは苦しい……と思いたい。この反論の方が苦しいが、シラを切るしかない。

 

「大丈夫だよ、お姉様!」

 

なにその大丈夫じゃない御言葉。

 

「咲奈さん、姉に手心を加えるのが妹としての優しさではなかろうか。私、見ての通り満身創痍。トドメを刺すのは人道に反する。オーケー?」

 

「ちゃんと見えるようにって、メイドが写真を拡大しながら高画質処理してくれたんだ~。明るさ調節もバッチリだよ~」

 

咲奈さんがタブレットを指でスライドすると、拡大・明度調節された決定的写真が露わになった。

一目瞭然の親切(しんせつ)加工にして心折(しんせつ)加工。

どう見てもプロの犯行(しごと)です、本当にありがとうございました。

 

「アグレッシブな歌流羅様のご活躍を白日の下に晒すことが出来、感無量でございます」

 

メイドの恭しい振る舞いは慇懃無礼の極致で、私の怒りが有頂天でバーニング。

 

「あれれ~おかしいぞ~? どうして『組を辞める辞めない』のお話し合いで、お姉様が車の屋根にのっちゃうの?」

 

身体はこども、頭脳は大人の名探偵・サクナ! 黒づくめの組織である南無瀬組の天敵か!

絶賛下克上の妹による追求で、バーニングしていた私の頭は一転してフローズン。寒暖のあまりの差にメンタルはボロボロのバーボロー。

 

「ん……んんっ!? もっとよく見せて、その黒い車!」

紅華がタブレットを手に取り、自分の顔の前まで持っていく。

 

くっ、まさか車内の三池氏が映っているのか……いや、それはない。南無瀬組の車は誰が乗っているのか分からないようマジックミラーが施されている。普通、気付くはずがない。

 

「……なんだろ……この感覚……車からお(ちち)が……垂れているような……」

 

なに言ってんだ、この妹は……はっ!?

しまった、紅華は普通ではなかった。筋金入りの(ファ)中毒者(ンキー)だった。

 

「ちょっと紅華! 私にも貸すのですわ!」

タブレットは続いて祈里姉さんの手に。

「あ……ほんと、車から濃厚なおパンツ様の芳香が……くんくん……」

 

 

私は戦慄した。

 

デジタル画像に鼻を近付ける姉(だった人)の変態行動に――

そして、変態たちが超エキサイティンしたあの夜の真実に近付きつつあることに――


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