『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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北大路から来た女

姉小路さんが穏便枠だったのも、映像を観続けていれば頷ける。

 

101人のモニターのうち。

 

不審行動を取る間もなく、物言わぬ人となったのが三割。

この方々は歌の効果に脳が耐えられずに強制シャットダウンしたようだ。ファンがバタバタ倒れて行くのを観察するのは罪悪感半端ないが、誰にも迷惑をかけなかった事実は好材料である。そう思わなければやってられない。

 

 

姉小路さんと同じく熱い友情に目覚め、突飛な行動に出たのが五割。

電話で日々の感謝を告げるだけならまだいい。歌の影響が強く出た人の中には、自分の資産を譲ろうとしたり、連帯保証人に名乗り上げたり、洒落にならん友情の示し方をする人も。

 

なお、友情ソングは既婚女性モニターにも効いたが、一番の資産であろう夫を友人に差し出す人は誰もいなかった。夫婦の絆は俺の歌でも消し去れないのか。それならば素晴らしきことだろう。消えなかったのは肉食女性の本能では? という異論は認めないのであしからず。

 

感謝を伝えるために電話以外の手段に出るケースもあった。

過激なモニターの場合、「とりあえず抱きしめたいのよ! 感謝のハグをキメたいの!」と(わめ)きながらカラオケボックスから抜け出そうとする。これだけ聞くなら、行かせてあげても良いんじゃない? と思うかもしれない。だが、施錠されていたドアをブチ破り、止めにかかる組員さんらを豪気なラリアットで地に堕とす姿を観る限り、モニターの筋肉リミッターは外れていらっしゃる。あんな腕で抱きしめられたら友情のハグがサバ折に昇華され、モニターの友人は昇天しかねないぞ。

 

真矢さんまで動員して暴走するモニターを確保する映像には「ヒエッ」を解禁せざるを得ない。真矢さんの格好がくたびれている原因も判明し、モニター試験に取り組んだ組員さんたちには絶妙な加減でお礼をしよう、と決意する俺であった。

 

 

「ええと、次は。あ~、この子か」

 

真矢さんがゲッソリした顔つきになる。果たしてパソコン画面に表示されたのは。

 

 

『モニター072番です! 待ちに待ったタクマさんの歌にハァハァ……とても興奮しています! 新しいネタ……あふあふ、グッズをご提供してくださって感イキです……ふぅ。あっ、すみません。名前を言ってませんでした。改めて、モニター072番の――』

 

マズいですよ!

 

これまで多くのモニターが現れては散っていった。年齢、職業、既婚か未婚か、様々なステータスの女性が俺の歌で変わっていった。

インタビューでは真面目だった女性だろうと、容赦なく変態していった。

しかし、彼女は――委員長は違う。始めから変態している!

 

 

委員長。

南無瀬市の高校に通う三つ編みと眼鏡が似合う、これぞ委員長の外見をした彼女。

姉小路さんのクラスメートであり、最初に会った時は元不良の影に隠れてあまり印象に残らなかった。

 

それがどうだ。

会えば会うほど肉食能力を伸ばし、いつの間にか姉小路さんの方が影が薄くなってしまった。

高校ではリアル委員長を務めているらしく、スペックは優秀なのだろう。高い学習能力をエロ分野に注力したおかげでご覧の有様だ。

もしかしたら以前からムッツリスケベだったのかもしれないが、今では立派なガッツリスケベ。少しは隠してほしい。

 

カラオケボックス内にカメラが切り替わる。

 

ワクワク、と全身で表現しつつ早くも太ももをモジモジと擦り合わせる委員長。まだ、歌は流れてないだろうにお盛ん過ぎない?

 

 

 

「うわぁ……」

 

曲がスタートしたようで、委員長が立ったまま海老反(えびぞ)りになって悶え出した。はぇ~すんごい反りっぷり、身体柔らかいね。

ひとしきり反った後、委員長は自分のショルダーバッグに手を突っ込み、おかしな物を引っ張り出した。

 

なんだ、あれ?

 

くしゃくしゃに丸められた透明なビニール素材……あっ、空気穴が付いているみたいだ。委員長がふぅ~ふぅ~と息を吹き込んでいる。

 

「ビニールボールかな? 海やプールで使うやつ。透明なのが気になりますけど」

 

友情ソングを聴いて、ビニールに空気を入れる……もしかして、友達がいないから空気(エア)友を作って友情を育もうと?

