『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ここから始まる物語

「話は決まったようだねぇ」

 

障子が開き、妙子さんが現れた。その後ろには、おっさん、音無さん、椿さんが続いている。

 

「みなさん、聞いていたんですか?」

 

「盗み聞きしてすまない。だがね、三池君がアイドルになるかどうかは僕にとっても重要なのだよ」

 

おっさんが俺の肩を叩き「よくぞ決心してくれた」と感慨深げな声を出す。

 

「我が身の危険も省みずアイドルになろうという三池さんの心意気にあたし感動しました。一生懸命お守りしますね!」

 

音無さんも俺に近寄り、おっさんと反対側の肩を……と、見せかけてわき腹に手をやろうとするので無言で振り払った。

「……」そんなに物欲しげな目をされてもセクハラさせないからな。

ついで、俺の後ろにこっそり回りこもうとしている椿さんにも視線で待て、と命ずる。

 

「よっしゃ! 主要メンバーが揃ったところで早速ミーティングや!」

 

パンパンと手を叩いて、みんなの意識を自分に向けさせ、真矢さんは宣言した。

 

 

 

 

テーブルの回りに六つの座布団が置かれ、それぞれ座る。

 

「まずはあたいからお礼を言わせてもらうよ。アイドルになると決心してくれてありがとう。君の活動は南無瀬組が全力をもってバックアップする」

 

「ありがたい話ですけど、どうして南無瀬組の方々が支援してくれるですか?」

 

俺にアイドルになれと言ってきたのは、ジャイアンに所属する真矢さんだ。南無瀬組とは関係ないんじゃ?

 

「それはねぇ、南無瀬組の事業の一つに三池君のアイドル活動を組み込む予定だからだよ」

 

南無瀬組の事業と言えば、警察で言うところの強行犯係のように凶悪犯罪の取り締まりだ。そこに俺のアイドル事業を加える、と言われれば「はぁ?」ってなる。

 

「不知火群島国では男性を狙った犯罪が後を絶たない。これまであたいら南無瀬組は、力や威圧で犯罪を抑え込もうとしてきた」

 

そうか。南無瀬組の人たちが黒服のサングラスで統一されているのは、力を誇示する演出のためだったのか。

 

「しかし、押さえつけても不満はどこからか噴出する。本来男性をサポートするはずのジャイアン職員が起こした先の盗撮事件が良い指標だ」

 

「長年な、南無瀬領の治安は南無瀬組が漂わせる恐怖によってコントロールされとった。せやけど、同じ刺激を受け続ければ人間の感覚は麻痺する。そろそろ活動の転換が必要になってきたってわけや」

 

「そこで三池君のアイドル事業だ。男性を狙った犯罪の動機は、男性との接触がないことによる欲求不満が大半を占めている。だったら、その欲求を解消してやろうじゃないかってことでな、三池君をアイドルとしてプロデュースすることになったんだよ。要はあれだな、今まではムチによる犯罪抑制をしてきたが、これからはアメによる抑制に重点を置くのさ」

 

「なるほど、そういうことですか」

 

合点がいった。南無瀬組にきちんとメリットがあるのなら、俺としても安心して支援を受けることができる。

 

「つまり、三池さんはみんなのおか、あだぁっ!?」

 

音無さんが教育上不適切な発言をしようとしたので、隣の椿さんに頭をはたかれる。こんな真面目な場面でもブレないなぁ。

 

「デビューするのなら早いうちになる。ぽえみが逮捕されたことで、一時的だがジャイアンとマサオ教の力が弱まっている。今がチャンスだ」

 

この世界の男性の仕事は家事手伝いがほとんどで、たまに絵や彫刻などの分野で働く人もいるんだっけ?

どのみちインドアで家族以外の女性と接点を持たないようにしている。

そんな世の中にいきなりアイドルだ。

男性を守ることを仕事としているジャイアンと、男性の安寧を理想とするマサオ教が黙っているはずがない、本来ならば。

 

「今なら衆人の前で働くアイドルに男性がなっても大きな非難は出ないはずだ。犯罪者を出しておいて批判するほどジャイアンもマサオ教も厚顔無恥ではないからな。だから、今なんだ。覚悟を決めてくれ、三池君」

 

「はいっ!」

 

「世界初の男性アイドルや。いろいろ不安に思うかもしれへんけど、うちが拓馬はんのマネージメントとプロデュースをバッチリやるさかいに、安心してな」

 

真矢さんが自分の胸をドンと叩く。その自信満々ぶりは頼もしいのだが

 

「真矢さんってジャイアンの人ですよね。いいんですか? 南無瀬組の事業をやって」

 

「心配あらへん。もうジャイアンは辞める、引き継ぎが終わったらおさらばや」

 

「ええっ!?」

 

「支部長のぽえみが捕まってな、ジャイアン本部が総力を上げて南無瀬支部の抜本的改革をすることになったんや。そないなると、ぽえみ時代の色を残す幹部連中は邪魔みたいでな、チクチクしょーもない嫌がらせが始まったんよ。うちとしては男性の支援が出来るんなら、ジャイアンに拘る必要はあらへんし。妙子姉さんからちょうど声をかけてもろうとったさかいに、南無瀬組に入ることにしたんや。あ、ジャイアンを辞めるって言っても、日本捜索を怠らんようあいつらのケツを定期的に蹴るから安心してな。それと南無瀬組の方では拓馬はんを誘拐した組織の追跡をやるからそっちも心配せんでええよ」

 