いや、委員長になるほどの子に友達が皆無なのは不自然。姉小路さんとも仲が良いみたいだし。

それにバッグの中に(しぼ)んだ友達を詰めて、持ち歩くのは物悲し過ぎて想像したくない。

 

「「あっ」」

 

音無さんと椿さんが何かを察して短く声を上げ。

 

「必要な分は観せた。これ以上は観せられへん」

 

真矢さんが映像を止めてしまった。

 

「ええぇ!? まだ途中じゃないですか?」

 

「真矢氏を支持」

「引き際は弁えないといけませんね!」

 

ダンゴたちには見当が付いているらしい。

俺だけ気付けないのがもどかしい。でも、ジョニーも『おい、その先は地獄だぞ』とパンツの中から警告しているし追究は避けるのが賢明か。

 

「高校生だから安めのダッチ……」

「うむ、エアの……ハズバンド」

なんかブツブツ呟いているダンゴたちを後目に次のモニターがパソコンに映された。

 

 

 

 

 

そんなわけで100人が終わった時点で、委員長のように途中で上映禁止になったのが二割。

 

「おそらく友達がいない者や、歌詞の内容より三池氏の声を優先した性豪の反応」

とはツヴァキペディアの言。

歌詞より俺の声に反応とか、どんな歌でもダメってことやん。どうすりゃいいんだ。

 

「考えに考えて収録した友情ソングをもってしても、平常心で歌を聴けた人はいなかったんですね。はぁ、困ったな」

 

「それなんやけど一人だけ、歌の前後で変わらへんかったモニターがおる」

 

「えっ!?」

俺は俯いていた顔を上げ、何とも言えない微妙な表情の真矢さんを見た。

 

「飛び入り参加した101人目や。彼女だけは……その……心を乱さんかった……ある意味」

 

なにその不安と不穏と不吉なリアクション。これ以上、胃を磨り潰しにくるのは止めてくださいよぉ!

 

「と、とにかく観てもらった方が早いわ」

 

真矢さんがそそくさと再生ボタンを押した。パソコンの画面に一人の女性が映る。彼女は――

 

 

『参加の申し出を承諾してくださり感謝する。小生(しょうせい)はモニター101番、北大路(きたおおじ)まくる。信徒名は『クルッポー』。よろしくお願いする』

 

「ちょ、ちょっと止めてください!」

 

俺の慌てた声で、映像が一時停止になる。

 

「……この女の人、北大路って?」

 

「せや、北大路まくる。北大路の次期領主」

 

次期領主……改めて画面内の北大路まくるさんを観察する。

まず、第一印象は、由良様に似ている、ことだろうか。

由良様と同じく黒の垂髪。巫女さんが髪を一本にまとめて後ろから垂らすアレだ。

巫女と言えば、格好も由良様と同じ巫女服。ただ、まくるさんの場合は緋色の袴ではなく、水色のモノを着用している。

 

顔の方は由良様のように美麗なものの儚い感じはない。太い眉とキリッとした目からは意思の強さが読み取れる。一人称で小生とか言っていたし。

年齢は20歳くらいか。少女から大人の女性になったばかりの凛々しさと若々しさがある。

 

「北大路まくるさんか……クルッポーというのは?」

 

「クルッポーと言うんはマサオ教に貢献した者に送られる信徒名や。拓馬はんは思い出したくないやろうけど、『ぽえみ』みたいなもん」

 

ぽえみっ!

かつて弱者生活安全協会、通称ジャイアンの南無瀬支部長だった人物だ。裏では男性の着替えや入浴を撮るなど悪辣な犯罪を行っていた。

南無瀬組の活躍で逮捕されたわけだが……そうだ、あいつもマサオ教徒で『ぽえみ』を与えられるほど位の高い奴だったっけ。

それにしても『ぽえみ』といい『クルッポ―』といい、マサオ教のネーミングセンスはどうにかならんのか。

 

 

「ど、どうして……んな高貴な御方がモニター試験に?」

 

「妙子姉さんを噛ませての申し出でな。いきなりの話やったけど断れんかった」

 

「だからって危険なモニター試験に次期領主の人を」

 

「ふむ。参加を希望したということは、北大路氏は三池氏に用があると」

「三池さんにアポイントを取るため、まずは自分が安全な人間だと証明しようとモニターになったわけですね」

 

ダンゴたちの意見を聞いて、ハッとする。

そりゃそうか。俺に用がない人がわざわざ南無瀬領に来て、モニターになるはずがない。

 

「椿はんも音無はんも察しがええやん。ちょうど今、彼女は南無瀬邸におるで」

 

「えっ、ここに!?」

 

「もちろん拓馬はんの了承も無しに顔合わせさせんから安心してな。今は妙子姉さんの執務室で待機してもらっとる。なんでも拓馬はんに、どうしても受けてもらいたい依頼があるそうや」

 

北大路の次期領主にして、マサオ教の信徒が俺に?


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