俺を誘拐した組織。そういえばそんな架空の存在もいたなぁ。南無瀬組の人にとって無駄骨になる案件なんだが、俺の口から「トロフィーの力でこの国に来たんで、誘拐組織なんていませんよ」とは言えないし、ううむ。

 

「真矢は南無瀬組のアイドル事業にリーダー待遇で採用した。三池君のプロデューサー兼マネージャーってところだ。何かあったら彼女に相談するといい」

 

「改めてよろしゅうな、拓馬はん」

 

真矢さんが楽しそうに目を細めた。なんだかジャイアンの職員の時よりイキイキとしている。

 

「こちらこそ、お世話になります」

 

初対面で抱いた悪感情はもうない。ぽえみたちから身を挺して俺を守ってくれた真矢さん。

そんな彼女に俺は相当な信頼を預けつつあった。

 

 

「それでは、そろそろ僕の紹介に移ろうか」

おっさんが口を開く。

 

「あ~、そうだなぁ」おや、妙子さんが酷く疲れた顔になった。「三池君、アイドル事業の責任者なんだが」

 

「この南無瀬陽之介が務めさせていただく。よろしく頼むよ」

 

「マジで? 大丈夫なの?」言葉に出さず、目で尋ねると、妙子さんは頭が痛そうに肯いた。

 

「旦那は君の力になりたいとずっと言ってきててな」

 

「三池君の歌は僕にとっての革命だったのだよ! あの衝撃を是非とも世を憂う男性たちに伝えたい。そのためなら、僕は事業の責任者という大役だろうとやってみせよう。任せてくれたまえ!」

 

「三池氏、三池氏」横から椿さんが耳打ちをする。

 

「陽之介氏、三池君の事業に携わせてくれないならまた家出するぞ発言。妙子氏、折れる」

 

ガキかよ、おっさん!

 

「やるぞ、僕はぁ!」

と燃えるおっさんを見ながら。

 

「まあ、旦那が生き甲斐をもってくれたのは良いことだよな。護衛の増員を検討しなくちゃ」

誰に言うでもなく、いや自分に言い聞かせるように妙子さんが呟いている。

なんつーか、この夫婦も大変だな。

 

「陽之介兄さんの仕事は、うちが企画する案件にハンコをポンとしてもらうのと、拓馬はんの話し相手や。大丈夫、できるできる」

 

盛り上がるおっさんに聞こえないよう真矢さんが教えてくれた。

さすがに、大事な仕事を箱入りおっさんに預けないか……

 

 

「そして! アイドルになった三池さんの護衛はあたしと静流ちゃんでやります!」

 

「ダンゴとして非常に名誉」

 

「基本はこの二人や。南無瀬組にはダンゴの資格を持った人が何人かいるみたいやさかい、イベントの時なんかはさらに人を増やすで」

 

ダンゴ二人に対しては最早なにも言うまい。雇ったのを悔いたことはあったが「やっぱりキャンセルで」って言ったらナニされるか分からんし心に折り合いをつけよう。

ジョニーの鎖国を解く強引なセクハラはしてこないはずだ。きっと、たぶん、めいびー。

 

 

「最後にあたいだが、事業に直接口を出すことはない。芸能界なんてあたいにはサッパリだから真矢に任せる。ただ、三池君にツバ付けようなんていうバカが出てきたら遠慮なく頼ってくれ」

 

「心強いです。なにかあったらお願いします」

 

この国のテレビ局の風紀がどうなっているかは知らないが、もしテレビ局のお偉いさんが仕事が欲しければ『頭をのせる寝具』営業を強要してきても、妙子さんにチクれば問題なし。

南無瀬組の看板ってやつはかなり有効そうだ。

 

他に総務・庶務的な作業は、黒服さんたちがやってくれるらしい。「金勘定とか難しいことは気にせず、君は上だけを目指してくれ」と言われ、俺は何回も妙子さんに感謝を伝えた。

 

 

 

一通りの紹介が終わった。

 

 

・南無瀬組 男性アイドル事業部責任者

南無瀬陽之介

 

・南無瀬組 男性アイドル事業部プロデューサー兼マネージャー

南無瀬真矢

 

・三池拓馬専属男性身辺護衛官

音無凛子、椿静流

 

・南無瀬組 男性アイドル事業部裏番

南無瀬妙子

 

・南無瀬組 男性アイドル事業部総務・庶務関連

南無瀬組の黒服のみなさん

 

・南無瀬組 男性アイドル事業部 アイドル

三池拓馬

 

 

 

俺はみんなの顔を見回した。

新しいことに挑戦する時は不安と期待が入り交じって、何ともいえない表情になるものだけど、ここにいる面々は希望の方が勝っているみたいだ。目に強い光がある。

 

 

ここから始まる物語。

きっと道の先には思いもよらぬトラブルが目白押しなのだろう。強力なライバルが現れるかもしれない。嘆き悔やむことが日常になってしまう恐れもある。

だが、走り出したからには簡単に止まるものか。

 

俺は一人ではない、ここにいるみんなで世界に衝撃を与え、そして脚光を浴びてやる。

 

 

「みなさん! まだまだ未熟ではありますが、これからよろしくお願いします! 三池拓馬、この国の黒一点アイドルとして天辺(てっぺん)を取る覚悟で邁進します!」

 

 

さあ、アイドルを始めよう!

 




以上をもちまして一章終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。

二章から本格的にアイドル活動を開始します。

よりコメディ色が強まり、色々なことが起こりますが「不知火群島国ではそういうもの」と広い心でお楽しみいただければ幸いです。

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